
⑫ 雪村の初めて⑵
五年生になってすぐのころ、ちょっとした事件があった......いや、ボクにとっては大事件なんだけど。 その頃のボクは、相変わらず、酒井さんのことがチョッピリ好きだったり、新しい担任の先生に、女の子っぽいルックスをイジられたりしていたんだけど......ねえ、コレって今なら人権侵害だよねえ? まあ、とにかくそんな悩みのアレやコレやを、ボクは今年も同じクラスになった村田さんに相談していたのだった。 そう言えば、話を聞いてもらうのはボクの方ばっかりで、村田さんから何か相談されたことは無かったような。 ......村田さんは誰のことが好きなんだろう? でもある日、なんでも相談できる村田さんにも、話すことができない事態が発生してしまった。 当時ボクはマンションの3階に住んでいた。真下の階には四年生の大宮洋子さんという女の子が住んでいた。 彼女は大所帯なマンションの中でも、比較的近くに住んでいたので、階段で出会ったら挨拶したり、同じ分団のメンバーとして、一緒にグループを作って登校したりしていた。 ......で、そんな何気ない毎日を2年ちょっと過ごした5月のとある日曜日、いつものように偶然階段で大宮さんに出会ったんだ。「こんにちは」 挨拶をすると、すれ違いざま大宮さんに左手を掴まれた。「!?」 ボクは内心ギョッとしたが、剣道と書道で培った平常心を装ってこう言った。「どうかしたの?」「ちょっとエレベーターホールまで来て」と真剣な目で言う大宮さん。 手を掴まれたまま、ボクはエレベーターホールまで連れて行かれた。「ちょっとここに立って」 彼女はそう言うと、ボクを、エレベーターのすぐ横の壁を、背にするように立たせた。「真田君は好きな女子とか居るの?」 そのままボクの前に立って、彼女は言う。「いや、特には......無いかな?」 酒井さんの事は黙っておくことにした......言っても誰の事か分からないだろうし。 多分、ボクの目は泳いでいただろう。「杉浦さんや片桐さんは?」 彼女は続ける。こりゃ、まるで尋問だな。 杉浦さんは6階、片桐さんは4階に住んでいる女の子だ。因みに二人とも大宮さんと同じ4年生で......そう言えばつい最近、杉浦さんのウチで3人で遊んだな。 片桐さんが先に帰った後、杉浦さんとふざけあってたら、なんか弾みで、抱き合う形になって......気まずくなって帰ったんだっけ。 大宮さん、ひょっとして杉浦さんに何か聞いたのかな?「うん、別に......普通に友だちだけど」「......ふうん」 大宮さんは、少し不満げな顔になった。 こうやってあらためて見ると、大宮さんもなかなかチャーミングではある。 背はボクより少し低い。浅黒い肌に、黒目がちな大きな瞳。少し下がり気味の太めの眉は、天然パーマでショートカットの髪と同様、茶色がかっている。それに整った形の唇だな。そんなことにあらためて気づいたりしていた。「ねえ、真田くん」「な、なにかな?」「ちょっと、目をつぶって」「......どうして?」「どうしても」 ボクは覚悟を決めて目をつぶった。杉浦さんにあんなことをしたんだ。 さあ、ビンタが飛んでくるのかそれとも......?「!?」 唇に温かい感触があった。ボクは、薄く目を開けてしまった。 背伸びをした大宮さんが、自分の唇を、ボクのソレに押し付けていたのだった。 実際には1秒も無かったのかもしれない。でもボクには、時間が止まったように感じた。そして大いに混乱していた。 次の瞬間、目を開いた大宮さんがパッと後ずさった。そして悪戯っぽく笑うと、回れ右をして、駆け足で帰ってしまった。 ボクはといえば、すっかり放心状態だった。 ふと、我に返って考え始めたが、混乱は増すばかり。えっ、ちょっ、なんで?......いやいや順序が?......まず好きです、付き合ってください。で、何回かデートして、手をつないで、それからチューだろ!?「あーあー見てられないなあ」 出し抜けに、エレベーターから雪子さんが出てきた。「うわあああ」 ボクは大声を出した。「毎回、いいリアクションをありがとう。そろそろ慣れたら?......ああそれから、ファーストキスおめでとう」「......いつからそこに?」「うん、雪村君が年下女子に"壁ドン"されたところから」「......カベ......なんて?」「ああ、まだこの時空では、"壁ドン"て言わないのかあ、残念」「でもなんでこんなことに......ひょっとしてコレも雪子さんの仕業!?」「そんな無粋なことはしないわよ。私を何だと思っているのよ」「でも出てくるタイミングが良すぎじゃないですか?」「こうなることを知ってたからね。雪村君の初めてに立ち合えて幸せ~」「悪趣味ですよ」「お、難しい言葉も覚えたじゃな。」「おかげさまで。あれからたくさん本を読んでますから」「これからも雪村君の色々な初めてに立ち合いたいなあ」「......それは勘弁してください」「冗談はともかく、こうなったのは雪村君、あなたのせいなのよ」「え?」「友だちだと思って、無自覚に女の子に近づきすぎなのよ」「どうせボクは女子の同類なんだから......だいたいまだ、ボクらは小学生なに」「あなたは随分男らしくなってきた。剣道部を二年も続けてきたことの副産物よ。だから女子があなたを見る目が変わってきているのよ......あなたの人生の最初の"モテ期"をせいぜい楽しんだらいいわ」「"モテ期"ってなんですか?」「そんなの説明しないわよ。自分で考えなさい!......それから、こっちが本題なんだけど」 雪子さんが真剣な顔になった。「以前、箪笥の上に模型飛行機を置いた犯人、まだ解らないわ」「ああ、アレかあ」「あなたを階段から落ちるように仕向けた者、川の中にあなたを引きずり込もうとした者、あなたに毒蛇を近づけた者、あなたの父親に深酒させた者。みんな同じ人物だと私は考えているの。」 ボクがまだ幼いころ、深酒した父さんが乱暴してボクに怪我をさせた件もか。その傷跡はまだボクの右の上まぶたに残っている。「私は観測を続けるけど、あなたも今後の生活に気を配って。」「あの、雪子さん」「なあに?」「どうしてそんなにボクのことを守ってくれるんですか?」 それには答えずに彼女はこう言った。「あなた、ウルトラマンとか仮面ライダーが好きよね?」「うん」「どうして彼らは、ニンゲンを助けてくれるのかしら?」「......それは、正義の......味方だから?」「違うわ」「えっ!?」「ウルトラマンは、初めて地球にやって来たときに、地球人を一人、うっかり殺しているのよ」「!?」「だからその罪滅ぼしに、何年も何年も新しいウルトラマンが地球にやって来て、怪獣や宇宙人から人類を守っているの」「そう......なんだ」「仮面ライダーは、自分を醜い改造人間にした悪の組織を脱走して、その復讐をしているのよ。結果的に人類の味方になっているだけ......みんな自分のために、戦ってるの。その活動が、結果として、みんなのためになっているから、野放しにされているだけなの」「......だからね」 雪子さんは続ける。「私も戦うのよ。あなたのために。そして私のために......例えそれが、正義でなくてもね!」 そう言い残すと、雪子さんはまたいつものように消えてしまったのだった。

⑫ 雪村の初めて⑵
五年生になってすぐのころ、ちょっとした事件があった......いや、ボクにとっては大事件なんだけど。 その頃のボクは、相変わらず、酒井さんのことがチョッピリ好きだったり、新しい担任の先生に、女の子っぽいルックスをイジられたりしていたんだけど......ねえ、コレって今なら人権侵害だよねえ? まあ、とにかくそんな悩みのアレやコレやを、ボクは今年も同じクラスになった村田さんに相談していたのだった。 そう言えば、話を聞いてもらうのはボクの方ばっかりで、村田さんから何か相談されたことは無かったような。 ......村田さんは誰のことが好きなんだろう? でもある日、なんでも相談できる村田さんにも、話すことができない事態が発生してしまった。 当時ボクはマンションの3階に住んでいた。真下の階には四年生の大宮洋子さんという女の子が住んでいた。 彼女は大所帯なマンションの中でも、比較的近くに住んでいたので、階段で出会ったら挨拶したり、同じ分団のメンバーとして、一緒にグループを作って登校したりしていた。 ......で、そんな何気ない毎日を2年ちょっと過ごした5月のとある日曜日、いつものように偶然階段で大宮さんに出会ったんだ。「こんにちは」 挨拶をすると、すれ違いざま大宮さんに左手を掴まれた。「!?」 ボクは内心ギョッとしたが、剣道と書道で培った平常心を装ってこう言った。「どうかしたの?」「ちょっとエレベーターホールまで来て」と真剣な目で言う大宮さん。 手を掴まれたまま、ボクはエレベーターホールまで連れて行かれた。「ちょっとここに立って」 彼女はそう言うと、ボクを、エレベーターのすぐ横の壁を、背にするように立たせた。「真田君は好きな女子とか居るの?」 そのままボクの前に立って、彼女は言う。「いや、特には......無いかな?」 酒井さんの事は黙っておくことにした......言っても誰の事か分からないだろうし。 多分、ボクの目は泳いでいただろう。「杉浦さんや片桐さんは?」 彼女は続ける。こりゃ、まるで尋問だな。 杉浦さんは6階、片桐さんは4階に住んでいる女の子だ。因みに二人とも大宮さんと同じ4年生で......そう言えばつい最近、杉浦さんのウチで3人で遊んだな。 片桐さんが先に帰った後、杉浦さんとふざけあってたら、なんか弾みで、抱き合う形になって......気まずくなって帰ったんだっけ。 大宮さん、ひょっとして杉浦さんに何か聞いたのかな?「うん、別に......普通に友だちだけど」「......ふうん」 大宮さんは、少し不満げな顔になった。 こうやってあらためて見ると、大宮さんもなかなかチャーミングではある。 背はボクより少し低い。浅黒い肌に、黒目がちな大きな瞳。少し下がり気味の太めの眉は、天然パーマでショートカットの髪と同様、茶色がかっている。それに整った形の唇だな。そんなことにあらためて気づいたりしていた。「ねえ、真田くん」「な、なにかな?」「ちょっと、目をつぶって」「......どうして?」「どうしても」 ボクは覚悟を決めて目をつぶった。杉浦さんにあんなことをしたんだ。 さあ、ビンタが飛んでくるのかそれとも......?「!?」 唇に温かい感触があった。ボクは、薄く目を開けてしまった。 背伸びをした大宮さんが、自分の唇を、ボクのソレに押し付けていたのだった。 実際には1秒も無かったのかもしれない。でもボクには、時間が止まったように感じた。そして大いに混乱していた。 次の瞬間、目を開いた大宮さんがパッと後ずさった。そして悪戯っぽく笑うと、回れ右をして、駆け足で帰ってしまった。 ボクはといえば、すっかり放心状態だった。 ふと、我に返って考え始めたが、混乱は増すばかり。えっ、ちょっ、なんで?......いやいや順序が?......まず好きです、付き合ってください。で、何回かデートして、手をつないで、それからチューだろ!?「あーあー見てられないなあ」 出し抜けに、エレベーターから雪子さんが出てきた。「うわあああ」 ボクは大声を出した。「毎回、いいリアクションをありがとう。そろそろ慣れたら?......ああそれから、ファーストキスおめでとう」「......いつからそこに?」「うん、雪村君が年下女子に"壁ドン"されたところから」「......カベ......なんて?」「ああ、まだこの時空では、"壁ドン"て言わないのかあ、残念」「でもなんでこんなことに......ひょっとしてコレも雪子さんの仕業!?」「そんな無粋なことはしないわよ。私を何だと思っているのよ」「でも出てくるタイミングが良すぎじゃないですか?」「こうなることを知ってたからね。雪村君の初めてに立ち合えて幸せ~」「悪趣味ですよ」「お、難しい言葉も覚えたじゃな。」「おかげさまで。あれからたくさん本を読んでますから」「これからも雪村君の色々な初めてに立ち合いたいなあ」「......それは勘弁してください」「冗談はともかく、こうなったのは雪村君、あなたのせいなのよ」「え?」「友だちだと思って、無自覚に女の子に近づきすぎなのよ」「どうせボクは女子の同類なんだから......だいたいまだ、ボクらは小学生なに」「あなたは随分男らしくなってきた。剣道部を二年も続けてきたことの副産物よ。だから女子があなたを見る目が変わってきているのよ......あなたの人生の最初の"モテ期"をせいぜい楽しんだらいいわ」「"モテ期"ってなんですか?」「そんなの説明しないわよ。自分で考えなさい!......それから、こっちが本題なんだけど」 雪子さんが真剣な顔になった。「以前、箪笥の上に模型飛行機を置いた犯人、まだ解らないわ」「ああ、アレかあ」「あなたを階段から落ちるように仕向けた者、川の中にあなたを引きずり込もうとした者、あなたに毒蛇を近づけた者、あなたの父親に深酒させた者。みんな同じ人物だと私は考えているの。」 ボクがまだ幼いころ、深酒した父さんが乱暴してボクに怪我をさせた件もか。その傷跡はまだボクの右の上まぶたに残っている。「私は観測を続けるけど、あなたも今後の生活に気を配って。」「あの、雪子さん」「なあに?」「どうしてそんなにボクのことを守ってくれるんですか?」 それには答えずに彼女はこう言った。「あなた、ウルトラマンとか仮面ライダーが好きよね?」「うん」「どうして彼らは、ニンゲンを助けてくれるのかしら?」「......それは、正義の......味方だから?」「違うわ」「えっ!?」「ウルトラマンは、初めて地球にやって来たときに、地球人を一人、うっかり殺しているのよ」「!?」「だからその罪滅ぼしに、何年も何年も新しいウルトラマンが地球にやって来て、怪獣や宇宙人から人類を守っているの」「そう......なんだ」「仮面ライダーは、自分を醜い改造人間にした悪の組織を脱走して、その復讐をしているのよ。結果的に人類の味方になっているだけ......みんな自分のために、戦ってるの。その活動が、結果として、みんなのためになっているから、野放しにされているだけなの」「......だからね」 雪子さんは続ける。「私も戦うのよ。あなたのために。そして私のために......例えそれが、正義でなくてもね!」 そう言い残すと、雪子さんはまたいつものように消えてしまったのだった。
