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挿絵AIで作った挿絵

不機嫌な暴君とマンションに潜む刺客

 2036年6月6日 午後2時49分

 完全に凍り付いた氷室のような特務課の執務室。凍てつく寒さが容赦なく室内には充たされていた。

「ういーっす。ってか寒っ!」
「......雹霞ひょうか姉ぇ、使・っ・た・わね?」

 間森まもりと水無月みなづきが戻ってくる。どうやら、部屋の温度から何があったのか双方ともに察しているようだった。

「まぁ、流れ上、已む無くな」

 義妹に詰め寄られ、雹霞ひょうかは若干バツが悪そうに言葉を濁す。

「ちょっと! 天乃あまのはその、妙なやつではあるけど、ただの人間よ? 殺す気なの!?」
「加減はしたさ」
「ええ、そうでしょうね。雹霞ひょうか姉ぇが手加減しなかったら天乃あまの、死んじゃってただろうし。でも、そんなことゆってるんじゃないの。たとえ手加減してても雹霞ひょうか姉ぇの魔術は人を殺しかねないってゆってるの。そこらへんわかってる?」
「わかっているさ、そのくらい。人・を・殺・さ・な・い・訓・練・は積んでいる」

 若干すねたように雹霞ひょうかは口を尖らせた。

「成果は?」

 そんな義姉を水無月みなづきはジト目で見る。

「いまいちだな。人間は脆過ぎる」
「雹霞ひょうか姉ぇが強すぎるの! いい加減自覚して。お願いだから」
「自覚はしているさ、ずっとな。でもなぁ......」
「――その先をゆったら、烈火れっか兄ぃに――」
「烈火れっかには云うな。わかった。私が悪かった。鋭意努力する」
「大体、雹霞ひょうか姉ぇは――」

 雹霞ひょうかが困ったかのように義妹に頭を下げているのを後目に、間森まもりが天乃あまのに近寄ってくる。

「災難だったなあ。うちのボスは何かしでかさないと気が済まない質たちなんだろうな。生きてっか?」
「かろうじて、な。マジで死にかけたよ、今回は」
「だろうな。殺気で満ちてやがる。あの人、なぜか知らんが本気でお前を殺しにかかってたみたいだな」
「――はい?」
「まぁ、今の雹霞ひょうかさんからは殺気を感じないが......気ぃつけろよ? さすがに、あの人相手じゃ分が悪い。最年少で特務課の課長にまでなってんのは伊達じゃないからよ」
「......気を付けろって、具体的にはどうすりゃいいんだよ」
「一番いいのはもう会わないことだ。接触を断つこと。......なんだが、こいつは難しいかもな」
「なんでだよ、要はここに来なきゃいいんだろ?」
「......まぁ、そうなんだがな」

 間森まもりが微妙に言葉を濁していると、義妹から説教を受けていた雹霞ひょうかが渋々といった感じで天乃あまのの方に向かってくる。

「天乃あまの、その、申し訳なかったな。まぁ、許せ。ちょっとした余興だ」
「むっ」

 後ろの水無月みなづきの視線が鋭くなる。

「いや、ちょっと過激すぎたな。傾き過ぎたというか。まぁ、なんだ、その、ご、ごめん、なさい」

 結局、雹霞ひょうかはしどろもどろになりながら、義妹の圧力に屈して謝罪に追い込まれていた。

「これっきりで勘弁してくださいよ?」

 さすがに見かねた天乃あまのは、謝罪を受け入れることにする。

「甘くない? 天乃あまの?」

 水無月みなづきのキッとした目が今度は天乃あまのの方を向く。

「あんた、さすがに甘いわ。アタシのときもそうだったけど。自分を害する者への甘さは、いつか身を滅ぼすわよ」
「なら、この状況でどうしろと......?」
「ふん、知らないわよ」

 理不尽な......という言葉を辛うじて飲み込んだ天乃あまのは、横から間森まもりが差し出した書類を見せられる。

「まぁ、というわけで、慎。こいつにサインしろ。本来なら読み聞かせとかいろいろあるんだが、今回は省略だ。どうせこの調書が使われることはないんだしな。水無月みなづき妹もそれでいいか?」

 間森まもりが水無月みなづきに確認をとる。

「いいわよ。面倒ごとはなしにしましょ。ってゆうか、その呼び方何とかならないわけ?」
「水無月みなづきちゃん」
「水無月みなづき妹でいいわ」
「そういやぁ、まだ、アーサー・リードの行方がわかんねぇんだわ。《結界》から出てきた気配がない。というか、お前らが云っている壊れた甲冑も見つかってない。《結界》ごと消えちまったみたいなんだ」
「そうなの?」
「あぁ、だから、気を付けてくれ。どこから奴が現れるかわかんねぇからよ。そもそもの目的もいまいちわかんねぇしな」

 そのような間森まもりと水無月みなづきのやりとりが行われている間に、天乃あまのは一応調書を斜め読みし、内容を確認してから署名を済ませる。水無月みなづきは投げやりに名前を走り書きする。

「じゃ、確かに受け取ったぜ。これで用事は終わりだ。雹霞ひょうかさん、このあと、俺が慎を家まで連れて行きゃいいんですかね?」
「うーん。どうも記憶喪失というのは本当らしいが、そこまでする必要はあるまい。地図アプリで場所を表示しておいてやれ。お前はこの部屋の後片付けだ」

 雹霞ひょうかの執務室は先程の魔術のせいであちこちが凍り付いたままだった。

「うーい。ってことだ、悪いな。っと。今、端末に位置情報を送った。そこがお前の家だ。今日は大人しく帰ってゆっくり休んでくれ。それと、明日は午前中に百目鬼どうめきさんとの面談があるから、学校には来るように、って話だ」
「わかった。学校は......第三高校、この位置か。家から近いな」
「んじゃ、帰るわよ、天乃あまの」
「ああ、じゃあな、啓吾けいご。雹霞ひょうかさんも」
「ん? あぁ」

 曖昧に返事をする雹霞ひょうかに別れの言葉を告げ、天乃あまのと水無月みなづきは執務室を出ていった。

「本当に甘い奴になったものだ。あの性格にはどうも慣れん」
「ほんとっすね。まぁ、でもなるようになるっすよ」
「そんなことより、啓吾けいご。この部屋、覇夏はなつと二人で何とかしておいてくれ。私は用事ができた」
「なんとかって......まぁ、何とかしますが。お出かけで?」
「あぁ、百目鬼どうめきさんに直接訊きたいことができた」
「了解っす。多分地下からだと遠回りになるっすけど」

 雹霞ひょうかは魔術師としては一流だが、日光を長時間直接浴びることができない体質という欠点を持っている。それ故に、この特務課も地下に移されたという経緯がある。

「仕方がないだろう? 私が外出するためだけにいちいち天災を振りまくわけにもいくまい?」
「おぉ、雹霞ひょうかさんがそこを自重するくらいには常識的でよかったっすよ」
「いや、実際そうしていたら怒られたのだ、烈火れっかに。私もムカついたのでな。危うく烈火れっかを殺してしまうところだったよ。全治二か月の重傷を負わせてしまった。あっはっは」
「あんた、ほんとにやめてくれよ。いちいち深いんだよ、闇が! 迂闊に冗談も云えねぇ」

 2036年6月6日 午後3時01分

 警備隊本庁の巨大な扉をくぐり抜け、特務課の地下から一気に地上へと抜け出た天乃あまのと水無月みなづき。初夏の午後の眩しい太陽光がアスファルトの街並みを明るく照らし出している。二人は、そのまま建物の外に向かっていた。

「んじゃ、今度こそ、アタシは学校に行くわ」
「オレも、今度こそ家に帰るとするよ。いろいろとありがとうな」
「本当よ、アンタのせいで無駄に疲れたわ」
「うーん。その点についてはオレに過失はないと思うがな。オレは被害者だろ?」
「どうだか。忘れてるだけで、アンタに原因があるんじゃないの?」
「それは、否定できないけど」
「まぁ、アーサーはどこかへ消えちゃったらしいし、気をつけて帰ることね」
「正直、もう会いたくない部類の人だよ」
「目的もよくわかんなかったしね」
「目的......か。オレにもあったんだろうな。わざわざ浅木に来てやりたかったこと。忘れちまったけど」
「なによ、急に?」
「いや、今日は何回も死にかけたからね。そこまでして叶えたい願いだったのかだろうかと思ってね」
「費用対効果の話?」
「そういうんじゃないけど、なんか、モチベーションに欠けるなぁと」
「ここでやってく自信がないってこと?」
「そうだな。こんな危ない街で生きていくには目的意識がないとやってらんないなぁと」
「ゆっておくけど、普通に暮らす分にはそこまで危険はないわよ?」
「なんだろうな? ここまで、説得力に欠けるセリフを投げかけられたのは初めてだ」
「まぁ、今日のアンタは、アンラッキーだってことよ」
「まだ午後三時すぎだよ。もう一波乱ありそうじゃないか、やめてくれよ」
「あはは、ないわよ。そうそう命がけの出来事なんてね」

 天乃あまのと水無月みなづきはそう言いながら警備隊の本庁の建物の外に出る。

「あの、すみません」

 建物を出たところで、一人の男に声をかけられた。その男は長身の金髪碧眼の整った顔の西洋人で、六月だというのに黒いコートを羽織っていた。

「(この季節にコート? 変なヤツね)」
「(君が云っちゃいけないセリフだよね、それ)」

 この季節にサイズの合ってない冬服のブレザーの上着を纏っている自分のことを棚に上げて暴言を吐く水無月みなづきを窘めながら、天乃あまのは一歩前に出る。

「なんでしょうか?」
「人を探しててね。黒に赤のメッシュ入りのカラーの髪にオーバーオールを着た少女に会わなかったかい? 身長はこのくらいなんだが」

 男が手をかざすあたりだと、身長は百四十五センチほどであろうか。もちろん、天乃あまのには身に覚えのない少女である。

「見てないわ。そんなに目立つ子なら、記憶に残ってるはずだけど」

 天乃あまのに代わり、後ろにいた水無月みなづきが答える。

「そうかい。ありがとう」

 そう云って、男はその場を立ち去ろうとした。

「あの、警備隊に用事があって来たんじゃないんですか?」

 天乃あまのは立ち去ろうとする男に声をかけるが、男は一瞬考える素振りを見せ、納得したかのように言葉を発する。

「ん? あぁ、警備隊かい? そこまで事を大きくしたくはないんだ。どうせ、時間になったら落ち合う予定だからね。そこにも現れなかったらお世話になるとしよう」
「そうですか」
「それでは、ま・た・」

 そう言って男は立ち去った。

 その後、天乃あまのは家に、水無月みなづきは学校に向かって歩いていた。もっとも、両者の方向は同じだったため、途中までは一緒に行くことになった。整備された大通りから少し外れた閑静な住宅街。照りつける日差しのなか、二人の足音が緩やかな坂道にリズミカルに重なっている。

「変な人だったわね。研究者かしら?」
「だから、格好については君も云えないよね?」
「仕方ないじゃない? 冬服これが『虚空の旋律コクウノシラベ』本体なんだから」
「......そうだったんだ」
「何だと思ってたのよ?」
「いや、変わった格好だな、としか」
「失礼なヤツね。一応ライフル弾もストップできる高性能防具としての使い道もあるわ」
「魔導書は毀棄できない、だったか?」
「そうよ。だから、どんな危ない魔導書も禁書指定して封じるしかないの」
「そういえば、――――っとこの言い方だと誓約に引っかかるのか。――――これもだめか。うーん。......なぁ、禁書ってどこにあるんだ?」
「国立魔導図書館。浅木の中央よ」

 水無月みなづきはそっけなく答えた。

「そこって誰でもはいれるのか?」
「許可が必要ね」
「許可を得る条件は?」
「自分で調べたら?」

 天乃あまのには、水無月みなづきは明らかにこの類の質問に答えることを嫌がっているのがわかった。

「やっぱりか」
「一人でなんか納得されると不愉快ね」

 水無月みなづきは苛ついていることを隠そうともしない。

「わかった。この件はもう触れない」
「あんたのその妙に察しのいいところ、ムカつくわ」
「あはは......。じゃあ、お返しってわけじゃあないけど、オレについても一つ。どうも、オレの起源は“順応”にあるらしい。雹霞ひょうかさんが云ってたけど」
「“順応”が起源......!?」

 水無月みなづきは驚きを隠せない様子であったが、天乃あまのは続けた。

「そう、それが《王宮勅令》が効き易い理由だろうってさ。どうかしたか?」

 水無月みなづきの動揺した様子に、さすがに天乃あまのは疑問を持つ。

「......アンタ、天乃あまの慎しんって名前よね?」
「そうだけど」

「――“我,汝の真名を問うほんとうのなまえは”」

「――――今の《王宮勅令》だよな? 特になんともないぞ」

 水無月みなづきはほとんど不意打ち気味に天乃あまのに『王宮勅令』を用いる。水無月みなづきの《王宮勅令》は、魔術の分類の中で『詠唱が必須の魔術』に分類されるのだが、日常会話の中に混ぜても違和感なく用いることができるので、使用したことを相手にも気付かせないというメリットがある。
 もっとも、天乃あまのには魔力の流れで水無月みなづきが術式を使ったか否かがはっきりとわかることから、その利点はほとんど意味のないものとなっている。

「どうゆうこと? “我,汝の出自を問うしゅっしんはどこ”」
「――――――それも無効だ」
「くっ、神の術式......か。記憶に干渉する類の術式は全部弾かれるってこと!?」
「そうなんだろうな。なぁ、急にどうしたんだよ? さすがに変だぞ?」

 天乃あまのはなぜか動揺した様子の水無月みなづきに声をかける。

「いや、その......なんでも、ないわ。忘れて」
「まぁ、また水無月みなづきには甘いと云われるかもしれないが、実害があったわけではないし、今回は不問ってことで」
「あんた、意外と根に持つのね。まぁ、助かるわ。今回はアタシが悪かったわけだし」

 水無月みなづきは自分で云ったことだけに苦笑いをする。

「そうだな、それじゃあ俺はここを右みたいだ」
「そう、学校はここをまっすぐ行ってすぐよ。ん? ここを右?」

 水無月みなづきは一瞬首を傾げる動作をした。

「そうだが、どうした?」
「うーん。なんでもないわ。それじゃ、縁があったらまた会いましょ」

 そう言って水無月みなづきは去っていった。

 天乃あまのは、そのまま道を折れ、地図に示された場所へとたどり着く。

「こ、ここか?」

 人通りの少ない静かな住宅街の一角。青々とした初夏の街路樹の木漏れ日が、分譲マンションの外壁に穏やかな影を落としている。そう、そこは学生寮などではなく五階建ての分譲マンションだったのだ。この浅木にある分譲マンションは主に教職員や研究者向けのものなのであるが、どうやら天乃あまのはなぜか学生の身でありながらファミリー向けの分譲マンションで生活しているらしい。

(ローンとかどうなってんだ? そもそも、なんで敢えて分譲? 訳がわからん。いや、祖母が理事って話だから特別になんかの措置が取られてると信じよう。オレもそこまで馬鹿じゃないはずだ)

 嫌な予感しかしない中、天乃あまのは五階までエレベーターで上がっていく。

(五百十三号室、ここか? そういえば......鍵ってどこだ?)

 天乃あまのは、学生証のときと同様に財布の中を探してみると、それらしきカードキーが見つかった。

(とりあえず、入ってみるか)

 カードをかざすと、小さな電子音がして扉のロックが解除された。天乃あまのは、そのまま扉を開く。

(......風?)

 窓が開いていたのか、中に入った天乃あまのの顔を風が撫でた。

「遅かったではないか、主殿あるじどの」

 急に声をかけられ、天乃あまのはビクッと体をすくませる。
 声のあった方を見てみると、八歳くらいの人形のように整った見た目の幼い少女がいた。少女は赤い着物を羽織っており、その髪型はポニーテールで、その黒髪の根元は薄い黄色のリボンで結ばれている。
 天乃あまのはその少女の名前を知っていた。病院に現れた金髪の少女が変身(?)した姿で、英莉えりと名乗った少女であった。
 英莉えりは別の少女に後ろから羽交い絞めにされるようにしながら、首元にナイフのような刃物を突きつけられていた。なお、刃物を突きつけている少女は、黒髪に赤のメッシュが入ったカラーの髪の少女であり、その格好はオーバーオールであった。
 英莉えりは首に刃物を突き付けられながらも怯える様子もなく天乃あまのに話しかけてくる。

「なぁ、モノは相談なんじゃが、わっちを助けてくれんか?」

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Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
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不機嫌な暴君とマンションに潜む刺客

 2036年6月6日 午後2時49分

 完全に凍り付いた氷室のような特務課の執務室。凍てつく寒さが容赦なく室内には充たされていた。

「ういーっす。ってか寒っ!」
「......雹霞ひょうか姉ぇ、使・っ・た・わね?」

 間森まもりと水無月みなづきが戻ってくる。どうやら、部屋の温度から何があったのか双方ともに察しているようだった。

「まぁ、流れ上、已む無くな」

 義妹に詰め寄られ、雹霞ひょうかは若干バツが悪そうに言葉を濁す。

「ちょっと! 天乃あまのはその、妙なやつではあるけど、ただの人間よ? 殺す気なの!?」
「加減はしたさ」
「ええ、そうでしょうね。雹霞ひょうか姉ぇが手加減しなかったら天乃あまの、死んじゃってただろうし。でも、そんなことゆってるんじゃないの。たとえ手加減してても雹霞ひょうか姉ぇの魔術は人を殺しかねないってゆってるの。そこらへんわかってる?」
「わかっているさ、そのくらい。人・を・殺・さ・な・い・訓・練・は積んでいる」

 若干すねたように雹霞ひょうかは口を尖らせた。

「成果は?」

 そんな義姉を水無月みなづきはジト目で見る。

「いまいちだな。人間は脆過ぎる」
「雹霞ひょうか姉ぇが強すぎるの! いい加減自覚して。お願いだから」
「自覚はしているさ、ずっとな。でもなぁ......」
「――その先をゆったら、烈火れっか兄ぃに――」
「烈火れっかには云うな。わかった。私が悪かった。鋭意努力する」
「大体、雹霞ひょうか姉ぇは――」

 雹霞ひょうかが困ったかのように義妹に頭を下げているのを後目に、間森まもりが天乃あまのに近寄ってくる。

「災難だったなあ。うちのボスは何かしでかさないと気が済まない質たちなんだろうな。生きてっか?」
「かろうじて、な。マジで死にかけたよ、今回は」
「だろうな。殺気で満ちてやがる。あの人、なぜか知らんが本気でお前を殺しにかかってたみたいだな」
「――はい?」
「まぁ、今の雹霞ひょうかさんからは殺気を感じないが......気ぃつけろよ? さすがに、あの人相手じゃ分が悪い。最年少で特務課の課長にまでなってんのは伊達じゃないからよ」
「......気を付けろって、具体的にはどうすりゃいいんだよ」
「一番いいのはもう会わないことだ。接触を断つこと。......なんだが、こいつは難しいかもな」
「なんでだよ、要はここに来なきゃいいんだろ?」
「......まぁ、そうなんだがな」

 間森まもりが微妙に言葉を濁していると、義妹から説教を受けていた雹霞ひょうかが渋々といった感じで天乃あまのの方に向かってくる。

「天乃あまの、その、申し訳なかったな。まぁ、許せ。ちょっとした余興だ」
「むっ」

 後ろの水無月みなづきの視線が鋭くなる。

「いや、ちょっと過激すぎたな。傾き過ぎたというか。まぁ、なんだ、その、ご、ごめん、なさい」

 結局、雹霞ひょうかはしどろもどろになりながら、義妹の圧力に屈して謝罪に追い込まれていた。

「これっきりで勘弁してくださいよ?」

 さすがに見かねた天乃あまのは、謝罪を受け入れることにする。

「甘くない? 天乃あまの?」

 水無月みなづきのキッとした目が今度は天乃あまのの方を向く。

「あんた、さすがに甘いわ。アタシのときもそうだったけど。自分を害する者への甘さは、いつか身を滅ぼすわよ」
「なら、この状況でどうしろと......?」
「ふん、知らないわよ」

 理不尽な......という言葉を辛うじて飲み込んだ天乃あまのは、横から間森まもりが差し出した書類を見せられる。

「まぁ、というわけで、慎。こいつにサインしろ。本来なら読み聞かせとかいろいろあるんだが、今回は省略だ。どうせこの調書が使われることはないんだしな。水無月みなづき妹もそれでいいか?」

 間森まもりが水無月みなづきに確認をとる。

「いいわよ。面倒ごとはなしにしましょ。ってゆうか、その呼び方何とかならないわけ?」
「水無月みなづきちゃん」
「水無月みなづき妹でいいわ」
「そういやぁ、まだ、アーサー・リードの行方がわかんねぇんだわ。《結界》から出てきた気配がない。というか、お前らが云っている壊れた甲冑も見つかってない。《結界》ごと消えちまったみたいなんだ」
「そうなの?」
「あぁ、だから、気を付けてくれ。どこから奴が現れるかわかんねぇからよ。そもそもの目的もいまいちわかんねぇしな」

 そのような間森まもりと水無月みなづきのやりとりが行われている間に、天乃あまのは一応調書を斜め読みし、内容を確認してから署名を済ませる。水無月みなづきは投げやりに名前を走り書きする。

「じゃ、確かに受け取ったぜ。これで用事は終わりだ。雹霞ひょうかさん、このあと、俺が慎を家まで連れて行きゃいいんですかね?」
「うーん。どうも記憶喪失というのは本当らしいが、そこまでする必要はあるまい。地図アプリで場所を表示しておいてやれ。お前はこの部屋の後片付けだ」

 雹霞ひょうかの執務室は先程の魔術のせいであちこちが凍り付いたままだった。

「うーい。ってことだ、悪いな。っと。今、端末に位置情報を送った。そこがお前の家だ。今日は大人しく帰ってゆっくり休んでくれ。それと、明日は午前中に百目鬼どうめきさんとの面談があるから、学校には来るように、って話だ」
「わかった。学校は......第三高校、この位置か。家から近いな」
「んじゃ、帰るわよ、天乃あまの」
「ああ、じゃあな、啓吾けいご。雹霞ひょうかさんも」
「ん? あぁ」

 曖昧に返事をする雹霞ひょうかに別れの言葉を告げ、天乃あまのと水無月みなづきは執務室を出ていった。

「本当に甘い奴になったものだ。あの性格にはどうも慣れん」
「ほんとっすね。まぁ、でもなるようになるっすよ」
「そんなことより、啓吾けいご。この部屋、覇夏はなつと二人で何とかしておいてくれ。私は用事ができた」
「なんとかって......まぁ、何とかしますが。お出かけで?」
「あぁ、百目鬼どうめきさんに直接訊きたいことができた」
「了解っす。多分地下からだと遠回りになるっすけど」

 雹霞ひょうかは魔術師としては一流だが、日光を長時間直接浴びることができない体質という欠点を持っている。それ故に、この特務課も地下に移されたという経緯がある。

「仕方がないだろう? 私が外出するためだけにいちいち天災を振りまくわけにもいくまい?」
「おぉ、雹霞ひょうかさんがそこを自重するくらいには常識的でよかったっすよ」
「いや、実際そうしていたら怒られたのだ、烈火れっかに。私もムカついたのでな。危うく烈火れっかを殺してしまうところだったよ。全治二か月の重傷を負わせてしまった。あっはっは」
「あんた、ほんとにやめてくれよ。いちいち深いんだよ、闇が! 迂闊に冗談も云えねぇ」

 2036年6月6日 午後3時01分

 警備隊本庁の巨大な扉をくぐり抜け、特務課の地下から一気に地上へと抜け出た天乃あまのと水無月みなづき。初夏の午後の眩しい太陽光がアスファルトの街並みを明るく照らし出している。二人は、そのまま建物の外に向かっていた。

「んじゃ、今度こそ、アタシは学校に行くわ」
「オレも、今度こそ家に帰るとするよ。いろいろとありがとうな」
「本当よ、アンタのせいで無駄に疲れたわ」
「うーん。その点についてはオレに過失はないと思うがな。オレは被害者だろ?」
「どうだか。忘れてるだけで、アンタに原因があるんじゃないの?」
「それは、否定できないけど」
「まぁ、アーサーはどこかへ消えちゃったらしいし、気をつけて帰ることね」
「正直、もう会いたくない部類の人だよ」
「目的もよくわかんなかったしね」
「目的......か。オレにもあったんだろうな。わざわざ浅木に来てやりたかったこと。忘れちまったけど」
「なによ、急に?」
「いや、今日は何回も死にかけたからね。そこまでして叶えたい願いだったのかだろうかと思ってね」
「費用対効果の話?」
「そういうんじゃないけど、なんか、モチベーションに欠けるなぁと」
「ここでやってく自信がないってこと?」
「そうだな。こんな危ない街で生きていくには目的意識がないとやってらんないなぁと」
「ゆっておくけど、普通に暮らす分にはそこまで危険はないわよ?」
「なんだろうな? ここまで、説得力に欠けるセリフを投げかけられたのは初めてだ」
「まぁ、今日のアンタは、アンラッキーだってことよ」
「まだ午後三時すぎだよ。もう一波乱ありそうじゃないか、やめてくれよ」
「あはは、ないわよ。そうそう命がけの出来事なんてね」

 天乃あまのと水無月みなづきはそう言いながら警備隊の本庁の建物の外に出る。

「あの、すみません」

 建物を出たところで、一人の男に声をかけられた。その男は長身の金髪碧眼の整った顔の西洋人で、六月だというのに黒いコートを羽織っていた。

「(この季節にコート? 変なヤツね)」
「(君が云っちゃいけないセリフだよね、それ)」

 この季節にサイズの合ってない冬服のブレザーの上着を纏っている自分のことを棚に上げて暴言を吐く水無月みなづきを窘めながら、天乃あまのは一歩前に出る。

「なんでしょうか?」
「人を探しててね。黒に赤のメッシュ入りのカラーの髪にオーバーオールを着た少女に会わなかったかい? 身長はこのくらいなんだが」

 男が手をかざすあたりだと、身長は百四十五センチほどであろうか。もちろん、天乃あまのには身に覚えのない少女である。

「見てないわ。そんなに目立つ子なら、記憶に残ってるはずだけど」

 天乃あまのに代わり、後ろにいた水無月みなづきが答える。

「そうかい。ありがとう」

 そう云って、男はその場を立ち去ろうとした。

「あの、警備隊に用事があって来たんじゃないんですか?」

 天乃あまのは立ち去ろうとする男に声をかけるが、男は一瞬考える素振りを見せ、納得したかのように言葉を発する。

「ん? あぁ、警備隊かい? そこまで事を大きくしたくはないんだ。どうせ、時間になったら落ち合う予定だからね。そこにも現れなかったらお世話になるとしよう」
「そうですか」
「それでは、ま・た・」

 そう言って男は立ち去った。

 その後、天乃あまのは家に、水無月みなづきは学校に向かって歩いていた。もっとも、両者の方向は同じだったため、途中までは一緒に行くことになった。整備された大通りから少し外れた閑静な住宅街。照りつける日差しのなか、二人の足音が緩やかな坂道にリズミカルに重なっている。

「変な人だったわね。研究者かしら?」
「だから、格好については君も云えないよね?」
「仕方ないじゃない? 冬服これが『虚空の旋律コクウノシラベ』本体なんだから」
「......そうだったんだ」
「何だと思ってたのよ?」
「いや、変わった格好だな、としか」
「失礼なヤツね。一応ライフル弾もストップできる高性能防具としての使い道もあるわ」
「魔導書は毀棄できない、だったか?」
「そうよ。だから、どんな危ない魔導書も禁書指定して封じるしかないの」
「そういえば、――――っとこの言い方だと誓約に引っかかるのか。――――これもだめか。うーん。......なぁ、禁書ってどこにあるんだ?」
「国立魔導図書館。浅木の中央よ」

 水無月みなづきはそっけなく答えた。

「そこって誰でもはいれるのか?」
「許可が必要ね」
「許可を得る条件は?」
「自分で調べたら?」

 天乃あまのには、水無月みなづきは明らかにこの類の質問に答えることを嫌がっているのがわかった。

「やっぱりか」
「一人でなんか納得されると不愉快ね」

 水無月みなづきは苛ついていることを隠そうともしない。

「わかった。この件はもう触れない」
「あんたのその妙に察しのいいところ、ムカつくわ」
「あはは......。じゃあ、お返しってわけじゃあないけど、オレについても一つ。どうも、オレの起源は“順応”にあるらしい。雹霞ひょうかさんが云ってたけど」
「“順応”が起源......!?」

 水無月みなづきは驚きを隠せない様子であったが、天乃あまのは続けた。

「そう、それが《王宮勅令》が効き易い理由だろうってさ。どうかしたか?」

 水無月みなづきの動揺した様子に、さすがに天乃あまのは疑問を持つ。

「......アンタ、天乃あまの慎しんって名前よね?」
「そうだけど」

「――“我,汝の真名を問うほんとうのなまえは”」

「――――今の《王宮勅令》だよな? 特になんともないぞ」

 水無月みなづきはほとんど不意打ち気味に天乃あまのに『王宮勅令』を用いる。水無月みなづきの《王宮勅令》は、魔術の分類の中で『詠唱が必須の魔術』に分類されるのだが、日常会話の中に混ぜても違和感なく用いることができるので、使用したことを相手にも気付かせないというメリットがある。
 もっとも、天乃あまのには魔力の流れで水無月みなづきが術式を使ったか否かがはっきりとわかることから、その利点はほとんど意味のないものとなっている。

「どうゆうこと? “我,汝の出自を問うしゅっしんはどこ”」
「――――――それも無効だ」
「くっ、神の術式......か。記憶に干渉する類の術式は全部弾かれるってこと!?」
「そうなんだろうな。なぁ、急にどうしたんだよ? さすがに変だぞ?」

 天乃あまのはなぜか動揺した様子の水無月みなづきに声をかける。

「いや、その......なんでも、ないわ。忘れて」
「まぁ、また水無月みなづきには甘いと云われるかもしれないが、実害があったわけではないし、今回は不問ってことで」
「あんた、意外と根に持つのね。まぁ、助かるわ。今回はアタシが悪かったわけだし」

 水無月みなづきは自分で云ったことだけに苦笑いをする。

「そうだな、それじゃあ俺はここを右みたいだ」
「そう、学校はここをまっすぐ行ってすぐよ。ん? ここを右?」

 水無月みなづきは一瞬首を傾げる動作をした。

「そうだが、どうした?」
「うーん。なんでもないわ。それじゃ、縁があったらまた会いましょ」

 そう言って水無月みなづきは去っていった。

 天乃あまのは、そのまま道を折れ、地図に示された場所へとたどり着く。

「こ、ここか?」

 人通りの少ない静かな住宅街の一角。青々とした初夏の街路樹の木漏れ日が、分譲マンションの外壁に穏やかな影を落としている。そう、そこは学生寮などではなく五階建ての分譲マンションだったのだ。この浅木にある分譲マンションは主に教職員や研究者向けのものなのであるが、どうやら天乃あまのはなぜか学生の身でありながらファミリー向けの分譲マンションで生活しているらしい。

(ローンとかどうなってんだ? そもそも、なんで敢えて分譲? 訳がわからん。いや、祖母が理事って話だから特別になんかの措置が取られてると信じよう。オレもそこまで馬鹿じゃないはずだ)

 嫌な予感しかしない中、天乃あまのは五階までエレベーターで上がっていく。

(五百十三号室、ここか? そういえば......鍵ってどこだ?)

 天乃あまのは、学生証のときと同様に財布の中を探してみると、それらしきカードキーが見つかった。

(とりあえず、入ってみるか)

 カードをかざすと、小さな電子音がして扉のロックが解除された。天乃あまのは、そのまま扉を開く。

(......風?)

 窓が開いていたのか、中に入った天乃あまのの顔を風が撫でた。

「遅かったではないか、主殿あるじどの」

 急に声をかけられ、天乃あまのはビクッと体をすくませる。
 声のあった方を見てみると、八歳くらいの人形のように整った見た目の幼い少女がいた。少女は赤い着物を羽織っており、その髪型はポニーテールで、その黒髪の根元は薄い黄色のリボンで結ばれている。
 天乃あまのはその少女の名前を知っていた。病院に現れた金髪の少女が変身(?)した姿で、英莉えりと名乗った少女であった。
 英莉えりは別の少女に後ろから羽交い絞めにされるようにしながら、首元にナイフのような刃物を突きつけられていた。なお、刃物を突きつけている少女は、黒髪に赤のメッシュが入ったカラーの髪の少女であり、その格好はオーバーオールであった。
 英莉えりは首に刃物を突き付けられながらも怯える様子もなく天乃あまのに話しかけてくる。

「なぁ、モノは相談なんじゃが、わっちを助けてくれんか?」

【挿絵】
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Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
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