ep2 月詠の巫女
御影島の中でも屈指の神社、月詠神社。
その社の中に紅を基調とした巫女装束を纏い、社の中心で正座をしている少女がいた。社の中は閉め切られていて、少女以外は誰もいない。
不意に少女は閉じていた瞼を開いた。その表情には微かな落胆の色が浮かんでいる。
しかし、すぐにその色は消えて、代わりに自嘲気味な笑みに変わる。
「......くだらない」
少女はそう呟き、立ち上がった。そして、社から出るために扉に近づく。
「つくよ、終わりましたか?」
社の外から落ち着いた声が少女を呼ぶ声が聞こえる。
「はい、奏さん」
少女はそう返事をすると、社から外に出た。
社の外には黒いスーツを着て、長い髪を後ろでくくっている20歳前半ぐらいの女性が立っていた。
「お役目、ご苦労様」
そう言いながら、少女に笑いかける。
天宮奏。月詠神社の神主の娘であり、警視庁に勤めている。そして、少女の保護者代わりのようなものだ。彼女の天宮家の人間は昔からある役割があった。それは月詠の巫女の補佐だ。
月詠の巫女とは、御影島の護り神の代行者に選ばれた女性の呼称だ。昔から何故か月詠は"つくよ"という愛称で呼ばれていた。
そして彼女達は月や夜空を詠み、先を予言したり、島の意志を聞いたりすることができるという。
「私はなにも......」
「そう悲観的にならないの。今、瑞稀君に連絡を」
「必要ない......です」
少女は奏の言葉を途中で遮った。そして微かに笑う。
「大丈夫です。少し1人で考えたいことがあるの。それに港にも行きたいので......」
「そう。でも今日は今年度の新入学生が全員この島に来る日よ?」
納得したように奏は頷くと思い出したように言葉を続けた。それを聞き、少女は微かに顔を顰める。
4月1日。新年度の始まりの日に本島から御影島に入学する学生が連絡船に乗ってやってくる。一部の島民は港に出迎えに行く恒例行事でもある。日用品等の物品は定期的に海路や空路にて運ばれてくるが、人間が乗る連絡船は数ヶ月に1回2日間のみと島への出入りを制限しているのだ。なので船が到着する日は歓迎する為にお祭りのように屋台等も出て、娯楽として集まる人も少なくない。普段は漁船などの少数の船の出入りがあるだけの閑散とした場所ではあるのだが、今日はその1年に数回ある港が1番賑わう行事がある日なのだ。
「......忘れてました」
「まぁ、島の人間にはそこまで重要じゃないものね。特に......月詠の巫女様にはね」
奏はそう言って、両手を頭の上にあげて伸びをした。そしてポケットから鍵を取り出して、少女に渡す。
「とりあえず着替えていらっしゃい。その格好で行くのは良くないでしょ? ......歩きにくそうだし。気をつけて帰ってね」
最後にそんな言葉を付け加える奏にクスッと少女は笑った。
「そうですね」
少女はそう答えると奏に頭を下げて、境内の隅の方にある納屋に向かった。後ろから奏が鍵を取り出す音が聞こえる。
「さてと、私は仕事に戻りますか」
そんな声と共に駐車場に向かい、歩き始めた音が聞こえた。