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第42話 エレノアール・レンズ




 エレノアール・リガール・レンズ 42歳。
 ウェスティリア星降る街東地区の薬師の両親の下に生まれる。
 14歳で中等教育を修了した後 エビディア薬学院で本格的に薬師の修養を行う。
 
 18歳~29歳まで 東地区にあるミネア記念施薬院に薬師として勤務。
 その頃 現在の夫となる両替商勤務のコルネオ・レンズと出会う。
 27歳で結婚。
 妊娠を機に施薬院を退職し専業主婦に。
 29歳で 長男ルバートを出産。
 2年後 第2子となる次男ライオネルを出産。

 次子が6歳になったのを機に薬師に復帰。
 大市場グラン・バザール 東大通りにある〈碧猫屋あおねこや〉でパートタイマーとして働く。
 通常のパートタイム程度の賃金で施薬院時代同等 あるいはそれ以上の高度な専門性を要求されることに 多少の疑問を感じつつも 知的好奇心の満たされる職場環境には それなりに満足。

 結婚15年を経ても夫婦仲は良好。
 ヤンチャ盛りには喧嘩ばかりだった息子2人も少しは落ち着いてきた様子。
 王城勤めの役人か父親と同じく両替商にする為に 出来れば息子2人を法学校に入れたい。
 その学費を貯金するための 日々の生活費の遣り繰りが悩みの種。
 男ばかりの家族には 見向きもされないハンドメイドのアクセサリーを長男と同い年の〈碧猫屋あおねこや〉のバイト少女にプレゼントするのが 細やかな楽しみ。


 ......そんな 平凡な主婦 エレノアールの眼前で惨劇が進行していく。
 

 分厚い樫材のカウンターに突き立てられた二本牙のメダリオンが付いた大型ナイフ。
 けたたましい音と共に引き倒される薬品棚。
 昨日届いた 遠国からの木箱がブーツに蹴破られる。

 店長マリノアがジャイン牝蛎採取のために店を空けて3日目の午前中。
 5人組で訪れた風体の悪い若者達。
 1人は顔に大きなガーゼを当て もう1人は腕を吊り 後の3人もよく見れば手首に傷を負っている様子。
 〈回復薬〉でも買いにきたのかと思いきや 要求は「この店に匿われている金髪の踊り子と緑髪の剣士を出せ」というもの。

 丁重に居ないことを伝えても納得しない若者達。
 そしてある若者が気付いた〈狂い牙〉をはじめ どの闇ギルド犯罪結社の保護を表す印紙も店に貼っていないという事実。
 その一言が引き金となり 店の器物を破壊し始める ならず者達。

 この店には闇ギルド〈黒い兄弟〉の紅瑠石ガーネットが よく顔を見せることを伝えたが〈黒い兄弟〉他の結社の名を出したことは逆効果だった。
 激昂した若者に頬を殴られ 倒れ込むエレノアール。
 その後は 息を潜め 身を縮めて 嵐が過ぎ去るのを ただ待つばかり。

 異変に気付いた近隣の店主の「衛士隊が来たぞ」との叫び声に捨てゼリフを残し引き上げ始める ならず者。
 実際に 周囲を圧する巨漢の王都騎士に率いられた衛士隊が〈碧猫屋あおねこや〉に到着したのは それから さらに5分後のことだった。


「......それでは これで」


 一通りの事情聴取を終えると巨漢の騎士は 衛士隊を引き連れて詰所へと引き揚げていく。
 現行犯での暴力行為や騒攘に対しては鎮圧を加える衛士隊だったが 基本的に民間人同士のトラブルには 例え殺人であっても非介入が原則。
 まして器物損壊等で捜査を行うことは無い。

 そのため ウェスティリア星降る街の商店や工房は 大規模な店であれば個人契約の護衛や用心棒を雇い そうでなければツテを頼って王家や貴族との関係を深め 民・間・人・で・は・無・い・という呈を取り 衛士隊に特別な手厚い庇護を求める。
 それも無ければ 何処いずこかの闇ギルドに保護料を払う......これも 無論 ツテがあれば 金額の増減があるのだが。

 大市場グラン・バザールに軒を連ねる商店や工房は いや露店商さえも この内の少なくとも1つ 大抵は複数の手段を用いて 自分の店を守っている。
 
 しかし〈碧猫屋あおねこや〉は店主の方針として 一切の保護を受けていない 稀有な店の1つだった......少なくとも長期間営業している店としては。
 そして 何・処・の・保・護・も・受・け・て・い・な・い・という事実を王家や大抵の大貴族 衛士隊の上層部 そして多数の闇ギルドの幹部が認識している唯一の店でもあった。


 エレノアールは 〈碧猫屋あおねこや〉に勤めるようになってからの5年間で こんな事態に巻き込まれたのは初めてだった。
 だが 親の代からウェスティリア星降る街で生まれ育った人間であり 〈碧猫屋あおねこや〉とその店主に関する逸話を両親に聞かされて育ってきた人間だった......街の発展に伴って王都に流れ込んで来た地方出身者では無いのだ。
 さらには 20年前の王家を廻る争乱も直に体験した世代でもあった。


 そんな彼女にとっての惨・劇・とは 店内を荒らされたことでも無ければ ならず者に暴力を振るわれたことでも無かった。
 そ・れ・は この蛮行を行った若者達に降り掛かるのだ。
 2人の息子を持つ母親として 心優しき1人の女性として 彼らを襲うであろう苛酷な運命に心を痛めずにはいられない。
 だが 自分には それを押し止める力も勇気も無いことも 十分に理解している。

 午後になり出勤してきた琥珀髪ライト・アンバーのバイト少女と共に 破壊され散らかされた店内を片付けていきながら 刻々と記録されていく被害金額を聞く度に エレノアールは自分の血の気が静かに褪いていくのを 感じずにはいられないのだった......。
 .........。
 ......。
 ...。


「1万5801枚です......銀貨換算で」


 水碧髪アクア・マリンの店主がジャイン海岸から戻ったのは6日目の午後だった。
 琥珀髪ライト・アンバーのバイト少女も出勤してはいるが 状況報告をするのは 現場にいた自分がするしか無い。
 エレノアールは 自分が暴力を振るわれた事実だけを伏せて 被害の状況と金額をマリノアに報告する。

 エレノアールの複雑な心境には気付かず 13歳のバイト少女がパートの薬師が頬を殴られた件を捕捉して報告する。


「いえ 大丈夫です。自分で軟膏作って塗りましたから......」

「いくら掛かった?」

「銅貨5枚くらいです」

「ジーナ それも付けといて」


 白い額ひたいが 普段よりさらに青白く見えるマリノアが静かに低い声で指示を出す。


「で 何処の どいつがやったって?」

「あー 〈狂い牙〉のデュオって三下さんしたとその周りのチンピラ4人っすね。デュオは 一応 構成員ギルドメンバーなんす。で コイツ 幹部のギランってヤツの舎弟なんで 指示出したのはギランかもっす」


 エレノアールに人相 その他を聞いた キールが昨日の内に聞き込みに出掛け ならず者達の特定を終えていた。
 
 
「ソイツら 今 何処にいんの?」

「あー 西のスラムの外れの シュルツ爺さんがやってる通称『犬小屋』って飲み屋で夕方は 大抵たむろってるみたいっす」

「ジーナ その損害額 書いたノート貸して。ちょっと行って取り立ててくる」

 
 琥珀髪ライト・アンバーのバイト少女からノートを受け取る〈碧猫屋あおねこや〉の店主。


「店長 1人で行くんすか?」

「キール アンタ連れってても 荒事の役に立たないでしょーが」


 凄みのある低音で 海碧色ディープ・マリンの瞳が 薄茶色の無精髭を睨み付ける。


「......そっ そりゃ まぁそうなんすけど... 紅瑠石ガーネット姐さんと行くとか......」

「紅瑠石ガーネットのヤツ 今回の採取で疲れてるみたいだし。それに アイツ 一応〈黒い兄弟〉の幹部ってことになってるし」


 いつもの肩掛けカバンの薬瓶を詰め替え 糸杉の長杖を持って店の出口へと向かうマリノア。


「まぁ 1人で行ってくる。きっちり全額 取り立てて来るわ......経費込みで」
 

 ── カランッ カラン... カラン...... ──

 ウインドチャイムの音が不吉に響き 扉の向こうへと水碧髪アクア・マリンの薬師の姿が消えた......。
 .........。
 ......。
 ...。




 
 
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星降る街の薬種商〈碧猫屋〉~薬師マリノアの仕入帳控え~作者:金星タヌキ
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第42話 エレノアール・レンズ




 エレノアール・リガール・レンズ 42歳。
 ウェスティリア星降る街東地区の薬師の両親の下に生まれる。
 14歳で中等教育を修了した後 エビディア薬学院で本格的に薬師の修養を行う。
 
 18歳~29歳まで 東地区にあるミネア記念施薬院に薬師として勤務。
 その頃 現在の夫となる両替商勤務のコルネオ・レンズと出会う。
 27歳で結婚。
 妊娠を機に施薬院を退職し専業主婦に。
 29歳で 長男ルバートを出産。
 2年後 第2子となる次男ライオネルを出産。

 次子が6歳になったのを機に薬師に復帰。
 大市場グラン・バザール 東大通りにある〈碧猫屋あおねこや〉でパートタイマーとして働く。
 通常のパートタイム程度の賃金で施薬院時代同等 あるいはそれ以上の高度な専門性を要求されることに 多少の疑問を感じつつも 知的好奇心の満たされる職場環境には それなりに満足。

 結婚15年を経ても夫婦仲は良好。
 ヤンチャ盛りには喧嘩ばかりだった息子2人も少しは落ち着いてきた様子。
 王城勤めの役人か父親と同じく両替商にする為に 出来れば息子2人を法学校に入れたい。
 その学費を貯金するための 日々の生活費の遣り繰りが悩みの種。
 男ばかりの家族には 見向きもされないハンドメイドのアクセサリーを長男と同い年の〈碧猫屋あおねこや〉のバイト少女にプレゼントするのが 細やかな楽しみ。


 ......そんな 平凡な主婦 エレノアールの眼前で惨劇が進行していく。
 

 分厚い樫材のカウンターに突き立てられた二本牙のメダリオンが付いた大型ナイフ。
 けたたましい音と共に引き倒される薬品棚。
 昨日届いた 遠国からの木箱がブーツに蹴破られる。

 店長マリノアがジャイン牝蛎採取のために店を空けて3日目の午前中。
 5人組で訪れた風体の悪い若者達。
 1人は顔に大きなガーゼを当て もう1人は腕を吊り 後の3人もよく見れば手首に傷を負っている様子。
 〈回復薬〉でも買いにきたのかと思いきや 要求は「この店に匿われている金髪の踊り子と緑髪の剣士を出せ」というもの。

 丁重に居ないことを伝えても納得しない若者達。
 そしてある若者が気付いた〈狂い牙〉をはじめ どの闇ギルド犯罪結社の保護を表す印紙も店に貼っていないという事実。
 その一言が引き金となり 店の器物を破壊し始める ならず者達。

 この店には闇ギルド〈黒い兄弟〉の紅瑠石ガーネットが よく顔を見せることを伝えたが〈黒い兄弟〉他の結社の名を出したことは逆効果だった。
 激昂した若者に頬を殴られ 倒れ込むエレノアール。
 その後は 息を潜め 身を縮めて 嵐が過ぎ去るのを ただ待つばかり。

 異変に気付いた近隣の店主の「衛士隊が来たぞ」との叫び声に捨てゼリフを残し引き上げ始める ならず者。
 実際に 周囲を圧する巨漢の王都騎士に率いられた衛士隊が〈碧猫屋あおねこや〉に到着したのは それから さらに5分後のことだった。


「......それでは これで」


 一通りの事情聴取を終えると巨漢の騎士は 衛士隊を引き連れて詰所へと引き揚げていく。
 現行犯での暴力行為や騒攘に対しては鎮圧を加える衛士隊だったが 基本的に民間人同士のトラブルには 例え殺人であっても非介入が原則。
 まして器物損壊等で捜査を行うことは無い。

 そのため ウェスティリア星降る街の商店や工房は 大規模な店であれば個人契約の護衛や用心棒を雇い そうでなければツテを頼って王家や貴族との関係を深め 民・間・人・で・は・無・い・という呈を取り 衛士隊に特別な手厚い庇護を求める。
 それも無ければ 何処いずこかの闇ギルドに保護料を払う......これも 無論 ツテがあれば 金額の増減があるのだが。

 大市場グラン・バザールに軒を連ねる商店や工房は いや露店商さえも この内の少なくとも1つ 大抵は複数の手段を用いて 自分の店を守っている。
 
 しかし〈碧猫屋あおねこや〉は店主の方針として 一切の保護を受けていない 稀有な店の1つだった......少なくとも長期間営業している店としては。
 そして 何・処・の・保・護・も・受・け・て・い・な・い・という事実を王家や大抵の大貴族 衛士隊の上層部 そして多数の闇ギルドの幹部が認識している唯一の店でもあった。


 エレノアールは 〈碧猫屋あおねこや〉に勤めるようになってからの5年間で こんな事態に巻き込まれたのは初めてだった。
 だが 親の代からウェスティリア星降る街で生まれ育った人間であり 〈碧猫屋あおねこや〉とその店主に関する逸話を両親に聞かされて育ってきた人間だった......街の発展に伴って王都に流れ込んで来た地方出身者では無いのだ。
 さらには 20年前の王家を廻る争乱も直に体験した世代でもあった。


 そんな彼女にとっての惨・劇・とは 店内を荒らされたことでも無ければ ならず者に暴力を振るわれたことでも無かった。
 そ・れ・は この蛮行を行った若者達に降り掛かるのだ。
 2人の息子を持つ母親として 心優しき1人の女性として 彼らを襲うであろう苛酷な運命に心を痛めずにはいられない。
 だが 自分には それを押し止める力も勇気も無いことも 十分に理解している。

 午後になり出勤してきた琥珀髪ライト・アンバーのバイト少女と共に 破壊され散らかされた店内を片付けていきながら 刻々と記録されていく被害金額を聞く度に エレノアールは自分の血の気が静かに褪いていくのを 感じずにはいられないのだった......。
 .........。
 ......。
 ...。


「1万5801枚です......銀貨換算で」


 水碧髪アクア・マリンの店主がジャイン海岸から戻ったのは6日目の午後だった。
 琥珀髪ライト・アンバーのバイト少女も出勤してはいるが 状況報告をするのは 現場にいた自分がするしか無い。
 エレノアールは 自分が暴力を振るわれた事実だけを伏せて 被害の状況と金額をマリノアに報告する。

 エレノアールの複雑な心境には気付かず 13歳のバイト少女がパートの薬師が頬を殴られた件を捕捉して報告する。


「いえ 大丈夫です。自分で軟膏作って塗りましたから......」

「いくら掛かった?」

「銅貨5枚くらいです」

「ジーナ それも付けといて」


 白い額ひたいが 普段よりさらに青白く見えるマリノアが静かに低い声で指示を出す。


「で 何処の どいつがやったって?」

「あー 〈狂い牙〉のデュオって三下さんしたとその周りのチンピラ4人っすね。デュオは 一応 構成員ギルドメンバーなんす。で コイツ 幹部のギランってヤツの舎弟なんで 指示出したのはギランかもっす」


 エレノアールに人相 その他を聞いた キールが昨日の内に聞き込みに出掛け ならず者達の特定を終えていた。
 
 
「ソイツら 今 何処にいんの?」

「あー 西のスラムの外れの シュルツ爺さんがやってる通称『犬小屋』って飲み屋で夕方は 大抵たむろってるみたいっす」

「ジーナ その損害額 書いたノート貸して。ちょっと行って取り立ててくる」

 
 琥珀髪ライト・アンバーのバイト少女からノートを受け取る〈碧猫屋あおねこや〉の店主。


「店長 1人で行くんすか?」

「キール アンタ連れってても 荒事の役に立たないでしょーが」


 凄みのある低音で 海碧色ディープ・マリンの瞳が 薄茶色の無精髭を睨み付ける。


「......そっ そりゃ まぁそうなんすけど... 紅瑠石ガーネット姐さんと行くとか......」

「紅瑠石ガーネットのヤツ 今回の採取で疲れてるみたいだし。それに アイツ 一応〈黒い兄弟〉の幹部ってことになってるし」


 いつもの肩掛けカバンの薬瓶を詰め替え 糸杉の長杖を持って店の出口へと向かうマリノア。


「まぁ 1人で行ってくる。きっちり全額 取り立てて来るわ......経費込みで」
 

 ── カランッ カラン... カラン...... ──

 ウインドチャイムの音が不吉に響き 扉の向こうへと水碧髪アクア・マリンの薬師の姿が消えた......。
 .........。
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 ...。




 
 
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星降る街の薬種商〈碧猫屋〉~薬師マリノアの仕入帳控え~作者:金星タヌキ
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