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迷宮の通学路と、十二の特性

 2036年6月6日 午前9時48分

 容赦なく照りつける初夏の日差しが第八学区の白けたアスファルトに降り注ぐ。その日差しは、第八学区の居住区にある寮から第三学区にある学校まで続く道路を白く歪ませていた。
 異様なまでに静まり返った通学路。その中央を、少女は足音を響かせながら一人で歩いていた。周囲の寮やコンクリートの壁には人影一つない。
 その女子生徒の外見は小学校高学年程度の年齢でしかなかったが、浅木大学附属第三高等学校指定のブレザーに身を包んでおり、見る人が見れば制服から高校生であることを把握できただろう。
 ただ、その少女は初夏にも拘らず、自身の身の丈に合わない大きめのサイズの制服を上着として身に纏っており、季節的にも大きさ的にもチグハグさが目立つ恰好となっている。
 その少女――水無月みなづき風華ふうかは、二つに毛先でまとめた身長程もある長い髪を揺らしながら、現在、内心少し焦りを覚えていた。
 どこまでも続く白けたアスファルトの道と無機質なコンクリートの壁。視界の端が陽炎に歪む中、見知らぬ空間を彷徨う少女の緊張した横顔が浮かび上がる。

(――おかしい)

 水無月みなづきがその違和感にはたと気づいたのはつい先ほどのことである。
 つい先ほどまで、水無月みなづきはいつもどおり第三高校へと向かっていたのだ。そのはずである。
 ところが、いつの間にか周りには人がいなくなっており、一向に目的地である第三高校に辿り着かないという現象に見舞われていた。
 それどころか一時間以上にも渡って彷徨っていたにも拘らず、そのことにも先程ようやく気が付いたという始末である。
 もう遅刻は決定的だという問題もあったが、そもそもこの現象にどの程度の悪意があるかが問題である。
 もちろん、悪意があろうとなかろうと、このような魔術による攻撃が正当化される状況ではないのだが、自分が少々目立つ存在であると自覚している水無月みなづきにとっては、魔術による攻撃の被害に遭うことはある程度想定済みであった。

(絶対におかしい。まず、アタシに危害を加えることができてる時点でこれは普通じゃない)

 焦る気持ちを無理やり抑え、水無月みなづきはまず状況を俯瞰するよう努める。
 魔術師たるもの冷静であれという教えがある。
 実践できるかはともかく、魔術戦とは理外の法理のぶつけ合いだ。
 冷静さを欠いた者から相手の術中に嵌まり、取り返しのつかない事態に陥っていることがほとんどである。
 そういった意味で、術中に落とされつつも状況を把握できた水無月みなづきは間違いなく優秀な魔術師である。
 身の丈に合わない大きな制服の襟元。初夏の乾いた風が吹き抜ける中、少女は胸元に秘めた異質な気配へと意識を集中させる。

(落ち着け。思い出せ。いつからアタシは迷っていた? いや、違うわね。いつから学校に向かっていると思・い・込・ま・さ・れ・て・い・た・?)

 水無月みなづきが思い出す限り、彼女がこの術中に嵌まってから、既に一時間以上経過している。
 それはあり得ないと水無月みなづきは自身の胸元に目線を落とす。
 その身体に比して大きすぎる制服の上着は、決して彼女の好みやファッションの一種として身に着けているものではない。
 それは魔術的な意味を持つ道具である。
 しかも、禁書として指定された魔導書が姿を変じたものであるというのは、ほとんど知る者がいない事実である。
 それは彼女を概念的に護る盾としても機能している。少なくとも、物理的な盾としては最高峰の硬度である。
 だからこそ、その防御を突破して水無月みなづきに道を誤らせた術式は尋常ならざる術式であることが想定された。

(多分、これは、アタシの認識を直接誤認させたわけじゃない。そんな認識への直接干渉型の術式なら弾けるはずだもの。だからこそ、アタシが勝手に誤認した。そう仕向けられたというのが正確ね。となると、仕掛けはこの周囲の景色の中にあると考えるのが自然か)

 魔術とは、術者の認識する形で世界を誤認させることによって現実を改変する作用である。
 水無月みなづきは魔術を第三高校で主流となっている十二の特性の組み合わせによって理解しているが、世の中全ての魔術師がそのような理解をしているわけではない。
 だが、他の法則に従った魔術であったとしても、自身の理解する法則による体系によって説明できないわけではない。
 そして、仮にそのように自身の理解とは異なる魔術体系に依った魔術に出会ったとしても、自己の把握する体系に落とし込むことができれば、その魔術はその理解に従った性質を有することになる。
 通常の魔術戦は、そのような自身の理解可能な形に魔術を当て嵌めることでその魔術に概念的な弱点を生じさせ、そこを起点に攻略していくことが推奨されている。
 だが、水無月みなづきはそのような正当な方法でのアプローチを即座に投げ捨てた。
 
「起きてる?」
「はいな。面倒ごとかいな」

 水無月みなづきが誰もいない虚空に話しかけると、男性の声がそれに返答した。
 その声は水無月みなづきの胸元が発生源であった。

「なんらかの攻撃を受けてる。あんたの不手際よ。どうにかしなさい」
「ワイかて万能やないんやで」
「わかった。どうでもいいから力を貸しなさい。とりあえず、今ある術式を無理やり魔力で全部ブッ飛ばす。気持ち悪いの」
「怖いわぁ。考え方が脳筋すぎるで、嬢ちゃん」
「で、どうなの? 有効?」
「有効や。ワイを使えばこの程度の術式は周囲から洗い流せるで」
「そう。じゃあ、繋いで」

 そこまで水無月みなづきが云ったとき、ふいに、彼女の足が止まった。白く歪む通学路のただ中。突如として視界の先に現れた影を前に、少女は戦闘態勢を取りながら冷徹な眼差しを向ける。
 目の前には、スーツ姿にサングラスを掛けた男と私服姿の若い男、傍には魔術で召喚したと思われる犬のような獣がいた。

(連結中止。どうやら向こうから来てくれたみたいだし。後はこいつらに訊くことにするわ)

 水無月みなづきは即座に迎撃の準備へと移り、相手より先に言葉を紡いだ。

「“我、汝らの伏臥を命ずひれふしなさい”」挿絵AIで作った挿絵
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 2036年6月6日 午前9時48分

 容赦なく照りつける初夏の日差しが第八学区の白けたアスファルトに降り注ぐ。その日差しは、第八学区の居住区にある寮から第三学区にある学校まで続く道路を白く歪ませていた。
 異様なまでに静まり返った通学路。その中央を、少女は足音を響かせながら一人で歩いていた。周囲の寮やコンクリートの壁には人影一つない。
 その女子生徒の外見は小学校高学年程度の年齢でしかなかったが、浅木大学附属第三高等学校指定のブレザーに身を包んでおり、見る人が見れば制服から高校生であることを把握できただろう。
 ただ、その少女は初夏にも拘らず、自身の身の丈に合わない大きめのサイズの制服を上着として身に纏っており、季節的にも大きさ的にもチグハグさが目立つ恰好となっている。
 その少女――水無月みなづき風華ふうかは、二つに毛先でまとめた身長程もある長い髪を揺らしながら、現在、内心少し焦りを覚えていた。
 どこまでも続く白けたアスファルトの道と無機質なコンクリートの壁。視界の端が陽炎に歪む中、見知らぬ空間を彷徨う少女の緊張した横顔が浮かび上がる。

(――おかしい)

 水無月みなづきがその違和感にはたと気づいたのはつい先ほどのことである。
 つい先ほどまで、水無月みなづきはいつもどおり第三高校へと向かっていたのだ。そのはずである。
 ところが、いつの間にか周りには人がいなくなっており、一向に目的地である第三高校に辿り着かないという現象に見舞われていた。
 それどころか一時間以上にも渡って彷徨っていたにも拘らず、そのことにも先程ようやく気が付いたという始末である。
 もう遅刻は決定的だという問題もあったが、そもそもこの現象にどの程度の悪意があるかが問題である。
 もちろん、悪意があろうとなかろうと、このような魔術による攻撃が正当化される状況ではないのだが、自分が少々目立つ存在であると自覚している水無月みなづきにとっては、魔術による攻撃の被害に遭うことはある程度想定済みであった。

(絶対におかしい。まず、アタシに危害を加えることができてる時点でこれは普通じゃない)

 焦る気持ちを無理やり抑え、水無月みなづきはまず状況を俯瞰するよう努める。
 魔術師たるもの冷静であれという教えがある。
 実践できるかはともかく、魔術戦とは理外の法理のぶつけ合いだ。
 冷静さを欠いた者から相手の術中に嵌まり、取り返しのつかない事態に陥っていることがほとんどである。
 そういった意味で、術中に落とされつつも状況を把握できた水無月みなづきは間違いなく優秀な魔術師である。
 身の丈に合わない大きな制服の襟元。初夏の乾いた風が吹き抜ける中、少女は胸元に秘めた異質な気配へと意識を集中させる。

(落ち着け。思い出せ。いつからアタシは迷っていた? いや、違うわね。いつから学校に向かっていると思・い・込・ま・さ・れ・て・い・た・?)

 水無月みなづきが思い出す限り、彼女がこの術中に嵌まってから、既に一時間以上経過している。
 それはあり得ないと水無月みなづきは自身の胸元に目線を落とす。
 その身体に比して大きすぎる制服の上着は、決して彼女の好みやファッションの一種として身に着けているものではない。
 それは魔術的な意味を持つ道具である。
 しかも、禁書として指定された魔導書が姿を変じたものであるというのは、ほとんど知る者がいない事実である。
 それは彼女を概念的に護る盾としても機能している。少なくとも、物理的な盾としては最高峰の硬度である。
 だからこそ、その防御を突破して水無月みなづきに道を誤らせた術式は尋常ならざる術式であることが想定された。

(多分、これは、アタシの認識を直接誤認させたわけじゃない。そんな認識への直接干渉型の術式なら弾けるはずだもの。だからこそ、アタシが勝手に誤認した。そう仕向けられたというのが正確ね。となると、仕掛けはこの周囲の景色の中にあると考えるのが自然か)

 魔術とは、術者の認識する形で世界を誤認させることによって現実を改変する作用である。
 水無月みなづきは魔術を第三高校で主流となっている十二の特性の組み合わせによって理解しているが、世の中全ての魔術師がそのような理解をしているわけではない。
 だが、他の法則に従った魔術であったとしても、自身の理解する法則による体系によって説明できないわけではない。
 そして、仮にそのように自身の理解とは異なる魔術体系に依った魔術に出会ったとしても、自己の把握する体系に落とし込むことができれば、その魔術はその理解に従った性質を有することになる。
 通常の魔術戦は、そのような自身の理解可能な形に魔術を当て嵌めることでその魔術に概念的な弱点を生じさせ、そこを起点に攻略していくことが推奨されている。
 だが、水無月みなづきはそのような正当な方法でのアプローチを即座に投げ捨てた。
 
「起きてる?」
「はいな。面倒ごとかいな」

 水無月みなづきが誰もいない虚空に話しかけると、男性の声がそれに返答した。
 その声は水無月みなづきの胸元が発生源であった。

「なんらかの攻撃を受けてる。あんたの不手際よ。どうにかしなさい」
「ワイかて万能やないんやで」
「わかった。どうでもいいから力を貸しなさい。とりあえず、今ある術式を無理やり魔力で全部ブッ飛ばす。気持ち悪いの」
「怖いわぁ。考え方が脳筋すぎるで、嬢ちゃん」
「で、どうなの? 有効?」
「有効や。ワイを使えばこの程度の術式は周囲から洗い流せるで」
「そう。じゃあ、繋いで」

 そこまで水無月みなづきが云ったとき、ふいに、彼女の足が止まった。白く歪む通学路のただ中。突如として視界の先に現れた影を前に、少女は戦闘態勢を取りながら冷徹な眼差しを向ける。
 目の前には、スーツ姿にサングラスを掛けた男と私服姿の若い男、傍には魔術で召喚したと思われる犬のような獣がいた。

(連結中止。どうやら向こうから来てくれたみたいだし。後はこいつらに訊くことにするわ)

 水無月みなづきは即座に迎撃の準備へと移り、相手より先に言葉を紡いだ。

「“我、汝らの伏臥を命ずひれふしなさい”」挿絵AIで作った挿絵
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