第45話 R.P.巡察日誌〈その4:療養休暇〉
......しっ。
自分はリアン・ペイジ。
施薬院のベッド上でありますので お静かにお願いしたいのであります。
なんとか一命は取り留めたのでありますが 現在 臨時休暇を頂いて施薬院で療養中なのであります。
通常の休暇と鍛練期間に続けての療養休暇で職場の皆さんには 大変に迷惑を掛けているのであります。
大変に申し訳ないのでありますが お見舞いに来て下さったフォージ分隊長からは「傷を治すのが最優先任務だ」と申し渡されたのでありますので リハビリに専念しているのであります。
分隊長が あの時 偶然通り掛かっていなかったら 自分 本当に死んでいたのでありますので 感謝しても感謝しきれないのであります。
あの日 7日間の護衛任務が ほぼ終わるという時刻になり自分とシノンは貴族街から 大市場へと帰って来たのでありました。
昼間と違い ほとんど人通りのない東大通り。
シノンの発してくれた警告の叫びで 裏路地から飛び出して来た黒い外套の初撃をかろうじて受け止めたのであります。
前に宿屋で襲撃された時と同じ鋭い剣筋。
で ありますが 自分も名誉ある王都騎士団の端くれ。
同じ相手に2度も遅れを取る訳にはいかないのであります。
長剣と短剣の二刀流。
対策として 自分も細剣を2本携えておいたのであります。
右手で居合いに抜き 初撃をいなした後 左手でもう一振を抜き放ったのであります。
パワーでは遅れを取ることが多い自分でありますし 受け止めには向かぬ細剣。
速攻と連撃こそ自分の持ち味であります。
右の連撃で 一気に詰め見えた隙に左の細剣で突きを入れるのでありますが 寸でのところで避わされるのであります。
で ありますが 相手に体勢を立て直す余裕など与えず 更なる連撃で追い詰めていくのであります。
一進一退の攻防でありましたが 少しずつ優勢を取ることができている実感。
黒い外套のフードが吹き飛び 薄橙髪の若い男の顔が見えた瞬間でありました。
今までとは全く別格の背筋の凍るような殺気が男の背後の暗闇から感じられたのであります。
咄嗟に飛び退き シアンの前に立ち塞がったのであります。
そこへ襲い来る 凄まじい刺突。
かろうじて 正に かろうじて外したのでありますが その隙に若い男は暗がりへと消え 代わりに短槍を携えた黒い外套の男が自分の前に。
自分は 名誉ある王都騎士団の一員であります。
どんな難敵にも背を見せることは許されぬのであります。
で ありますが歯の根も合わぬような恐怖を この時は感じたのであります。
今の自分では 決して太刀打ちできぬ程の実力差。
そして この相手とは二度目は無いのだとの確信。
さらに言うならば 自分が捨て身で庇ったとしても シノンを逃がし切ることができぬであろう程の実力差があるということも 感じ取ることができたのであります。
自分にできることは ホンの数瞬だけ護衛対象を生き永らえさせることだけ......。
で あったのでありますが その時 奇跡が起こったのであります。
「── リアンッ」
自分が最も信頼する先輩の声が聞こえたのであります。
もちろん 目の前の男から 視線を外せばその瞬間に自分は命を失うのでありますから 見て確認などできぬのであります。
ですが 自分の名前を呼んだのは 自分が最も尊敬するフォージ分隊長の声でありました。
分隊長ならば シノンの安全の確保は 絶対にして下さるのであります。
その確かな信頼感。
であるならば 自分のすべきことは 自ずと決まるのであります。
シノンが分隊長の間合いに逃げ込むための数瞬を命に代えて稼ぐこと。
「シノンッ 逃げるでありますッ!」
その声掛けと同時に始動。
自分の持つ最速の踏み込みで黒衣の男の急所を狙うのでありました。
当然のようにいなされ 体勢が大きく崩れたのでありますが左手に持った細剣で更なる刺撃を繰り出したのであります。
その一撃も 男の短槍に大きく弾かれるのでありますが。
とは言え この間 約1呼吸。
シノンは分隊長の方へ駆け出し始め そして自分は黒衣の男とシノンの線上に身体を置くことに成功したのであります。
槍を構え直した男の凄まじい刺突が自分を貫いたでありますが 自分が盾になった分 威力は確実に下がったのであります。
そして その威力ならば......
── ガキンッ ──
重い攻撃を受け止める音が耳に入ったのであります。
そう... 我が分隊長であれば 必ず防いで下さると信じていたのであります。
続く激しい剣戟の音......。
でありますが 自分の意識があったのは そこまでなのであります......。
.........。
......。
...。
次に意識が戻ったのは この施薬院のベッドの上でありました。
後で聞いた話によりますと 自分は左の脇腹を大きく抉られる瀕死の重傷を負っていたそうであります。
そうして 分隊長が黒衣の男と対峙する間に シノンが〈碧猫屋〉へと駆け込んで救援を求め マリノアさんと紅瑠石師匠を呼んで来てくれたのであります。
師匠達が到着する前に黒衣の男は路地の闇に消えたのだそうでありますが 守りに徹した分隊長が何ヵ所も手傷を負うような凄まじい手練れだったのであります。
分隊長は この数日〈碧猫屋〉に賊が侵入する事件が続いたために 勤務帰りに少し担当地域の見回りをされていたのだそうであります。
シノンが襲われた現場に通り掛かったのは 正に偶然であり僥倖なのでありました。
父様も母様も 分隊長の手を取って涙を流さんばかりにしてお礼を言っていたのであります。
もうすぐ 施薬院は退院になるのであります。
ただ 体調は万全ではないのでありますので 実家に戻って療養を続けなければならないのであります。
父様 母様は 自宅であれば安全だと喜んでられるのであります。
で ありますが 自分は たぶん大丈夫なのであります。
狙われているのは シノンなのであります。
師匠から授かったシノンの護衛任務の期間は過ぎたのではありますし 紅瑠石師匠が引き続き護衛をして下さるとのことなのであります。
なので 正直 自分が護衛するよりも 遥かにシノンの安全は保証されているのであります。
ですが 自分が傍にいることができないというのが 心配で堪らないのであります......自分でも 少し筋が通っていないとは 思うでありますが。
紅瑠石師匠の話によりますと シノンを付け狙っていたギランという悪漢はマリノアさんが退治して下さったらしいのであります。
なのに まだシノンが狙われる。
しかも 王都騎士も苦戦するような凄まじい使い手に。
自分が入院している間 ずっと自分の横について 甲斐甲斐しく看病してくれている この美しい金髪の踊り子は いったい何者なんでありましょうか?
自分に まだ話してくれていない秘密があるんでありましょうか?
それとも シノン自身も知らぬ秘密があるんでありましょうか?
この謎を解かぬ限り おちおち自宅療養もできぬ気がするのであります......。
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