第46話 お忍び
ウェスティリアの王城を北東に向かい中産階級の住む東地区と貴族街の境界辺りを往くシックなデザインの4輪馬車。
特に紋章などは付いていないが 馬車を曳く4頭の馬は どれも立派な駿馬ばかり。
並足で駆ける馬車は 白塗りの清潔感漂う建物の車寄せへと向かう。
客室の扉が開き 淡麗な美貌の麗人が降り立つ......白いブラウスにベージュの羅紗製パンツ 左腰には長剣を佩いている。
続いて降り立ったのは 上品ながらも活動的な白地のドレスの妙齢の美女。
夏の午前中の木漏れ日を受けて 艶めかしく輝く薄桃色の髪。
ヘブンブリーズ王国 第17代国王 アレクサンドラ3世。
今日は公務ではなく 艶橙髪の護衛騎士と漆黒髪のお付きメイドの2人を連れ お忍びで このエビディア施薬院へと足を運んでいた。
王都騎士団員の公務中の怪我には見舞い品の下賜というのが慣習であり それは傷病者が爵位を持つ 貴族身分の者でも変わらない。
......のだが 今朝 アリシアが洩らした一言に興味を持ってしまった女王の突然の思いつきで 急遽 お忍びでの訪問が決まったのだった。
こういった 不意の思いつきは〈よくあること〉ではあったし 突然の訪問で身分違いの者にも気さくに声を掛けるアレクサンドラの姿に多くの臣民がより深い敬慕の念を持つという意味で〈政治的効果〉もあるのだったが 警護を預かるアリシアとしては 万が一にも避けたい事態。
まして 自らの不用意な発言が招いた事態に 内心忸怩たる思いだった......。
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......。
王都騎士団所属の騎士見習いリアリアーナ・ヴィア・トゥーレ・ペイジーノ女子爵と騎士フォージ・ヒューガスが 何者かに襲撃され負傷し リアン子爵に至っては瀕死の重傷で施薬院に入院とのニュース。
そのニュースは 2日前に報告を受けた時点から アリシアの思考の大きな部分を占拠していた。
リアンは ともかく 守りに徹したフォージを傷つけ 追撃させずに姿をくらます等という芸当ができる槍使い。
そんな人物が 幾人もいるとは考え難い。
とすれば あの男だろう。
だが だとすれば 王都騎士を襲撃する理由が分からない。
そんな馬鹿なことをする男ではないとアリシアは理解していたし その背後にいるであろう黒幕の思考は より複雑だろうが それでも王家に実力行使で楯突くとは思い難かった。
そんなことを考えたまま 女王の寝室への伺候をしたのがマズかったのだ。
自然な会話の流れのまま 思っていることを半分近く口にしていた。
気がついた時には リアンの所へお忍びで見舞いに行く流れに。
フォミナの視線が刺さる。
この漆黒髪のメイド長と白銀髪の闇エルフ。
この2人は王国最強を自負するアリシアが 絶対に敵に回したくない人間だった。
全身に仕込まれた無数の暗器。
カラトリーや銀の菓子皿といった身近な品物すら必殺の武器に変える卓越した投擲術。
闘技場での1対1なら 九分九厘 遅れを取ることは無いだろうが 市街地 まして王宮内での戦闘で勝ち切れるかと問われると 自信家のアリシアにも確信は持てなかった。
要するに 親衛騎士筆頭などという肩書きは持っていても女王警護の要は この漆黒髪のメイド長なのだ。
互いに女王警護の愚痴をこぼし合う仲であり 公私に渡る相談事にも乗ってもらえる信頼できる歳上でもあったが それだけに その冷たい視線はアリシアに鋭く刺さるのだった......。
.........。
......。
急な訪問に施薬院の院長は不在。
慌てて応接に出た副院長の案内でリアンが療養する病室へ。
女王に謁見するのは初めてでは無かったが ベッドの直ぐ横で 親しげに声を掛けてくれる主君に17歳の濃緑髪の女子爵は 噛みまくり しどろもどろの応対。
逆に 煌金髪の踊り子は 人懐こく話し掛け リアンを更に慌てさせ 袖を引かれ 終いには数発 小突かれる始末。
10分程の見舞いを終え 他にも何人かの病室を訪れたヘブンブリーズの女君主は1時間足らずの滞在で施薬院をあとにする。
調度の整えられた4頭立ての箱馬車。
中を覗けぬ様 窓の閉じられた車内には魔力灯の光。
薄緑髪の女王が 見舞った知人への所感を洩らす。
「セクンディアス卿も 入院中だったのね。かなりお年も召して来られたし少し弱気な様子でした。そろそろ 娘さんと和解すれば良いのに 孫娘とも会いたいでしょうに......ねぇ アリシア?」
「はぁ......」
「あら? 気の無いお返事ね......。妹の幸せを願っているんでしょうに」
自分とは接点の少ない元老院議員家の家庭事情。
一介の武弁として 政治向きのことには基本無関心を装う。
だが〈妹〉という単語は 常に一線をわきまえ 冷静な態度を崩さない 女騎士の動揺を誘う。
薄緑色の瞳が悪戯っぽく アリシアの瞳を覗き込む。
「アリシアは まだ 子どもでしたから 知らなかったでしょうけど 赤竜殺しの筆頭騎士とセクンディアス家のご令嬢の熱愛は 当時けっこうな噂でしたよ。隠せてると思ってたのは 当の御両人くらいじゃ無いかしら」
「父と妹のこと ご存知だったのですか......」
「妾 恋バナ 大好きですから。ウェスティリア中の色んな話題が入ってきます。まぁ お父上の噂は 多いですけど。娘としては大変でしょう。まぁ 妾も ご懇意にして頂いてる方が多いので息子や娘に 苦労掛けそうですけれど......」
そう笑い 少し惚けたような表情を女盛りの美貌に浮かべる。
「妹君は どうしています?」
「ジーナ・ダイアモンドと名乗り 魔導院の学生を。セクンディアス卿の出資されている学院ですし 和解の糸口はあるのかとも思いますが......。それに関しては 私が口を挟むことでは......」
「それはそうかも知れませんね。......お父上は?」
艶橙髪の淡麗な美貌に走る苦い表情。
その表情のまま 小さく首を横に振る。
「どこも 隠し子問題は大変です......ねぇ フォミナ」
「左様でございますね 陛下。ただ アダマンティ家だけでは ございません。色々と浮き名を流されてらっしゃる方が いらっしゃいます」
漆黒髪のメイドが あまり表情を変えず筆頭騎士の方を見る。
少し首を傾げる 薄緑髪の女王。
フォミナが念押しするような口調で アリシアに言う。
「リアリアーナ卿の隣にいた金髪の少年ですが......」
「少年? 踊り子と言ってましたが?」
「あら? あの子 男の子よねぇ......フォミナ?」
「そうでございますね 陛下。......しかも 豪奢な金髪でございました」
目を見合わせるアレクサンドラとフォミナ。
2人の忍び笑いを含んだような表情に訝しげなアリシア。
「いつもは聡明なアリシア様でございますのに......」
「今日は調子が悪いようね。アリシアが一番多くの情報を持ってると思うのだけれど......」
「申し訳ありません。何を仰っているのか 見当もつきません」
薔薇の微笑みを浮かべ アレクサンドラが 情報整理の手助けを始める。
「王都騎士団のリアン・ペイジとフォージ・ヒューガスが襲われ 負傷したというのが 今朝のアリシアの報告でしたね?」
「はい」
「襲撃したのは 誰だと お考えなのです?」
漆黒髪のメイドも横から補助質問を行う。
「フォージを負傷させ リアンを瀕死に追い込むほどの槍使い......翼獅子騎士団筆頭のガウェイン卿の可能性が高いと......ただ ガウェイン卿には王都騎士団と対立する理由がありません。レギャン候領にも 調査隊を送りましたが 反逆の兆候などは......」
「襲われた2人は 2人とも非番だったのでございましょう? だとしたら 王都騎士団と思われて無かったのでは?」
「ならば 襲われたのは あの男の子だということじゃ無いのかしらね?」
4輪馬車の魔力灯に艶めく薄緑髪。
「それこそ ガウェイン卿が踊り子を襲撃する理由がありません」
「ですから ワザワザ こうして見舞いに来たのではありませんか」
「アリシア様も あの豪奢な金髪をご覧になったではございませんか。あのような煌金髪の人物に お心当たりは?」
そこまで言われて 艶橙髪の女騎士もハタと思い当たる。
暗闇ですら煌めいたという豪奢な金髪。
「......ジンク・レギャン」