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人類の敵となった【超越者】に対する【討伐令】

2036年6月7日午後12時37分

「「辰上たつかみの御子みこ?」」

 天乃あまのと遊上ゆがみが同時に疑問の声を挙げる。
 それに対し、英莉えりが、一瞬、時間を確認する素振そぶりをし、口を開く。

「うむ。時間は少しばかりならあるし、状況の把握はあくは重要じゃ。
 辰上たつかみについて手短てみじかに説明しておくか」
「では、この天空てんくうは、その時間を利用して校内でお嬢様の行方の手がかりを捜索そうさくしてきます」
「そうじゃの。説明役は二人も不要か。よい、許すぞ。うぬは、うぬの使命を果すがよい。ただ、わっちから言えるのは、これは、そこまで心配するような事態ではないということじゃ。大船に乗った気でおれ」
「――とりあえず、四限が終わったら、ここに戻ってきます。それでは」

 そういって、一瞬、何か言いたげな表情をした天空てんくうは、結局何も言うことなく、その場から離脱りだつする。
 その場から天空てんくうの姿が消えたのを確認し、英莉えりは口を開く。

「では、説明をするか。まず、辰上たつかみとは、あの召喚体しょうかんたいの主――狗飼いぬかいなどと同じ原型術師げんけいじゅつしの家系かけいじゃ。特化しとる系統は支配特性じゃの」
「待って。日本の原型術師の家系って、右鏡うきょう、御堂みどう、狗飼いぬかいの御三家ごさんけに、四星しせい、新保しんぽう、円瑞えんずい、邑雀ゆうじゃくを加えた全部で七つよね? 辰上たつかみなんて聞いたことないわ」
「それは正確ではない。それらに、中藤ちゅうどう、辰上たつかみ、芭蕉ばしょう、比津島ひつじま、絃留いとどめを加えた全部で十二が正しい。
 これらは、後継者こうけいしゃ不在で歴史から消滅した家系じゃがの」

 疑問の声を上げる遊上ゆがみに対し、英莉えりが説明を補足する。

「原型術師の血は濃こく、血縁者であればそれだけで原型術師としての性質を帯おびると言われておるが、世代を経へるごとに徐々に希釈きしゃくされ、能力が落ちていっとるそうじゃ。
 ひと昔前は、それを避けるために、本家の後継者が分家から配偶者はいぐうしゃを募つのって、近親婚きんしんこんを繰り返すことで血の濃さを保っていた時代もあったそうじゃが、現代に近づくほどにその風習は廃すたれた。実際、現在も残っとる原型術師は、いわゆる御三家の面子めんつを除けば、ほとんどが全盛期の半分未満の能力しかないほどじゃという話じゃ。
 じゃがな、稀まれにおるんじゃよ。
 ――ここでは、その現象げんしょうを『先祖返せんぞがえり』と呼ぶが、原型術師の尖とがった『起源』に必要以上に近づき、魅ひかれてしまう者がのぉ」

 原型術師は、特定の特性に特化した性能を持っているが、その他の特性には一切適性がない。
 その理由は、原型術師の『魂たましいに刻きざまれた原初げんしょの方向性』『抗あらがうことのできぬ根源的こんげんてきな衝動しょうどう』『渇望かつぼうの出いずる場所』――ともいわれる『起源』がその特化している特性の方向性一色であるからだと推測すいそくされている。それは、全方位への可能性を捨て、一点の極致へと至るための代償でもあった。

「先程述べた辰上たつかみの御子みこも、この『先祖返り』を起こしておる。ある者の見立てでは、歴代後継者の中で、最も辰上たつかみの一族が持つ『支配』という『起源』に近づいた者の一人なんじゃそうじゃ。
 そのせいでともいうべきか、彼奴きゃつは、自らの『起源』に完全に呑のまれておる。彼奴きゃつは、元は大した力も持たない普通の魔術師まじゅつしじゃったはずなのじゃが、ある時期を境さかいに急速に『起源』に近づいていった。これにより彼奴きゃつの中には新たな人格が生じ、その新しい人格が身体を『支配』するに至いたった。
 この時点――つまり約三年前じゃが、彼奴きゃつは魔術まじゅつ協会から【超越者ちょうえつしゃ】の認定を受け、正式に【討伐令とうばつれい】が懸かけられたのじゃ」
「【討伐令とうばつれい】って......マジ?」
「マジじゃ」

 血の気けの引いた顔色で質問する遊上ゆがみの言葉に、英莉えりはどこか他人事のように軽い調子ちょうしで返す。

「なんか新しい単語がいっぱい出てきたな。
 ――魔術まじゅつ協会、【超越者ちょうえつしゃ】、【討伐令とうばつれい】ってのは全部初耳はつみみだ」
「簡単に言うと、国際的な魔術師まじゅつしの互助ごじょ機関が、辰上たつかみってのが超ちょうやべえ奴やつだからみんなで協力してブッ殺しましょうって宣言したってことよ」

 天乃あまのの疑問に対し、今度は遊上ゆがみが答える。

「ブッ、殺......って」
「いや、茶化ちゃかしちゃったけど、これって結構マジなのよ。過去に【討伐令とうばつれい】が出たケースはさすがに少ないけど、これは魔術まじゅつ世界における『人類の敵』認定なの。発令されたら最後、【討伐令とうばつれい】対象者が死ぬか、人類が絶滅ぜつめつするかっていう瀬戸際せとぎわになってる状況だそうよ? 有名なのは、『複製ふくせい事件』の首謀者しゅぼうしゃかしらね。
 ただ、なるほどね。それが本当なら、あらゆる魔術まじゅつを再現できるってのも、強あながち誇大こだい広告じゃなかったってことかなぁ。
 でも、変だね。さすがに三年前なら、私も覚えてそうなものだけど、【討伐令とうばつれい】が出たなんて聞いたことがないわ。それに、【討伐令とうばつれい】が出てるのに、今まで放置されてたの?」
「うむ。それは、【討伐令とうばつれい】が懸かけられ、それが公表される前に彼奴きゃつの無力化に成功したからじゃ。無論、無力化したとはいえ、まだ生きておったから、【討伐令とうばつれい】自体は発令されたままじゃが、差し当たっての危難きなんはないとのことで、関係者に箝口令かんこうれいが敷しかれ、公表は見送られた」
「ん? だったら、英莉えりちーは何で知ってるの?」

 そのとき、四限目の終業のチャイムが鳴る。その乾いた音が静寂を破り、現実の時間を引き戻した。
 英莉えりは、遊上ゆがみの質問には答えず、背後を気にするような素振そぶりをして、向きを変える。

「ふむ。時間じゃな。どうじゃった?」
「そうですね。校内を隈くまなく捜索しましたが、手がかりはありませんでした」

 英莉えりが向いた方向に天空てんくうが突如とつじょとして現れる。その表情は、焦りと無力感に沈んでいた。

「これで四限が終わりました。帰宅前のホームルームにお嬢様がいないとなると、お嬢様の失踪しっそうが発覚します」
「やはり、それは避さけられんか」
「えーーっと、ちょっといい?」

 英莉えり達が現状確認をしていたところ、遊上ゆがみが英莉えりに声をかける。

「なんとなくの流れで今回の件に一切無関係なはずの私はここまで関わっちゃったわけなんだけど。これって警備隊けいびたいとか狗飼いぬかいさんの実家とかを頼たよっちゃいけない縛しばりでもあるわけ? ないんなら丸投げすべきなんじゃない?」

 警備隊けいびたいは、そもそも魔術まじゅつ犯罪に対抗たいこうするための組織そしきであるし、狗飼いぬかい家のような原型術師は、その魔術師まじゅつしとしての完成度・稀少性きしょうせい・唯一性ゆいいつせい・連続性などから、魔術まじゅつが世界に発覚する前から魔術師まじゅつしたちのまとめ役を担っていた。
 現在もその名残なごりで、国から魔術まじゅつ犯罪の捜査そうさ・捕縛ほばく・処断しょだんについて、一定の特権が付与されている。
 これらの事情を加味かみすると、遊上ゆがみの意見は、これ以上ない正論であり、正攻法せいこうほうであった。

「なるほど、小娘こむすめよ。なかなかによい着眼点ちゃくがんてんじゃ」
「英莉えりちーはいつになったら私のこと名前で呼んでくれるの?」
「......松田まつださん?」
「遊上ゆがみ真理まりですぅ!! 誰よそれ!?」
「ええい、細こまかい奴じゃな。そのような些事さじでわっちの記憶領域りょういきを圧迫あっぱくさせようとするでないわ。さて、話を戻すが」
「戻されたッ!!」
「むろん、わっちも最・終・的・に・は・そうすべきじゃと思うとる。じゃが、今打てる手は今打っておくに限る。特に、今回の相手は、数が頼たよりの警備隊けいびたい相手には滅法めっぽう強いし、なんだかんだで狗飼いぬかいでは相性が良すぎるからこそ、総合的そうごうてきに見て最悪というのが、わっちの見立てじゃ。
 故ゆえに、それらの正攻法では後手ごてに回り過ぎる。本命までの時間稼かせぎがせいぜいじゃろう」

 そう述べる英莉えりを遊上ゆがみは難しい表情で見返す。

「えぇぇ。でも、うーん。
 確かに、【討伐令とうばつれい】の出た【超越者ちょうえつしゃ】の相手ってことになると、協会から派遣はけんされた専門のチームでないと対処は難しいかぁ」
「辰上たつかみ家の者は、......【討伐令とうばつれい】対象者なのですか?」

 そういって話に入ってきたのは、天空てんくうである。その声には隠しきれない緊張が混じっていた。

「さよう。今回の相手は、既に『人類種の敵』となった者じゃよ」

 英莉えりが淡々たんたんと事実を述べると、天空てんくうの表情が少し曇くもる。
 空気を読んだわけではないが、遊上ゆがみは即座に英莉えりに対して疑問を口にする。

「で、でもさぁ、私たちだって別に【超越者ちょうえつしゃ】専門の対策チームってわけじゃないんだからさあ。なにもできなくない?」
「ふむ。実はそうでもないというのが、わっちの見立てじゃ。じゃが、この話をする前にもう少し説明が必要となる」
「――英莉えり様。少しよろしいでしょうか? 相手が【討伐令とうばつれい】対象者というのであれば、この天空てんくうはすぐにでも動くべきだと思うのですが」
「落ち着けい。さっきも言ったが、まだ慌あわてるような段階ではない。うぬの主あるじは、確実に無事じゃ。むしろ、厚遇こうぐうを受けておる可能性すらあるな」
「厚遇?」

 英莉えりの予想外の言葉に、天空てんくうが首を傾かしげる。

「まず、現状の確認をするぞ。一応、ここ浅木あさきにも高ランク魔術まじゅつ犯罪者への対抗措置たいこうそちはある。
 戦略級Sランク程度なら何とかしてみせるんじゃろうが、如何いかんせん、かの【超越者ちょうえつしゃ】相手にどれだけできるかは、やってみんとわからん」
「うーん。本来ならそれも過剰かじょう戦力なんだろうけどねえ。世界に二十人もいないようなレベル6に対する備そなえなんていらないでしょ、常識的じょうしきてきに考えて」
「それを遊上ゆがみ様が仰おっしゃるのですか」
「ちょっと白々しらじらしいのぉ」
「おっほん」
「?」

 遊上ゆがみの言葉に対する英莉えりと天空てんくうの反応の意味が分からず、今度は天乃あまのが首を傾かしげげる。

「とにかく! それだけの戦力でも足りないかもしれないっていうのよね? その辰上たつかみの御子みことやらを相手取あいてどるには?」
「うむ。諄くどいようじゃが、浅木の保有する戦力も、また、彼奴きゃつに対して相性が悪い。ちゅうか、そもそも彼奴きゃつに対して相性が良いといえる者は、極僅ごくわずかしかいないんじゃがな」
「ますます私たちが何かできるようには思えないんですけどぉ」

 遊上ゆがみが悲痛ひつうな声を上げるが、英莉えりは気にしない。
 それどころか、英莉えりは遊上ゆがみの言葉に首を横に振る。

「何をいうか。奇くしくも、ここにおるわっちらこそ、彼奴きゃつに対抗しうる唯一ゆいいつにして最大の戦力となってしまっておるのじゃよ。わっちらは、それぞれの理由で、彼奴きゃつに対して相性が悪くないのじゃ」
「え゛、私も? 戦力に入ってる?」
「無論、無論」

 顔を青くして嫌がる遊上ゆがみに、英莉えりは無表情ながらも、明らかに愉悦交ゆえつまじじりの喜色きしょくを含ふくんだ声で遊上ゆがみに告つげる。

「まず、最初に述のべておく。彼奴きゃつの固有魔導こゆうまどうは、対ニンゲン特効とっこう術式なのじゃ。ニンゲンのみを対象とする代わりに、ニンゲンに対して絶大な効果がある術式となっておる。故に、通常戦力は、これでほぼ無力化される。数があろうと質がよかろうと、それがニンゲンであるというだけで、彼奴きゃつに対峙たいじすると、不利ふりが付いてしまうというわけじゃな」
「じゃあ、ムリじゃん!!」
「うっさいわ。よく考えてみぃ、ここにはニンゲンは二人しかおらんじゃろ?」
「確かに、この天空てんくうも英莉えり様も人間ではありません」
「だ、だったら、私と慎しんちゃん要いらなくない!? 二人で何とかしてよ!」

 ほとんど悲鳴ひめいのような声で遊上ゆがみは懇願こんがんするが、英莉えりは一顧いっこだにしようとしない。
 それどころか、追い打ちをかけるように遊上ゆがみにとって絶望的な話を続ける。

「そうしたいのは山々なのじゃが、わっちらだけでは彼奴きゃつの膝元ひざもとまでは辿たどり着けんのじゃ。わっちらは、ニンゲンではない故にな」
「なによそれ!? 人間以外しか対抗できないのに、人間以外は接触せっしょくできないってこと!?」
「ニンゲン以外しか対抗できないというのは大げさじゃが、本気を出した彼奴きゃつに人外のわっちらでは接触すら叶かなわないというのが現実じゃ。わっちらが彼奴きゃつに近づくためには、ニンゲンの協力が不可欠なのじゃよ」
「つまり、人間ではない英莉えりが辰上たつかみとやらに近づくことはできないけど、人間であるオレの持ち物としての英莉えりならば、オレと一緒いっしょに辰上たつかみに近づくことができるって話か?」
「そのとおり。相変あいかわらず無駄むだに察さっしがよいのは、主殿あるじどのの長所じゃな」

 英莉えりは、天乃あまのの言葉に、表情を変えることなく満足げに頷うなづく。

「つまり、私には天空てんくうちゃんを運べって話なの?」
「まあ、そうなるの。じゃが、嫌というなら辞退してもらって構かまわんぞ。主殿あるじどのがおれば事足りる話じゃし。別に、一人が複数の人外の眷属けんぞくを所有しておっても不思議ではあるまい?」
「うん、そうね。さすがに【討伐令とうばつれい】の出た【超越者ちょうえつしゃ】の相手なんてしたくないし。目の前にすら出たくないし。いつも通り、私は後方待機たいきってことにしてほしいなあ、なんて思うんだけどぉ。......ちなみに、私と慎しんちゃんが相性が悪くないっていう理由は?」
「うむ。単純に、戦力にならないのがよい」
「はい?」

 英莉えりの言葉に、遊上ゆがみは目を丸くする。そのあまりに身も蓋もない理由に、思考が停止した。

「彼奴きゃつの特性を思い出せ? 支配とニンゲン特効――これだけの情報でも、彼奴きゃつの術式の正体にある程度当たりがつけられるのではないか?」
「あとは、他人の魔術まじゅつが使えるんだっけ?」
「それは副次的な効果じゃとも言ったはずじゃが?」
「えーーっと、人を支配する術式?」
「三十点じゃな」
「英莉えりちー、辛からくない?」
「間違ってはおらぬが、何の情報も増えとらんじゃないか。まあ、よいわ。彼奴きゃつの術式は――」
「――絶対王政ぜったいおうせいの国、とか」
「え?」「国?」「――正解じゃ」

 天乃あまののつぶやきに、遊上ゆがみが疑問符を浮かべ、天空てんくうが反駁はんばくを唱となえるのと同時に、英莉えりは驚嘆きょうたんする。

「いやはや。わっちは主殿あるじどのの考えがある程度読めるが、主殿あるじどのもわっちの考えることがわかるようにでもなったのか? それとも、記憶が戻ったりでもしたか?」

 英莉えりは持ち前の無表情を活いかしながら、何でもないようなことのように振る舞うが、その内心は驚嘆に満ちており、声も若干じゃっかん上うわずってしまっていた。

「当てずっぽうだよ、こんなの。たまたま、思い浮かんだことを口にしただけだ。オレの『人を支配する者』のイメージが王だったっていうのと、特定の対象の領域りょういきへの侵入を防ふせぐっていうのが、入国拒否きょひみたいだなと思っただけで、深い意味はなかったんだけど」
「ふむ。なんか、全然納得なっとくいかんし、若干の疲労ひろう感すら覚えるが。まあよいじゃろ。彼奴きゃつの固有魔導こゆうまどうの名称は、《王の法》という。
 これは文字通り、彼奴きゃつが《法》を定め、彼奴きゃつを王とした国を築きずく魔術まじゅつじゃ。彼奴きゃつが国と定めた範囲はんいにおるニンゲンは全員、彼奴きゃつの定めた《法》によって、行動を制限せいげんされる。そして、彼奴きゃつの《法》に反した者には《罰ばつ》が下くだる。
 ――そういう術式じゃ」
「なによそれ? やりたい放題ほうだいじゃん」

 遊上ゆがみが横暴おうぼうだ、ズルだと抗議こうぎの声を上げる。

「わっちに文句もんく言われてものぅ。じゃが、さっきも言ったとおり、《王の法》にも抜ぬけ穴あなはある。《法》がニンゲンを縛しばる概念がいねんである以上、わっちらのようにニンゲンでないものは《法》には縛られん。
 まあ、故に、《法》に縛られないモノは、そもそも入国できないようになっておるのじゃが。それにもさらに例外はあるということじゃ。先ほど主殿あるじどのが述べたようにな。そして、肝心かんじんの《罰》じゃが、これは力ある者の力を削そぐ類たぐいのものが多い。
 魔力や体力を奪うばう《財産刑》、特定の行動を封ふうじる《自由刑》、脅威きょういそのものを取り除く《没収ぼっしゅう》が《罰》のほとんどを占しめとるはずじゃ。
 直接の攻撃とできるのは、苦痛くつうを与える《身体刑》と命を奪う《死刑》だけじゃが、これは上位の刑罰なので、そうそう《法》に引っかかることもあるまい。
 こういう事情で、魔術まじゅつを扱あつかえず、戦力にも乏とぼしい主殿あるじどのや小娘ならば、刑もほとんど影響がないじゃろうと考えた。まあ、そういう意味で、相性は悪くないと言ったのじゃ」
「なによそれ? 《死刑》があるんなら、軽い犯罪を設もうけて片かたっ端ぱしから《死刑》にすればいいじゃん。呼吸罪とか作ればいいんじゃないの? すごいじゃん。そしたら、最強じゃん」

 このように、やさぐれ気味ぎみにぼやく遊上ゆがみの発言に対し、英莉えりは表情には出ないが、呆あきれた声を出す。

「何を聞いておったのじゃ、小娘よ。彼奴きゃつの魔術まじゅつは、国を作るモノなのじゃぞ?よいか? 国の要素とは、領域・主権・人民じゃ。
 故ゆえに、領土と王権は最悪彼奴きゃつ1人でもよいかもしれんが、臣民しんみんなしでは国として成り立たん。
 国ではないなら、王権に紐付ひもつけられとる《法》も機能きのうせん。
 よって、臣民しんみん全員を《死刑》にする《悪法》など定められるわけがないじゃろ?」
「うーん。なんか、その訳わかんない既存きぞんの概念がいねんに縛られてるものに対してマウントとっていく感が、すごぉくいつもの魔術まじゅつ戦っぽくてヤだなー、私ぃ」

 英莉えりの説明に、遊上ゆがみがげんなりした声を出す。

「まあ、既存の概念を用いる術式に対する正攻法ではありますが、だからこそ、対抗策を用意しているのではと、この天空てんくうは考えますが」
「うーむ。正直、それは出たとこ勝負じゃな。なに、彼奴きゃつの固有魔導はわっちとうぬには通じぬのじゃから、速攻で片を付けるしかあるまいよ。ただ、先ほどのうぬの心配を解消かいしょうしておいてやろう。うぬの主は、人質ひとじちついでに『臣民しんみん』として選ばれた可能性が高い。彼奴きゃつの王国を構成する要素なのじゃから、余程よほどのことがない限り、危害きがいを加えられることはないじゃろう」
「余程のこと、ですか」

 英莉えりの説明を受けても、なお、心配な様子が解消されない天空てんくうの態度に、英莉えりは訝いぶかしんだ目を向ける。

「なんじゃ? 何を懸念けねんしとる?」
「いえ、杞憂きゆうならよいのですが。お嬢様は、その、他人を無自覚に煽あおる性質せいしつを持っていまして。人の本質的な加虐性かぎゃくせいを引き出す才能に長たけているのです。辰上たつかみの【討伐令とうばつれい】対象者を煽っていなければよいなぁと」
「......なんとういうか。さすが、狗飼いぬかいの娘じゃ。じゃから、狗飼いぬかいと辰上たつかみとでは相性が良すぎるので、総合的に見て最悪といったのじゃ」
「そういった意味で、やはりこの天空てんくうとしては、お嬢様の救出を急ぎたいのですが――」

「待ちなさい。話は聞かせてもらったわ、途中からだけど」

 天乃あまの達が驚いて声のあった方を向くと、校舎の物陰から、制服姿の少女が出てきた。
 その少女の髪型は、茶髪のハーフアップで、後ろの髪の一部だけを上げて残りは降ろしており、その顔は――

「え? 遊ゆ、上がみさん? が二人?」

 天乃あまのが困惑こんわくした声を出すと、遊上ゆがみと全く同じ見た目をした少女が蔑さげすむような声を出す。

「はあ? 何訳わかんないこと言ってんのよ、天乃あまの慎しん。まさか、記憶でも吹っ飛んだっての? いまさら自己紹介が必要な間柄あいだがらってわけでもないでしょうに」

 その声に、わなわなと震ふるえていた遊上ゆがみがぼそりと震えた声を出す。

「お姉ちゃん、何しに来たの?」

(お姉ちゃん?)

 ――『私、一卵性いちらんせい双生児そうせいじなのよ。でも、姉は魔術まじゅつを使えるのに、私は使えない。このクラスの設立せつりつ目的を考えたら、私が一番価値の高いサンプルってわけ』――
 天乃あまのが思い出したのは、遊上ゆがみと初対面しょたいめんの時に聞いたそんな話であった。

「何って? 実習じっしゅうが終わっても狗飼いぬかいも天空てんくうも帰ってこないから、探してたのよ。
 そしたら、こんなところで天空てんくうが天乃あまの慎しんと何か話をしてたみたいだから、こっそり様子を見てたの。そしたら、なんか【討伐令とうばつれい】やら、『お嬢様の救出』やら聞こえてきたからさ。気になって出てきちゃったってわけ。
 ――それで、私にも、詳くわしく聞かせてもらえるのよね、天乃あまの慎しん?」

 そういって、世界に二十人といない戦略級Sランク魔術師まじゅつしの一人――《荊いばらの女王じょうおう》こと緋澄眞琴ひずみまことは嗜虐的しぎゃくてきに微笑ほほえんだ。
 その美しくも残酷な笑みは、さらなる波乱の幕開けを告げていた。
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《無貌》の支配者
Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
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人類の敵となった【超越者】に対する【討伐令】

2036年6月7日午後12時37分

「「辰上たつかみの御子みこ?」」

 天乃あまのと遊上ゆがみが同時に疑問の声を挙げる。
 それに対し、英莉えりが、一瞬、時間を確認する素振そぶりをし、口を開く。

「うむ。時間は少しばかりならあるし、状況の把握はあくは重要じゃ。
 辰上たつかみについて手短てみじかに説明しておくか」
「では、この天空てんくうは、その時間を利用して校内でお嬢様の行方の手がかりを捜索そうさくしてきます」
「そうじゃの。説明役は二人も不要か。よい、許すぞ。うぬは、うぬの使命を果すがよい。ただ、わっちから言えるのは、これは、そこまで心配するような事態ではないということじゃ。大船に乗った気でおれ」
「――とりあえず、四限が終わったら、ここに戻ってきます。それでは」

 そういって、一瞬、何か言いたげな表情をした天空てんくうは、結局何も言うことなく、その場から離脱りだつする。
 その場から天空てんくうの姿が消えたのを確認し、英莉えりは口を開く。

「では、説明をするか。まず、辰上たつかみとは、あの召喚体しょうかんたいの主――狗飼いぬかいなどと同じ原型術師げんけいじゅつしの家系かけいじゃ。特化しとる系統は支配特性じゃの」
「待って。日本の原型術師の家系って、右鏡うきょう、御堂みどう、狗飼いぬかいの御三家ごさんけに、四星しせい、新保しんぽう、円瑞えんずい、邑雀ゆうじゃくを加えた全部で七つよね? 辰上たつかみなんて聞いたことないわ」
「それは正確ではない。それらに、中藤ちゅうどう、辰上たつかみ、芭蕉ばしょう、比津島ひつじま、絃留いとどめを加えた全部で十二が正しい。
 これらは、後継者こうけいしゃ不在で歴史から消滅した家系じゃがの」

 疑問の声を上げる遊上ゆがみに対し、英莉えりが説明を補足する。

「原型術師の血は濃こく、血縁者であればそれだけで原型術師としての性質を帯おびると言われておるが、世代を経へるごとに徐々に希釈きしゃくされ、能力が落ちていっとるそうじゃ。
 ひと昔前は、それを避けるために、本家の後継者が分家から配偶者はいぐうしゃを募つのって、近親婚きんしんこんを繰り返すことで血の濃さを保っていた時代もあったそうじゃが、現代に近づくほどにその風習は廃すたれた。実際、現在も残っとる原型術師は、いわゆる御三家の面子めんつを除けば、ほとんどが全盛期の半分未満の能力しかないほどじゃという話じゃ。
 じゃがな、稀まれにおるんじゃよ。
 ――ここでは、その現象げんしょうを『先祖返せんぞがえり』と呼ぶが、原型術師の尖とがった『起源』に必要以上に近づき、魅ひかれてしまう者がのぉ」

 原型術師は、特定の特性に特化した性能を持っているが、その他の特性には一切適性がない。
 その理由は、原型術師の『魂たましいに刻きざまれた原初げんしょの方向性』『抗あらがうことのできぬ根源的こんげんてきな衝動しょうどう』『渇望かつぼうの出いずる場所』――ともいわれる『起源』がその特化している特性の方向性一色であるからだと推測すいそくされている。それは、全方位への可能性を捨て、一点の極致へと至るための代償でもあった。

「先程述べた辰上たつかみの御子みこも、この『先祖返り』を起こしておる。ある者の見立てでは、歴代後継者の中で、最も辰上たつかみの一族が持つ『支配』という『起源』に近づいた者の一人なんじゃそうじゃ。
 そのせいでともいうべきか、彼奴きゃつは、自らの『起源』に完全に呑のまれておる。彼奴きゃつは、元は大した力も持たない普通の魔術師まじゅつしじゃったはずなのじゃが、ある時期を境さかいに急速に『起源』に近づいていった。これにより彼奴きゃつの中には新たな人格が生じ、その新しい人格が身体を『支配』するに至いたった。
 この時点――つまり約三年前じゃが、彼奴きゃつは魔術まじゅつ協会から【超越者ちょうえつしゃ】の認定を受け、正式に【討伐令とうばつれい】が懸かけられたのじゃ」
「【討伐令とうばつれい】って......マジ?」
「マジじゃ」

 血の気けの引いた顔色で質問する遊上ゆがみの言葉に、英莉えりはどこか他人事のように軽い調子ちょうしで返す。

「なんか新しい単語がいっぱい出てきたな。
 ――魔術まじゅつ協会、【超越者ちょうえつしゃ】、【討伐令とうばつれい】ってのは全部初耳はつみみだ」
「簡単に言うと、国際的な魔術師まじゅつしの互助ごじょ機関が、辰上たつかみってのが超ちょうやべえ奴やつだからみんなで協力してブッ殺しましょうって宣言したってことよ」

 天乃あまのの疑問に対し、今度は遊上ゆがみが答える。

「ブッ、殺......って」
「いや、茶化ちゃかしちゃったけど、これって結構マジなのよ。過去に【討伐令とうばつれい】が出たケースはさすがに少ないけど、これは魔術まじゅつ世界における『人類の敵』認定なの。発令されたら最後、【討伐令とうばつれい】対象者が死ぬか、人類が絶滅ぜつめつするかっていう瀬戸際せとぎわになってる状況だそうよ? 有名なのは、『複製ふくせい事件』の首謀者しゅぼうしゃかしらね。
 ただ、なるほどね。それが本当なら、あらゆる魔術まじゅつを再現できるってのも、強あながち誇大こだい広告じゃなかったってことかなぁ。
 でも、変だね。さすがに三年前なら、私も覚えてそうなものだけど、【討伐令とうばつれい】が出たなんて聞いたことがないわ。それに、【討伐令とうばつれい】が出てるのに、今まで放置されてたの?」
「うむ。それは、【討伐令とうばつれい】が懸かけられ、それが公表される前に彼奴きゃつの無力化に成功したからじゃ。無論、無力化したとはいえ、まだ生きておったから、【討伐令とうばつれい】自体は発令されたままじゃが、差し当たっての危難きなんはないとのことで、関係者に箝口令かんこうれいが敷しかれ、公表は見送られた」
「ん? だったら、英莉えりちーは何で知ってるの?」

 そのとき、四限目の終業のチャイムが鳴る。その乾いた音が静寂を破り、現実の時間を引き戻した。
 英莉えりは、遊上ゆがみの質問には答えず、背後を気にするような素振そぶりをして、向きを変える。

「ふむ。時間じゃな。どうじゃった?」
「そうですね。校内を隈くまなく捜索しましたが、手がかりはありませんでした」

 英莉えりが向いた方向に天空てんくうが突如とつじょとして現れる。その表情は、焦りと無力感に沈んでいた。

「これで四限が終わりました。帰宅前のホームルームにお嬢様がいないとなると、お嬢様の失踪しっそうが発覚します」
「やはり、それは避さけられんか」
「えーーっと、ちょっといい?」

 英莉えり達が現状確認をしていたところ、遊上ゆがみが英莉えりに声をかける。

「なんとなくの流れで今回の件に一切無関係なはずの私はここまで関わっちゃったわけなんだけど。これって警備隊けいびたいとか狗飼いぬかいさんの実家とかを頼たよっちゃいけない縛しばりでもあるわけ? ないんなら丸投げすべきなんじゃない?」

 警備隊けいびたいは、そもそも魔術まじゅつ犯罪に対抗たいこうするための組織そしきであるし、狗飼いぬかい家のような原型術師は、その魔術師まじゅつしとしての完成度・稀少性きしょうせい・唯一性ゆいいつせい・連続性などから、魔術まじゅつが世界に発覚する前から魔術師まじゅつしたちのまとめ役を担っていた。
 現在もその名残なごりで、国から魔術まじゅつ犯罪の捜査そうさ・捕縛ほばく・処断しょだんについて、一定の特権が付与されている。
 これらの事情を加味かみすると、遊上ゆがみの意見は、これ以上ない正論であり、正攻法せいこうほうであった。

「なるほど、小娘こむすめよ。なかなかによい着眼点ちゃくがんてんじゃ」
「英莉えりちーはいつになったら私のこと名前で呼んでくれるの?」
「......松田まつださん?」
「遊上ゆがみ真理まりですぅ!! 誰よそれ!?」
「ええい、細こまかい奴じゃな。そのような些事さじでわっちの記憶領域りょういきを圧迫あっぱくさせようとするでないわ。さて、話を戻すが」
「戻されたッ!!」
「むろん、わっちも最・終・的・に・は・そうすべきじゃと思うとる。じゃが、今打てる手は今打っておくに限る。特に、今回の相手は、数が頼たよりの警備隊けいびたい相手には滅法めっぽう強いし、なんだかんだで狗飼いぬかいでは相性が良すぎるからこそ、総合的そうごうてきに見て最悪というのが、わっちの見立てじゃ。
 故ゆえに、それらの正攻法では後手ごてに回り過ぎる。本命までの時間稼かせぎがせいぜいじゃろう」

 そう述べる英莉えりを遊上ゆがみは難しい表情で見返す。

「えぇぇ。でも、うーん。
 確かに、【討伐令とうばつれい】の出た【超越者ちょうえつしゃ】の相手ってことになると、協会から派遣はけんされた専門のチームでないと対処は難しいかぁ」
「辰上たつかみ家の者は、......【討伐令とうばつれい】対象者なのですか?」

 そういって話に入ってきたのは、天空てんくうである。その声には隠しきれない緊張が混じっていた。

「さよう。今回の相手は、既に『人類種の敵』となった者じゃよ」

 英莉えりが淡々たんたんと事実を述べると、天空てんくうの表情が少し曇くもる。
 空気を読んだわけではないが、遊上ゆがみは即座に英莉えりに対して疑問を口にする。

「で、でもさぁ、私たちだって別に【超越者ちょうえつしゃ】専門の対策チームってわけじゃないんだからさあ。なにもできなくない?」
「ふむ。実はそうでもないというのが、わっちの見立てじゃ。じゃが、この話をする前にもう少し説明が必要となる」
「――英莉えり様。少しよろしいでしょうか? 相手が【討伐令とうばつれい】対象者というのであれば、この天空てんくうはすぐにでも動くべきだと思うのですが」
「落ち着けい。さっきも言ったが、まだ慌あわてるような段階ではない。うぬの主あるじは、確実に無事じゃ。むしろ、厚遇こうぐうを受けておる可能性すらあるな」
「厚遇?」

 英莉えりの予想外の言葉に、天空てんくうが首を傾かしげる。

「まず、現状の確認をするぞ。一応、ここ浅木あさきにも高ランク魔術まじゅつ犯罪者への対抗措置たいこうそちはある。
 戦略級Sランク程度なら何とかしてみせるんじゃろうが、如何いかんせん、かの【超越者ちょうえつしゃ】相手にどれだけできるかは、やってみんとわからん」
「うーん。本来ならそれも過剰かじょう戦力なんだろうけどねえ。世界に二十人もいないようなレベル6に対する備そなえなんていらないでしょ、常識的じょうしきてきに考えて」
「それを遊上ゆがみ様が仰おっしゃるのですか」
「ちょっと白々しらじらしいのぉ」
「おっほん」
「?」

 遊上ゆがみの言葉に対する英莉えりと天空てんくうの反応の意味が分からず、今度は天乃あまのが首を傾かしげげる。

「とにかく! それだけの戦力でも足りないかもしれないっていうのよね? その辰上たつかみの御子みことやらを相手取あいてどるには?」
「うむ。諄くどいようじゃが、浅木の保有する戦力も、また、彼奴きゃつに対して相性が悪い。ちゅうか、そもそも彼奴きゃつに対して相性が良いといえる者は、極僅ごくわずかしかいないんじゃがな」
「ますます私たちが何かできるようには思えないんですけどぉ」

 遊上ゆがみが悲痛ひつうな声を上げるが、英莉えりは気にしない。
 それどころか、英莉えりは遊上ゆがみの言葉に首を横に振る。

「何をいうか。奇くしくも、ここにおるわっちらこそ、彼奴きゃつに対抗しうる唯一ゆいいつにして最大の戦力となってしまっておるのじゃよ。わっちらは、それぞれの理由で、彼奴きゃつに対して相性が悪くないのじゃ」
「え゛、私も? 戦力に入ってる?」
「無論、無論」

 顔を青くして嫌がる遊上ゆがみに、英莉えりは無表情ながらも、明らかに愉悦交ゆえつまじじりの喜色きしょくを含ふくんだ声で遊上ゆがみに告つげる。

「まず、最初に述のべておく。彼奴きゃつの固有魔導こゆうまどうは、対ニンゲン特効とっこう術式なのじゃ。ニンゲンのみを対象とする代わりに、ニンゲンに対して絶大な効果がある術式となっておる。故に、通常戦力は、これでほぼ無力化される。数があろうと質がよかろうと、それがニンゲンであるというだけで、彼奴きゃつに対峙たいじすると、不利ふりが付いてしまうというわけじゃな」
「じゃあ、ムリじゃん!!」
「うっさいわ。よく考えてみぃ、ここにはニンゲンは二人しかおらんじゃろ?」
「確かに、この天空てんくうも英莉えり様も人間ではありません」
「だ、だったら、私と慎しんちゃん要いらなくない!? 二人で何とかしてよ!」

 ほとんど悲鳴ひめいのような声で遊上ゆがみは懇願こんがんするが、英莉えりは一顧いっこだにしようとしない。
 それどころか、追い打ちをかけるように遊上ゆがみにとって絶望的な話を続ける。

「そうしたいのは山々なのじゃが、わっちらだけでは彼奴きゃつの膝元ひざもとまでは辿たどり着けんのじゃ。わっちらは、ニンゲンではない故にな」
「なによそれ!? 人間以外しか対抗できないのに、人間以外は接触せっしょくできないってこと!?」
「ニンゲン以外しか対抗できないというのは大げさじゃが、本気を出した彼奴きゃつに人外のわっちらでは接触すら叶かなわないというのが現実じゃ。わっちらが彼奴きゃつに近づくためには、ニンゲンの協力が不可欠なのじゃよ」
「つまり、人間ではない英莉えりが辰上たつかみとやらに近づくことはできないけど、人間であるオレの持ち物としての英莉えりならば、オレと一緒いっしょに辰上たつかみに近づくことができるって話か?」
「そのとおり。相変あいかわらず無駄むだに察さっしがよいのは、主殿あるじどのの長所じゃな」

 英莉えりは、天乃あまのの言葉に、表情を変えることなく満足げに頷うなづく。

「つまり、私には天空てんくうちゃんを運べって話なの?」
「まあ、そうなるの。じゃが、嫌というなら辞退してもらって構かまわんぞ。主殿あるじどのがおれば事足りる話じゃし。別に、一人が複数の人外の眷属けんぞくを所有しておっても不思議ではあるまい?」
「うん、そうね。さすがに【討伐令とうばつれい】の出た【超越者ちょうえつしゃ】の相手なんてしたくないし。目の前にすら出たくないし。いつも通り、私は後方待機たいきってことにしてほしいなあ、なんて思うんだけどぉ。......ちなみに、私と慎しんちゃんが相性が悪くないっていう理由は?」
「うむ。単純に、戦力にならないのがよい」
「はい?」

 英莉えりの言葉に、遊上ゆがみは目を丸くする。そのあまりに身も蓋もない理由に、思考が停止した。

「彼奴きゃつの特性を思い出せ? 支配とニンゲン特効――これだけの情報でも、彼奴きゃつの術式の正体にある程度当たりがつけられるのではないか?」
「あとは、他人の魔術まじゅつが使えるんだっけ?」
「それは副次的な効果じゃとも言ったはずじゃが?」
「えーーっと、人を支配する術式?」
「三十点じゃな」
「英莉えりちー、辛からくない?」
「間違ってはおらぬが、何の情報も増えとらんじゃないか。まあ、よいわ。彼奴きゃつの術式は――」
「――絶対王政ぜったいおうせいの国、とか」
「え?」「国?」「――正解じゃ」

 天乃あまののつぶやきに、遊上ゆがみが疑問符を浮かべ、天空てんくうが反駁はんばくを唱となえるのと同時に、英莉えりは驚嘆きょうたんする。

「いやはや。わっちは主殿あるじどのの考えがある程度読めるが、主殿あるじどのもわっちの考えることがわかるようにでもなったのか? それとも、記憶が戻ったりでもしたか?」

 英莉えりは持ち前の無表情を活いかしながら、何でもないようなことのように振る舞うが、その内心は驚嘆に満ちており、声も若干じゃっかん上うわずってしまっていた。

「当てずっぽうだよ、こんなの。たまたま、思い浮かんだことを口にしただけだ。オレの『人を支配する者』のイメージが王だったっていうのと、特定の対象の領域りょういきへの侵入を防ふせぐっていうのが、入国拒否きょひみたいだなと思っただけで、深い意味はなかったんだけど」
「ふむ。なんか、全然納得なっとくいかんし、若干の疲労ひろう感すら覚えるが。まあよいじゃろ。彼奴きゃつの固有魔導こゆうまどうの名称は、《王の法》という。
 これは文字通り、彼奴きゃつが《法》を定め、彼奴きゃつを王とした国を築きずく魔術まじゅつじゃ。彼奴きゃつが国と定めた範囲はんいにおるニンゲンは全員、彼奴きゃつの定めた《法》によって、行動を制限せいげんされる。そして、彼奴きゃつの《法》に反した者には《罰ばつ》が下くだる。
 ――そういう術式じゃ」
「なによそれ? やりたい放題ほうだいじゃん」

 遊上ゆがみが横暴おうぼうだ、ズルだと抗議こうぎの声を上げる。

「わっちに文句もんく言われてものぅ。じゃが、さっきも言ったとおり、《王の法》にも抜ぬけ穴あなはある。《法》がニンゲンを縛しばる概念がいねんである以上、わっちらのようにニンゲンでないものは《法》には縛られん。
 まあ、故に、《法》に縛られないモノは、そもそも入国できないようになっておるのじゃが。それにもさらに例外はあるということじゃ。先ほど主殿あるじどのが述べたようにな。そして、肝心かんじんの《罰》じゃが、これは力ある者の力を削そぐ類たぐいのものが多い。
 魔力や体力を奪うばう《財産刑》、特定の行動を封ふうじる《自由刑》、脅威きょういそのものを取り除く《没収ぼっしゅう》が《罰》のほとんどを占しめとるはずじゃ。
 直接の攻撃とできるのは、苦痛くつうを与える《身体刑》と命を奪う《死刑》だけじゃが、これは上位の刑罰なので、そうそう《法》に引っかかることもあるまい。
 こういう事情で、魔術まじゅつを扱あつかえず、戦力にも乏とぼしい主殿あるじどのや小娘ならば、刑もほとんど影響がないじゃろうと考えた。まあ、そういう意味で、相性は悪くないと言ったのじゃ」
「なによそれ? 《死刑》があるんなら、軽い犯罪を設もうけて片かたっ端ぱしから《死刑》にすればいいじゃん。呼吸罪とか作ればいいんじゃないの? すごいじゃん。そしたら、最強じゃん」

 このように、やさぐれ気味ぎみにぼやく遊上ゆがみの発言に対し、英莉えりは表情には出ないが、呆あきれた声を出す。

「何を聞いておったのじゃ、小娘よ。彼奴きゃつの魔術まじゅつは、国を作るモノなのじゃぞ?よいか? 国の要素とは、領域・主権・人民じゃ。
 故ゆえに、領土と王権は最悪彼奴きゃつ1人でもよいかもしれんが、臣民しんみんなしでは国として成り立たん。
 国ではないなら、王権に紐付ひもつけられとる《法》も機能きのうせん。
 よって、臣民しんみん全員を《死刑》にする《悪法》など定められるわけがないじゃろ?」
「うーん。なんか、その訳わかんない既存きぞんの概念がいねんに縛られてるものに対してマウントとっていく感が、すごぉくいつもの魔術まじゅつ戦っぽくてヤだなー、私ぃ」

 英莉えりの説明に、遊上ゆがみがげんなりした声を出す。

「まあ、既存の概念を用いる術式に対する正攻法ではありますが、だからこそ、対抗策を用意しているのではと、この天空てんくうは考えますが」
「うーむ。正直、それは出たとこ勝負じゃな。なに、彼奴きゃつの固有魔導はわっちとうぬには通じぬのじゃから、速攻で片を付けるしかあるまいよ。ただ、先ほどのうぬの心配を解消かいしょうしておいてやろう。うぬの主は、人質ひとじちついでに『臣民しんみん』として選ばれた可能性が高い。彼奴きゃつの王国を構成する要素なのじゃから、余程よほどのことがない限り、危害きがいを加えられることはないじゃろう」
「余程のこと、ですか」

 英莉えりの説明を受けても、なお、心配な様子が解消されない天空てんくうの態度に、英莉えりは訝いぶかしんだ目を向ける。

「なんじゃ? 何を懸念けねんしとる?」
「いえ、杞憂きゆうならよいのですが。お嬢様は、その、他人を無自覚に煽あおる性質せいしつを持っていまして。人の本質的な加虐性かぎゃくせいを引き出す才能に長たけているのです。辰上たつかみの【討伐令とうばつれい】対象者を煽っていなければよいなぁと」
「......なんとういうか。さすが、狗飼いぬかいの娘じゃ。じゃから、狗飼いぬかいと辰上たつかみとでは相性が良すぎるので、総合的に見て最悪といったのじゃ」
「そういった意味で、やはりこの天空てんくうとしては、お嬢様の救出を急ぎたいのですが――」

「待ちなさい。話は聞かせてもらったわ、途中からだけど」

 天乃あまの達が驚いて声のあった方を向くと、校舎の物陰から、制服姿の少女が出てきた。
 その少女の髪型は、茶髪のハーフアップで、後ろの髪の一部だけを上げて残りは降ろしており、その顔は――

「え? 遊ゆ、上がみさん? が二人?」

 天乃あまのが困惑こんわくした声を出すと、遊上ゆがみと全く同じ見た目をした少女が蔑さげすむような声を出す。

「はあ? 何訳わかんないこと言ってんのよ、天乃あまの慎しん。まさか、記憶でも吹っ飛んだっての? いまさら自己紹介が必要な間柄あいだがらってわけでもないでしょうに」

 その声に、わなわなと震ふるえていた遊上ゆがみがぼそりと震えた声を出す。

「お姉ちゃん、何しに来たの?」

(お姉ちゃん?)

 ――『私、一卵性いちらんせい双生児そうせいじなのよ。でも、姉は魔術まじゅつを使えるのに、私は使えない。このクラスの設立せつりつ目的を考えたら、私が一番価値の高いサンプルってわけ』――
 天乃あまのが思い出したのは、遊上ゆがみと初対面しょたいめんの時に聞いたそんな話であった。

「何って? 実習じっしゅうが終わっても狗飼いぬかいも天空てんくうも帰ってこないから、探してたのよ。
 そしたら、こんなところで天空てんくうが天乃あまの慎しんと何か話をしてたみたいだから、こっそり様子を見てたの。そしたら、なんか【討伐令とうばつれい】やら、『お嬢様の救出』やら聞こえてきたからさ。気になって出てきちゃったってわけ。
 ――それで、私にも、詳くわしく聞かせてもらえるのよね、天乃あまの慎しん?」

 そういって、世界に二十人といない戦略級Sランク魔術師まじゅつしの一人――《荊いばらの女王じょうおう》こと緋澄眞琴ひずみまことは嗜虐的しぎゃくてきに微笑ほほえんだ。
 その美しくも残酷な笑みは、さらなる波乱の幕開けを告げていた。
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