第四十七話 リュシアンと、大好きな魔犬たち
霊峰ヴァルグヴェルドの深い山に佇む、大魔女モルガナの館。そこには人の言葉を解し、魔法を操る誇り高き『魔犬(クーシー)』たちが数百年の年月を共に暮らしていた。
ある日、麓のベイスの町に住む、少年との出会いを境に魔犬たちは町へ降り、人々との暮らしを紡ぎ始める。
そして、モルガナの弟子となった第三王女エレアノーリエを、領主として迎えたベイスの町は、人と魔犬が共に笑い合う魔法都市へと変貌していった――。
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コードリア領に厳しい冬の訪れを告げる、深々と雪が降り積もる日のことだった。
辺り一面が純白の静寂に包まれる中、領主の館に新しい命が泣き声を上げた。領主アイリスとユリウスの息子――リュシアンの誕生である。
リュシアンは輝く金の髪と、透き通るような紫の目を持って生まれた。両親の面影を強く感じさせるその容貌に、家族はみな喜び、大切に、大切に育てられた。
一歳を迎える誕生日、雪と寒さが支配する季節に生まれた彼へ、両親であるユリウスとアイリスから贈られたのは、一匹のぬいぐるみだった。
それは上質なウールで作られた、毛の長い白い大型犬のぬいぐるみ。まだ赤ん坊だったリュシアンの小さな腕には少し大きすぎたが、彼はそのぬいぐるみを自分の体ほどもある大きさであるにもかかわらず、初めて抱きしめた瞬間から手放そうとしなかった。
「ふふ、まるで本当の魔犬みたいに抱きついてるわね」
アイリスが微笑ましそうに見守る中、言葉が話せるまでになったリュシアンは、その白いぬいぐるみに名前をつけた。――「シロツメ」。
それからというもの、「ぼくのシロツメ」はいつでもリュシアンの傍らにあった。肌寒い夜のベッドの中でも、お昼寝のときも、ぐずったときも、その長くて真っ白な毛並みに顔を埋めていなければリュシアンは安心して眠ることができない。
もっとも、リュシアンが犬のぬいぐるみにこれほど執着するのも無理はない環境だった。
なにせコードリア領の領主館には、両親の頼もしい相棒であるベテランの魔犬・ガロンがどっしりと居構えている。さらに館の敷地内には「魔犬役場」が併設されており、日々様々な魔犬たちが出入りしていた。
リュシアンにとって、魔犬は物心ついたときから日常の一部だった。
ガロンの前足が空いているとみれば、フサフサした背中に乗せてもらって館の中をお散歩するのは日常茶飯事だし、役場の前を通れば、山から居りてきたばかりの子魔犬たちが「リュシアン!今日も元気だねっ!」と可愛らしい尻尾を揺らして挨拶をしてくれる。
だからこそ、リュシアンの魔犬愛は止まることを知らず、その行動は大胆になっていった。
(ぼくも、もっといろんなクーシーたちにあいたい!)
そう思ったリュシアンは、じっとしていられない性格をそのままに、さっそく行動に移す。
あるときは、曾祖母であるエレアノーリエの執務室にトコトコと歩いていき、「ひいおばあちゃま、まちのほうへおちゅかいにいきたいの! ちゅれてって!」と可愛らしくおねだりをする。
変化の魔法で老婆の姿をとっているエレアノーリエは、この愛らしいひ孫の頼みにはめっぽう弱く、「まったく、仕方ない子ねぇ」と目を細めながら、こっそり町の一角へと連れ出してくれた。
それだけならば、両親も安心して息子をエレアノーリエに任せていられたのだが、別の日には、もっと大胆な事件が起きた。
いつも通り魔犬役場を訪れると、一匹の子魔犬が両目を瞑り前足を揃えて集中している様子が見えた。リュシアンはその子魔犬が目を開けるまでじぃっと見ながら待った。
「ねぇ?なにちてたの?」
「――わぁっ! びっくりした! ...君、リュシアンだよね? 今のはね、山の魔女さまに精神感応(テレパシー)で『無事に町へ着きました』ってお伝えしてたんだよ。僕は魔法が下手で心配されてたから...」
子魔犬は照れくさそうにそうリュシアンに教えてくれた。リュシアンも顔みせのために何度か行ったことのある山の館――そこに住まう大魔女モルガナへ連絡ができる。リュシアンの頭上に大きな豆電球がピコンッと飛び出してしまった。
「じゃあさあ? ぼくのことばも、もるがなさまにきいてもらえるかな?」
「うん? いいよ、伝えてあげる!」
リュシアンは顔をぱぁと明るくすると、元気な声で「お願い」を口にした。
「もるがなさまっ! ぼくを、おやまのやかたにつれていってください! いまからいくの!」
魔犬伝いに飛び込んできた、幼いリュシアンの突然のおねだりに、山の館で優雅に紅茶を飲んでいたモルガナは思わず吹き出しかけた。
「んぐっ...!? はぁ、全くあの家系は私を驚かせることが好きなのかしら」
モルガナがため息交じりにパチンっと指を鳴らした瞬間――。
シュッ! と空間が歪み、領主館にいたはずのリュシアンが、モルガナの足元へと華麗に転移魔法で放り出されたのである。
「いらっしゃい、可愛い客人」
「もるがなさまっ! ありがとうございましゅ!」
モルガナに頭をなでられた後、魔犬の群れに飛び込み、生まれたての子魔犬から巨体の群れ長まで、手当たり次第に魔犬と戯れて大喜びしていたリュシアンだったが、その頃、領主館では「息子が突然消えた!」とユリウスとアイリスが血相を変えて大騒ぎ。
数時間後にモルガナの館から再び転移の魔法でひょっこり帰還したリュシアンは、両親から盛大に説教を受けることになったのだった。しかし、本人はケロッとした顔で「だって、いっぱいのクーシーにすぐあいたかったんだもん」と笑っていたのだった。
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そんなふうに、曾祖母のエレアノーリエに手を引かれたり、時には魔犬たちと一緒にベイスの町を駆け回ったりしていたある日のこと。
町の一角で、リュシアンは少し年上の少女が魔犬たちに囲まれている光景に出くわした。
冒険者と魔犬御用達の酒場兼飯屋の『錆びた鉄剣亭』。その看板娘、メーアだった。
メーアの手には、彼女自身が手作りした特製のスナックが握られており、集まってきた魔犬たちはその匂いに鼻をひくひくさせながら、メロメロになって彼女の周りでお座りをしている。
その見事な手際と、魔犬たちが幸せそうなしっぽの振り方をしているのを見て、リュシアンの目はすっかり釘付けになってしまった。
「ちゅごい...! クーシーたちが、みんなおねえちゃんのことだいしゅきだ!」
目をキラキラ輝かせて近づいてきたリュシアンに、メーアは少し照れくさそうに笑いながら、手に持っていたスナックのかけらを差し出した。
「あげる。これね、あたしが自分で作ったの。魔犬たちが喜んでくれるから、毎日いろいろ工夫してるんだ」
「ぼくも! ぼくもクーシーたちに、もっともっとよろこんでもらいたい!」
リュシアンが熱心にそう訴えると、メーアはクスッと笑ってこうアドバイスをくれた。
「ふふ、それなら料理を覚えてみるといいよ。お料理って難しそうに見えるけど、とくにお菓子作りならね、決められた分量をしっかり守りさえすれば、誰でも間違いなく美味しいものが作れるんだから」
「おかち...?」
その言葉を聞いた瞬間、リュシアンの胸の中で、小さな電撃が走ったような気がした。
大好きな魔犬たちに喜んでもらえる。そして、自分でも美味しく作ることができる。
それは、魔犬の尻尾を一日中追いかけている彼にとって、始めて知った「自分が魔犬たちにしてあげられること」だった。
――こうして、雪降る冬に生まれた未来のコードリア領主は、モフモフの魔犬たちへのあふれる愛情と、いつか自分で美味しいお菓子を作ってみたいという夢を胸に、賑やかな日々を駆け抜けていくのだった。