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37 理想の家族の形

 初田ハートクリニックから帰った夜。
 皐月はお祝いに、夕飯のおかずをいつもより一品多く作った。

 なんのお祝いか。
 それはアリスを手放す理由ができた祝いだ。
 医者が勧めてきたのだから、患者の親として従うしかない。

 初田にどうしてアリスに優しくできないのか聞かれたが、皐月は本当のことを答えなかった。



 皐月には二つ年下の妹がいる。
 両親は病弱な妹にかかりきりで、皐月が何かして欲しくても、「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われた。

 妹が転べば二人がかりで妹を助け起こす。皐月が転んで泣いても「もうお姉ちゃんなんだから泣かないの」と叱られた。

 授業参観当日、「妹が熱を出したから看病する。行けない。お姉ちゃんだから一人でも大丈夫だよね」と約束を反故にされた。

 妹が夏休みの宿題をせず最終日を迎えると、「お姉ちゃんなんだから手伝ってあげなさい」と手伝わされた。



 そのたびに皐月は妹を呪った。
 妹が大嫌いだった。
 妹も特別扱いされている自覚があって、どこか皐月に上から目線だった。

 自分が母親になったら、姉に我慢させたりしないのに。妹を特別扱いしなのにと何度も思った。

 出来損ないのアリスを見ていると、妹を思い出して憎たらしくなる。

 皐月が親にしてもらえなかった分、ほしかった愛情を全てリナに捧げた。

(私は両親とは違う。妹を甘やかしたりはしない。あの先生が言ったようにアリスは一人で生きればいいの)

 有人とリナが仕事から帰ってきて、皐月はテーブルに三人分の夕食を並べる。



 初田の提案を有人とリナに話すと、有人は上機嫌でビールをあおった。

「はっはっは! いやあそうか、とっとと家から出しておけばよかったんだな。まあ、働けるようになるまでの数ヶ月生活費を出してやるのは面倒だが、いつまでも家に居座られるよりはましだ。あとは自分でどうにかするだろう」

「ええ。多少頭のおかしい医者ではあるけど、アリスを追い出せと言うんだからマトモなところもあるのよ」

 これから何十年も家に居座られるくらいなら、餞別せんべつにアパートの入居費用としばらくの家賃を払ってさよならすればいい。

 アリスがいなくなれば、有人と皐月、リナ、三人の家族でうまくまわる。

 皐月と有人がアリスを一人暮らしさせる日程を相談し、リナが食後のお茶を飲みながら微笑む。

「お父さんとお母さんは仕事が忙しくて大変でしょうから、私がこまめにアリスの様子を見に行くわ。
 そうすればちゃんと通院しているか、きちんと働くようになったかどうかも確認できるわ」

「ああ! ありがとう、リナちゃん。やっぱりリナちゃんは優しいわね。見た目だけでなく心も綺麗。私の自慢の娘よ」

「そんな。私はアリスの姉だもの。妹を心配するのは当然でしょう」

 リナは雑誌の撮影をするときのように、完璧な笑顔を作る。
 皐月は初田に忠告されたことやリナに嘘をつかれていたことなんてどこかに吹き飛んだ。

 リナさえいればいい。
 皐月にとって娘は姉のリナだけ。

 一週間しないうちに有人がアパートを契約してきた。
 近所の不動産屋に貼り出されていた即入居可の一番安い物件を、内見もせず即決した。

 築四十年の木造二階建て、そこの101号室。
 たった一枚の外観写真でわかるくらいボロボロだが、初田のクリニックまで徒歩圏内。

 アリスは文句一つ言わず鍵を受け取り、二十二年暮らした有沢家を出て行った。
 見送りなどしない。

 厄介者がいなくなって、これでようやく、有沢家は本来あるべき理想的な形になるのだ。
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初田ハートクリニックの法度作者:ちはやれいめい
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37 理想の家族の形

 初田ハートクリニックから帰った夜。
 皐月はお祝いに、夕飯のおかずをいつもより一品多く作った。

 なんのお祝いか。
 それはアリスを手放す理由ができた祝いだ。
 医者が勧めてきたのだから、患者の親として従うしかない。

 初田にどうしてアリスに優しくできないのか聞かれたが、皐月は本当のことを答えなかった。



 皐月には二つ年下の妹がいる。
 両親は病弱な妹にかかりきりで、皐月が何かして欲しくても、「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われた。

 妹が転べば二人がかりで妹を助け起こす。皐月が転んで泣いても「もうお姉ちゃんなんだから泣かないの」と叱られた。

 授業参観当日、「妹が熱を出したから看病する。行けない。お姉ちゃんだから一人でも大丈夫だよね」と約束を反故にされた。

 妹が夏休みの宿題をせず最終日を迎えると、「お姉ちゃんなんだから手伝ってあげなさい」と手伝わされた。



 そのたびに皐月は妹を呪った。
 妹が大嫌いだった。
 妹も特別扱いされている自覚があって、どこか皐月に上から目線だった。

 自分が母親になったら、姉に我慢させたりしないのに。妹を特別扱いしなのにと何度も思った。

 出来損ないのアリスを見ていると、妹を思い出して憎たらしくなる。

 皐月が親にしてもらえなかった分、ほしかった愛情を全てリナに捧げた。

(私は両親とは違う。妹を甘やかしたりはしない。あの先生が言ったようにアリスは一人で生きればいいの)

 有人とリナが仕事から帰ってきて、皐月はテーブルに三人分の夕食を並べる。



 初田の提案を有人とリナに話すと、有人は上機嫌でビールをあおった。

「はっはっは! いやあそうか、とっとと家から出しておけばよかったんだな。まあ、働けるようになるまでの数ヶ月生活費を出してやるのは面倒だが、いつまでも家に居座られるよりはましだ。あとは自分でどうにかするだろう」

「ええ。多少頭のおかしい医者ではあるけど、アリスを追い出せと言うんだからマトモなところもあるのよ」

 これから何十年も家に居座られるくらいなら、餞別せんべつにアパートの入居費用としばらくの家賃を払ってさよならすればいい。

 アリスがいなくなれば、有人と皐月、リナ、三人の家族でうまくまわる。

 皐月と有人がアリスを一人暮らしさせる日程を相談し、リナが食後のお茶を飲みながら微笑む。

「お父さんとお母さんは仕事が忙しくて大変でしょうから、私がこまめにアリスの様子を見に行くわ。
 そうすればちゃんと通院しているか、きちんと働くようになったかどうかも確認できるわ」

「ああ! ありがとう、リナちゃん。やっぱりリナちゃんは優しいわね。見た目だけでなく心も綺麗。私の自慢の娘よ」

「そんな。私はアリスの姉だもの。妹を心配するのは当然でしょう」

 リナは雑誌の撮影をするときのように、完璧な笑顔を作る。
 皐月は初田に忠告されたことやリナに嘘をつかれていたことなんてどこかに吹き飛んだ。

 リナさえいればいい。
 皐月にとって娘は姉のリナだけ。

 一週間しないうちに有人がアパートを契約してきた。
 近所の不動産屋に貼り出されていた即入居可の一番安い物件を、内見もせず即決した。

 築四十年の木造二階建て、そこの101号室。
 たった一枚の外観写真でわかるくらいボロボロだが、初田のクリニックまで徒歩圏内。

 アリスは文句一つ言わず鍵を受け取り、二十二年暮らした有沢家を出て行った。
 見送りなどしない。

 厄介者がいなくなって、これでようやく、有沢家は本来あるべき理想的な形になるのだ。
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