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第43話 立ち呑み処『犬小屋』




 夏の遅い日暮れ前。
 1日の労働を終え 埠頭や倉庫街から ねぐらへと向かう労務者達が 疲れ切った足を引き摺るように歩くスラムの外れ。
 
 舗装の傷んだ大通りを1本曲がった裏通り。
 廃材を寄せ集めて建てたバラックのような店構え。
 20人も入れば 立錘の余地も無いような狭い店内に バラックと同じぐらい薄汚れた老人が1人と ここで客引きをする薹とうの立った娼婦が1人......客を取っていない時には 給仕もする。
 奥には 女が客と寝るためのカーテンで仕切られた一角。
 爺さんが 店を閉めてから寝る場所でもある。

 店に名など無い。
 『シュルツ爺さんの店』でこの街スラムの住人には十分通用するのだ。
 ただ 口の悪い連中〈黒い兄弟〉のメンバーは『犬小屋』と呼んでいた。
 それは 店の外観からの連想でもあったし 〈狂い牙〉の人間対抗ギルドの犬共がよく使っているからという揶揄でもあった。

 シュルツ爺さんが立つカウンターと立ち呑み用のテーブルが2つ。
 旨くも無い安酒と工夫の無いツマミが名物。
 
 そんな店でも 40年以上営業できているのには訳がある。
 爺さんは この街スラムのルールを熟知しているのだ。
 〈強い者には逆らわない〉
 単純なルールだ。

 喧嘩が起これば「店の外でやってくれ」と伝え
 冥賀金は 滞納とどこおりなく払う。
 揉め事 荒事は 見て見ぬフリをして 関わり合いにならない。
 このルールさえ守っていれば 今日の食い扶持ぐらいは残る。
 老い先短い人生 爺さんには この生き方を変えるつもりは毛頭無かった。 
 

 だから その日の夕刻 糸杉の長杖をついた水碧髪アクア・マリンのほっそりとした少女が店を訪れ デュオの居場所を尋ねた時も 黙ったまま 奥のテーブルの方に視線を送って 教えてやった。
 年の頃は17~18といったところだろうか?
 尋ね人は 店の常連達。
 20代のこの街スラムで生まれ育った柄がいいとは言えない5人組の若者達。
 娘の雰囲気から言うと揉め事になるのだろうか?
 いや 力の差は歴然......揉め事という程の事態にもならないかも知れない。
 なんにせよ どんな悲惨な結果が引き起こされようと 自分に火の粉が掛からなければ それでいいのだ。


「アンタが 〈狂い牙〉のデュオ?」


 少女の鈴の音のような高い声。
 デュオと呼ばれる年かさの若者がイラついた表情を浮かべる。
 こんな年下の女に上から目線で呼びつけられる言われは無い。
 自分は この街スラムで幅を効かす〈狂い牙闇ギルド〉の構成員ギルドメンバーなのだ。
 力を持つ者に対して払われるべき当然の敬意や怯えが この海碧色ディープ・マリンの瞳からは微塵も感じられない。
 

「なんだぁ オメェ?」

 
 デュオの表情を読み忖度した取り巻きの少年が 凄みを利かせる。
 その口に目掛けて少女は 手に持った薬瓶を振り 何某なにがしかの薬品を流し込む。
 色めき立つ若者達。


「何 しやがっ......」


 向かいの男が口を開けかけたところに 飛んで来る 瓶に残った薬品。
 左手で薬瓶を扱いながら 右手で糸杉の長杖を操り出し ナイフを抜こうとするデュオと呼ばれる年かさの男の足を掬って転倒させる。
 と同時に そのまま振り上げた長杖の先端を もう1人の若者の鳩尾にめり込ませる。
 苦痛に開いた口に 薬瓶から緑色の液体が流し込まれる。
 さらには 立ち上がろうと踠もがく デュオの鳩尾にも杖の石突きが食い込み 開いた口に薬品が滴る。

 最後の1人 右腕をケガし肩から吊っている若者は 形勢の不利を覚り 逃げ出そうとするが 足下を長杖に払われ転倒する。
 必死に反転し 後退りで逃げようとする若者の頬げたを殴打する糸杉の長杖。


「何っ 何なんだよっ オマエ 何もn......」


 何か叫ぼうと開いた口に 少女の左手の薬瓶から零れた液体が降り注ぐ。
 そして 水碧髪のアクア・マリン少女が 糸杉シプレの杖を店の土の床に トンッと突き 囁くように小声を発する。


「......飲め」


 それは まるで神の呪言。
 少女の髪が猫目石のように不気味に輝き 少女に打ち倒された若者達だけでなく シュルツ爺さんをはじめ 店中の人間の喉がゴクリと鳴る。
 
 僅か 1分にも満たない一幕。
 使い終わった薬瓶を肩掛けカバンに仕舞った 水碧髪アクア・マリンの少女の周りには 仰向けに転がった5匹の蟇蛙の姿。
 

「......この薬 数滴で効くし強力なんだけど 飲ませなきゃなんないのが ネックよね。せっかく近場でリンカ結晶 手に入るようになったんだし もうちょい改良したいかも」

 
 少女はズタ袋に その5匹を放り込むと 口をキツく麻紐で縛り カウンターの爺さんの下へ。
 
 
「邪魔したわね。コイツらってツケとかあるワケ?」


 黙って帳簿を繰る爺さん。


「コイツら しばらく......もしかしたら2・度・と・ この店来ないかも知れないから アタシが立て替えとくわ」


 銀貨3枚を受け取り 釣りを返すと糸杉の長杖を持った少女は 蛙の詰まったズタ袋を担ぎ去っていく。
 爺さんは 書き込まれたツケの額に斜線を入れる。

 この街スラムのルール。
 〈強い者には逆らわない〉
 それが この街スラムで生き残るための 単純なルールなのだ。
 そのために必要なのは 腕力でも 器用さでも 学問でも無かった。
 そんなモノは爺さんには無い。

 この街には〈魔女〉が棲む。
 時には あどけない幼子の姿で 時には腰の折れ曲がった老婆の姿で あるいは妙齢の美女だとも言う。
 何気無い様子で糸・杉・の・長・杖・をついて現れ そ・う・と気が付いた時には もう手遅れ。
 冥府に墜ちた方がマシというような悲惨な境遇に人を陥れる〈シプレの魔女〉。
 
 誰もが知っている有名な話だ。
 必要な事を必要な時に思い出す。
 小僧共も 聞いた事があっただろうに。
 お伽噺だとでも 思っていたのだろうか?

 〈糸杉の魔女マリノア・シプレの恨みを買った者は 必・ず・破滅する 〉
 
 実に簡単なルール。
 強い者は誰なのか?
 それが分かれば この街で生きていくのは ホンの少しだけ簡単になる。
 あの小僧共には その簡単なルールが... 誰が強いか が分からなかったのだ。
 爺さんは 少し考えてツケの額の横 名前の欄にも斜線を入れ 帳簿をカウンターに仕舞ったのだった......。
 
 .........。
 ......。
 ...。 
 
 

 
 
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星降る街の薬種商〈碧猫屋〉~薬師マリノアの仕入帳控え~作者:金星タヌキ
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第43話 立ち呑み処『犬小屋』




 夏の遅い日暮れ前。
 1日の労働を終え 埠頭や倉庫街から ねぐらへと向かう労務者達が 疲れ切った足を引き摺るように歩くスラムの外れ。
 
 舗装の傷んだ大通りを1本曲がった裏通り。
 廃材を寄せ集めて建てたバラックのような店構え。
 20人も入れば 立錘の余地も無いような狭い店内に バラックと同じぐらい薄汚れた老人が1人と ここで客引きをする薹とうの立った娼婦が1人......客を取っていない時には 給仕もする。
 奥には 女が客と寝るためのカーテンで仕切られた一角。
 爺さんが 店を閉めてから寝る場所でもある。

 店に名など無い。
 『シュルツ爺さんの店』でこの街スラムの住人には十分通用するのだ。
 ただ 口の悪い連中〈黒い兄弟〉のメンバーは『犬小屋』と呼んでいた。
 それは 店の外観からの連想でもあったし 〈狂い牙〉の人間対抗ギルドの犬共がよく使っているからという揶揄でもあった。

 シュルツ爺さんが立つカウンターと立ち呑み用のテーブルが2つ。
 旨くも無い安酒と工夫の無いツマミが名物。
 
 そんな店でも 40年以上営業できているのには訳がある。
 爺さんは この街スラムのルールを熟知しているのだ。
 〈強い者には逆らわない〉
 単純なルールだ。

 喧嘩が起これば「店の外でやってくれ」と伝え
 冥賀金は 滞納とどこおりなく払う。
 揉め事 荒事は 見て見ぬフリをして 関わり合いにならない。
 このルールさえ守っていれば 今日の食い扶持ぐらいは残る。
 老い先短い人生 爺さんには この生き方を変えるつもりは毛頭無かった。 
 

 だから その日の夕刻 糸杉の長杖をついた水碧髪アクア・マリンのほっそりとした少女が店を訪れ デュオの居場所を尋ねた時も 黙ったまま 奥のテーブルの方に視線を送って 教えてやった。
 年の頃は17~18といったところだろうか?
 尋ね人は 店の常連達。
 20代のこの街スラムで生まれ育った柄がいいとは言えない5人組の若者達。
 娘の雰囲気から言うと揉め事になるのだろうか?
 いや 力の差は歴然......揉め事という程の事態にもならないかも知れない。
 なんにせよ どんな悲惨な結果が引き起こされようと 自分に火の粉が掛からなければ それでいいのだ。


「アンタが 〈狂い牙〉のデュオ?」


 少女の鈴の音のような高い声。
 デュオと呼ばれる年かさの若者がイラついた表情を浮かべる。
 こんな年下の女に上から目線で呼びつけられる言われは無い。
 自分は この街スラムで幅を効かす〈狂い牙闇ギルド〉の構成員ギルドメンバーなのだ。
 力を持つ者に対して払われるべき当然の敬意や怯えが この海碧色ディープ・マリンの瞳からは微塵も感じられない。
 

「なんだぁ オメェ?」

 
 デュオの表情を読み忖度した取り巻きの少年が 凄みを利かせる。
 その口に目掛けて少女は 手に持った薬瓶を振り 何某なにがしかの薬品を流し込む。
 色めき立つ若者達。


「何 しやがっ......」


 向かいの男が口を開けかけたところに 飛んで来る 瓶に残った薬品。
 左手で薬瓶を扱いながら 右手で糸杉の長杖を操り出し ナイフを抜こうとするデュオと呼ばれる年かさの男の足を掬って転倒させる。
 と同時に そのまま振り上げた長杖の先端を もう1人の若者の鳩尾にめり込ませる。
 苦痛に開いた口に 薬瓶から緑色の液体が流し込まれる。
 さらには 立ち上がろうと踠もがく デュオの鳩尾にも杖の石突きが食い込み 開いた口に薬品が滴る。

 最後の1人 右腕をケガし肩から吊っている若者は 形勢の不利を覚り 逃げ出そうとするが 足下を長杖に払われ転倒する。
 必死に反転し 後退りで逃げようとする若者の頬げたを殴打する糸杉の長杖。


「何っ 何なんだよっ オマエ 何もn......」


 何か叫ぼうと開いた口に 少女の左手の薬瓶から零れた液体が降り注ぐ。
 そして 水碧髪のアクア・マリン少女が 糸杉シプレの杖を店の土の床に トンッと突き 囁くように小声を発する。


「......飲め」


 それは まるで神の呪言。
 少女の髪が猫目石のように不気味に輝き 少女に打ち倒された若者達だけでなく シュルツ爺さんをはじめ 店中の人間の喉がゴクリと鳴る。
 
 僅か 1分にも満たない一幕。
 使い終わった薬瓶を肩掛けカバンに仕舞った 水碧髪アクア・マリンの少女の周りには 仰向けに転がった5匹の蟇蛙の姿。
 

「......この薬 数滴で効くし強力なんだけど 飲ませなきゃなんないのが ネックよね。せっかく近場でリンカ結晶 手に入るようになったんだし もうちょい改良したいかも」

 
 少女はズタ袋に その5匹を放り込むと 口をキツく麻紐で縛り カウンターの爺さんの下へ。
 
 
「邪魔したわね。コイツらってツケとかあるワケ?」


 黙って帳簿を繰る爺さん。


「コイツら しばらく......もしかしたら2・度・と・ この店来ないかも知れないから アタシが立て替えとくわ」


 銀貨3枚を受け取り 釣りを返すと糸杉の長杖を持った少女は 蛙の詰まったズタ袋を担ぎ去っていく。
 爺さんは 書き込まれたツケの額に斜線を入れる。

 この街スラムのルール。
 〈強い者には逆らわない〉
 それが この街スラムで生き残るための 単純なルールなのだ。
 そのために必要なのは 腕力でも 器用さでも 学問でも無かった。
 そんなモノは爺さんには無い。

 この街には〈魔女〉が棲む。
 時には あどけない幼子の姿で 時には腰の折れ曲がった老婆の姿で あるいは妙齢の美女だとも言う。
 何気無い様子で糸・杉・の・長・杖・をついて現れ そ・う・と気が付いた時には もう手遅れ。
 冥府に墜ちた方がマシというような悲惨な境遇に人を陥れる〈シプレの魔女〉。
 
 誰もが知っている有名な話だ。
 必要な事を必要な時に思い出す。
 小僧共も 聞いた事があっただろうに。
 お伽噺だとでも 思っていたのだろうか?

 〈糸杉の魔女マリノア・シプレの恨みを買った者は 必・ず・破滅する 〉
 
 実に簡単なルール。
 強い者は誰なのか?
 それが分かれば この街で生きていくのは ホンの少しだけ簡単になる。
 あの小僧共には その簡単なルールが... 誰が強いか が分からなかったのだ。
 爺さんは 少し考えてツケの額の横 名前の欄にも斜線を入れ 帳簿をカウンターに仕舞ったのだった......。
 
 .........。
 ......。
 ...。 
 
 

 
 
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星降る街の薬種商〈碧猫屋〉~薬師マリノアの仕入帳控え~作者:金星タヌキ
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