ホーム›輪廻の罪と嗤う花›第一話 斗鬼和島のある日
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第一話 斗鬼和島のある日

これは、罪に塗れたとある島の物語
認めたくはないが、僕の死から全ては始まってしまったと言わざるを得ない。

 人の命を食み、血よりも赤い紅の花弁は何よりも生命力に溢れており、その花を支える根は無骨なまでに僕の全てを支配しようとしていた。


 一面に雪が満ちる様をよく銀世界と表現する。しかしまぁ、それを考え出したお方は一体どのようなやんごとなき身分だったのだろう。今僕の目の前に広がる寒々しい光景は銀の鈍い光など少しも感じさせない、陽光を反射する鏡のような白色だ。それとも信号の緑を青色と表現するように、実は白を銀と表現する文化でもあったのであろうか。だとしたらややこしいだけだ。キッチリ統一しておけ。困るのは僕たち子孫なのだ。

 少し下がった愛用の青柳色の縁を持つ眼鏡を人差し指の腹で上げたのとほとんど同時に大あくびをした。肺の中に冷気がトゲとなり、ちくりちくりと刺してくる。幸いなことに昔から寒さにはペンギンのように強い体質だ。拾われた時にはほとんど裸で寒空の下に放置されていたというのだから産まれてすぐから寒さに適応していたのかもしれない。

「ちょっと、夕斗早く来てよ。お父さん首を長くして待ってるわよ」

「そんなに急ぐなよ。転んでも知らんぞ」

 目の前で気持ち早く歩いているのは幼馴染の真砂(まさご)輪(りん)だ。綺麗な茶髪を謎の赤色に染め、僕がその昔に誕プレでやった緑色のヘアピンで髪を留めている。背は高くカモシカのような足......と形容するのは少々ムカつくので、形の良い大根としておこう。そして大根らしさを引き立てる白い肌は今地面を彩っているそれよりも健康的に白い。幼馴染という立場でなければ数秒くらいは目を奪われてしまうかもしれない恵まれた容姿だ。涎ダラダラ垂らす不細工面を良く知っている幼馴染で本当に良かった。

 それに外見は気を使っていても中身の方は未だに小学生気分が抜けていないのか赤いマフラーを粗雑にクルクルと巻いていた。僕の忠告にも「雪がクッションになるから平気よ」なんて無邪気なことをほざく。薄っぺらいクッションに多大な期待を寄せすぎだろう。こういう奴がアパートで意図せず騒音問題を起こしてしまうのだ。

「まったくもう。仕方ない子ね。ごめんね夕斗君」

「いえいえ、慣れてますから」

 輪の母親である心(ここ)寧(ね)さんは年相応に年季と幸せの入った微笑みを浮かべる。そして持っていた花束を水分が無くなってきた指で撫でた。

 僕たちの前には無数の墓が林立していた。もしこれがお地蔵さんだったら笠でもかぶせてその夜訪れるお礼を心待ちにしたいくらいには雪の被害を受けている。もう何度もこの墓地には足を踏み入れているがここまで寒そうだと思ったのは初めてである。もっとも、雪は昨晩にはとっくに降りやんでおり、正午近い今はちょっと暖かいくらいなのだが。
 さぞかし寒くなるだろうと無駄に装備した手袋で覆われた手はしっかり動くので、目に入った程度の雪は振り払っておいてあげた。

 そうしていると目当ての墓にたどり着く。刻まれている文字は『真砂家の墓』、ここには輪の父親にして心寧さんの旦那である柳太郎さんと、名前も知らないご先祖様たちが眠っているのだ。
 僕たちは赤子の頭にするよう丁寧に雪を振り払い、綺麗にした後に心寧さんが花束を供える。椿やら水仙やら柳太郎さんが好きだった花の塊だ。

「あなた、そっちでも元気にやってる? 私達は元気だし、輪も夕斗君も来年からは立派に働くことが決まってるんだよ」

「まだ、内々定ですけどね」

「夕斗、茶々入れない」

「いや僕は、柳太郎さんへの報告は正確にしようと」

「口答えしない」

「......はーい」

「貴方達のそういうやり取り見てるとお父さんも楽しいでしょうね」

「そうかしら?」

「ありふれた日常ほどありがたいものはないの」

 実際内々定が出ているといっても、僕も輪もこの生まれ育った島である斗(と)鬼(き)和(わ)島にある店に就職をしようとしているってだけの話だ。特に輪は心寧さんが店長として運営しており、これまでも普通に手伝っていた花屋である『四季堂(しきどう)』に正式に入るというだけ。
 要するに僕も輪も耳障りの悪い言い方をすればコネを使っているだけである。履歴書さえ書いていないし、面接だってしていない。将来子供の就職に困りたくない親御さんたちがいれば取り合えず島に住んで島民たちと仲良くなれば安泰だ。高収入の保証は出来ないが。

 一通り四方山話にも似た雑談をお墓の下と、僕たちの遥か頭上に同時に存在している柳太郎さんとした後に帰り支度を始めた。

「さてと、じゃあ荷物持ちは夕斗任せたわよ」

 身体をグイっと伸ばした輪がさも当然のように僕に雑用を押し付ける。別段断る必要はないのであるが、小間使いのように扱われるのは少々腹が立たないこともない。しかし、この口先から産まれてきた女に感情的な不満をぶつけようとも暖簾に腕押し、糠に釘、輪にお説教。無駄に体力を減らすのは好みではない。

「はいはい、わーってるよ」

「夕斗君、尻に敷かれるばかりじゃ駄目よ。嫌なら嫌って言っていいんだからね」

「何言ってるのお母さん、夕斗は心優しいから自主的にやってるのよ。私はちょっと背中を押してあげてるだけ」

「あっはっは、お前の言葉が無けりゃ僕ももっと素直に黙って荷物持ちくらいしてやれるんだけどな」

「私の言葉が貴方の力になってるって認めたほうが楽よ。この聖母輪ちゃんの言葉はエネルギーたっぷりなんだから」

 もし法律と良心が許してくれるならばこのアマの口をガムテープでガッチガチに塞いでやりたい。口の中にハバネロと、わさびと、くさやをぶち込んだ後に。

 バタンッ!

「きゃっ!?」

 不意に何かが倒れる音がして輪が僕の方に跳びついてきた。「あっ」と言った後にすぐさま離れてこれ見よがしな咳を二つほどこぼす。

「全く何よ急に、何か倒れたみたいだったけど」

 輪に続いて音のした方に視線を向けるとどこぞの墓石が倒れていた。想像通り雪のクッションなんてものは全くもってその力を発揮しておらず地面に盛大に文字通りの石頭をぶつけているようだ。

 どこの罰当たりがこんなことをしたのかと黒目を右に左に、ついでに上に下にと動かしてみるが人どころか獣の姿も見当たらない。あるのは仲間が倒れたのに憮然と無表情を崩さない雪化粧をした墓石たちと、その周りで伸び伸びとしている樹木たちくらいだ。

「えっ? なになに? なんでいきなり墓石が倒れたの?
 まさか......祟り?」

 珍しく肝が縮まった様子の輪に軽口を叩いてやる。

「お前なんか心当たりあるのか?」

「心当たり......えっと......私は昔っから純真無垢な乙女として島に愛されながら過ごしてきたからそう言うのはないかな。私、罪になるようなことは多分してないし」

 世界水泳にでも出れそうなくらい激しく泳ぎを披露している目を見て心の中でため息をつく。とは言え、輪も含めて僕たちが祟られるなんてことないだろうし、そもそも祟りなんて存在するわけない。そんなもんがあるとしたら人類は戦国時代辺りにはとっくに滅びているだろうよ。

「なにかしら、不気味ね」

 倒れた墓石の近くにやってきて、辺りを見回す。1センチほどとは言え足跡は残す雪には特に何かが通った形跡はない。あるのはここにのこのこ近づいてきた僕たちのものだけだ。本当にただ墓石だけが自然にコテンと倒れたように見える。

 墓石の大きさは高さ50センチほど、奥行き20センチ、横幅も20センチ程度の立方体だ。重さは分からないが少なくとも輪よりは重いだろうし、風や虫が当たった程度ではびくともしないはずだ。

 ふと視界の隅にもともと墓石が立っていた台座が目に入った。そこのくぼみには水たまりのように水が残っている。

「なるほどな」

「何でか分かったの」

「うん、ここにいた誰かのご先祖様がお前のくっそくだらないボケにずっこけただけみたいだ」

 そう言った刹那後、目をかっぴらいてヤクザのように僕に詰めよってくる。

「おいこら、あんた私をおちょくってんの?」

「あっはっは。
 うん」

 深く頷いてあげる。

「お母さん、こいつ殴りたいからどっかからバールのようなものを持ってきて!」

「止めなさいはしたない」

「そうだぞ、そんなんじゃ嫁の貰い手ないぞ」

「誰のせいよ、誰の」

 少し笑った後に僕は台座の水たまりを指さした。

「ま、お前のボケに白ける人はいてもずっこけるなんて楽しいリアクションをする人は生死を問わずまずいないだろうから確かにさっきの僕の考えは間違っていただろうな。謝るよ。ごめんなさい」

 軽く頭を下げると、それに対応するように胸の下で二本の腕を互い違いに脇に入れた輪が口を動かす。

「ならばよし」

「で、本題だけどこれ多分単に氷が解けたからバランスが崩れただけだわ」

「氷が?」

 心寧さんが首を傾げたのでゆっくりと喋りだす。

「はい。昨日のうちに雪か雨かがこのお墓の下に溜まって凍っていたんでしょう。それで今になって段々暖かくなり、水となったから氷によって持ち上げられていた部分がバランスを崩し、倒れたんだと思います」

「ああ、そういうことね。ああ、怖かったぁ」

 安堵の息がまだ残っていた寒さによってか白くなる。

「さてと、それじゃあちょいと頑張るとするか」

「何する気?」

「このままほっとくと、この人に祟られそうなんでね。直してあげるんだよ。ほら手伝え若者よ」

「ったく、しょうがないわね」

 輪と協力して墓石を元の台座の上に持ち上げる。相当な重さを持っているが、21歳の若者2人の力を合わせれば何と言うことはない、すぐさま元の場所に収まった。

「ふぅ......疲れたぁ」

 墓石に書かれていたのは『夢浦家の墓』だった。

「情けねーな。これっぽっちで疲れるなんて」

「私、か弱い少女だから」

 これ見よがしに首を傾けてやった後目の上に右手をかざしてきょろきょろと辺りを見渡しまくる。

「どこにいるんだ? か弱い少女ってのは?」

「その眼鏡、腐ってんのかしら?」

「生憎様、乱視をしっかり矯正してくれてるよ」

「あっそ、なら変える必要があるのは目ん玉か、それとも脳みそみたいね」

「物騒なこというなよ」

「罪には罰を、私をからかった罪はきっちり贖ってもらうわよ」

「やーだね」

 この日は柳太郎さんの命日、ただそれだけの平々凡々な日だった。僕の住む斗鬼和島は、『何にもないがある』そんな月並みな慰みがぴったりとマッチしているような島だ。

 道路に侵蝕する雑草が車の横腹を撫でるような手つかずの自然が「豊かさ」と呼ばれ、費用と人手不足の問題でリフォームだったり、取り壊しだったりが出来ない築数十年の家屋が「情緒」と言い換えられる。
 獣たちが平然と人里に現れ、時に人間と互いに傷を負うようなじゃれ合いのことをこの島では、「自然との共生」という言葉で飾る。悪いことではない、僕たちが産まれる遥か以前から培ってきた美徳がありありと現れているだろう。

 ただその代わりと言えばいいのか、都会様でよく聞く、人間の怨嗟や嫉妬、ドロドロとした生き方も耳にしない。そして古臭い因習や爺婆たちが絶対的な発言力を持っていると言うド田舎あるあるも聞いたことがない。島民以外を排他的な目で見る奴もいるが、ほんの一握りだ。

 可もなく不可もなくな人生を歩むためには何にもないというのは素晴らしいのである。 だから我が故郷の島、斗鬼和島には悪いことをしたと思っている。
なにせこの島を僕の死体がある島にしてしまうのだから。

 罪には罰を。未だに納得できないが、島を覆いつくす価値観だ。死体になってしまった僕には一体どんな罰が訪れてしまうのだろうか。
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第二話 死
輪廻の罪と嗤う花作者:曇りの夜空
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第一話 斗鬼和島のある日

これは、罪に塗れたとある島の物語
認めたくはないが、僕の死から全ては始まってしまったと言わざるを得ない。

 人の命を食み、血よりも赤い紅の花弁は何よりも生命力に溢れており、その花を支える根は無骨なまでに僕の全てを支配しようとしていた。


 一面に雪が満ちる様をよく銀世界と表現する。しかしまぁ、それを考え出したお方は一体どのようなやんごとなき身分だったのだろう。今僕の目の前に広がる寒々しい光景は銀の鈍い光など少しも感じさせない、陽光を反射する鏡のような白色だ。それとも信号の緑を青色と表現するように、実は白を銀と表現する文化でもあったのであろうか。だとしたらややこしいだけだ。キッチリ統一しておけ。困るのは僕たち子孫なのだ。

 少し下がった愛用の青柳色の縁を持つ眼鏡を人差し指の腹で上げたのとほとんど同時に大あくびをした。肺の中に冷気がトゲとなり、ちくりちくりと刺してくる。幸いなことに昔から寒さにはペンギンのように強い体質だ。拾われた時にはほとんど裸で寒空の下に放置されていたというのだから産まれてすぐから寒さに適応していたのかもしれない。

「ちょっと、夕斗早く来てよ。お父さん首を長くして待ってるわよ」

「そんなに急ぐなよ。転んでも知らんぞ」

 目の前で気持ち早く歩いているのは幼馴染の真砂(まさご)輪(りん)だ。綺麗な茶髪を謎の赤色に染め、僕がその昔に誕プレでやった緑色のヘアピンで髪を留めている。背は高くカモシカのような足......と形容するのは少々ムカつくので、形の良い大根としておこう。そして大根らしさを引き立てる白い肌は今地面を彩っているそれよりも健康的に白い。幼馴染という立場でなければ数秒くらいは目を奪われてしまうかもしれない恵まれた容姿だ。涎ダラダラ垂らす不細工面を良く知っている幼馴染で本当に良かった。

 それに外見は気を使っていても中身の方は未だに小学生気分が抜けていないのか赤いマフラーを粗雑にクルクルと巻いていた。僕の忠告にも「雪がクッションになるから平気よ」なんて無邪気なことをほざく。薄っぺらいクッションに多大な期待を寄せすぎだろう。こういう奴がアパートで意図せず騒音問題を起こしてしまうのだ。

「まったくもう。仕方ない子ね。ごめんね夕斗君」

「いえいえ、慣れてますから」

 輪の母親である心(ここ)寧(ね)さんは年相応に年季と幸せの入った微笑みを浮かべる。そして持っていた花束を水分が無くなってきた指で撫でた。

 僕たちの前には無数の墓が林立していた。もしこれがお地蔵さんだったら笠でもかぶせてその夜訪れるお礼を心待ちにしたいくらいには雪の被害を受けている。もう何度もこの墓地には足を踏み入れているがここまで寒そうだと思ったのは初めてである。もっとも、雪は昨晩にはとっくに降りやんでおり、正午近い今はちょっと暖かいくらいなのだが。
 さぞかし寒くなるだろうと無駄に装備した手袋で覆われた手はしっかり動くので、目に入った程度の雪は振り払っておいてあげた。

 そうしていると目当ての墓にたどり着く。刻まれている文字は『真砂家の墓』、ここには輪の父親にして心寧さんの旦那である柳太郎さんと、名前も知らないご先祖様たちが眠っているのだ。
 僕たちは赤子の頭にするよう丁寧に雪を振り払い、綺麗にした後に心寧さんが花束を供える。椿やら水仙やら柳太郎さんが好きだった花の塊だ。

「あなた、そっちでも元気にやってる? 私達は元気だし、輪も夕斗君も来年からは立派に働くことが決まってるんだよ」

「まだ、内々定ですけどね」

「夕斗、茶々入れない」

「いや僕は、柳太郎さんへの報告は正確にしようと」

「口答えしない」

「......はーい」

「貴方達のそういうやり取り見てるとお父さんも楽しいでしょうね」

「そうかしら?」

「ありふれた日常ほどありがたいものはないの」

 実際内々定が出ているといっても、僕も輪もこの生まれ育った島である斗(と)鬼(き)和(わ)島にある店に就職をしようとしているってだけの話だ。特に輪は心寧さんが店長として運営しており、これまでも普通に手伝っていた花屋である『四季堂(しきどう)』に正式に入るというだけ。
 要するに僕も輪も耳障りの悪い言い方をすればコネを使っているだけである。履歴書さえ書いていないし、面接だってしていない。将来子供の就職に困りたくない親御さんたちがいれば取り合えず島に住んで島民たちと仲良くなれば安泰だ。高収入の保証は出来ないが。

 一通り四方山話にも似た雑談をお墓の下と、僕たちの遥か頭上に同時に存在している柳太郎さんとした後に帰り支度を始めた。

「さてと、じゃあ荷物持ちは夕斗任せたわよ」

 身体をグイっと伸ばした輪がさも当然のように僕に雑用を押し付ける。別段断る必要はないのであるが、小間使いのように扱われるのは少々腹が立たないこともない。しかし、この口先から産まれてきた女に感情的な不満をぶつけようとも暖簾に腕押し、糠に釘、輪にお説教。無駄に体力を減らすのは好みではない。

「はいはい、わーってるよ」

「夕斗君、尻に敷かれるばかりじゃ駄目よ。嫌なら嫌って言っていいんだからね」

「何言ってるのお母さん、夕斗は心優しいから自主的にやってるのよ。私はちょっと背中を押してあげてるだけ」

「あっはっは、お前の言葉が無けりゃ僕ももっと素直に黙って荷物持ちくらいしてやれるんだけどな」

「私の言葉が貴方の力になってるって認めたほうが楽よ。この聖母輪ちゃんの言葉はエネルギーたっぷりなんだから」

 もし法律と良心が許してくれるならばこのアマの口をガムテープでガッチガチに塞いでやりたい。口の中にハバネロと、わさびと、くさやをぶち込んだ後に。

 バタンッ!

「きゃっ!?」

 不意に何かが倒れる音がして輪が僕の方に跳びついてきた。「あっ」と言った後にすぐさま離れてこれ見よがしな咳を二つほどこぼす。

「全く何よ急に、何か倒れたみたいだったけど」

 輪に続いて音のした方に視線を向けるとどこぞの墓石が倒れていた。想像通り雪のクッションなんてものは全くもってその力を発揮しておらず地面に盛大に文字通りの石頭をぶつけているようだ。

 どこの罰当たりがこんなことをしたのかと黒目を右に左に、ついでに上に下にと動かしてみるが人どころか獣の姿も見当たらない。あるのは仲間が倒れたのに憮然と無表情を崩さない雪化粧をした墓石たちと、その周りで伸び伸びとしている樹木たちくらいだ。

「えっ? なになに? なんでいきなり墓石が倒れたの?
 まさか......祟り?」

 珍しく肝が縮まった様子の輪に軽口を叩いてやる。

「お前なんか心当たりあるのか?」

「心当たり......えっと......私は昔っから純真無垢な乙女として島に愛されながら過ごしてきたからそう言うのはないかな。私、罪になるようなことは多分してないし」

 世界水泳にでも出れそうなくらい激しく泳ぎを披露している目を見て心の中でため息をつく。とは言え、輪も含めて僕たちが祟られるなんてことないだろうし、そもそも祟りなんて存在するわけない。そんなもんがあるとしたら人類は戦国時代辺りにはとっくに滅びているだろうよ。

「なにかしら、不気味ね」

 倒れた墓石の近くにやってきて、辺りを見回す。1センチほどとは言え足跡は残す雪には特に何かが通った形跡はない。あるのはここにのこのこ近づいてきた僕たちのものだけだ。本当にただ墓石だけが自然にコテンと倒れたように見える。

 墓石の大きさは高さ50センチほど、奥行き20センチ、横幅も20センチ程度の立方体だ。重さは分からないが少なくとも輪よりは重いだろうし、風や虫が当たった程度ではびくともしないはずだ。

 ふと視界の隅にもともと墓石が立っていた台座が目に入った。そこのくぼみには水たまりのように水が残っている。

「なるほどな」

「何でか分かったの」

「うん、ここにいた誰かのご先祖様がお前のくっそくだらないボケにずっこけただけみたいだ」

 そう言った刹那後、目をかっぴらいてヤクザのように僕に詰めよってくる。

「おいこら、あんた私をおちょくってんの?」

「あっはっは。
 うん」

 深く頷いてあげる。

「お母さん、こいつ殴りたいからどっかからバールのようなものを持ってきて!」

「止めなさいはしたない」

「そうだぞ、そんなんじゃ嫁の貰い手ないぞ」

「誰のせいよ、誰の」

 少し笑った後に僕は台座の水たまりを指さした。

「ま、お前のボケに白ける人はいてもずっこけるなんて楽しいリアクションをする人は生死を問わずまずいないだろうから確かにさっきの僕の考えは間違っていただろうな。謝るよ。ごめんなさい」

 軽く頭を下げると、それに対応するように胸の下で二本の腕を互い違いに脇に入れた輪が口を動かす。

「ならばよし」

「で、本題だけどこれ多分単に氷が解けたからバランスが崩れただけだわ」

「氷が?」

 心寧さんが首を傾げたのでゆっくりと喋りだす。

「はい。昨日のうちに雪か雨かがこのお墓の下に溜まって凍っていたんでしょう。それで今になって段々暖かくなり、水となったから氷によって持ち上げられていた部分がバランスを崩し、倒れたんだと思います」

「ああ、そういうことね。ああ、怖かったぁ」

 安堵の息がまだ残っていた寒さによってか白くなる。

「さてと、それじゃあちょいと頑張るとするか」

「何する気?」

「このままほっとくと、この人に祟られそうなんでね。直してあげるんだよ。ほら手伝え若者よ」

「ったく、しょうがないわね」

 輪と協力して墓石を元の台座の上に持ち上げる。相当な重さを持っているが、21歳の若者2人の力を合わせれば何と言うことはない、すぐさま元の場所に収まった。

「ふぅ......疲れたぁ」

 墓石に書かれていたのは『夢浦家の墓』だった。

「情けねーな。これっぽっちで疲れるなんて」

「私、か弱い少女だから」

 これ見よがしに首を傾けてやった後目の上に右手をかざしてきょろきょろと辺りを見渡しまくる。

「どこにいるんだ? か弱い少女ってのは?」

「その眼鏡、腐ってんのかしら?」

「生憎様、乱視をしっかり矯正してくれてるよ」

「あっそ、なら変える必要があるのは目ん玉か、それとも脳みそみたいね」

「物騒なこというなよ」

「罪には罰を、私をからかった罪はきっちり贖ってもらうわよ」

「やーだね」

 この日は柳太郎さんの命日、ただそれだけの平々凡々な日だった。僕の住む斗鬼和島は、『何にもないがある』そんな月並みな慰みがぴったりとマッチしているような島だ。

 道路に侵蝕する雑草が車の横腹を撫でるような手つかずの自然が「豊かさ」と呼ばれ、費用と人手不足の問題でリフォームだったり、取り壊しだったりが出来ない築数十年の家屋が「情緒」と言い換えられる。
 獣たちが平然と人里に現れ、時に人間と互いに傷を負うようなじゃれ合いのことをこの島では、「自然との共生」という言葉で飾る。悪いことではない、僕たちが産まれる遥か以前から培ってきた美徳がありありと現れているだろう。

 ただその代わりと言えばいいのか、都会様でよく聞く、人間の怨嗟や嫉妬、ドロドロとした生き方も耳にしない。そして古臭い因習や爺婆たちが絶対的な発言力を持っていると言うド田舎あるあるも聞いたことがない。島民以外を排他的な目で見る奴もいるが、ほんの一握りだ。

 可もなく不可もなくな人生を歩むためには何にもないというのは素晴らしいのである。 だから我が故郷の島、斗鬼和島には悪いことをしたと思っている。
なにせこの島を僕の死体がある島にしてしまうのだから。

 罪には罰を。未だに納得できないが、島を覆いつくす価値観だ。死体になってしまった僕には一体どんな罰が訪れてしまうのだろうか。
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