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閑話6 手を取り合って彩られる世界

 待ちに待ったお茶会当日。
 気持ちのいい秋晴れで、川沿いに植えられた木々が見事に紅く色づいていた。

 歩がキャンプ用折り畳みテーブルを持ってきてくれた。それを四つくっつけて、大きなテーブルをつくる。
 そこに所狭しとお茶やおにぎり、それぞれが持ち寄った茶菓子が並ぶ。

「これは秋?」
「そうね。これは秋よ、コウキ」

 コウキが降り注ぐ木の葉を掴まえようと、走り出す。
 礼美ははしゃぐ息子を見て嬉しそうだ。

「もっと紅茶をどうぞ」
「いただくわ」

 初田に紅茶を勧められて口をつける。仕事は順調なようで、診察の時よく話してくれる。

「コウキくんは志望校が決まったんですよね。どうです、家での様子は」
「あら、お茶会なのに診察みたいですね」
「これは失礼。職業病です」

 礼美に言われて初田は口にチャックをする。
 九年も精神科医をやっていると、どうしても健康状態を質問してしまう。

 それを見ていて、肩をふるわせたのは白兎だ。もう酔っ払っているのか、片手にはブランデーの空き瓶を握っていた。

「初田君こそ、調子はどうだい。数日前の診察で、ネルさんにナルコレプシーでも妊娠出産は可能ですか、なんて聞かれたんだが。もう籍は入れたんだろう。いいじゃないか新婚さん。ワタシが言ったとおりになったじゃないか」

「くそめんどうくさいですよ先輩」

「何を言うか。ワタシを呼んだのは君たちじゃないか。不思議の国のお茶会なら、シロウサギは不可欠だろう。プロポーズの言葉はなんだったのかな。一生結婚できない気がすると言っていた君が結婚するなんて総合病院のみんなに話したら酒が進みそうだ」

「そういう俗な話は嫌いです」

 逃げようとする初田を、歩が羽交い締めにした。

「酒の肴さかなにされるのは癪しゃくでしょうけど、アタシは聞く権利あるわよね。証人欄にサインしたのはアタシよ」
「その論でいくなら、あたしも聞いていいってことかな」

 アリスがひょっこり顔を出す。
 ふたりが言うように、婚姻届の証人サインをしてくれたのは歩とアリスだ。

 証人をお願いしに行ったとき驚かれはしたものの、祝福してくれた。
 ネルの誕生日に提出して、今日のお茶会をむかえた。
 平也のこともあったから、披露宴や結婚式といったものはしていない。

「初斗ったら親の私にも教えてくれないのよ。まったくもう」
「ネルも秘密って言って教えてくれないし」

 初音と友子も、内緒にされてブーブー言う。我が子の恋愛事情が気になって仕方ないらしいが、初田としては聞かれたくない。

 ネルに押し切られるような形で気持ちを自覚させられた、なんて恥ずかしくて言えなかった。
 とうのネルも「秘密ー」と言いながら初田の隣でアールグレイを飲む。
 
「あたし恋人なんてできたためしないけどさ、ネルを見ていたら支え合える人がいるのってなんかいいなって思うんだよね」

 アリスにつつかれて、ネルは照れ笑いする。
 首からさげた時計の鍵を両手で大切そうに包んで、初田の肩によりかかる。初田もさりげなくネルによりかかる。くっついたところがあたたかくて、くすぐったいような気持ちになる。
 とくに求婚の言葉なんてなくても、自然とそばにいることを選んだのだろうとみんなそれで察した。


「アリスさん。恋人が欲しいなら、うちの兄貴なんてどう? 就職決まったばかりだから収入面はまだ不安定だけど、人となりは保証するよ」

 ナナが端っこでお茶を飲んでいた虎門を引っ張ってくる。いきなり話をふられた虎門は困り果てている。

「え、いや......おれにはもったいない話だと思うんで、あはは......」
「もー! 兄貴ってばノリ悪ーい!」

 たぶん初田と同じく、俗な話をふられるのが苦手なタイプだ。引きつり笑いで逃げようとする虎門に、仲間意識を覚える初田だった。

 ナナは初めて会ったとき「レンさんに憧れていた」と言っていたが、平也の隠していたことを知ってからは考えを変えたようだ。
「平也さんが命を奪うなんていう悪いことをしていたなら、かばえないよ。きちんと償ってくれるといいね」と遠くを見て寂しそうに笑う。


「先生先生、これ見て。俺が作ったんだ。食べてみてよ」

 コウキがお茶菓子の並ぶテーブルに置いてあったうちのひとつ、お団子を持ってきた。お弁当用のピックに刺してある。期待でわくわくしているその顔は、ネルが料理を覚えたての頃していた表情に通じるものがある。 一つもらって、紅茶を飲みつつ舌鼓を打つ。

「おいしいですね」
「よかった」

 初田の感想を聞いて満足そうだ。自分でもお団子を食べながら、コウキは上機嫌に語る。

「俺ね、調理師資格が取れる高校を受けるんだ。母さんに料理を教わっていろいろつくるの、すごく楽しくて。卒業したら料理を仕事にしたい」
「それはすごい。コウキくんのフルコースお茶会を楽しめる日が来るかもしれませんね」

 コウキはもともと学力が飛び抜けて高かった。受験は難なく合格できると予測がつく。

「うん、任せて。レストランで働けるようになったら先生を招待するから」
「楽しみです」

 次の二月に受験をするとしたら、さらに三年後。ただの口約束ではなく、コウキならきっと宣言通りシェフになって初田をレストランに招待する。
 その頃自分はどうしているんだろうと、初田はふと考える。


 お茶会が終わってから、初田はふとんに入る前に、ネルに聞いてみた。

「ネルさんは、子どもが欲しいですか」
「うん。いたら楽しいだろうなあ。にいさんの子ならいたずらっ子になって、すっごく手がかかりそうだけど」

 ナルコレプシーの薬の中には、胎児に影響を及ぼすものもある。妊娠中に服用し続けると奇形児が生まれる可能性があるという。可能性であって、絶対ではない。
 そこは薬の種類や量を調節することでなんとかなる。
 結論を言えば、母胎がナルコレプシーでも妊娠出産は可能。

 ネルが望むのなら、その未来を選んでみようと初田は思った。
 無味乾燥なクリニックがネルによって彩られているように、ふたりの未来もまた、子どもが生まれたら新しい色で彩られる。

 いつかの未来を想像して、初田はネルを腕の中におさめる。ネルも初田の背に手を伸ばす。

「そうですね。三人家族になるのも、とっても楽しそうです」



 初田さんちのお茶会は定期開催のイベントとなり、メンバーは年々増えた。

 コウキが高校を卒業し、約束を果たす日。
 初田とネルの真ん中を小さな女の子が歩く。
 ネルに似た愛嬌のある顔立ちに人なつっこい性格、初田に似たくせっ毛。
 両親に手を引かれて、スキップしている。
 舌っ足らずな口調で、コウキに挨拶する。

「コウキおにーちゃん! ミツキ、きたよ」
「いらっしゃい。先生、ネルさん、ミツキちゃん」 

 
 閑話6 手を取り合って彩られる未来 終

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初田ハートクリニックの法度作者:ちはやれいめい
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閑話6 手を取り合って彩られる世界

 待ちに待ったお茶会当日。
 気持ちのいい秋晴れで、川沿いに植えられた木々が見事に紅く色づいていた。

 歩がキャンプ用折り畳みテーブルを持ってきてくれた。それを四つくっつけて、大きなテーブルをつくる。
 そこに所狭しとお茶やおにぎり、それぞれが持ち寄った茶菓子が並ぶ。

「これは秋?」
「そうね。これは秋よ、コウキ」

 コウキが降り注ぐ木の葉を掴まえようと、走り出す。
 礼美ははしゃぐ息子を見て嬉しそうだ。

「もっと紅茶をどうぞ」
「いただくわ」

 初田に紅茶を勧められて口をつける。仕事は順調なようで、診察の時よく話してくれる。

「コウキくんは志望校が決まったんですよね。どうです、家での様子は」
「あら、お茶会なのに診察みたいですね」
「これは失礼。職業病です」

 礼美に言われて初田は口にチャックをする。
 九年も精神科医をやっていると、どうしても健康状態を質問してしまう。

 それを見ていて、肩をふるわせたのは白兎だ。もう酔っ払っているのか、片手にはブランデーの空き瓶を握っていた。

「初田君こそ、調子はどうだい。数日前の診察で、ネルさんにナルコレプシーでも妊娠出産は可能ですか、なんて聞かれたんだが。もう籍は入れたんだろう。いいじゃないか新婚さん。ワタシが言ったとおりになったじゃないか」

「くそめんどうくさいですよ先輩」

「何を言うか。ワタシを呼んだのは君たちじゃないか。不思議の国のお茶会なら、シロウサギは不可欠だろう。プロポーズの言葉はなんだったのかな。一生結婚できない気がすると言っていた君が結婚するなんて総合病院のみんなに話したら酒が進みそうだ」

「そういう俗な話は嫌いです」

 逃げようとする初田を、歩が羽交い締めにした。

「酒の肴さかなにされるのは癪しゃくでしょうけど、アタシは聞く権利あるわよね。証人欄にサインしたのはアタシよ」
「その論でいくなら、あたしも聞いていいってことかな」

 アリスがひょっこり顔を出す。
 ふたりが言うように、婚姻届の証人サインをしてくれたのは歩とアリスだ。

 証人をお願いしに行ったとき驚かれはしたものの、祝福してくれた。
 ネルの誕生日に提出して、今日のお茶会をむかえた。
 平也のこともあったから、披露宴や結婚式といったものはしていない。

「初斗ったら親の私にも教えてくれないのよ。まったくもう」
「ネルも秘密って言って教えてくれないし」

 初音と友子も、内緒にされてブーブー言う。我が子の恋愛事情が気になって仕方ないらしいが、初田としては聞かれたくない。

 ネルに押し切られるような形で気持ちを自覚させられた、なんて恥ずかしくて言えなかった。
 とうのネルも「秘密ー」と言いながら初田の隣でアールグレイを飲む。
 
「あたし恋人なんてできたためしないけどさ、ネルを見ていたら支え合える人がいるのってなんかいいなって思うんだよね」

 アリスにつつかれて、ネルは照れ笑いする。
 首からさげた時計の鍵を両手で大切そうに包んで、初田の肩によりかかる。初田もさりげなくネルによりかかる。くっついたところがあたたかくて、くすぐったいような気持ちになる。
 とくに求婚の言葉なんてなくても、自然とそばにいることを選んだのだろうとみんなそれで察した。


「アリスさん。恋人が欲しいなら、うちの兄貴なんてどう? 就職決まったばかりだから収入面はまだ不安定だけど、人となりは保証するよ」

 ナナが端っこでお茶を飲んでいた虎門を引っ張ってくる。いきなり話をふられた虎門は困り果てている。

「え、いや......おれにはもったいない話だと思うんで、あはは......」
「もー! 兄貴ってばノリ悪ーい!」

 たぶん初田と同じく、俗な話をふられるのが苦手なタイプだ。引きつり笑いで逃げようとする虎門に、仲間意識を覚える初田だった。

 ナナは初めて会ったとき「レンさんに憧れていた」と言っていたが、平也の隠していたことを知ってからは考えを変えたようだ。
「平也さんが命を奪うなんていう悪いことをしていたなら、かばえないよ。きちんと償ってくれるといいね」と遠くを見て寂しそうに笑う。


「先生先生、これ見て。俺が作ったんだ。食べてみてよ」

 コウキがお茶菓子の並ぶテーブルに置いてあったうちのひとつ、お団子を持ってきた。お弁当用のピックに刺してある。期待でわくわくしているその顔は、ネルが料理を覚えたての頃していた表情に通じるものがある。 一つもらって、紅茶を飲みつつ舌鼓を打つ。

「おいしいですね」
「よかった」

 初田の感想を聞いて満足そうだ。自分でもお団子を食べながら、コウキは上機嫌に語る。

「俺ね、調理師資格が取れる高校を受けるんだ。母さんに料理を教わっていろいろつくるの、すごく楽しくて。卒業したら料理を仕事にしたい」
「それはすごい。コウキくんのフルコースお茶会を楽しめる日が来るかもしれませんね」

 コウキはもともと学力が飛び抜けて高かった。受験は難なく合格できると予測がつく。

「うん、任せて。レストランで働けるようになったら先生を招待するから」
「楽しみです」

 次の二月に受験をするとしたら、さらに三年後。ただの口約束ではなく、コウキならきっと宣言通りシェフになって初田をレストランに招待する。
 その頃自分はどうしているんだろうと、初田はふと考える。


 お茶会が終わってから、初田はふとんに入る前に、ネルに聞いてみた。

「ネルさんは、子どもが欲しいですか」
「うん。いたら楽しいだろうなあ。にいさんの子ならいたずらっ子になって、すっごく手がかかりそうだけど」

 ナルコレプシーの薬の中には、胎児に影響を及ぼすものもある。妊娠中に服用し続けると奇形児が生まれる可能性があるという。可能性であって、絶対ではない。
 そこは薬の種類や量を調節することでなんとかなる。
 結論を言えば、母胎がナルコレプシーでも妊娠出産は可能。

 ネルが望むのなら、その未来を選んでみようと初田は思った。
 無味乾燥なクリニックがネルによって彩られているように、ふたりの未来もまた、子どもが生まれたら新しい色で彩られる。

 いつかの未来を想像して、初田はネルを腕の中におさめる。ネルも初田の背に手を伸ばす。

「そうですね。三人家族になるのも、とっても楽しそうです」



 初田さんちのお茶会は定期開催のイベントとなり、メンバーは年々増えた。

 コウキが高校を卒業し、約束を果たす日。
 初田とネルの真ん中を小さな女の子が歩く。
 ネルに似た愛嬌のある顔立ちに人なつっこい性格、初田に似たくせっ毛。
 両親に手を引かれて、スキップしている。
 舌っ足らずな口調で、コウキに挨拶する。

「コウキおにーちゃん! ミツキ、きたよ」
「いらっしゃい。先生、ネルさん、ミツキちゃん」 

 
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初田ハートクリニックの法度作者:ちはやれいめい
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