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第33話 握り潰された術式

* * *

数日後の夜、拠点に戻ったジョウは、トウゴのよう子がいつもと違うことに気づいた。
理由はうまく言葉にできなかった。
いつも通り無愛想で、いつも通り資料を整理している。
なのに、ペンを持つ手の動きが、ほんの少しだけ硬い。

「ごーさん、なんか今日疲れてる?」
「気のせいだ」

即答だった。いつもより、ほんの一拍早い即答。ジョウはそれ以上追及せず、
自分の席に鞄を置いた。その時、床に落ちていた小さな紙片が目に入った。
拾い上げてみる。びっしりと折れ皺のついた、封印派の紋章らしきものが
端に印刷された紙。文字はほとんど読めず、幾何学模様の術式図も、
握り潰された折れ皺のせいで判読できなかった。

「......これ、何?」

ジョウが差し出すと、トウゴの手がぴたりと止まった。一瞬の間があった。それだけで、ジョウには分かった。触れてはいけないものに触れてしまった、という直感。

「捨てておけ」
「でも――」
「捨てておけと言っている」

低く、有無を言わせない声。ジョウは黙って紙をゴミ箱に落とした。だが、その動作の間、トウゴの視線がずっとジョウの喉元――封印の割れた場所に注がれていたことに、ジョウは気づいていた。
何かがあったのだ。自分の知らないところで。自分に関することで。
その夜、ジョウは眠れなかった。
天井を見上げながら、ゴミ箱に捨てたあの紙のことを何度も思い返した。
ぐしゃぐしゃに握り潰された跡は、まるで誰かが必死に何かをこらえた形のように見えた。

(ごーさんは、ワシに何かを隠している)

責めるつもりはなかった。ただ、いつかそれを知る日が来る予感だけが、
静かに胸の底に沈んでいった。
けれど、その予感は、一晩中ジョウを布団の中で寝返り打たせるには十分すぎた。

(......ダメだ、気になって死ぬ)

ジョウは布団を撥ね除け、足音を殺して拠点の隅にあるゴミ箱まで歩いた。
トウゴはもう別室で休んでいる。今なら、誰にも見つからない。
紙を拾い上げ、机の隅の小さなランプの下でそっと広げてみる。
握り潰された折れ皺のせいで、術式図の幾何学模様はほとんど読み取れないままだ。
しかし、紙の端に、細く几帳面な文字で書き込まれた走り書きがあった。
誰かが電話の内容を書き留めたような、断片的なメモ。

『声紋――莢さやと酷似』
『境界線の歪み、拡大中。速度、従来比で異常』
『統護に実行させよ』

三つの単語が、目に飛び込んできた。
莢。誰だ、それは。境界線の歪みが拡大している――
それはどういう意味だ。そして、「統護に実行させよ」というのは――まさか、
ごーさんに、何かを実行させろということか。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

(これ......ワシに関係あることだよな......)

紙の内容は断片的すぎて、全体像はまるで見えなかった。
それでも、この紙が意味するものの重さだけは、痛いほど伝わってきた。
自分の知らないところで、自分よりずっと大きな何かが動いている。
トウゴがあれほど硬い顔をしていたのも、きっとこのせいだ。
ジョウは震える指で紙を元通りに――
いや、元通りになど戻せるはずもなかったが、せめて折り目を揃え直し、
そっとゴミ箱の中へ戻した。誰にも気づかれないように。
自分の部屋に戻り、布団に潜り込んでからも、
頭の中で「莢さや」という文字がずっと点滅していた。

(莢さやって......誰なんだ)

答えの出ない問いを抱えたまま、ジョウは白み始めた窓の外をぼんやりと見つめ続けた。
境界線の歪みが拡大しているという言葉が、なぜか自分の喉の奥の熱と重なって
感じられた。まるで、自分自身がその「歪み」の一部であるかのように。
その予感だけが、朝が来ても消えてくれなかった。
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第32話 答え合わせの約束
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法鍵士は夕暮れに鳴る作者:福天六(ふくたむ)
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第33話 握り潰された術式

* * *

数日後の夜、拠点に戻ったジョウは、トウゴのよう子がいつもと違うことに気づいた。
理由はうまく言葉にできなかった。
いつも通り無愛想で、いつも通り資料を整理している。
なのに、ペンを持つ手の動きが、ほんの少しだけ硬い。

「ごーさん、なんか今日疲れてる?」
「気のせいだ」

即答だった。いつもより、ほんの一拍早い即答。ジョウはそれ以上追及せず、
自分の席に鞄を置いた。その時、床に落ちていた小さな紙片が目に入った。
拾い上げてみる。びっしりと折れ皺のついた、封印派の紋章らしきものが
端に印刷された紙。文字はほとんど読めず、幾何学模様の術式図も、
握り潰された折れ皺のせいで判読できなかった。

「......これ、何?」

ジョウが差し出すと、トウゴの手がぴたりと止まった。一瞬の間があった。それだけで、ジョウには分かった。触れてはいけないものに触れてしまった、という直感。

「捨てておけ」
「でも――」
「捨てておけと言っている」

低く、有無を言わせない声。ジョウは黙って紙をゴミ箱に落とした。だが、その動作の間、トウゴの視線がずっとジョウの喉元――封印の割れた場所に注がれていたことに、ジョウは気づいていた。
何かがあったのだ。自分の知らないところで。自分に関することで。
その夜、ジョウは眠れなかった。
天井を見上げながら、ゴミ箱に捨てたあの紙のことを何度も思い返した。
ぐしゃぐしゃに握り潰された跡は、まるで誰かが必死に何かをこらえた形のように見えた。

(ごーさんは、ワシに何かを隠している)

責めるつもりはなかった。ただ、いつかそれを知る日が来る予感だけが、
静かに胸の底に沈んでいった。
けれど、その予感は、一晩中ジョウを布団の中で寝返り打たせるには十分すぎた。

(......ダメだ、気になって死ぬ)

ジョウは布団を撥ね除け、足音を殺して拠点の隅にあるゴミ箱まで歩いた。
トウゴはもう別室で休んでいる。今なら、誰にも見つからない。
紙を拾い上げ、机の隅の小さなランプの下でそっと広げてみる。
握り潰された折れ皺のせいで、術式図の幾何学模様はほとんど読み取れないままだ。
しかし、紙の端に、細く几帳面な文字で書き込まれた走り書きがあった。
誰かが電話の内容を書き留めたような、断片的なメモ。

『声紋――莢さやと酷似』
『境界線の歪み、拡大中。速度、従来比で異常』
『統護に実行させよ』

三つの単語が、目に飛び込んできた。
莢。誰だ、それは。境界線の歪みが拡大している――
それはどういう意味だ。そして、「統護に実行させよ」というのは――まさか、
ごーさんに、何かを実行させろということか。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

(これ......ワシに関係あることだよな......)

紙の内容は断片的すぎて、全体像はまるで見えなかった。
それでも、この紙が意味するものの重さだけは、痛いほど伝わってきた。
自分の知らないところで、自分よりずっと大きな何かが動いている。
トウゴがあれほど硬い顔をしていたのも、きっとこのせいだ。
ジョウは震える指で紙を元通りに――
いや、元通りになど戻せるはずもなかったが、せめて折り目を揃え直し、
そっとゴミ箱の中へ戻した。誰にも気づかれないように。
自分の部屋に戻り、布団に潜り込んでからも、
頭の中で「莢さや」という文字がずっと点滅していた。

(莢さやって......誰なんだ)

答えの出ない問いを抱えたまま、ジョウは白み始めた窓の外をぼんやりと見つめ続けた。
境界線の歪みが拡大しているという言葉が、なぜか自分の喉の奥の熱と重なって
感じられた。まるで、自分自身がその「歪み」の一部であるかのように。
その予感だけが、朝が来ても消えてくれなかった。
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