第47話 レギャン侯爵殿下に関する宮廷淑女達の姦しい噂話
「......ジンク・レギャン」
言われてみれば 金鷲獅の豪奢な金髪にそっくりの美しい黄金色だった。
「ダルケスの隠し子の話題辺りで気づくかと思っていたのだけれど」
「さすがのアリシア様も お父上の隠し子の話題では いつもの調子が出せなかったご様子......陛下もお人が悪い」
フォミナの冷ややかな視線に仄かな微笑を返すアレクサンドラ。
「ですが そうだとすれば いよいよ襲う理由が無いのでは? 隠し子とは言え 我が子を手にかけようとするでしょうか?」
「大貴族や王族というのは 非情な決断をすることも多い立場ではありますから 無いとは言えませんけれど もっと単純に考えられないかしらね」
「ガウェイン卿が レギャン候と別の思惑で動いていると考えてみられてはいかがでしょう」
アレクサンドラとフォミナが引いてくれた補助線のお陰で 断片的だった情報が 秩序を持ってアリシアの脳内に並び始める。
「ガウェインは レギャン候の女婿として 実質的な跡取り。一心同体と考えていたが......」
「隠し子の男子がいるならば その前提は崩れるでしょう?」
「レギャン候に男子の隠し子がいると 何らかの方法で知り その人物を抹殺する為に無断で翼獅子騎士団を動かしている」
「『......いた』だと思われます。途中でジンク卿にその計画を気づかれ行動を制限されたのではないでしょうか? ......そう考えると途中から騎士団ではなく本人の直接行動が増える理由が説明できます」
アリシアの独り言めいた状況整理に さらに助け船を出す黒髪のメイド長。
「男子の出現で 自分の地位が脅かされると考えたガウェインが金髪の少年を排除しようとするのは理解できる。だが ジンク・レギャンの曖昧な態度は何だ? ガウェインの独断専行を制止しつつも解任したりはしていない......。何とも中途半端では?」
「ガウェイン卿の後継路線は 随分前から決まっていたこと。権力の継承も進み 排除するのが難しかったのでは? あるいは そもそも 隠し子な訳ですし 侯爵からの接触もなさそうです。男子とは言え 後継者にするお考えではないのかも」
「大貴族や王族というのは 国家や家名の為に非情な選択をすることも多いのですけれど 人間としては 1人の親であったりもするのです。迷いもあると思います」
大国の君主であり 妻であり 2児の母でもあるアレクサンドラの一言。
「ガウェインを後継にする路線は変更せずに 隠し子の安全は確保したい。これがジンク・レギャンの想い。そして 後顧の憂いを断つ為に隠し子を亡き者にしたいガウェイン。その葛藤が ハイリシアの不可解な背景という訳か......なるほど」
金鷲獅と黒鷲獅の思惑のズレ。
「ただ ガウェインは かなり危ない橋を渡っているな......。一度 騎士団を使ってリギャン候に制止された状況で 再度の暗殺失敗。立場が悪くなるだろう。ジンク・レギャンは自身の保身と自領の発展の為なら 非情になれる男。王家に付け入られるスキャンダルは なんとしてでも揉み消したいだろうな」
「ガウェイン卿に そこの弱みを衝かれている可能性もありますね。派手な解任騒ぎになると王家の介入を招く。それを避けたいレギャン候は 大きく動けないとの読みかも知れません」
フォミナのレギャン侯爵家内部の分析。
大叔父の不敵な笑みを思い出し 首を傾げる即位20年を迎えるヘブンブリーズの女王。
「......どうでしょうね。ジンクは 20年前の騒動の時もそうでしたけれど 鼻の利く男です。立ち回りの巧さは天才的なもの。妾と叔父のどちらにも着かず 最後の局面で叔父の出した破格の条件をを見て 妾に着いたのです。『リューゴスには 余裕が無い』と」
「その上でリューゴスから提示された恩賞を公表し アレクサンドラ陛下の陣営へ。もちろん陛下が即位の後は多大な恩賞を手に入れたのですが リューゴスが提示した恩賞よりは少なかった故に『欲の少ない 忠義に厚い男』との評判も取りましたから」
「あれは見事でした。しかも その時 17も年下の妾に求婚したのですよ? ......公にはなってませんけど」
可笑しそうに アレクサンドラが笑う。
「とは言え その後も 正妃をお迎えになってらっしゃいません。今でも 王位を狙ってらっしゃるのか。それとも 意外と本気の求婚でいらしたのか......」
「なんとも 掴み所の無い御仁なのですよ......ジンクは」
決して笑わない灰色の瞳。
名門貴族の当主らしい鷹揚で優雅な立ち居振舞い。
一介の武弁であるアリシアには読みきれぬ男。
それは 天才的な政治的慧眼を持つアレクサンドラや圧倒的な人物観察力を持つフォミナに取っても同じらしい。
「次に 金鷲獅は どう動くでしょう?」
「正直 分かりません。ただ 動くとなれば こちらの思惑を超える大胆な決断をする男です......もしかしたら もう動いているのかも」
「ガウェイン卿の動きも気になります。......なんにせよ あの金髪の少年がキーパーソンになる筈でございます」
「私が付きましょうか?」
アリシアの提案に首を傾げ 思案顔の薄緑髪の女君主。
一瞬 黒髪のメイド長と視線を交わした後 艶橙髪の女騎士の瞳を見つめ 妖しい微笑み。
「アリシアや王都騎士団が護衛に付けば 確かにガウェインの動きは抑えられるのでしょうけれど......」
「もう少し黒鷲獅を泳がした方が リギャン侯爵家の内情が 炙り出せるやも......」
「......ですが あの踊り子を むざむざ危険な目に遭わせるのは......」
「ふふっ。アリシアは優しいですね。でも 王国が表立って動けない こういう時に お願いができる人達がいるでしょう? ......報酬は弾まないと いけないでしょうけれど」
アリシアの脳裏に浮かぶ 大市場 東大通りに店を構える薬師と その相棒。