地下水路の謎(中編)
「とてもじゃないが、あんなのんびりしたやつらに付き合ってる時間はない。それに、今後かかわる者すべてに宣託とやらを受けさせるわけにもいかんだろう。あんたにはエルフの案内と、通訳を頼む」
書類の山をいまいましそうに見ながら言うロイドに、ティアはうなずいた。
タラサたちの相手はたしかに疲れるが、銀貨5枚。がんばる価値はある。
「よし! じゃあ、さっそくこのあと、地下水路に行く手はずになっている。もうまもなくエルフたちが船から降りてくるだろうから......」
その時、ギルドの扉が勢いよく開き、男が飛び込んできた。
「ロイドさん! 大変です」
「なんだ、いきなり」
ロイドとティアが驚いて振り返る。男ははあはあと肩で息を切らしていた。
「あいつ......またピーターのやつが南門で騒いでるんです! 三人がかりで取り押さえてるんですが、もう手に負えなくて......」
それを聞いた途端、ロイドは目を閉じてはぁーっと深いため息をついた。
「またか......毎日毎日、飽きもせずなんなんだ、まったく。だいたいあんな小僧一匹、ぶん殴ってでも追い払えと言っただろう!」
「そうしてるんですけど、あの手この手で門をすり抜けようとして......それに、あいつもだんだんタフになってきてて......」
「もういい、俺が行く」
ロイドは立ち上がると、ティアに向かって、
「悪いが、ここで待っていてくれ。すぐに戻る」
そう言って、ギルドから外へと出ていった。扉が閉まる瞬間、「はなせーっ」というような誰かの叫び声がうっすらと聞こえた気がする。
ひとりでぽつんと椅子に座ったまま、ロイドの木机をながめる。ごちゃごちゃに積まれた書類は、よく見れば彼が座っていた足元まわりにまで浸食していた......中間管理職は大変そうだ。
ティアはロイドを待つ間、銀貨5枚をもらったらココに何を買ってあげようかな、とぼんやりと思案した。
ロイドに案内された地下水路の入口は港湾ギルドのさらに奥で、南門からはかなり奥まった場所にあった。
石造りの入口は細長く、中に入るといきなり下り階段があるようだ。
「この先は上層水路につながっていて、さらに降りると下層水路に出る。例の蓋は下層水路のかなり奥にあるが、案内をひとりつける。彼女について進んでくれ」
そう言うと、ロイドは女性の職員をひとり残し、ティアに向けて頼むぞというように目配せをして、事務所へと戻っていった。
まず女性職員がランタンを携え、細い階段を進んでいく。その次にティアが続き、うしろにタラサ、レイ、ゲイリンの順で進むことになった。
「ねえ、暗すぎない? 俺、転んじゃうかも」
後方からレイの不満そうな声が聞こえる。
たしかにランタンひとつでは、うしろにいるレイまで光が届きにくいだろう。ティアもランタンを持ってはいるが、今はかもめ荘の荷物の中にある。
「スフィール」
ティアの背後でタラサがささやくのが聞こえた。とたんに、ぱっと周囲が明るくなる。
振り返ると、タラサの指先の上に光の玉のようなものが浮かんでいた。
「レイノスローム、この輝きはあなたが持つのがよいでしょう」
彼女がそういって指先を振ると、光の玉はすーっとレイのほうへと飛んでいった。
タラサは長いローブの袖口に手を入れると、そこから何か白いものを取り出した。ハンカチのようだ。
そして、それをゆっくりとした手つきで自分の口元にあて、鼻まで覆った。
「では、まいりましょう」
タラサは口元にハンカチをあてたまま、優雅な微笑みを浮かべた。布越しで少し聞き取りづらい。
たしかにさわやかな空気とはいいがたいが、鼻を覆うほどだろうか......。
「あっ、タラサずるい! 俺もハンカチ持ってくればよかった!」というレイの声を聞きながら、ティアは先頭を行く職員のあとを追いかけた。
階段は短く、下りた先はすぐ上層水路だった。
通路に入る前に鉄格子の扉が取り付けられていて、職員ががちゃりと鍵を開ける。
ぴちゃん......ぴちゃん......。
水滴の垂れる音が耳につく。
通路がかなり狭いので、うっかり水路側に倒れないように石壁に手をついて歩いているが、壁は湿ってひんやりとしている。
天井も低いが、ティアが頭をぶつけるほどではない。しかしレイやゲイリンはかなり背が高いので、少し腰をかがめて歩いていた。もちろんレイは文句を言っている。
少し進むと、またすぐに鉄格子の扉があった。その向こうにさらに下へと続く石階段が見える。この先が下層水路だろう。
階段をしばらくおりていくと、広い通路に出た。
「あ、広いじゃん! よかったー、もう腰限界だよ」
レイの言うとおり、どうやら下層は上層よりも大きめの空間になっているようだった。
アーチ形の天井はさきほどよりずっと高く、空間全体の幅もかなり広い。それになによりも驚いたのは、水の量だった。
石造りの通路のわきを流れる水路は、幅はもちろん、深さもかなりあるように見える。水は透明で澄んでいて、水流もそれなりの勢いがあった。ごうごうと遠くから音が響いているほどだ。
「なるほど......上層は市内の排水を流す水路とし、下層を湖の水を引き込む水路としているのか」
ゲイリンがじっと水路を見ながら、そうつぶやく。
ティアの目にも、下層は石造りの人工の川にすら見えた。澄んだ美しい水は、森の小川を流れる水とくらべても見劣りしない。
「この先はけっこう歩きます。下層は通路が広いので大丈夫だとは思いますが、水に落ちないようにお気を付けください」
職員はそう言って、先頭に立って通路を進んでいく。
ティアはうしろに続きながらまわりを観察して、ふと気づいた。
水路は一本道ではなく、途中で何度か合流する作りになっていたのだが、その合流地点の壁には必ず数字が彫られている。
町中にはりめぐらされた地下水路ということなので、かなり入り組んでいるのだろう。この数字で現在地がわかるようになっているようだ。
かわりばえしない似たような通路を延々と進みつづけ、疲れてきたころ、水路の中に黒ずんだ大きな四角い壁があるのが見えた。金属壁に見える......近づいてみて、それが水門なのだとわかった。
「ここで水を止めてあります。蓋はこの先です」
この水門の手前がちょうど水路の交差路となっていて、壁には【23】と刻まれている。
閉じた水門の向こう側には、水が流れていなかった。はじめて底がはっきりと見えたが、やはりかなり深い。ティアの背丈を超える深さはありそうだ。
そこからしばらく通路を進んだ先......水が抜かれた水路の床面に、周囲の石とは明らかに違う質感の、白い円形の石板があった。
だが、問題は底までどうやって降りるかだ。見たところ階段のようなものは見当たらない。
ティアは身軽なので飛び降りることができるが、体にぴったりと沿う長いローブを着ているタラサたちには無理だろう。こんな時、ココがいれば風を使ってうまく対処できるのだが......。
とりあえず自分だけでも見てきたほうがいいかと考えていると、タラサがハンカチを押さえているのとは反対の左手をすらりと伸ばした。
「ウィーラ」
すると、突然音もなくティアの足元がふわりと空に浮かんだ。
驚く間もなく、そのままふわふわと水路の底まで降りていく。まわりを見ると、全員が同じように空に浮き、水路へと降りていくところだった。
レイもゲイリンも当たり前のような顔で底に着地すると、石板へと近づいていく。