第九十六話 正解
どしゃ降りの深夜。
千佳伊は自室でメール対応に追われていた。
「これでマカロンも済ませたな。あとは......」
──コン、コン。
激しい雨音を遮るノック。
「仙か?」
するとドアを開けて仙が部屋に入ってきた。
「おう、差し入れだ」
千佳伊がマグカップを受け取る。
「ブラックにしてくれているのだな」
「ま、好みは同じだしな」
仙の軽口に黙る千佳伊。
本当は苦手なブラックコーヒーの湯気をしばらく眺める。
「どした?」
「私が話した〝創作でもっとも大事なこと〟を覚えているか?」
「文章力よりも、構成力よりも、宣伝力よりも出会いの方が大事ってやつ?」
千佳伊が頷く。
「仙や弧見と出会えたことが私の一番の宝物だ」
涙を浮かべ、千佳伊は続ける。
「この世界で私と出会ってくれてありがとう」
「何言ってんだよ。売っていくのはこれからだろう?」
仙の発破に、ニカッと笑う千佳伊。
「私はNTRを華麗に決められた憐れな女なのだ。売り出すならぜひそちらで!」
「たくましすぎるぞ。でもま、そんくらいメンタル強いならやってけんだろ?」
ややズレたジョークに、自然と互いの笑みが零れる。
「勘違いでもここまでくれば立派だよ」
「当然だ」
拳を天に突き上げ、千佳伊が叫ぶ。
「勘違い上等! 世界で一番面白い! それを作者が信じてやらなくてどうする!」
同時に雷が鳴る。雨も止んだようだ。
仙は腹を抱えて笑い出した。
「晴れ晴れしてんな。それを世界にかましてやんな」
「うむ!」
◆◇◆
ノーベル文学賞の受賞スピーチ。
「私は、様々な作品や出来事、多くの素敵な出会いを経て、今ここに立っている」
ストックホルムの聴衆を前に、千佳伊が語る。
「作家は......いや、人も、人生も間違うものだ。成功した数もそうだが、間違った数だけドラマがある」
コンサートホールに響き渡る声。
「奇人で結構じゃないか。他に同じ人がいないなんて最高の褒め言葉だろう?」
千佳伊が軽く会場を見渡す。
「この世に、誰にとっても正しい創作論など存在しない」
全体がその覇気に呑まれていく。
「80億人から間違っていると言われても、この宇宙でたった......たった一人。自分自身にとって正しいのなら、それが正解の創作論だ」
声は揺るぎない自信に溢れていた。
「私はそう考えている。だから──」
強烈なハウリング。
「さぁ! 今日も間違った創作論を語ろうか!」