第22話 夢浦紅魅
あたしは人より恵まれた容姿を持っている、利口な頭を持っている、快活な動きが出来る身体がある。
別に望んだわけではない、偶然それらを持って生まれただけではあるが持っているのは間違いのない事実だ。
そして今のあたしには両親も、祖父母もいない。これだって別に望んだわけじゃないがそうなっている。
ただ、あたしが天涯孤独になったのは決して偶然ではない。罪が起こした必然であるとあたしは知っている。だから文句を言うつもりはない。
まだあたしが6歳の頃、暁人と出会う少し前の話だ。少しの冒険心を胸に宿したあたしは山を登った。大した山ではない、小学生になれば誰もが遠足で登る小さな山。Tシャツにスニーカーで登っても誰も目くじらを立てることはない。
お父さんとお母さんが2人きりでハイキングにいく計画を立てていたのをあたしは地獄耳で聞いていた。だから驚かせてやろうとしたのだ。それに、あたしならばもう一人で登山くらい出来るのだと見せつけてやりたかった。いつまでたっても子ども扱いしてくる2人に成長を見せつけてやろうとしたのである。
整備された登山道をあたしは何の問題もなく登って行った。家で作った麦茶を飲みながらただただ昇って行った。
沢で一休みしていた時、妙な声が耳をつついた。好奇心のままに声のした方に向かった時、あたしの目の前に肉片が飛んできた。
「え?」
何が起こったのか分からない。理解できない。だが口の中に入ってしまったそれは異常なまでにグロテスクで、その時身体中に走った吐き気は今でも鮮明に思い出すことが出来る。
「んーー! んーーー!」
あたしの目に映ったのは全身を縄で拘束され、身体の節々がえぐり取られていたお父さんとお母さんだった。一人の男がお父さんの上に馬乗りになり、腕を紙やすりで丹念に削っていた。
「何してるの?」
信じられないほどに低くて平坦な声が声帯からまろびでていた。そんなあたしに男は気づいて人獣のような荒々しく本能的な眼差しをぶつける。
「あ?なんでお前がこんなところにいるんだ?」
「......江川......さん?」
顔が見えて分かった。江川商店の江川さんだと。ただ、普段おかしをサービスしてくれる気の良いおじさんとはあまりに乖離したその様子に姿を重ねることを難儀した。
「なんで......お父さんとお母さんを......虐めているの?」
「虐めてるんじゃない、罰を与えているんだ」
「罰?」
ゴリゴリ、ゴリゴリ。いつもあたしを優しく抱きしめていた腕が鮮血に染まっていく。筆舌に尽くしがたいほどの痛みなのだろう。お父さんはあたしに気づくことも出来ずに滝のような涙と悲痛で切り刻まれそうになる声を上げている。
「こいつらが、公子を轢逃げしたんだ!! もし、助けていれば公子は生きていたのにバレるのが怖くなって逃げたんだよ!! 普段から、仲良くしてやっていたのに、自分たちの罪が表沙汰になるのが怖くて公子を......俺の娘を!!!」
「ぐもぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
お父さんの悲鳴がさらに強まった。神経まで削り取っているのかもしれない。
「お父さんたちが轢逃げしたってこと......?」
自分でも不思議だった。泣き喚いて逃げ出すこともせず、お父さんたちを虐めないでと江川さんを止めることもせず、ただ今起こっている光景の理由を知りたがったのだから。
「ああそうだ!!本当は、お前も殺してやろうと思ったが止めてやったんだ!!」
「それはあたしには罪がないから?」
あたしの言葉に面食らったのか江川さんの憎悪が焼き付いた顔が一瞬素に戻った。
「あたしは公子さんに何もしてない......だから何もしなかったってこと?」
「あ、ああそうだ!」
「そうか、お父さんとお母さんは悪いことをしたから罰を受けている。
罪には罰を......」
何度も何度も口の中で唱えた。罪には罰を、と。
「とっても単純で、とっても分かりやすくて......」
斗鬼和姫の伝説は当然あたしも聞いていた。そして罪には罰をという言葉も耳にタコができるほど聞いていた。だが、あたしはこれっぽっちも理解していなかったのだと理解した。
自分の中の固定観念が剥けた。
「とっても本質的」
罪には罰を、それは人が人として生きるために最も必要なことなのだと。
あたしが天涯孤独になったのは罪には罰を、その社会の摂理が正常に動いた結果に過ぎない。だからあたしは受け入れる。息をする様に当然のことだから受け入れるしかない。
そして今あたしがしていることも、当然のこと
「あたしの両親は絶賛蒸発中、どこにいるのか、生きているのか死んでいるのかさえも分からないんだってことを」
「......そういうことね」
「ふふふっ」
罪を犯した誰かに正しい罰を与える。それが、人より恵まれたあたしが率先してやらなければならない使命。
茜色の空がゆっくりと闇の帳を落としていった。あたしの笑みを隠してくれているかのように。