ep108 鏡合わせ
蒼の部屋はしばらくなんとも言えない沈黙が支配していた。
昴は変わらずに固い表情をしている。それを見て、蒼は内心で息を吐いた。
「すーさん」
蒼は静かに昴を呼ぶ。話を横道に逸らしたのは自分だ。だったら元に戻すのも自分の役目だ。
蒼は本題に戻すために自分の肩を掴んでいる昴の腕を軽く触り、昴の名を呼ぶ。
それで察したのか、昴は蒼の肩から手を離した。そして少し罰が悪そうに視線を逸らす。少しして覚悟を決めた様に蒼を見た。
「すみません、蒼さん。取り乱しました」
「ん? 別にいいよ。それより本題に戻るんだけどさ」
その覚悟すら蒼は興味なさげに横に放り投げた。つまらない感情は時に邪魔になる。
蒼は自由になった身体をくるりと回転させるとまたパソコンへと向かった。
そして、キーボードとマウスを使って、画面を切り替える。
4人の画像をそれぞれ、捕まってるか捕まっていないかで左右に分かれさせて、真ん中に一つの画像が表示される。
そこにはたくさんの木々の茂った森の前にある意味不自然にある一つの建物が映し出されていた。
「ねぇ、この廃墟が"サーカス"の秘密基地? ここが入口で森の中にたくさんの居住区があると踏んだんだけど、違う?」
「......」
昴はまた無言になる。蒼は振り返って見上げる様に昴の白銀の瞳を覗き込む。
「その動揺の仕方は当たりってところだな。で、すーさん」
蒼はそこで言葉を切ると楽しそうに笑った。
「明日はここに忍び込むから、よろしくな」
屈託ない笑顔の蒼に数歩、昴は後退る。まるで恐ろしいものを見る様な瞳で蒼を見つめた。微かに肩が恐怖からか震えている。
そこまで観察して蒼は見誤ったかなと気持ちが冷めていくのを感じた。
"サーカス"に対して複雑な思いがあるのなら、巻き込もうと蒼は深く考えずに決めた。しかし、昴の精神がそこまでついてきてないなら、明日の行動の邪魔になる。
足手纏いはいらないなと、昴を切り捨てる。欲しい情報は昴の反応で大体入手できた。それで上出来だとしようと思考を切り替えようとした。
「......忍び込んで、どうするんですか?」
「ん?」
外の音を遮断しようとした蒼の耳に戸惑いながらも覚悟を決めた昴の声が届いた。
蒼は反射的に顔を上げて昴を見る。
そこには先程まで不安で震えていた男が覚悟を決めた顔で立っていた。
へぇー、と蒼は心の中で感嘆した。昴はそんな顔も出来たんだと思うと同時に、だからこそ"サーカス"の創始者になったのかと少し納得した。
昴が覚悟を決めたのなら切り捨てる必要はないなと蒼は淡々と予定を伝える。
「ノアズ計画についての情報を仕入れる。仲間が2人も捕まったんだ。焦って計画を練り直していると思うしさ。それに暇つぶしによくハッキングをあちこちに仕掛けているんだけど、"サーカス"の情報を見つけたことがない。情報はオフラインかアナログで管理している可能性が高いから、忍び込むのは合理的で最短で真実に辿り着けるだろ?」
「......」
昴はなんとも言えない表情で蒼を見ている。蒼はデスクチェアに腰掛けると、感情を切り捨てた瞳で無言の昴を見る。
昴と目が合うと、息を飲み込む音がした。それと同時に昴の喉が上下する。
「......蒼さんが吹雪の従姉妹だということが嫌というほどわかった気がします。あまり似てないと思っていましたが、情報の出し方といいそっくりですね」
昴の言葉を噛み砕いた蒼は、楽しそうに笑う。
「そうだろ。ゆいは鏡合わせの3年後の姿だからさ」
「......鏡合わせ、3年後?」
昴は蒼と距離を取りながらも気になったのか、鸚鵡返しの様に2つの単語を口にした。その表情は訝し気だ。
その様子に蒼は一瞬、どうするか考えるも隠すことでもないと結論付ける。
デスクチェアから立ち上がると、昴が取った距離を詰めた。
「たいしたことじゃない。俺とゆいは鏡合わせなんだよ。似てるところは似てるし違うところは正反対」
蒼はそこで一度言葉を切る。
「お互いに人嫌いだけど、あいつは無表情、俺は感情の模倣って仮面を被っている。情報もゆいは面倒事を避けるための道具だし、俺は暇つぶしと自己証明への材料だ。根本的には同じでも違う人間だってわかってる。それでも、ゆいは俺のなるだろう姿の3年先を進んでいる。そういう認識なんだ」
「......」
昴は変わらずになんとも言えない表情だ。この説明をするとみんな同じ顔をする。唯華だけは理解したくなさそうに理解してくれている。それがさらに蒼の中でこの結論は正しいと証明してくれる。
「吹雪は薄々思っていましたが、蒼さんが人嫌い......ですか?」
やっとのことで口を開いた昴の疑問は、そこだった。
確かに駿河家での蒼だけを見ているとその疑問が出ることは蒼自信も納得していた。
実際、蒼は人嫌いと言っているが実態は対人恐怖症に近いと自覚している。仮面と帽子とブレスレットのおかげで普通のフリをしているが、それを無くしてしまったら蒼は外に出ることすら困難な人間だ。
しかし、昴にそこまで説明する理由がない。だから蒼は笑って真実は話さない。
「人と話してるからって、皆が人好きでもないだろ? 蘇生術みたいなものだよ」
「蘇生術......ですか」
昴の顔にはその年で? と書かれている。年齢は関係ない、それまでの経験が人を作るのだ。しかしそれを説明する必要を感じない蒼は笑って誤魔化す。
全てを話すことが正しいわけではない。そしていつかここからいなくなる可能性のある人間に心を開く必要もないと判断する。
「まっ、とりあえずは明日のことだな! すーさんってウィッグとかカラコンって持ってる? 変装道具!」
「変装道具は持ってないですね」
「了解! こっちで用意するな。明日はよろしく!」
まだ戸惑っている様子の昴に蒼は畳み掛ける様に話しかける。
「えっ、明日の打ち合わせとかはしないんですか?」
「作戦立てたところでその通りになることは少ないから、行き当たりばったりで!」
「えっ......」
いい笑顔で伝える蒼に対して、昴の顔色は悪くなる。しかし、経験則から作戦の意味のなさや、その場での判断でなんとかなることを知っている。
だから蒼は必要性を感じない。
不安そうな昴に明日の集合時間だけ告げて、部屋から見送る。
その後ろ姿を見ながら蒼は、クローゼットの中を漁る。
以前、一度使った茶髪のウィッグとカラコンを見つけると、パソコンの横に置く。
「すーさんを連れてくことが、吉となるか凶となるか」
微かに口角を上げながら、蒼はデスクチェアに座り、キーボードを触る。少しでも抜け道や情報を入手して、自分有利に動くために出来ることはやろうと、マウスに手を伸ばした。