ホーム白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼く砂の下に眠るもの
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砂の下に眠るもの

 すなは、何もかも同じ色にしてしまう。

 道も、建物も、人がそこで暮らしていた痕跡も、長い時間をかけて白く覆い隠し、最後には、初めから何もなかったような顔をする。

 目の前に広がる砂丘も、遠くから見れば穏やかだった。

 風が通るたび、白い斜面の表面だけがさらさらと崩れ、新しい曲線へ形を変えていく。ところどころに砕けた硝子が混じり、真昼の光を青や薄紫に弾いていた。

 きれいだと思わなくもない。
 けれど、あれを踏めば靴底が傷んでしまう。

 そんなことを先に考えてしまうあたり、オレもずいぶん荒野の暮らしへ馴染んだものだ。

 『星雨せいうが降り、旧文明の街が白い砂へ沈み始めてから、およそ百八十年。

 昔の人間が何を考え、どんな暮らしをしていたのか、今となっては分からないことのほうが多い。それでも砂の下には、錆びきらずに残った金属や、運がよければまだ動く機械が眠っている。

 そういうものを掘り出し、交易街で水や食料へ換えるのが、オレたち発掘屋の仕事だ。

 別に、失われた歴史へ思いを馳せるために砂を掘っているわけじゃない。
 今日と明日を食いつなぎ、次の街まで生きて歩くために、売れるものを探している。

 腰を屈め、砂除け布からこぼれた金髪を耳へ掛ける。
 手にした探り棒を、斜面へゆっくり差し込んだ。

 最初は、ざらざらとした鈍い抵抗が返ってくる。
 棒一本分、場所をずらす。

 二度目も同じ。
 三度目に突き立てた棒は、肘の辺りまで入ったところで、急に手応えを失った。

 預けていた体重ごと前へ持っていかれ、慌てて足を踏ん張る。

「......あった」

 棒をわずかに上下させる。
 下は空洞だ。
 自然にできた砂のくぼみとは違う。返ってくる響きが硬く、奥行きがある。砂丘の下に、壁か床を備えた空間が埋まっている。

「深い?」

 背後から声がした。
 同時に、真昼の陽をさえぎる大きな影が、オレの背中へ重なる。
 
 振り返らなくても分かる。
 セヴァンは、立っているだけで場所を取る。

 百九十を優に越える長身に、砂除けの外套がいとうでも隠しきれない広い肩。風に乱れた黒髪は、強い陽射しを受けても茶色く透けず、磨いた黒曜石こくようせきみたいな艶だけを返している。

 背後に立たれると、昼間でも急に暗くなる。
 便利な日陰ではあるが、それを認めると何となく負けた気がするので、本人には言っていない。

「いま測ってる。ちょっと黙ってて」
「分かった」

 セヴァンは素直に口を閉じた。
 代わりに、オレが手を伸ばすより先に、短いつちが視界の端へ差し出される。

「まだそれを出せとは言ってないんだけど」
「次に使うと思った」

「勝手に決めるなよ」
「違った?」

 受け取った槌で、探り棒の頭を軽く叩く。
 乾いた音が砂の中へ沈み、少し遅れて、空洞の壁へ当たったような響きが返ってきた。

「......合ってるけどさ」
「よかった」
「そこで満足そうにするな」

 セヴァンは、別に満足そうな顔などしていなかった。
 切れ長の濃い蜂蜜はちみつ色の瞳も、通った鼻筋も、引き締まった口元も、いつもどおり静かなままだ。
 けれど、一年以上も一緒に荒野を歩いていれば、その程度の違いは分かる。

 口角がほんの少し緩んだ。
 たぶん、それだけ。

 こいつは、オレが次に何をするかをだいたい知っている。
 使う道具の順番も、休む頃合いも、傷を隠しているときに歩幅が変わることまで。
 
 長く連れ立っていれば、相手の癖くらい覚えるものだ。
 そういうものだと思う。

 それでも、ときどきセヴァンは、オレ自身より先にオレの動きを読んでいるように見える。
 その読みの鋭さに、時折どきりとさせられる。

 本当はすごく頼りにもしている。けれど、本人にそのまま言うのはあまりにも小っ恥ずかしかった。
 オレは探り棒を引き抜き、砂丘の頂を見上げた。

 眩しい空へ、黒くびた骨組みが斜めに突き出している。塔だったのか、大型の通信設備だったのか、元の形を想像できるほどには残っていない。

 風が鉄骨の隙間を抜けるたび、遠くで獣が唸るような低い音がした。
 あの下に旧時代の施設が埋まっているなら、今探り当てた空洞は通路か保守ほしゅ区画だろう。

「ここを掘る」
「ああ」

「ただし、力任せは禁止」
「まだ何もしていない」

「これからする顔だったから言ったの」
「どんな顔?」

 セヴァンは真面目にいてくる。
 たぶん、自分がどんな顔をしていたのか、本当に分かっていない。

「むんっ、力ずくで開けてやろう......! って顔」
「そんな顔をしていた?」

「してた。いくらおまえが怪力オバケでも、周りごと崩れたら意味ないでしょ」

 セヴァンは瞳を伏せて少し考えた。
 漆黒しっこくの濃い睫毛が、目元へ淡い影を落とす。

「......俺はオバケではない」
「否定するの、そこなのか!? 怪力のほうはいいんだ」

「力はある」
「はぁ......自覚があって結構」

 本人は冗談を言っているつもりではない。

 自分が怪力であることより、オバケと間違われたことのほうが問題らしい。
 奴のちょっとずれた真面目さには、まだ時々調子を狂わされる。

 オレは、なぜか少し誇らしそうに見えるセヴァンを横目に、斜面へ膝をついた。
 熱を帯びた砂が、布越しに膝へ伝わる。

 この一帯で最大の交易都市として知られるナジュラ・シティへは、何事もなければあと三日。

 荒野の三日は、近いようで遠い。
 道が平らなら三日。

 磁気嵐じきあらしに足止めされれば、もっと掛かる。白砂の下に隠れた亀裂へ車輪や足を取られることもあるし、古い地図に残された道が、すでに砂丘へ呑まれていることも珍しくない。

 そのうえ、濾過ろか材の残りは心許なく、発掘用の刃も二本欠けている。左の靴底は昨日から口を開け始め、歩くたびに細かな砂が入り込んだ。

 ここで何か価値のあるものを拾いたい。
 新しい道具が買えるくらい。
 水と保存食を補充できるくらい。

 もっと欲を言えば、砂の入らない宿で一晩眠れるくらいのもの。

 天井があり、夜中に靴をひっくり返して虫を追い出さずに済む寝床。
 水を飲むたび、次に補給できる場所までの日数を数えなくていい夜。

 荒野で生きていれば、そういうものを贅沢と呼ぶようになる。
 けれど、贅沢を欲しがるくらいは許されてもいいんじゃないかと思う。

 今日の稼ぎ次第では、ナジュラで温かい湯を使えるかもしれない。
 それから、もし本当にお金が余るなら。
 
 ――卵の一つくらい、買えるかもしれない。
 殻を割れば、透明な白身と丸い黄身が落ちてくる、本物の卵。

 粉に混ぜてもいいし、汁へ流してもいい。セヴァンなら、きっともっと色々な食べ方を思いつく。

 そこまで考え、オレは自分で自分に呆れた。
 だって、まだ何も掘り出していない。

「リュカ」
「今度は何?」
「どうした? 顔が笑っている」

「わっ、笑ってない」
「笑ってるぞ」

「気のせい。ほら、るよ!」
「卵のことを考えていた?」
「何で分かるんだよ!」

「顔」
「おまえにだけは、顔に出てるなんて言われたくないな」

 セヴァンの顔は、相変わらず静かだった。
 けれど、今度は確かに少し笑っていた。
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白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼く作者:玻璃 れにか
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砂の下に眠るもの

 すなは、何もかも同じ色にしてしまう。

 道も、建物も、人がそこで暮らしていた痕跡も、長い時間をかけて白く覆い隠し、最後には、初めから何もなかったような顔をする。

 目の前に広がる砂丘も、遠くから見れば穏やかだった。

 風が通るたび、白い斜面の表面だけがさらさらと崩れ、新しい曲線へ形を変えていく。ところどころに砕けた硝子が混じり、真昼の光を青や薄紫に弾いていた。

 きれいだと思わなくもない。
 けれど、あれを踏めば靴底が傷んでしまう。

 そんなことを先に考えてしまうあたり、オレもずいぶん荒野の暮らしへ馴染んだものだ。

 『星雨せいうが降り、旧文明の街が白い砂へ沈み始めてから、およそ百八十年。

 昔の人間が何を考え、どんな暮らしをしていたのか、今となっては分からないことのほうが多い。それでも砂の下には、錆びきらずに残った金属や、運がよければまだ動く機械が眠っている。

 そういうものを掘り出し、交易街で水や食料へ換えるのが、オレたち発掘屋の仕事だ。

 別に、失われた歴史へ思いを馳せるために砂を掘っているわけじゃない。
 今日と明日を食いつなぎ、次の街まで生きて歩くために、売れるものを探している。

 腰を屈め、砂除け布からこぼれた金髪を耳へ掛ける。
 手にした探り棒を、斜面へゆっくり差し込んだ。

 最初は、ざらざらとした鈍い抵抗が返ってくる。
 棒一本分、場所をずらす。

 二度目も同じ。
 三度目に突き立てた棒は、肘の辺りまで入ったところで、急に手応えを失った。

 預けていた体重ごと前へ持っていかれ、慌てて足を踏ん張る。

「......あった」

 棒をわずかに上下させる。
 下は空洞だ。
 自然にできた砂のくぼみとは違う。返ってくる響きが硬く、奥行きがある。砂丘の下に、壁か床を備えた空間が埋まっている。

「深い?」

 背後から声がした。
 同時に、真昼の陽をさえぎる大きな影が、オレの背中へ重なる。
 
 振り返らなくても分かる。
 セヴァンは、立っているだけで場所を取る。

 百九十を優に越える長身に、砂除けの外套がいとうでも隠しきれない広い肩。風に乱れた黒髪は、強い陽射しを受けても茶色く透けず、磨いた黒曜石こくようせきみたいな艶だけを返している。

 背後に立たれると、昼間でも急に暗くなる。
 便利な日陰ではあるが、それを認めると何となく負けた気がするので、本人には言っていない。

「いま測ってる。ちょっと黙ってて」
「分かった」

 セヴァンは素直に口を閉じた。
 代わりに、オレが手を伸ばすより先に、短いつちが視界の端へ差し出される。

「まだそれを出せとは言ってないんだけど」
「次に使うと思った」

「勝手に決めるなよ」
「違った?」

 受け取った槌で、探り棒の頭を軽く叩く。
 乾いた音が砂の中へ沈み、少し遅れて、空洞の壁へ当たったような響きが返ってきた。

「......合ってるけどさ」
「よかった」
「そこで満足そうにするな」

 セヴァンは、別に満足そうな顔などしていなかった。
 切れ長の濃い蜂蜜はちみつ色の瞳も、通った鼻筋も、引き締まった口元も、いつもどおり静かなままだ。
 けれど、一年以上も一緒に荒野を歩いていれば、その程度の違いは分かる。

 口角がほんの少し緩んだ。
 たぶん、それだけ。

 こいつは、オレが次に何をするかをだいたい知っている。
 使う道具の順番も、休む頃合いも、傷を隠しているときに歩幅が変わることまで。
 
 長く連れ立っていれば、相手の癖くらい覚えるものだ。
 そういうものだと思う。

 それでも、ときどきセヴァンは、オレ自身より先にオレの動きを読んでいるように見える。
 その読みの鋭さに、時折どきりとさせられる。

 本当はすごく頼りにもしている。けれど、本人にそのまま言うのはあまりにも小っ恥ずかしかった。
 オレは探り棒を引き抜き、砂丘の頂を見上げた。

 眩しい空へ、黒くびた骨組みが斜めに突き出している。塔だったのか、大型の通信設備だったのか、元の形を想像できるほどには残っていない。

 風が鉄骨の隙間を抜けるたび、遠くで獣が唸るような低い音がした。
 あの下に旧時代の施設が埋まっているなら、今探り当てた空洞は通路か保守ほしゅ区画だろう。

「ここを掘る」
「ああ」

「ただし、力任せは禁止」
「まだ何もしていない」

「これからする顔だったから言ったの」
「どんな顔?」

 セヴァンは真面目にいてくる。
 たぶん、自分がどんな顔をしていたのか、本当に分かっていない。

「むんっ、力ずくで開けてやろう......! って顔」
「そんな顔をしていた?」

「してた。いくらおまえが怪力オバケでも、周りごと崩れたら意味ないでしょ」

 セヴァンは瞳を伏せて少し考えた。
 漆黒しっこくの濃い睫毛が、目元へ淡い影を落とす。

「......俺はオバケではない」
「否定するの、そこなのか!? 怪力のほうはいいんだ」

「力はある」
「はぁ......自覚があって結構」

 本人は冗談を言っているつもりではない。

 自分が怪力であることより、オバケと間違われたことのほうが問題らしい。
 奴のちょっとずれた真面目さには、まだ時々調子を狂わされる。

 オレは、なぜか少し誇らしそうに見えるセヴァンを横目に、斜面へ膝をついた。
 熱を帯びた砂が、布越しに膝へ伝わる。

 この一帯で最大の交易都市として知られるナジュラ・シティへは、何事もなければあと三日。

 荒野の三日は、近いようで遠い。
 道が平らなら三日。

 磁気嵐じきあらしに足止めされれば、もっと掛かる。白砂の下に隠れた亀裂へ車輪や足を取られることもあるし、古い地図に残された道が、すでに砂丘へ呑まれていることも珍しくない。

 そのうえ、濾過ろか材の残りは心許なく、発掘用の刃も二本欠けている。左の靴底は昨日から口を開け始め、歩くたびに細かな砂が入り込んだ。

 ここで何か価値のあるものを拾いたい。
 新しい道具が買えるくらい。
 水と保存食を補充できるくらい。

 もっと欲を言えば、砂の入らない宿で一晩眠れるくらいのもの。

 天井があり、夜中に靴をひっくり返して虫を追い出さずに済む寝床。
 水を飲むたび、次に補給できる場所までの日数を数えなくていい夜。

 荒野で生きていれば、そういうものを贅沢と呼ぶようになる。
 けれど、贅沢を欲しがるくらいは許されてもいいんじゃないかと思う。

 今日の稼ぎ次第では、ナジュラで温かい湯を使えるかもしれない。
 それから、もし本当にお金が余るなら。
 
 ――卵の一つくらい、買えるかもしれない。
 殻を割れば、透明な白身と丸い黄身が落ちてくる、本物の卵。

 粉に混ぜてもいいし、汁へ流してもいい。セヴァンなら、きっともっと色々な食べ方を思いつく。

 そこまで考え、オレは自分で自分に呆れた。
 だって、まだ何も掘り出していない。

「リュカ」
「今度は何?」
「どうした? 顔が笑っている」

「わっ、笑ってない」
「笑ってるぞ」

「気のせい。ほら、るよ!」
「卵のことを考えていた?」
「何で分かるんだよ!」

「顔」
「おまえにだけは、顔に出てるなんて言われたくないな」

 セヴァンの顔は、相変わらず静かだった。
 けれど、今度は確かに少し笑っていた。
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白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼く作者:玻璃 れにか
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