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第25話 淡金の咆哮

「よっさん――っ!」

倒れ伏したヨシの元へジョウが走り出す。

「行くな、ジョウ!」

慌ててトウゴが声を上げた。だが、ジョウは止まらない。
地面に倒れたヨシはピクリとも動かない。完全に意識を失っている。

その窮状の中、綴つづりがゆっくりとトウゴへと視線を戻した。

「統護とうご」

再び、忌々しそうにその名前を呼ぶ。

「封印派の最高峰たる家系の人間が、
あろうことかB-ブロードなどという野良犬の群れに甘んじている。
これだけで、お前を処分するには十分すぎる理由だ」

トウゴが迎え撃とうと身体を動かそうとしたが、
その足は地面に張り付いたように動かなかった。
視線を下げて、初めて気づく。
彼の足元には、いつの間にか影のような無音の幾何学模様が広がっていた。

「お前は見せしめだ」

足の自由を奪われ、トウゴの意識が一瞬だけ下へと向いた―
―その油断を、無音の法鍵士は見逃さない。
視界の隅、綴の足がまた、わずかに沈んだ。
トウゴがそれに気づいたときにはもう遅かった。
その一瞬の間に――綴つづりはすでにトウゴの真後ろにいた。

「B-ブロードなどという名を掲げた瞬間から――お前の破滅は、既に確定していたのだ」

トウゴの手の中で、群青の鍵が激しく明滅し、急速に弱まっていく。
トウゴの両手が、恐怖ではなく圧力によってガタガタと震え出した。

「......っ、くそ......!」

足が動かない。攻撃が出来ない。
綴つづりの手が、死神の鎌のようにトウゴの首筋へと伸びていく。
それは先ほどのヨシに対する『声の封印』とは違う――
明確に、対象の生命そのものをこの世界から抹消するための
容赦のない動き。

その瞬間。

ジョウの喉の奥で、これまでの人生で一度も感じたことのない質量の何かが、
鳴り響こうとしていた。
首元に施されていた強力な封印が内側から溢れ出す奔流によって
猛烈に押し上げられまるで破裂を起こさんばかりの衝動。
だが、まだ完全には破れない。

(ごーさんが、死ぬ――)

その思考が、脳裏を埋め尽くした。
いや、それはもはや思考ですらなかった。
言葉になる前の、原初的な生存本能としての拒絶。
身体の全細胞が、その結末を拒んでいた。

ヨシが倒れている。トウゴが消されようとしている。
――ここで動けるのは、自分しかいない。

ジョウは何も考えなかった。
考えるよりも先に――喉の奥から、烈火のような『声』が迸っていた。

「――っ!!」

それは言葉ではなかった。ただの、空間を震わせる圧倒的な響き。
けれどその咆哮は――ジョウの喉を内側から引き裂くようにして、
突き破った。頭の中で封印が割れる幻音がした。
半分だけ。完全な解放には至っていない。
だが確かに――強固な筈の枷が半分だけ粉々に砕け散り解放された様に軽くなった。
眩い淡金の光が、今まで見たこともないほどの輝度で溢れ出し、
夜闇を黄金に染め上げる。収束した光の中に――一本の鍵が現れた。
かつて出現させたものとは、明らかに違う。光が一切揺らいでいない。
不安定な揺らぎが完全に消え去っている。
音波を具現化したかのような半透明の美しい輪郭が――くっきりと、
毅然として空間に実体化していた。

綴つづりの動きが、完全に止まった。
トウゴの命を刈り取ろうとしていたその手が、ピタリと静止する。
綴がゆっくりとジョウを見た。
ノイズによる視線の逸れなど一切起きない。
真っ直ぐに、ジョウの瞳の奥を射抜くように凝視した。

「......その、声紋は......」

綴つづりの息が、驚愕によって止まったかのような、奇妙な間が生まれた。
ジョウは実体化した淡金の鍵を真っ直ぐに構えた。
全身は激しく震えている。
けれど、手の平はしっかりと武器を握りしめていた。

「ごーさんから、離れろ......っ!!」
その声が、無音の領域を強引に圧し潰し、空間全体へと気高く響き渡る。
完璧な筈の無音の空間に、ジョウの中音域)《ミッド》の声が完全に通り抜けた。
綴つづりの目が、警戒と不審によって細められた。
けれど、その揺らぎは一瞬。
綴つづりは静かに手を下ろし、伸ばしていた指先をゆっくりと握り込んだ。
まるで、握りしめることで何かの結論を確定させるかのような仕草だった。
「――確認できた」
低く、囁くような声を誰に向けたものでもない、業務を終えたような響きを持っていた。
「なんの......こと、だ」
トウゴが掠れた声で問う。
答える義理はない、とでも言うように、綴つづりは一顧だにしなかった。

「今日、私がここへ来たのは――お前たちを処分する為だけだと思っていたが......そうでは無かった様だ」
綴の視線が、再びジョウへと戻る。
冷徹だが、そこにはもう戦意はなかった。
値踏みするような、ただ記録するだけの目で。

「未登録の声紋。封印を強引に突き破る出力。......そして、あの家系に酷似した波形」

その一言に、ジョウの心臓が跳ねた。意味までは分からない。
だが、綴つづりが今、確かに何かを『照合』したのだと、本能が理解した。

「我々封印派に、報告する義務がある」

綴が一歩、影のように後ろへと引き下がった。

「殺すことよりも――生かして観察することの方が、今は組織にとって価値がある」
「......ふざけるな」

ジョウの声が震えた。品定めされている。
そのことへの怒りが、喉の奥でまだ燻る封印の熱と混ざり合う。

「怒る必要はない。今日のところは、な」

綴つづりの口調には、揶揄も嘲りもなかった。ただ、淡々とした事実だけがそこにあった。

「統護とうご」

最後に、壁に囚われたままの男を見据える。

「次はないと思え」

それだけ綴は言葉を吐く。次の瞬間......
世界を縛っていた無音が、ガラスが割れるように一気に解けた。
音が、戻ってきた。
風のざわめきが、鳥の羽ばたきが、遠くを走る車の喧騒が――
一気に濁流となって耳奥へと戻ってくる。
音の無い世界が、元に戻った時――
綴つづりの姿は、最初からそこに誰もいなかったかのように掻き消えていた。
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第24話 無音域の侵蝕
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法鍵士は夕暮れに鳴る作者:福天六(ふくたむ)
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第25話 淡金の咆哮

「よっさん――っ!」

倒れ伏したヨシの元へジョウが走り出す。

「行くな、ジョウ!」

慌ててトウゴが声を上げた。だが、ジョウは止まらない。
地面に倒れたヨシはピクリとも動かない。完全に意識を失っている。

その窮状の中、綴つづりがゆっくりとトウゴへと視線を戻した。

「統護とうご」

再び、忌々しそうにその名前を呼ぶ。

「封印派の最高峰たる家系の人間が、
あろうことかB-ブロードなどという野良犬の群れに甘んじている。
これだけで、お前を処分するには十分すぎる理由だ」

トウゴが迎え撃とうと身体を動かそうとしたが、
その足は地面に張り付いたように動かなかった。
視線を下げて、初めて気づく。
彼の足元には、いつの間にか影のような無音の幾何学模様が広がっていた。

「お前は見せしめだ」

足の自由を奪われ、トウゴの意識が一瞬だけ下へと向いた―
―その油断を、無音の法鍵士は見逃さない。
視界の隅、綴の足がまた、わずかに沈んだ。
トウゴがそれに気づいたときにはもう遅かった。
その一瞬の間に――綴つづりはすでにトウゴの真後ろにいた。

「B-ブロードなどという名を掲げた瞬間から――お前の破滅は、既に確定していたのだ」

トウゴの手の中で、群青の鍵が激しく明滅し、急速に弱まっていく。
トウゴの両手が、恐怖ではなく圧力によってガタガタと震え出した。

「......っ、くそ......!」

足が動かない。攻撃が出来ない。
綴つづりの手が、死神の鎌のようにトウゴの首筋へと伸びていく。
それは先ほどのヨシに対する『声の封印』とは違う――
明確に、対象の生命そのものをこの世界から抹消するための
容赦のない動き。

その瞬間。

ジョウの喉の奥で、これまでの人生で一度も感じたことのない質量の何かが、
鳴り響こうとしていた。
首元に施されていた強力な封印が内側から溢れ出す奔流によって
猛烈に押し上げられまるで破裂を起こさんばかりの衝動。
だが、まだ完全には破れない。

(ごーさんが、死ぬ――)

その思考が、脳裏を埋め尽くした。
いや、それはもはや思考ですらなかった。
言葉になる前の、原初的な生存本能としての拒絶。
身体の全細胞が、その結末を拒んでいた。

ヨシが倒れている。トウゴが消されようとしている。
――ここで動けるのは、自分しかいない。

ジョウは何も考えなかった。
考えるよりも先に――喉の奥から、烈火のような『声』が迸っていた。

「――っ!!」

それは言葉ではなかった。ただの、空間を震わせる圧倒的な響き。
けれどその咆哮は――ジョウの喉を内側から引き裂くようにして、
突き破った。頭の中で封印が割れる幻音がした。
半分だけ。完全な解放には至っていない。
だが確かに――強固な筈の枷が半分だけ粉々に砕け散り解放された様に軽くなった。
眩い淡金の光が、今まで見たこともないほどの輝度で溢れ出し、
夜闇を黄金に染め上げる。収束した光の中に――一本の鍵が現れた。
かつて出現させたものとは、明らかに違う。光が一切揺らいでいない。
不安定な揺らぎが完全に消え去っている。
音波を具現化したかのような半透明の美しい輪郭が――くっきりと、
毅然として空間に実体化していた。

綴つづりの動きが、完全に止まった。
トウゴの命を刈り取ろうとしていたその手が、ピタリと静止する。
綴がゆっくりとジョウを見た。
ノイズによる視線の逸れなど一切起きない。
真っ直ぐに、ジョウの瞳の奥を射抜くように凝視した。

「......その、声紋は......」

綴つづりの息が、驚愕によって止まったかのような、奇妙な間が生まれた。
ジョウは実体化した淡金の鍵を真っ直ぐに構えた。
全身は激しく震えている。
けれど、手の平はしっかりと武器を握りしめていた。

「ごーさんから、離れろ......っ!!」
その声が、無音の領域を強引に圧し潰し、空間全体へと気高く響き渡る。
完璧な筈の無音の空間に、ジョウの中音域)《ミッド》の声が完全に通り抜けた。
綴つづりの目が、警戒と不審によって細められた。
けれど、その揺らぎは一瞬。
綴つづりは静かに手を下ろし、伸ばしていた指先をゆっくりと握り込んだ。
まるで、握りしめることで何かの結論を確定させるかのような仕草だった。
「――確認できた」
低く、囁くような声を誰に向けたものでもない、業務を終えたような響きを持っていた。
「なんの......こと、だ」
トウゴが掠れた声で問う。
答える義理はない、とでも言うように、綴つづりは一顧だにしなかった。

「今日、私がここへ来たのは――お前たちを処分する為だけだと思っていたが......そうでは無かった様だ」
綴の視線が、再びジョウへと戻る。
冷徹だが、そこにはもう戦意はなかった。
値踏みするような、ただ記録するだけの目で。

「未登録の声紋。封印を強引に突き破る出力。......そして、あの家系に酷似した波形」

その一言に、ジョウの心臓が跳ねた。意味までは分からない。
だが、綴つづりが今、確かに何かを『照合』したのだと、本能が理解した。

「我々封印派に、報告する義務がある」

綴が一歩、影のように後ろへと引き下がった。

「殺すことよりも――生かして観察することの方が、今は組織にとって価値がある」
「......ふざけるな」

ジョウの声が震えた。品定めされている。
そのことへの怒りが、喉の奥でまだ燻る封印の熱と混ざり合う。

「怒る必要はない。今日のところは、な」

綴つづりの口調には、揶揄も嘲りもなかった。ただ、淡々とした事実だけがそこにあった。

「統護とうご」

最後に、壁に囚われたままの男を見据える。

「次はないと思え」

それだけ綴は言葉を吐く。次の瞬間......
世界を縛っていた無音が、ガラスが割れるように一気に解けた。
音が、戻ってきた。
風のざわめきが、鳥の羽ばたきが、遠くを走る車の喧騒が――
一気に濁流となって耳奥へと戻ってくる。
音の無い世界が、元に戻った時――
綴つづりの姿は、最初からそこに誰もいなかったかのように掻き消えていた。
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法鍵士は夕暮れに鳴る作者:福天六(ふくたむ)
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