第五話 妖怪たちの夏祭り
「夏祭り......?」
蓮太はおそるおそる口を開いた。
「僕は帰りたいんだけど......」
ワカは困ったように腕を組みうなる。
「それはできないんだ。今は」
「......なんで?」
ワカは蓮太のお面を人差し指でトンと叩いた。
「ここに招かれたからにはまず、『おもてなし』を受けないと」
「おもてなし?」
首をかしげる蓮太に、ワカが言葉を重ねる。
「君は俺たちの大切なお客様なんだ。ふつう、お客様が来たらおもてなしをするだろう? ここではそのおもてなしが夏祭りなんだよ」
「ここで遊べば帰れるってこと?」
「そう」
蓮太はしばらく悩んだのち決心した。
「わかった」
ワカはにやりと笑うと、蓮太の手を取って走り出した。
蓮太たちの進む先にいた妖怪たちがすばやく道を開ける。ここで初めてこの神社の境内の様子がはっきりとわかった。
「――わぁ!」
そこは、少し前まで蓮太がいたあの神社の境内とはまるで違っていた。見渡す限りびっしりと夜店が立ち並び、奥の方まで妖怪たちの人波が続いている。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 目玉ソーダはいかがかな?」
「宙を舞う虹色金魚すくいだよ!」
店主たちの威勢のいい掛け声がそこら中から聞こえてくる。もちろん彼らもみんな妖怪だ。人間の夜店と似ているようだけど明らかに違う。
つい先ほどまでの不安と緊張なんて吹き飛んでしまうくらい、蓮太の心はワクワクした気持ちでいっぱいになった。
ふと空を見上げれば、いつの間にかとっぷりと日が暮れている。月も星も出ておらず、代わりに赤や緑、黄色や紫といった提灯が風船のようにぷかぷかと宙に浮いて、お祭りの会場全体を照らしていた。
「すごいね......!」
「年に一度の一大行事だからね」
目を輝かせ辺りを見回す蓮太にワカは得意げに答えた。
「こんばんは。若様にお客様」
「蛍の光の腕輪はいかが?」
「いっぱい楽しんでおくれよ!」
蓮太とワカが歩くと次々と妖怪たちから声がかかる。
それをワカが適当に受け流しつつ進んでいると、ふいに蓮太の肩にポンと茶色いもじゃもじゃの大きな手が乗った。
驚いて振り返れば、恰幅のいい大狸が笑顔で立っている。蓮太は慌ててワカの後ろに避難した。
「うちの店で宝石すくいはどうですかい?」
その魅力的な響きに思わず大狸の後ろをのぞきこめば、大きなたらいの中に、輝くたくさんの石が入っている。大狸は「どうぞ」と小さなお玉を差し出してきた。
蓮太は促されるがまま、色とりどりの宝石の中にお玉を差し込み、一拍置いて慎重に引き出した。大狸がすかさず小さな麻袋を広げる。
袋の中は輝く宝石でいっぱいになった。
「すごい......!」
自然と感嘆の声が漏れる。
「こんばんは、お客様」
突然声をかけられ宝石から視線を移せば、隣に黄色いちゃんちゃんこを羽織った子狸が立っていた。
「こちらはうちの息子です。こら、お客様がお祭りを楽しむ邪魔をしちゃいかんぞ」
「そんなことしないよ! それに、お客様が楽しければ楽しいほどいいんでしょ? オイラの変化術を見せてあげるよ!」
大狸に不服そうに叫んだあと、目をキラキラさせながら蓮太を見上げてくる。
「見てみたい? 見たいよね?」
「う、うん」
勢いに押され、蓮太は思わずうなずく。それを見た子狸は満足気に居住まいを正すと、わざとらしく咳ばらいをした。
「今から、オイラが出会った歴代のお客様になってみせるよ。と言ってもオイラまだ百二十歳だから、数人のお客様しか知らないんだけどね」
そう言うと、子狸の姿が霧のように溶け、その霧が人の形を作り出す。ポンっと小気味良い音とともに、猿のお面をつけた着物姿の男性が現れた。続けて現れたのは兎のお面のすらりと背の高い少女。最後に子狸が化けたのは、黒猫のお面の小さな女の子だった。
そのあまりにも見覚えのあるお面に、蓮太は言葉を失った。
無意識にお面に手を伸ばそうとした時、
「――とまあ、こんな感じだよ!」
元気な声とともに、女の子は子狸の姿へと戻ったのだった。