ホーム町の小さなお守り魔女と、言葉を紡ぐ金の犬〜不老幼女の大魔女、人間の言葉を喋る魔犬たちと暮らしていたら、魔法都市ができていました~第十七話 小さな先生たちと、あおぞら魔法学校
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第十七話 小さな先生たちと、あおぞら魔法学校

 霊峰ヴァルグヴェルドの深い山に佇む、大魔女モルガナの館。そこには人の言葉を解し、魔法を操る誇り高き『魔犬(クーシー)』たちが数百年の年月を共に暮らしていた。

 ある日、麓のベイスの町に住む、少年ノランと金の魔犬ブランが出会い、やがて故郷の町を守るため大魔女と契約を交わした少年レオンは、白銀の魔犬クゥとともに「町へ降りる魔犬たちの世話役」としての歩みを始める。

 宮廷で孤独を抱えていた第三王女エレアノーリエは、ノランやモルガナとの出会いを経て成長し、やがてノランと絆を結んでベイスの町の領主となり、人と魔犬が共に笑い合う「魔法都市」の礎を築いていく――。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 領主館の執務室に、重苦しい溜め息が一つ落ちた。


「...やはり、一筋縄ではいきませんわね、ノラン先生」


 美しい赤髪を揺らし、苦笑いを浮かべたのは『コードリア辺境女伯』としてこのベイス=アルカの町を治めるエレアノーリエだった。その机の上には、町中に張り出された告知の控えと、一枚も埋まっていない「魔法教室・参加希望者名簿」が淋しく置かれている。


「うーん...理論のテキストや、安全面でのカリキュラムは完璧に組み立てたつもりなんだけどな」


 隣で羊皮紙の束を整理していたノランも、困ったように眉をひそめた。

 エレアノーリエには、領主として、そして一人の魔導士として抱く強い理念があった。

 かつて王宮の宮廷魔導士や高位貴族たちが内々で秘匿し、自らの権力を誇示するためだけに独占してきた『魔道魔法』その魔法技術を、一般の民草(町の人々)に広く普及させ、我が国の文明を押し上げる――。

 それが、兄たる王から北の辺境伯を任された自らの使命だと理解していた。

 その高邁な第一歩として、彼女は「ベイス=アルカ 魔法学校」の設立を計画したのだ。

 しかし、目の前には「三つの高い壁」が立ちはだかっていた。

 第一に、教師不足。魔道魔法を理解し、なおかつ素人に安全でわかりやすく教えられる人材など、この領地にノランとエレアノーリエの二人しか存在しない。

 第二に、時間の限界。急成長を遂げる魔法都市の行政や施設整備に追われる二人は、毎日教壇に立ち続けるほどの時間的余裕がなかった。

 そして何より最大の難関が、第三の意識の壁だった。


「町の人々に話を聞いて回ったのですが...『魔法なんて雲の上の貴族様が使うものでしょう?』とか、『平民の自分たちが覚えられるもんじゃねぇだろ』なんて言われてしまって...」


 エレアノーリエは胸を痛めるように唇を噛んだ。人々の中に長年根付いた「魔法は貴族の特権」という固定観念と遠慮が、大きな溝となって横たわっていたのだ。

 その時、コンコンと軽やかなノックの音が響き、扉が開いた。


「失礼します! エレアノーリエ様...あ、兄ちゃん!」

「領主様、友犬の三匹が別室で控えるのはよう限界だと...申し訳ありません...」

 入ってきたのは、魔犬の世話役を務める少年レオンと、その相棒である白銀の魔犬クゥだった。さらに二人の足元からは、トコトコと賑やかな足音が続いて入ってくる。エレアノーリエの友犬である三匹の子魔犬たちだ。


「きゅぅん!」「わんっ!」
『おしごとばっかり!』『あそんでよ、エレア!』


 子魔犬たちはエレアノーリエを見つけると怒りながら、しかし嬉しそうに尻尾をブンブンと振り、彼女の膝元へすり寄ってきた。

 桃色の鼻先をフンフン鳴らした一頭が、小さな前足をちょんと上げると、その爪先からポッと温かな光の玉が浮かび上がる。

 それを見た黒色の毛並みの子魔犬が、微細な風の魔法を操り、光の玉をふわふわと宙で躍らせてみせた。

 最後の一頭が水滴の粒を弾けさせ、光を反射させて小さな光のプリズムを作る。


「ふふ、まあ...。本当に器用でお利口な子たち」


 愛らしい「もふもふ」たちのパフォーマンスに、エレアノーリエの表情がふっと和らぐ。その光景をじっと見つめていたノランが、突然「ポンッ」と自分の手を打った。


「...エレア様。もしかして僕たち、頭が硬くなっていたかもしれません」

「えっ? どういうことですの、ノラン先生?」

「『人間』が教えられないなら、魔法を操る『魔犬たち』に手伝ってもらえばいいんですよ!」


 ノランの言葉に、部屋にいた全員が目を丸くした。


「魔犬たちが...先生!?」

「ええ! 魔法を小難しいお勉強として教えようとするから受け入れにくいんです。最初は『可愛い魔犬と触れ合って遊ぶイベント』として募集すれば、町の子どもたちだって喜んで集まってくるはずです!」


 エレアノーリエの紫色の瞳が、みるみるうちに歓喜の輝きを帯びていく。


「それですわ、ノラン先生! 難しさを極限まで抑え、まずは『魔法って楽しくて身近なものなんだ』と体感してもらう...! これなら子どもたちも怖がらずにやって来ますわ!」


 レオンも「それ、すごく面白そう!」と目を輝かせた。


「町の子どもたちは魔犬たちのことが大好きだからね! 俺も全力で手伝うよ!」

「ううーん...」


 クゥが白銀の毛並みを揺らし、重々しく頷いた。


「領主様のお考え、実に見事です。ですが、子どもたちに魔法を教えるとなれば、万が一の暴走や安全管理は絶対です。私たちが魔犬たちのマナー指導と、当日の警備監督を徹底いたしましょう」

「えっ?!俺も?クゥは心配性だなぁ」

「当然のことを言ってるだけです!ほら、世話役さんはノートから良さそうな魔犬を見つけてください!」


 こうして、「もふもふ先生」たちによる青空教室の作戦が動き出したのである。

 数日後。レオンとクゥによる徹底的な特訓が行われた。

 友犬三匹をはじめ、レオンがみっちり調べあげた、町馴染みの魔犬、小さなからだの町魔犬たちがモルガナの館の庭園に集められ、「子どもたちが興奮しても決して驚かないこと」「魔法の手助けをする時の力の加減」など、手厚いレクチャーが叩き込まれた。

「おれ!火の魔法が一番得意だ!どかーんっと見せてやってもいいかなっ?」

「ダメに決まっているでしょう!!火は禁止、あぁ!雷も!身体強化なんてもっての他ですよ!」


 人間の子供、それも沢山来ると聞かされた魔犬たちのやる気はすさまじく。その制御に苦労するクゥであった。

 そして迎えた週末のベイス中央広場。

 澄み渡る青空の下、『あおぞら魔犬ふれあい広場! もふもふたちと遊ぼう』と書かれた大きな横断幕が掲げられていた。


「わあ...! ほんとうに可愛い魔犬たちがいる!」

「見て見て、あの子犬、尻尾振ってるよ!」


 告示を見て集まってきたのは、予想を遥かに超える数の町の子どもたちだった。魔法教室には見向きもしなかった子どもたちが、もふもふの魔犬たちに引き寄せられて目を輝かせている。

 遠巻きには、心配そうに様子を見守る親たちの姿もあった。


「みんな、集まってくれてありがとう!」


 広場の中央で、レオンが元気に声を張り上げた。

「今日は、魔犬たちがみんなに特別なパフォーマンスを見せてくれるよ!」


 歓声が上がる中、エレアノーリエの友犬三匹と魔犬たちが進み出た。

 一頭が小さなおもちゃの紙飛行機を口にくわえて放つ。ただ飛ぶだけではない。微小な風魔法を纏わせた飛行機は、まるで空中でお絵描きをするように、子どもたちの頭上を優しく優雅に旋回してみせた。


「すごーい! 落ちないで飛んでる!」


 続いて、広場の木枠に作られた的に向かって、子魔犬が鼻先からポッと温かな光の球を放つ。ポンッ、ポンッ、と見事に的に命中し、最後には色鮮やかな光のアーチが広場を彩った。

 さらにもう一頭が、放射状に細かな水魔法を空へと打ち上げる。日光を浴びた水滴が弾け、子どもたちの頭上にくっきりと美しい七色の「虹」が作り出された。


「綺麗...っ!」「ねえ、これって魔法なの!?」


 拍手と歓声が湧き起こる中、エレアノーリエとノランが優しく歩み出た。


「ええ、そうですわ」


 エレアノーリエが子どもたちに目線を合わせ、柔らかく微笑む。


「これはね、特別な貴族様だけの技術ではないの。みんなも勉強して練習すれば、同じように使えるかもしれない『魔道魔法』なんだよ」

「ええっ!? 僕たちも、こんな魔法が使えちゃうの!?」


 子どもたちがざわめき、一斉に身を乗り出した。「やってみたい!」「僕も虹を作ってみたい!」と声が上がる。


「よし! それじゃあ『もふもふ先生』と一緒に、実際に魔法を感じてみよう!」


 ノランの合図で、広場に用意された専用の「魔法体験エリア」へと案内された。そこには、薄く刻まれた魔導陣の練習盤が置かれている。

 いざ体験となると、少し怖がって手足をこわばらせる子どももいた。しかし、そこへすかさず「もふもふ先生」たちが寄り添う。


「クゥアンッ」


 子魔犬がピタリと子どもの脚に体を寄せ、安心させるように前足を膝に乗せる。子どもが「魔力を感じる」ために目を閉じて集中しようとすると、魔犬はおでこや鼻先をそっと子どもの手に重ねた。


(大丈夫、怖くないよ。自分の胸の奥にある温かいものを、手元に集めてごらん――)


 言葉はなくとも、魔犬から伝わる優しく細やかな魔力の波動が、子どもたちの身体の中に眠る魔力を呼び醒ましていく。もし子どもが力んで魔力を暴走させそうになっても、即座に魔犬が自分の魔法で包み込み、優しく相殺して微調整(サポート)してくれるのだ。


「あ...! なにか、手の中が温かくなってきた...!」


 少女が感動に目を丸くしながら、教えられた通りに手元の練習盤へそっと魔力を押し当てた。

 次の瞬間――キュイン、と心地よい鈴の音のような音が響き、練習盤から小さな『つむじ風』が起こって少女の髪を優しく揺らした。


「できた...! 私、風の魔法が出せたよ!!」

「すごいじゃないか、ルチア!」

 隣の男の子も、魔犬の励ましのハグを受けながら盤に手をかざす。パッと弾けたのは、綺麗な金色に輝く光の粒だった。


「見て! 僕のは光だ! 魔犬が、僕の手に魔法を教えてくれたんだ!」


 体験が成功するたび、魔犬たちは「わんっ!」と嬉しそうに声をあげ、尻尾をちぎれんばかりに振って子どもたちを褒めちぎった。子どもたちも大喜びで魔犬の背中や頭を抱きしめ、撫でまわす。

 広場全体が、かつてない感動と笑顔、そして魔法の輝きで満たされていった。


「まさか...うちの子が魔法を使えるなんて...」


 広場の外縁で見守っていた保護者たちが、呆然とした声を漏らしていた。


「魔法なんて、自分たちとは一生縁のない遠い世界のものだと思っていました...」

「そうですね。私たちが『知らない』だけで、本当は誰にでも広がる可能性だったのですね...」


 かつて町を覆っていた冷ややかな偏見の壁は、子どもたちの弾けるような笑顔と、魔犬たちの温かな毛並みの前で、雪解けをはじめていた。


「もっと魔法を習いたい!」「明日ももふもふ先生に教えてほしいよ!」


 夕暮れ時になっても、子どもたちは目を輝かせたまま広場を去ろうとしない。エレアノーリエとノランは、しっかりと確固たる手応えを感じながら、深く頷き合った。


(...これが、わたくしたちの目指す『ベイス=アルカ 魔法学校』の第一歩ですわ!)


 この日を境に、革新的な「教育体制」が確立された。

 領主であるエレアノーリエとノランがカリキュラムの作成や魔法理論の管理、全体監督を担う。

 現場では、魔犬たちが「もふもふ先生」として子どもたち一人ひとりにマンツーマンで寄り添い、実技と安全を伴走サポートする。

 そしてレオンとクゥが、現場全体の進行と安全管理を徹底的に取り仕切る。

 この日、青空の下で産声をあげた「あおぞら教室」こそが、後に数多くの優れた魔法士や職人を輩出することになる『ベイス=アルカ 魔法学校』の輝かしい母体となった。

 そして、子どもたちが初めて魔力を押し当て、自分の適性を確かめたあの魔法陣の盤――。それは後の魔法学校において、新入生たちの適性検査やクラス分けを行うための大切な伝統として受け継がれていくことになる。

 人と魔犬が共に学び、教え合い、手を携えて歩んでいく――。

 魔法都市ベイス=アルカに、また一つ、温かな希望に満ちた未来の扉が開かれたのだった。

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町の小さなお守り魔女と、言葉を紡ぐ金の犬〜不老幼女の大魔女、人間の言葉を喋る魔犬たちと暮らしていたら、魔法都市ができていました~作者:あづみ
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第十七話 小さな先生たちと、あおぞら魔法学校

 霊峰ヴァルグヴェルドの深い山に佇む、大魔女モルガナの館。そこには人の言葉を解し、魔法を操る誇り高き『魔犬(クーシー)』たちが数百年の年月を共に暮らしていた。

 ある日、麓のベイスの町に住む、少年ノランと金の魔犬ブランが出会い、やがて故郷の町を守るため大魔女と契約を交わした少年レオンは、白銀の魔犬クゥとともに「町へ降りる魔犬たちの世話役」としての歩みを始める。

 宮廷で孤独を抱えていた第三王女エレアノーリエは、ノランやモルガナとの出会いを経て成長し、やがてノランと絆を結んでベイスの町の領主となり、人と魔犬が共に笑い合う「魔法都市」の礎を築いていく――。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 領主館の執務室に、重苦しい溜め息が一つ落ちた。


「...やはり、一筋縄ではいきませんわね、ノラン先生」


 美しい赤髪を揺らし、苦笑いを浮かべたのは『コードリア辺境女伯』としてこのベイス=アルカの町を治めるエレアノーリエだった。その机の上には、町中に張り出された告知の控えと、一枚も埋まっていない「魔法教室・参加希望者名簿」が淋しく置かれている。


「うーん...理論のテキストや、安全面でのカリキュラムは完璧に組み立てたつもりなんだけどな」


 隣で羊皮紙の束を整理していたノランも、困ったように眉をひそめた。

 エレアノーリエには、領主として、そして一人の魔導士として抱く強い理念があった。

 かつて王宮の宮廷魔導士や高位貴族たちが内々で秘匿し、自らの権力を誇示するためだけに独占してきた『魔道魔法』その魔法技術を、一般の民草(町の人々)に広く普及させ、我が国の文明を押し上げる――。

 それが、兄たる王から北の辺境伯を任された自らの使命だと理解していた。

 その高邁な第一歩として、彼女は「ベイス=アルカ 魔法学校」の設立を計画したのだ。

 しかし、目の前には「三つの高い壁」が立ちはだかっていた。

 第一に、教師不足。魔道魔法を理解し、なおかつ素人に安全でわかりやすく教えられる人材など、この領地にノランとエレアノーリエの二人しか存在しない。

 第二に、時間の限界。急成長を遂げる魔法都市の行政や施設整備に追われる二人は、毎日教壇に立ち続けるほどの時間的余裕がなかった。

 そして何より最大の難関が、第三の意識の壁だった。


「町の人々に話を聞いて回ったのですが...『魔法なんて雲の上の貴族様が使うものでしょう?』とか、『平民の自分たちが覚えられるもんじゃねぇだろ』なんて言われてしまって...」


 エレアノーリエは胸を痛めるように唇を噛んだ。人々の中に長年根付いた「魔法は貴族の特権」という固定観念と遠慮が、大きな溝となって横たわっていたのだ。

 その時、コンコンと軽やかなノックの音が響き、扉が開いた。


「失礼します! エレアノーリエ様...あ、兄ちゃん!」

「領主様、友犬の三匹が別室で控えるのはよう限界だと...申し訳ありません...」

 入ってきたのは、魔犬の世話役を務める少年レオンと、その相棒である白銀の魔犬クゥだった。さらに二人の足元からは、トコトコと賑やかな足音が続いて入ってくる。エレアノーリエの友犬である三匹の子魔犬たちだ。


「きゅぅん!」「わんっ!」
『おしごとばっかり!』『あそんでよ、エレア!』


 子魔犬たちはエレアノーリエを見つけると怒りながら、しかし嬉しそうに尻尾をブンブンと振り、彼女の膝元へすり寄ってきた。

 桃色の鼻先をフンフン鳴らした一頭が、小さな前足をちょんと上げると、その爪先からポッと温かな光の玉が浮かび上がる。

 それを見た黒色の毛並みの子魔犬が、微細な風の魔法を操り、光の玉をふわふわと宙で躍らせてみせた。

 最後の一頭が水滴の粒を弾けさせ、光を反射させて小さな光のプリズムを作る。


「ふふ、まあ...。本当に器用でお利口な子たち」


 愛らしい「もふもふ」たちのパフォーマンスに、エレアノーリエの表情がふっと和らぐ。その光景をじっと見つめていたノランが、突然「ポンッ」と自分の手を打った。


「...エレア様。もしかして僕たち、頭が硬くなっていたかもしれません」

「えっ? どういうことですの、ノラン先生?」

「『人間』が教えられないなら、魔法を操る『魔犬たち』に手伝ってもらえばいいんですよ!」


 ノランの言葉に、部屋にいた全員が目を丸くした。


「魔犬たちが...先生!?」

「ええ! 魔法を小難しいお勉強として教えようとするから受け入れにくいんです。最初は『可愛い魔犬と触れ合って遊ぶイベント』として募集すれば、町の子どもたちだって喜んで集まってくるはずです!」


 エレアノーリエの紫色の瞳が、みるみるうちに歓喜の輝きを帯びていく。


「それですわ、ノラン先生! 難しさを極限まで抑え、まずは『魔法って楽しくて身近なものなんだ』と体感してもらう...! これなら子どもたちも怖がらずにやって来ますわ!」


 レオンも「それ、すごく面白そう!」と目を輝かせた。


「町の子どもたちは魔犬たちのことが大好きだからね! 俺も全力で手伝うよ!」

「ううーん...」


 クゥが白銀の毛並みを揺らし、重々しく頷いた。


「領主様のお考え、実に見事です。ですが、子どもたちに魔法を教えるとなれば、万が一の暴走や安全管理は絶対です。私たちが魔犬たちのマナー指導と、当日の警備監督を徹底いたしましょう」

「えっ?!俺も?クゥは心配性だなぁ」

「当然のことを言ってるだけです!ほら、世話役さんはノートから良さそうな魔犬を見つけてください!」


 こうして、「もふもふ先生」たちによる青空教室の作戦が動き出したのである。

 数日後。レオンとクゥによる徹底的な特訓が行われた。

 友犬三匹をはじめ、レオンがみっちり調べあげた、町馴染みの魔犬、小さなからだの町魔犬たちがモルガナの館の庭園に集められ、「子どもたちが興奮しても決して驚かないこと」「魔法の手助けをする時の力の加減」など、手厚いレクチャーが叩き込まれた。

「おれ!火の魔法が一番得意だ!どかーんっと見せてやってもいいかなっ?」

「ダメに決まっているでしょう!!火は禁止、あぁ!雷も!身体強化なんてもっての他ですよ!」


 人間の子供、それも沢山来ると聞かされた魔犬たちのやる気はすさまじく。その制御に苦労するクゥであった。

 そして迎えた週末のベイス中央広場。

 澄み渡る青空の下、『あおぞら魔犬ふれあい広場! もふもふたちと遊ぼう』と書かれた大きな横断幕が掲げられていた。


「わあ...! ほんとうに可愛い魔犬たちがいる!」

「見て見て、あの子犬、尻尾振ってるよ!」


 告示を見て集まってきたのは、予想を遥かに超える数の町の子どもたちだった。魔法教室には見向きもしなかった子どもたちが、もふもふの魔犬たちに引き寄せられて目を輝かせている。

 遠巻きには、心配そうに様子を見守る親たちの姿もあった。


「みんな、集まってくれてありがとう!」


 広場の中央で、レオンが元気に声を張り上げた。

「今日は、魔犬たちがみんなに特別なパフォーマンスを見せてくれるよ!」


 歓声が上がる中、エレアノーリエの友犬三匹と魔犬たちが進み出た。

 一頭が小さなおもちゃの紙飛行機を口にくわえて放つ。ただ飛ぶだけではない。微小な風魔法を纏わせた飛行機は、まるで空中でお絵描きをするように、子どもたちの頭上を優しく優雅に旋回してみせた。


「すごーい! 落ちないで飛んでる!」


 続いて、広場の木枠に作られた的に向かって、子魔犬が鼻先からポッと温かな光の球を放つ。ポンッ、ポンッ、と見事に的に命中し、最後には色鮮やかな光のアーチが広場を彩った。

 さらにもう一頭が、放射状に細かな水魔法を空へと打ち上げる。日光を浴びた水滴が弾け、子どもたちの頭上にくっきりと美しい七色の「虹」が作り出された。


「綺麗...っ!」「ねえ、これって魔法なの!?」


 拍手と歓声が湧き起こる中、エレアノーリエとノランが優しく歩み出た。


「ええ、そうですわ」


 エレアノーリエが子どもたちに目線を合わせ、柔らかく微笑む。


「これはね、特別な貴族様だけの技術ではないの。みんなも勉強して練習すれば、同じように使えるかもしれない『魔道魔法』なんだよ」

「ええっ!? 僕たちも、こんな魔法が使えちゃうの!?」


 子どもたちがざわめき、一斉に身を乗り出した。「やってみたい!」「僕も虹を作ってみたい!」と声が上がる。


「よし! それじゃあ『もふもふ先生』と一緒に、実際に魔法を感じてみよう!」


 ノランの合図で、広場に用意された専用の「魔法体験エリア」へと案内された。そこには、薄く刻まれた魔導陣の練習盤が置かれている。

 いざ体験となると、少し怖がって手足をこわばらせる子どももいた。しかし、そこへすかさず「もふもふ先生」たちが寄り添う。


「クゥアンッ」


 子魔犬がピタリと子どもの脚に体を寄せ、安心させるように前足を膝に乗せる。子どもが「魔力を感じる」ために目を閉じて集中しようとすると、魔犬はおでこや鼻先をそっと子どもの手に重ねた。


(大丈夫、怖くないよ。自分の胸の奥にある温かいものを、手元に集めてごらん――)


 言葉はなくとも、魔犬から伝わる優しく細やかな魔力の波動が、子どもたちの身体の中に眠る魔力を呼び醒ましていく。もし子どもが力んで魔力を暴走させそうになっても、即座に魔犬が自分の魔法で包み込み、優しく相殺して微調整(サポート)してくれるのだ。


「あ...! なにか、手の中が温かくなってきた...!」


 少女が感動に目を丸くしながら、教えられた通りに手元の練習盤へそっと魔力を押し当てた。

 次の瞬間――キュイン、と心地よい鈴の音のような音が響き、練習盤から小さな『つむじ風』が起こって少女の髪を優しく揺らした。


「できた...! 私、風の魔法が出せたよ!!」

「すごいじゃないか、ルチア!」

 隣の男の子も、魔犬の励ましのハグを受けながら盤に手をかざす。パッと弾けたのは、綺麗な金色に輝く光の粒だった。


「見て! 僕のは光だ! 魔犬が、僕の手に魔法を教えてくれたんだ!」


 体験が成功するたび、魔犬たちは「わんっ!」と嬉しそうに声をあげ、尻尾をちぎれんばかりに振って子どもたちを褒めちぎった。子どもたちも大喜びで魔犬の背中や頭を抱きしめ、撫でまわす。

 広場全体が、かつてない感動と笑顔、そして魔法の輝きで満たされていった。


「まさか...うちの子が魔法を使えるなんて...」


 広場の外縁で見守っていた保護者たちが、呆然とした声を漏らしていた。


「魔法なんて、自分たちとは一生縁のない遠い世界のものだと思っていました...」

「そうですね。私たちが『知らない』だけで、本当は誰にでも広がる可能性だったのですね...」


 かつて町を覆っていた冷ややかな偏見の壁は、子どもたちの弾けるような笑顔と、魔犬たちの温かな毛並みの前で、雪解けをはじめていた。


「もっと魔法を習いたい!」「明日ももふもふ先生に教えてほしいよ!」


 夕暮れ時になっても、子どもたちは目を輝かせたまま広場を去ろうとしない。エレアノーリエとノランは、しっかりと確固たる手応えを感じながら、深く頷き合った。


(...これが、わたくしたちの目指す『ベイス=アルカ 魔法学校』の第一歩ですわ!)


 この日を境に、革新的な「教育体制」が確立された。

 領主であるエレアノーリエとノランがカリキュラムの作成や魔法理論の管理、全体監督を担う。

 現場では、魔犬たちが「もふもふ先生」として子どもたち一人ひとりにマンツーマンで寄り添い、実技と安全を伴走サポートする。

 そしてレオンとクゥが、現場全体の進行と安全管理を徹底的に取り仕切る。

 この日、青空の下で産声をあげた「あおぞら教室」こそが、後に数多くの優れた魔法士や職人を輩出することになる『ベイス=アルカ 魔法学校』の輝かしい母体となった。

 そして、子どもたちが初めて魔力を押し当て、自分の適性を確かめたあの魔法陣の盤――。それは後の魔法学校において、新入生たちの適性検査やクラス分けを行うための大切な伝統として受け継がれていくことになる。

 人と魔犬が共に学び、教え合い、手を携えて歩んでいく――。

 魔法都市ベイス=アルカに、また一つ、温かな希望に満ちた未来の扉が開かれたのだった。

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