虹の欠片
そのあとは、タラサがいくつかの魔法を石板に試していたが、これといった成果はなかった。
調査でわかったことはふたつ。
ひとつは、石板に「約束を守れ。なれば光は共にある」と古代エルフ語で刻まれているが、ほかには見当たらないこと。
もうひとつは、古代魔法をもってしても石板を取り外すことはできないこと。
やはり記録を見ないことにはどうにもならないという話になり、一行はぞろぞろと来た通路を戻ることになった。下層を延々と歩き、上層でレイの文句を聞き、港湾ギルドについたのは昼すぎだった。
「記録か......この地下水路が建造されたのがいつなのかは、はっきりしていない。少なくとも、火の七日間で戦火に見舞われるより前なのは確実だ」
ティアたちが事務所に戻ると、ロイドは書類に埋もれたまま、難しげに眉間のしわを深めた。
「アストリア大陸で古代エルフ語が公に使われていたのは、数百年前なんてものじゃないわ、数千年前よ。もしあの石板を作ったのが古代エルフ人なら、相当な昔ということになる」
「セレストの記録が焼失していることは間違いないが、一応王都に問い合わせてみるか......王立図書館になにか情報があるかもしれん。望みは薄いと思うが」
「どのくらいで返事が来るの?」
「わからん。数日か、数週間か......」
タラサを見ると、彼女はなんら問題ないという表情でうなずく。
「卵が孵るにはそれなりの時がかかるもの。かまいませんわ。その間、現存している情報を見せていただきましょう。地下水路にかかわるもの、すべてを」
おだやかにそう言うタラサに、ロイドの眉間のしわがいっそう深まる。
「水路の見取り図や管理記録......そういうものでいいならあるにはあるが、量が多い。すべてとなると集める時間が必要だ。今すぐにというわけにはいかん。明日までに用意させよう」
ということで、今日はこのまま解散することになった。
タラサたちがギルドから出ていったあと、ロイドは無言でティアに銀貨5枚を手渡した。
「今日の分だ。明日も頼むぞ、いいな?」
ティアが銀貨をしっかり握りしめながらうなずくと、ロイドは椅子の背もたれに体をあずけ、深くため息をついたのだった。
ティアがかもめ荘に戻ると、ちょうどソノが洗濯物をとりこんでいるところだった。
「あら、おかえり! 早かったんだね」
「今日は解散になったの。明日も行くことになったわ」
答えながらまわりを見まわすが、ココの姿が見当たらない。どこかであそんでいるのだろうか?
ソノは大量のシーツを抱えながら、
「それがココちゃんのことなんだけどさ、職人区に行っちゃったんだよね。パーム族があんたを訪ねてきてさ......」
「職人区?」
「そのパーム族、あんたの知り合いだって言うんだよ。最初、ずいぶん怒ってたんだけど......」
ソノの話によると、ティアがかもめ荘を出ていったあと、しばらくしてパーム族がひとりティアを訪ねてきた......というより、ほとんど怒鳴り込んできたらしい。
「あのエルフはどこだ!」と息まく姿に仰天するソノだったが、ココはというと彼を見て「おともだち!」だと言って、大喜びでついて行ってしまったというのだ。
「石鹸をもらったとか、ガラスがきれいだとか、ココちゃんの言うことはよくわからなかったんだけど......ずいぶん懐いてて友達だって喜んでるし。パーム族はパーム族で、自分は職人区から来た、あんたにココちゃんを借りる約束をしてるって言ってて......そうこうしてたらケトルが沸いちゃってさ、火を止めてるうちに、ココちゃんそいつについて行っちゃったんだよ」
間違いない、青い鳥で会ったガラス職人のロットだ。
「心当たりがあるわ......」
「じゃあやっぱり知り合いなんだね?」
「ええ。商店街で会ったの」
彼はココをモデルにガラス細工を作りたがっていた。一向にティアとココが工房に来ないので、しびれを切らしてかもめ荘まで来たのだろう。
たしかロットの工房は、職人区の三番通りだったか......虹の欠片という名前のガラス工房だったはずだ。
「ソノ、ココの面倒を見てくれてありがとう。探しに行ってくるわ」
「あたしは何もしてないけどさ......ココちゃんに、おいしいレンゲ花の蜂蜜を用意してるから、帰っておいでって伝えてくれる?」
「ええ」
ティアはソノが洗濯物を取りこむのを手伝ってから、ココを探しに職人区へと向かうことにした。
かもめ荘から商業区をまっすぐ西に抜けると、その先が職人区だ。
一見すると商業区と似たような建物がならんでいるが、一歩奥へすすむとやはり雰囲気は違う。どうやら南門に面した場所が一番通りらしく、ガラス工房虹の欠片は南からかぞえて三番目の区画にあった。
やはり石造りの建物で、正面の扉は大きく開け放たれている。
中に入ると、大小さまざまなガラス作品が大量にならんでいた。入口近くは展示場になっているようだ。
奥に行くと、そこは一転して作業場だった。最奥に石組みの炉があり、ここまでわずかに熱気がただよってくる。
手前には雑然と物が散らばっていて、そこにロットとココがいた。
「ティア!」
ココはティアを見つけると、満面の笑みでふわふわと飛んでくる。
「もうお仕事おわったの?」
「勝手について行ったらだめじゃない、ココ。ソノが心配してたわ」
「見てティア、ロットだよ! アタシ、モデルしてたの!」
うしろからロットが本を片手に持って、歩いてくる。
小柄な体に黒い鼻、そして相変わらずの仏頂面だ。
「なんだよ、てめえまで来たのか。エルフはお呼びじゃねーんだ、帰んな」
「そうはいかないわ。どうして宿まで押しかけて来たの?」
「どうしてもこうしてもねーよ」
ロットはぎろりとティアを睨みあげると、持っていた本を机にばん、と置いた。
ティアはふと気づいた......本ではなくて紙を束ねた帳面だ。表に何か絵が描いてある。
「てめえ、服屋で売り子の真似事してたらしいな? 妖精とエルフがダリアの店で売り子やってるって、ここらじゃ大騒ぎだったんだぞ!」
「たしかに、そうだけど」
「なんで俺んとこには来ねーんだよ。場所、教えただろ!」
「......ダリアの店では、仕事だったのよ」
「俺だって、報酬を払わないとは言ってねーだろ!」
ティアは口ごもってしまった。
ロットはあの時、ガラス見本の弁償をするかわりにココを貸すよう要求していたはずだが......。
「あれは仕事の依頼だったの?」
「ったく、これだからエルフは嫌いなんだよ。とろくせーし、ぼさっとしてやがるし、察しは悪ぃし」
そう吐き捨てると、ロットはココに「まだ途中なんだ、こっち来い」と言い、帳面をつかんで工房の奥の作業台に戻っていった。
よく見ると作業台には、いくつかの花の小鉢や、色とりどりのガラスの飾りが置いてある。
ココはにこにことしながらロットの後について行き、花の小鉢のうえでくるりと横たわった。嬉しそうに花の香りを嗅いだり、ガラス飾りをつついたりしている。
ロットは椅子に座ると、帳面を開いてココをスケッチしはじめた。
もしかして、妖精が好きそうなものを用意してくれているのか......そう感心しながら見ていると、ティアのうしろからばたばたと足音が聞こえてきた。
「お待たせ、もらってきたよ!」
手に袋を携えて入ってきたのは、ロットと同じくパーム族だった。子供のように小柄で、鼻は黒く、もさもさとした髪はてっぺんでひとつに結っている。
「あれ? お客さん?」
ティアを不思議そうに見上げてそう言うが、声が高い。どうやら女らしい。
ロットは彼女の言葉に、しっしっとティアを追い払うように手を振った。
「そのでかいのは今帰るとこだ。じゃあな」
「またそんなこと言って......あっ、わかった! 君があの子の契約主でしょ?」
彼女はそう言ってココを指さすと、にこっと微笑んだ。