ep.270 管理のその先へ。氷のペンギンと虹の水流
有給休暇から明けたテラ。その瞳からは刺々しさが消え、代わりに「深い諦念」と、わずかな「慈しみ」が宿っていました。彼女は月面拠点の中央広場に全住民を集め、第一フェーズ運用の締めくくりとして壇上に立ちました。
「住民の皆さん、および咲姫様、うさちぁん様。...この一週間の監査結果を報告します。結論から言えば、この街の住民の行動は、私の予測モデルをことごとく裏切る、非効率の極致でした」 住民たちが「やっぱり怒られるのか...」と身を縮めた瞬間、テラはボードをパチンと閉じました。 「しかし、その『予測不能なバグ』こそが、外部からの衝撃...例えば今回のような宇宙魚の侵入やインフラの不調に対し、驚異的な復旧力を発揮していることも認めざるを得ません。遊び(無駄)があるからこそ、システムは折れない。...それを、あなたたちに教えられました」
テラは最後の大仕事として、咲姫の『エンペリア』と『アンペリア』の制御系を再構築しました。 「これより、インフラの一部を『ハッピー・ランダム・モード』に移行します。1日に30分だけ、蛇口から出る水が、うさちぁん様の気分次第で『最高級のお出汁』や『微炭酸水』に変わるように設定しました」 「えええっ!? ペンギンちゃん、太っ腹だよぉぉ!」 「勘違いしないでください。不規則な喜びを与えることで、翌日の住民の作業効率が15%向上するという試算に基づいた、冷徹な判断です」 ツンとした顔で言い放つテラでしたが、その背後では月面から宇宙空間に向けて、虹色に輝く聖水の噴水が、祝福のように吹き上がりました。
「地の章」の運用フェーズは、ここに一つの完成を見ました。 リオの胃痛は完全に消えることはありませんが、テラという最強の「盾」を得たことで、エトスフェリアの経済とインフラは盤石となりました。
「テラちゃん、これからもよろしくなのです!」 「...。咲姫様、ベタベタしないでください。暑苦しいのは非効率です。...。...。...ですが、この後の祝勝会で出す『銀河イワシ』の鮮度管理だけは、私が責任を持って行います。...早く、会場へ向かいましょう」 フリッパー(翼)でちょんちょんと咲姫の背中を押し、先を歩くテラ。その足取りは、着任した時よりもずっと軽やかで、エトスフェリアの暖かな風に馴染んでいるのでした。
【地の章:テラ編・完結】