星の宣託(後編)
するとそのてのひらの上に、白銀の丸いものが突然あらわれた。放射状の長い突起がいくつも伸びていて、なんとなく、瞬く星のように見える。
白銀の星は星の伝道師の手のうえで、音もなくくるくるとまわり始めた。
「あなたの名前は?」
そう聞かれて、ティアは言葉につまった。さっき名乗ったはずだが......。
「セレスティアよ」
「そうではありません。いま、わたくしたちに必要なのは、真の名です」
真の名と言われても困ってしまう。セレスティアはセレスティアだ。真もなにもない。
ティアは必死で考えた。この非常にまわりくどく、名前も長く、わけのわからない星の伝道師の意図は、なんなのか......。
「セレスティア......セレスティア・リュシール」
フルネームを名乗ってみると、どうやら合っていたらしく、彼女は少しだけ笑みを深めた。
「あなたの出身地は?」
「リスフェリア」
「あなたの年齢は?」
「18」
「――18ぃ!?」
突然割り込んできた声にぎょっとする。
口をはさんだのは、左側に座る男のエルフだった。彼は三人のエルフの中で唯一髪が短く、プラチナブロンドがツンツンとしている。額には星の伝道師と同じく放射状の模様が描かれているが、線の数が彼女よりもやや少ないようだった。
彼は彼で、ティアに負けないくらい驚いた顔でこちらを凝視していたが、星の伝道師の鋭い視線を受けて、慌てた様子で口を閉じる。
どういうことなのか。全員アストリア語がわかるのか? なぜ一言も話さないのだろう。
そのあとは、延々とつづく質問と、それに対する回答の連続だった。
好きな音は、好きな色は、疲れた時に食べたいものは、天気の悪い日に何をしたいか――そんな、くだらないとも思えるやりとりがずっと続き、いつ終わるのかとくたびれてきたころ、ついに白銀の星は回転を止めた。
「星の宣託がくだりました......リスフェリアの幼子よ、あなたは信用に足る人物のようです。このスティラにあらたな記録として、あなたの軌跡が刻まれることでしょう。わたくしたちを結んだ星の導きに、感謝を捧げますわ。スティラ・メル・ビアシーン」
そう言うと、白銀の星はまた音もなく消えた。
わけがわからないまま、ティアは疲れてぼんやりとしていた......いま、幼子と言われたような気がするが、気のせいだろうか。
星の伝道師は、またもやゆっくりとした動きで両手を広げると、優雅な手つきで左右のエルフを指し示した。
「それでは、ご紹介いたします。わたくしたちは、風とともに届いた導きのもと、過去の星の瞬きの答えを知るため、ロストデールからやってまいりました」
「はあ......」
彼女は説明をしているつもりなのかもしれないが、何を言っているのかさっぱりわからない。
ティアの様子には構わず、星の伝道師は右隣の男をちらりと見た。すると、それまでずっと無言で身動きひとつしなかった男は、口を開いた。
「わたしはゲイリン・イド・ルヴェルだ」
この名前なら憶えやすい。ずいぶん聞きなじみのある、親しみやすい名前だとすら感じる。
ゲイリンは、ほかのふたりとは違って黒髪で、額の模様もない。
しかしそれよりも、ティアは彼の耳元に意識をとられた。両耳で揺れているあの耳飾り......もしかして、精石ではないだろうか?
ティアの視線に気づいたのか、ゲイリンも同じようにティアの耳へと目を向けた。
彼のものとよく似た、深い青色の耳飾りが揺れている。ティアの耳飾りに使われているのは、リスフェリアで採取される特殊な石で、精石という。
「ゲイリンはリスフェリアの出身です。今回、アストリア大陸の文化を深く知る者として、この旅の導き手の一音に選ばれました」
星の伝道師はそう言うと、今度は左隣の男をちらりと見た。さきほど大声をあげた、髪の短いエルフだ。
「やっと俺の番? タラサは本当に話が長いんだからさぁ、いつになったら終わるのかと思ったよ。俺、レイ・ラニスタ。レイって呼んで!」
彼はずいぶんと軽い調子で、にこにことしながらそう言う。
ほかのふたりとは違った雰囲気に驚く間もなく、星の伝道師の冷たい声が飛んだ。
「......レイノスローム」
鳥の歌声を思わせる声音のまま、刺すような視線をレイに向ける。
「いいじゃん、どうせ覚えらんないって」
「ラニスタの若き枝葉よ――星を乱すような行いは許されません。わたくしたちは、星の都の代表として、知を交わし、知を示す必要があるのです」
星の伝道師の顔は笑みをたたえたままだが、目が笑っていない。
レイは大きくため息をつくと、
「レイノスローム・サド・ラニスタ・カルスベルテッセです。よろしくー」
なげやりにそう言って、ソファの背もたれに体をあずけさせた。
そのあとは、ティアが港湾ギルドの職員をエルフたちに紹介する番だった。
星の伝道師タラサが言うことは比喩的で的を射ないのだが、彼女以外とも会話できるようになったことで、エルフと港湾ギルドとのすれ違いの原因がはっきりとわかった。
ロストデールでは、同種族――つまりエルフ以外との会話が禁じられているらしい。
ところが、エルフから紹介を受けた者についてはその限りではない。そのため、まずティアと会話をし、ティアから紹介を受ける形でギルド職員とも会話が可能になる、という展開だった。
ティアは、国が違えば文化もずいぶんと違うんだなと驚いたが、そのあとのタラサの言葉にはもっと驚いた。
「それでは、セレストの碧き守り人よ。あなたの軌跡をたどりましょう」
ギルド職員に向かってそう言うと、タラサの左手にはふたたび白銀の星があらわれ、くるくると回転しはじめたのだ。
ティアだけでなく、ギルド職員の顔も引きつっていた。まさか、会う人会う人、すべてにあの長ったらしい宣託とやらをするつもりだろうか?
ギルド職員は顔をこわばらせながら、自分の背後に控えていた別のふたりの職員を、後ろ手でぱっぱっと追い払った。ふたりとも音もたてず、まるではじめからいなかったかのようにそそくさと部屋から出て行く。
彼がげっそりとした顔で宣託を受けている間、ティアは、今度はレイの質問攻めにあっていた。ずいぶんと軽い調子のレイは、異国のエルフであるティアのことが気になって仕方がないようだった。
「へぇ、その歳でひとりで旅してるの? でもさ、食事とかはどうしてんの? ひとりで食べれるの? いやだってさ、俺が18のころって、もう記憶にないよ。多分食事の世話とかもしてもらってたと思うんだよねー。俺? いま175歳。へへ、けっこう若いっしょ! あ、それが君の契約妖精なの? リスフェリア人はみんな妖精と契約するって、マジだったんだぁ。ロストデールでは誰も妖精なんて使わないよ。なんでって? さあ......やっぱ時代遅れだからじゃない? あ、ごめんごめん、そんな意味じゃなくてさー」
興味津々という顔で怒涛のように話し続けるレイの相手は、タラサとはまた違った意味で疲れるものだった。
一方で、ゲイリンは物静かで、落ち着いた雰囲気のエルフだった。
彼は、ティアがレイの相手をするのにくたびれていることに気づいたのか、「そのへんにしておけ」と釘を刺してくれた。
レイは渋々といった感じで言葉を止めると、ひっそりと耳打ちをするようにゲイリンに近づいた。ささやくように小さな声で話すのが聞こえる。
「――なあ、リスフェリア人って、みんなああいう田舎臭い感じなの?――」
「............」
疲れ果てたティアは、ギルド職員が宣託を受けるのを無言でながめつつ、今夜の夕飯はなんだろう......と、ぼんやりかもめ荘を思い出していた。