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第27話 三つの影

*

完全に朝になった。
三人行きつけの喫茶店のマスターが、
常連であるヨシを気遣って差し入れてくれたもの――
出来立てのおにぎりが三つ、長机の上に並べられている。
寝起きのヨシが、わざわざ地上まで取りに行ってくれたらしい。
三人で、それを食べた。黙々と、無言で咀嚼する。
けれど、そこにあるのは決して嫌な沈黙ではなかった。
極限まで疲れ果てた人間たちが、疲れたままの姿で
同じ場所で同じ飯を食べているそんな、ひどく心地よい無言。

「......ごーさん」

おにぎりを咀嚼しながら、ジョウが切り出した。

「......なんだ」
「昨夜、綴つづりが言ってたことなんだけど」
「......聞いていたのか」
「聞こえたよ。『次はない』って」

トウゴは答えなかった。ただ、静かにおにぎりを口に運ぶ。

「封印派から、また何か刺客が来るかもしれない」
「......かもしれないな」

ジョウは、トウゴの横顔を真っ直ぐに見つめた。

「その時が来たら......ごーさんは、どうするの?」

トウゴを動かしていた箸が、ぴたりと止まった。
ヨシが、二人の様子を交互に見つめる。何も言わずに、静観していた。

「......分からん」

長い沈黙の末、トウゴがぽつりと言った。

「正直に言えば、俺にもまだ答えは出ていない」
「うん」
「だが――」

トウゴは、食べかけのおにぎりをゆっくりと皿に置いた。

「昨夜、ジョウが死に物狂いで鍵を出現させた、あの瞬間を見た」
「うん」
「あれは......絶対に、封印されるべき光ではない」

地下室が、水を打ったように静まり返る。

「封印派の人間としての正義を語るなら、俺のこの思考は完全な間違いだ。
だが――俺は見てしまった。あの声を。あの純粋な光を。
......あれを力ずくで封じ込めることが正しいとは俺にはどうしても思えなかった」

ヨシが、嬉しそうにその口角を滑らかに上げた。

「ごーさんがそう言ってくれるなら」
「......何が言いたい、よっさん」
「いや? ただ、ごーさんがそう言ってくれるなら――
これからはもう、大丈夫かなって思っただけさ」
「何が大丈夫なんだ」
「全部だよ、全部」

いつもの調子で、飄々と言ってのけるヨシにトウゴは盛大に舌打ちをした。
けれど――その口元が、ほんの少しだけ、照れ隠しのように綻んでいた。
ジョウがおにぎりを最後の一口まで綺麗に食べ終えた。

「ワシ、もっと強くなるよ」
「唐突だな、お前は」
「昨夜、ほとんど何もできなかったから。鍵は半分しか出ないし、
よっさんは倒されちゃうし、ごーさんは死にそうになるし......。
ワシだけ何もできなくて、見ていることしかできなかった。それが、一番きつかったんだ」
「昨夜、お前は紛れもなく鍵を出して私を救っただろう」
「あれは追い詰められて、がむしゃらに出ただけだよ。
ちゃんと自分の意志で使いこなせてない」
「......それでも、出した事実は変わらん」
「次は、ちゃんと自分の力として使いたいんだ」

ヨシが手元の缶コーヒーを、カチャリと音を立てて開けた。

「特訓、しちゃう?」
「する」
「その、封印が半分しか割れていない不安定な状態で?」
「できることから、意地でもやるよ」

ジョウの真っ直ぐな言葉を聞き
トウゴが呆れたように、けれどどこか満足げにぽつりと呟いた。

「......仕方ないな」
「え、ごーさんも付き合ってくれるの?」
「まだ付き合うとは一言も言っていない」
「でも、否定もしてないよね?」
「......うるさい。黙ってろ」

トウゴの答えにヨシが笑った。声を上げて、心底楽しそうに笑った。
ジョウも釣られて笑った。 トウゴは頑なに笑わなかった。けれど――
彼の手の中で、群青の鍵がまるで呼応するようにかすかに優しく輝いていた。

朝の光が、地下室の、地上に面した小さな高窓から容赦なく差し込んできた。
新しく生まれた光に照らされて、コンクリートの床の上には
三人の影が等間隔で綺麗に並んで伸びている。
ジョウは、その床の影をじっと見つめていた。三つ。確かに並んでいる。

喉の奥が――かすかに、チリチリと鳴っていた。
封印が強引に割れた場所から、何かが制御できずに漏れ出していくあの感覚。
いつもの単なる振動じゃない、もっと血の深い場所、
遠い記憶の底から湧き上がるような共鳴。

(もしかしたら......)

ジョウがゆっくりと目を閉じると――
それは、あまりにも唐突に脳裏へと滑り込んできた。

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法鍵士は夕暮れに鳴る作者:福天六(ふくたむ)
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第27話 三つの影

*

完全に朝になった。
三人行きつけの喫茶店のマスターが、
常連であるヨシを気遣って差し入れてくれたもの――
出来立てのおにぎりが三つ、長机の上に並べられている。
寝起きのヨシが、わざわざ地上まで取りに行ってくれたらしい。
三人で、それを食べた。黙々と、無言で咀嚼する。
けれど、そこにあるのは決して嫌な沈黙ではなかった。
極限まで疲れ果てた人間たちが、疲れたままの姿で
同じ場所で同じ飯を食べているそんな、ひどく心地よい無言。

「......ごーさん」

おにぎりを咀嚼しながら、ジョウが切り出した。

「......なんだ」
「昨夜、綴つづりが言ってたことなんだけど」
「......聞いていたのか」
「聞こえたよ。『次はない』って」

トウゴは答えなかった。ただ、静かにおにぎりを口に運ぶ。

「封印派から、また何か刺客が来るかもしれない」
「......かもしれないな」

ジョウは、トウゴの横顔を真っ直ぐに見つめた。

「その時が来たら......ごーさんは、どうするの?」

トウゴを動かしていた箸が、ぴたりと止まった。
ヨシが、二人の様子を交互に見つめる。何も言わずに、静観していた。

「......分からん」

長い沈黙の末、トウゴがぽつりと言った。

「正直に言えば、俺にもまだ答えは出ていない」
「うん」
「だが――」

トウゴは、食べかけのおにぎりをゆっくりと皿に置いた。

「昨夜、ジョウが死に物狂いで鍵を出現させた、あの瞬間を見た」
「うん」
「あれは......絶対に、封印されるべき光ではない」

地下室が、水を打ったように静まり返る。

「封印派の人間としての正義を語るなら、俺のこの思考は完全な間違いだ。
だが――俺は見てしまった。あの声を。あの純粋な光を。
......あれを力ずくで封じ込めることが正しいとは俺にはどうしても思えなかった」

ヨシが、嬉しそうにその口角を滑らかに上げた。

「ごーさんがそう言ってくれるなら」
「......何が言いたい、よっさん」
「いや? ただ、ごーさんがそう言ってくれるなら――
これからはもう、大丈夫かなって思っただけさ」
「何が大丈夫なんだ」
「全部だよ、全部」

いつもの調子で、飄々と言ってのけるヨシにトウゴは盛大に舌打ちをした。
けれど――その口元が、ほんの少しだけ、照れ隠しのように綻んでいた。
ジョウがおにぎりを最後の一口まで綺麗に食べ終えた。

「ワシ、もっと強くなるよ」
「唐突だな、お前は」
「昨夜、ほとんど何もできなかったから。鍵は半分しか出ないし、
よっさんは倒されちゃうし、ごーさんは死にそうになるし......。
ワシだけ何もできなくて、見ていることしかできなかった。それが、一番きつかったんだ」
「昨夜、お前は紛れもなく鍵を出して私を救っただろう」
「あれは追い詰められて、がむしゃらに出ただけだよ。
ちゃんと自分の意志で使いこなせてない」
「......それでも、出した事実は変わらん」
「次は、ちゃんと自分の力として使いたいんだ」

ヨシが手元の缶コーヒーを、カチャリと音を立てて開けた。

「特訓、しちゃう?」
「する」
「その、封印が半分しか割れていない不安定な状態で?」
「できることから、意地でもやるよ」

ジョウの真っ直ぐな言葉を聞き
トウゴが呆れたように、けれどどこか満足げにぽつりと呟いた。

「......仕方ないな」
「え、ごーさんも付き合ってくれるの?」
「まだ付き合うとは一言も言っていない」
「でも、否定もしてないよね?」
「......うるさい。黙ってろ」

トウゴの答えにヨシが笑った。声を上げて、心底楽しそうに笑った。
ジョウも釣られて笑った。 トウゴは頑なに笑わなかった。けれど――
彼の手の中で、群青の鍵がまるで呼応するようにかすかに優しく輝いていた。

朝の光が、地下室の、地上に面した小さな高窓から容赦なく差し込んできた。
新しく生まれた光に照らされて、コンクリートの床の上には
三人の影が等間隔で綺麗に並んで伸びている。
ジョウは、その床の影をじっと見つめていた。三つ。確かに並んでいる。

喉の奥が――かすかに、チリチリと鳴っていた。
封印が強引に割れた場所から、何かが制御できずに漏れ出していくあの感覚。
いつもの単なる振動じゃない、もっと血の深い場所、
遠い記憶の底から湧き上がるような共鳴。

(もしかしたら......)

ジョウがゆっくりと目を閉じると――
それは、あまりにも唐突に脳裏へと滑り込んできた。

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