ep97 急募・通訳
その後も何かを叫ぶ男の声を蒼も唯華も無視し、時間だけが過ぎていく。蒼は男が逃げないように視線だけは男から離さない。唯華に至っては、興味なさそうにブロック塀にもたれて、端末をいじっていた。
しばらくして車で到着した中原は、なんとも言えない表情をする。
「......なんだ、この状況は」
「あっ、中原さんだ!」
「......遅かったね」
中原の問いに蒼は勿論、唯華も答える気がない。それがわかったのか中原は頭に手を置き、盛大に息を吐く。
「――っ!? なんだ、テメェは!?」
男は新手の登場に暴れようとする。蒼はどこか冷めた目で男を見る。抵抗したところで体力の無駄だって学ばないのかと呆れながら、「よいしょっ」と掛け声と共に立ちあがろうと地面についた男の腕を蹴る。
男はそのまま地面に顔を打ちつける。痛そうと自分がやったことを棚に上げて蒼は自分の額をなんとなくさする。
横から唯華の呆れる声がした。
「......は?」
中原が呆けた声を出す。
「中原さん、これサーカスの過激派。さっき商店街で暴れていたやつの仲間だから連れてって」
「いや、他にも説明することあるだろ、山吹。いきなり呼び出しといて」
「知らないの、中原さん。時間は有限だ。くだらないことに使うのは無駄」
唯華は端末から顔を上げずに淡々としている。中原は唯華に話しても埒が明かないと思ったのか、蒼を見る。しかし、すぐに視線を蒼から男に戻した。
何も言われていないが、お前に言っても無駄かと思われたのがわかる。解せないなと蒼は腕組みをする。
もう一度大きなため息を吐くと、中原は車の後部座席の扉を開ける。そして、男に近づくと同情するように言葉を紡ぐ。
「まあ、こいつらにあったのは運が悪かったって諦めろ。話は署で聞く」
「署? テメェーなんだ、離せ!」
中原が男の腕を掴んで立たせる。そして、引きずるようにして車まで運んでいる。男の叫びには誰1人答えることはなかった。
そして、蒼達は男が車に乗せられ、その場を離れていくのをただ見送った。
「で、ゆい。ノアズ計画って何?」
状況が落ち着いたので、蒼は気になっていたことを唯華に聞く。唯華は端末から顔を上げてあからさまに嫌そうな顔をした。
「......関係ないから忘れて」
「気になるから、無理!」
「絶対に、関わられると面倒になるから断る」
「わかった! こっちで勝手に調べるな!」
「待て、一切わかってないだろ」
唯華の言葉は無視して、蒼は当初の予定通りに駿河家に向かう。頭の中にはノアズ計画という名前を忘れずに刻みながら。
これから面白くなりそうだと、蒼は確かにそう思った。
◇◇◇◇
「まこっさん、いるー?」
蒼は駿河家に入ると迷わずに目的の人物の名前を呼んだ。いつものリビングに住人はいるが、眞琴の姿はない。
すぐに蒼は、眞琴に割り振られた部屋の前に向かう。そして、迷わずに扉をトントンとノックした。
「まっこさん、いる? ってか起きてる?」
「ちょっと、蒼。いきなりどうしたの?」
リビングで大地に勉強を教えていた理人が慌てた様子で蒼に近付いてきた。
「あっ、りっひー。ちょっとまこっさんに用があって!」
「うん、それは見たらわかるから。そんなに乱暴に扉を叩くのをまずやめない?」
理人が呆れたように扉を見る。蒼は少し考えてからやめる。
「それは、蹴破ればいいってことか!?」
「うん、誰もそう言ってないよ? ......通訳呼んで欲しいな」
「通訳? りっひー、外国行くのか?」
「......うん、蒼はそうだよね」
何故か遠い目をする理人に蒼は首を傾げる。何を諦めたんだろうと考えようとした瞬間に、内側から扉が開いた。
「さっきから、なんだ。うるさい」
「あっ、まこっさん!」
「眞琴さん、本当にすみません」
不機嫌そうに出てきた眞琴に何故か理人が謝る。しかし、蒼は気にしない。
「さっき面白いものを拾ってさ。まこっさんに調べて欲しいんだ! ゆい曰く、物に能力が付与できる人間が、認識阻害の能力を付与したって言ってたんだけどさ」
「それは、興味深いな。よし、椎名。中に入れ、話を聞こう」
眞琴は開いた扉の端に移動し、人1人通れる空間を作る。蒼は迷わずに薄暗い部屋の中へと足を踏み入れた。まだ夏でもないのに室内は冷房が効いており、少し肌寒さを感じる。
室内の奥には巨大なモニターの置かれた机があり、その横に壁に沿ってL字になるようにサイドテーブルがあった。サイドテーブルの上には実験器具と紙束が乱雑に散らばっている。
サイドテーブルとは向かって反対側の壁際には本棚があり、英字で書かれた本も大量に収納されていた。
少し本の内容が気になるなと蒼の意識が本棚へと移動する。
「蒼、あまり眞琴さんに迷惑かけるなよ?」
そんな蒼の耳に理人の心配そうな声が聞こえたと思ったら、すぐに扉の閉まる音がすぐに続いた。蒼は本棚から扉へと視線を移す。
眞琴は扉を閉めると、パソコンやモニターが大量に置いてある机の前にあるデスクチェアに腰掛けると、くるりと椅子を回して机に背中を向ける。
そして、部屋の真ん中に置いてある2人がけのソファに座るように促された。ベッドがないからいつもここで寝てるのかなと考えながら蒼は促されるまま、ソファに腰掛ける。
「で、興味深いことを言っていたな?」
眞琴は楽しそうに足を組むと身体を自然と前に乗り出した。メガネの奥の瞳が楽しそうに揺れている。
蒼は笑いながら、ポケットから商店街の男から奪ったミサンガを取り出すと、ソファの前のローテーブルに置いた。
「このミサンガが、さっき言ってたやつ」
蒼はそう伝えると、面白がっている眞琴の目をしっかりと見つめながらミサンガを得るまでにあったことを語った。
眞琴はただ、楽しそうに蒼とミサンガを交互に見ながら、相槌すら打たずに話を最後まで聞いていた。