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♗23

♗23
 ミノタウロスの待ち構える、最終ゴールは休憩所から2時間ほど歩いたところであった。
 途中、分かれ道はさほど無かった。なんだかんだ言って最初の休憩所近辺が一番迷路っぽかった気がする。前半は本当に迷路って感じで空間把握の右脳と道の暗記の左脳勝負って感じだったけど、後半はめちゃくちゃ強い一回り大きくなった牛犬モンスターが出てきて、体力勝負という感じだ。
 この一ヶ月、軍隊並みの修行を強いられた。基礎筋トレだけじゃなくて、実践スパーリングも何度もやって、ハクスイみたいな長物を持った相手の場合の戦い方まで学んだ。自信はかなりついた。あたしたちにはマジで敵なしと言わんばかりに進んでいった。
 何が凄いって、二時間。ノンストップで歩いて、尚且つ途中途中で戦闘挟んでいるのに、疲れが全然無いあたりからして、もうあたしたちのレベルの高さは明白であった。
 唯一欠点を上げるのであれば、まあキアラは逃げに徹して、歩は拳とナイフ、たまに拳銃。ヒカミは短剣。歩が使っているナイフより少し刃渡りが長い感じの。ハクスイは刀。
 それぞれ武器があるのに、あたしはもっぱら、右手の爪と蹴りで戦うわけだから、不公平なほどにあたしだけ返り血がすごいし、手もベタベタして、拭いても拭いても気持ち悪い。
 最終対決の扉を前にして、首から下げた返り血拭く専用となったタオルはもう既に、赤じゃなくて黒に変わっていた。常に臭い。

 ◆

「さてさて。この扉の先に、ミノタウロスがいるのだが。以前アタイとシラミズとキアラの調査で分かっている事は。奴はこの扉を潜って、中に入って来た人にしか手を出さない。そういう流儀なのか、教育をされたのかはわからんが、取り敢えず、この扉を開けて中を覗く分には、奴は手を出してこない。」
 歩はそう言って、扉を開けた。
 中は、コロシアム。まさにそれ。直径十メートルほどの円形石畳をリングに模した闘技場であった。その中心部より向こう側に奴――ミノタウロスは佇んでこちらを伺っているのだ。
「ミノタウロスはギリシャ神話。コロシアムはローマ帝国の専売特許だからねえ。二場はこの辺の歴史が好きなのか?」
「二場さんは、人類の文明史とかとても詳しいですからね。魂の定義や進化を研究する以上。哺乳類ニンゲンの進化の歴史の知識も、作家ではなく学者レベルなんですよ。にしてもヒカミさん詳しいですね。」
 ゲームでやったんだ。と軽く答えながら、ヒカミは屈伸をして、軽く跳ねて準備運動をしている。
「ミノタウロスのずっと奥に扉があるの見えるか?」
 歩の指示通り、そこを見ると、今開けたこの扉と同じデザインの扉があるのが見えた。
「あれがこの迷路のゴールの扉だ。ミノタウロスを仕留めるか、生贄を与えない限り、あの扉に向かう奴を優先的に食いに行くらしい。つまり足速い奴全員でゴールを目指すってのは無理だ。」
「なるほどな。全員で走ればイケんじゃね?って一瞬思ったが、どうあってもおれたちで考えてきた作戦の遂行以外は道はないと。」
「そういう確認も含めての。発言だ。」
 ミノタウロスはこちらを認識してはいるが、動く様子はない。やはり、この闘技場に足を踏み入れてからがゲームスタートなんだろう。
「お前らこの一ヶ月のトレーニング本当に良く耐えたな。シラミズに至っては普通に軍人目指した方が良いレベルで成長したな。とにかくどんなことがあっても。たとえここで何人か脱落しようとも。絶対に生き残りはゴールの扉をくぐる。」
 歩はあたし達の顔を一人一人見ながら言った。何人か脱落しようとも。と恐ろしい現実をちゃんと告げた。
「ねえ余村。アンタ、何人か脱落っていうけど、一番危険な役回りは自分なのが分かって言ってるんでしょ。」
 最近ひどい下ネタしか言わないはずのハクスイが言った。普段が普段で不真面目なネタばっかしか発言しないせいで、真面目なこと言う度に、鶴が喋ったかのような効果がある。
「食欲旺盛な動物が、足を押さえられて口に手を突っ込まれた当然噛み付いてくるんじゃないの。」
「まあそりゃそうだな。でも安心しろよ。ボクサーのパンチの速さと牛人間の顎どっちが速いと思う?」
 歩は当然自分の方が速いって言いたかったんだろうけど、ごめん、どっちも速いよそれ。自信満々に言われても。
「まあ。アンタの作戦だから、アンタの腕が無くなろうとそれはアンタのせいよ。問題は何人かのもう一人が、」
「忍者は最強だ!」
 ハクスイの発言に被って、ヒカミが手をあげて発言するのだ。
 そうなのだ。この作戦。どう考えても奴の頭部を担当する人が一番危険なのだ。そもそもの発案がこの二人だったために、あえて言わないできたことを、今ここで、戦う直前で問題視が始まる。
「業火丸の名にかけて、敵将の首討ち取りにけり。」
「いやヒカミ、いくらアンタが素質あるからってね。」
「なんだよ。ビビってのかよハクスイ、主も刀の心得を得た者ではなかろか。」
「ああもう。うるさいな。変な気遣い。なんで、私が一番鍵になるポジションなのに、なんで私が一番命の安全が保障されるポジションなの?」
 少し。怒声に近かった。
「んなこと言われてもなあ。サク。」
『なんであたしにふるの?』
 いつもムードメーカのヒカミに乗って冗談かましまくるハクスイが本気で感情的になっているこの状況下で、あたしが何を言えるのかと。
「分かったよ。はいはい。業火丸おふざけ無しでちゃんと喋ります。」
 ヒカミはハクスイの心臓に、拳を当て。
「しくんなよ。相棒。」
 ハクスイはヒカミの肩に手を乗せ。
「任せろ。」
 ハクスイの目が虚空を見つめていたのに気付いたのはあたしだけだったのかもしれない。

 歩の言った通りであった。
 あたしが闘技場に足を踏み入れた途端。奴は走って突っ込んできたのだ。別に赤い服を着ているわけじゃないに。確かに返り血はこの中で一番浴びている方だけど、どっちかと言えば赤よりは黒とか茶色に近い。
 一手目の作戦あたしが、ミノタウロスを抑える。
 声帯も多少変形しているのか、走り出す瞬間に犬の威嚇のように吃った声が出た。多分あれだ。いつもと違って、四足で本気で駆けたからちょっと血が騒いだだけだ。
 あり得ない体格差だけど相撲の要領で、奴の懐まで突っ込んで腰より下の甲冑部分を掴む。
 二手目、ミノタウロス上半身が一瞬後ろに仰け反った。上を見上げるとヒカミは見事に肩に飛び乗っている。流石は忍者だ。
 勿論凄い暴れようだ。ヒカミが振り落とされないように、あたしは成るべく奴の片足を抑える。このまま転んでくれって願ったけど踏ん張った。
 三手目。後ろに影。ハクスイが、奴の足元裏に回った。速い。抜刀とそして、刃に反射した光が一瞬目に入って、刹那、

 金属音が響いた。

 全員が全員。何が起こったのか理解できなかった。
 ハクスイは外したんだと理解した瞬間に、ヒカミが吹っ飛んだ。そのヒカミを目で追った途端に、あたしの身体も宙に浮いた。
 嘘だろ。あの体制から蹴り上げられたっての?この一瞬であたしの身体だけ遠くに離れてく。まずい早くヒカミの元へ行きたいのに。
 あたしの着地と同時に、もうあの化物はヒカミの目の前まで辿りついていた。ヤバい。今からでも全力でヒカミまで走って、助けないと。
「キアラ走れ!」
 歩の声。
 キアラが闘技場を突っ切る。ああ作戦変更だ。ヒカミを見捨てる指示だ。キアラだけじゃなくてヒカミ以外全員出口まで走る作戦の。
 いや待って。ここでヒカミを見捨てるの?
 あたしは取り敢えず、場外から闘技場の中心に走る。今この距離なら、出口にもヒカミにも最短でコースを変えられる。
 化物が短い咆哮を上げた。
 次の瞬間には、ヒカミの小さな身体は玩具みたく持ち上げられていた。ヤバい、ヒカミが、ヒカミが目の前で殺され、
 あたしはそのヒカミの方ばかりに気を取られていて、あの化物にもう一つの影が迫っている事に気付いていなかった。
 そう。その影とはうちの化物。白水京香である。
 一閃、振り上げると同時に、ミノタウロスの肘からは血が噴き出て、ヒカミの身体は落下する。
「シラミズ伏せろ!」
 歩の怒声に近い合図。ハクスイが一度かがむと同時に。銃声が響く。一発。二発。
 ミノタウロスは、銃声の方へ向く。陽動だ。ハクスイの存在に気付かず、銃声の向こう歩を見ている。チャンスだ。あたしは、ミノタウロスの方へ走る。
 刹那、ハクスイの第二撃。膝への斬撃と同時に、よろめいた。今だ。
 あたしはそのままミノタウロスに突撃して転ばし、渾身の力を込めて、抑えた。
 同時に、駆け付けた歩が、ミノタウロスの頭部を抑えて、口に手を突っ込むと「全員退避。」と号令がかかる。
 あたしすぐに下がって、右の頭の耳を抑えた。多分みんなと違って絶対に鼓膜イカれると考える余裕はあった。
 あたしが伏せたすぐ目の間で歩も伏せていた。

 そして爆発音。爆風。
 耳を抑えていた指の間になんだか、べちょっとしたものが飛んできた。ああああ。絶対あれだ。肉片ってか血ってか細胞っていうか、とにかく中身的なやつだ。

『うあああっ耳についた!なんかついた。メチョがついたメチョが。』
 指でこのこの気持ち悪いのを払う。うう。なんで生暖かいんだよ。
「耳痛て......こんなにうるせーんだな。初めて使ったから流石にそこまで頭回らんわ。おーい。全員生きてるか?」
 歩があたしの目の前で起き上がりながら言った。歩が耳痛いぐらいなら、まじであたしも塞いどいて良かったわ。なんかついているけど。
『樫山サクは生きてます。あいつの中身の何かが耳についてバッド入ってます。』
 でもあれだけの爆風でもちょっと凄い風って体感でしかないのは半身が異常に丈夫なせいかもしれない。
「狼は流石に丈夫だな。おい忍者生きてんのか?」
「忍者生存!侍のおっぱいに挟まれます。」
 その声でヒカミの姿が見えなかったのはハクスイに覆われているせいだと気付いた。
「そいつは幸せだな。侍生きてんのか?」
 しかし、ハクスイの返答は無い。
「おい。ハクスイ、生きてんだろ。どいてくれないと、おれは起きれない。」
 一瞬、ハクスイがあの爆発に巻き込まれたのかと焦ったけど、ここから見た様子だと怪我をしている気配は無い。
「生きてるよ。死ぬわけ無いじゃん。一番安全な役回りだったんだから。」
「おう。そうか。そいつは良かった。」
 ハクスイが立ち上がると、ヒカミが立ち上がる姿も見えた。
 そして、出口側でほっとした表情のキアラも。
 ハクスイとヒカミはなにやら話している様子だけど、まあハクスイも相当なプレッシャーの中見事に軌道修正したよ。どう考えても最初に腱を切る時の方がイージーモードだったはずなのに、あそこで外してからの二回目のハードモードで当てるんだもん。ヒカミにぶつくさ言いたい事だってある。いつもハクスイはそんなもんだ。
 見渡すとあたしたち以外はそこには残骸しかなかった。
 闘技場の円状の石畳の外には、無数の人骨が転がっていた。その人骨を作り出した、いやそれだと語弊が生じる。人骨に変えた超本人である番人ミノタウロスも下半身だけを残して、無残に、闘技場のど真ん中に転がっていた。
 これだけの人命が捧げられてきたこいつに勝ったんだ。それも公式から出された胸糞悪い方法じゃなくて、正当な完全なるチームワークで。
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不条識な狼の理(上)作者:駿河鵬命
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 ミノタウロスの待ち構える、最終ゴールは休憩所から2時間ほど歩いたところであった。
 途中、分かれ道はさほど無かった。なんだかんだ言って最初の休憩所近辺が一番迷路っぽかった気がする。前半は本当に迷路って感じで空間把握の右脳と道の暗記の左脳勝負って感じだったけど、後半はめちゃくちゃ強い一回り大きくなった牛犬モンスターが出てきて、体力勝負という感じだ。
 この一ヶ月、軍隊並みの修行を強いられた。基礎筋トレだけじゃなくて、実践スパーリングも何度もやって、ハクスイみたいな長物を持った相手の場合の戦い方まで学んだ。自信はかなりついた。あたしたちにはマジで敵なしと言わんばかりに進んでいった。
 何が凄いって、二時間。ノンストップで歩いて、尚且つ途中途中で戦闘挟んでいるのに、疲れが全然無いあたりからして、もうあたしたちのレベルの高さは明白であった。
 唯一欠点を上げるのであれば、まあキアラは逃げに徹して、歩は拳とナイフ、たまに拳銃。ヒカミは短剣。歩が使っているナイフより少し刃渡りが長い感じの。ハクスイは刀。
 それぞれ武器があるのに、あたしはもっぱら、右手の爪と蹴りで戦うわけだから、不公平なほどにあたしだけ返り血がすごいし、手もベタベタして、拭いても拭いても気持ち悪い。
 最終対決の扉を前にして、首から下げた返り血拭く専用となったタオルはもう既に、赤じゃなくて黒に変わっていた。常に臭い。

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「さてさて。この扉の先に、ミノタウロスがいるのだが。以前アタイとシラミズとキアラの調査で分かっている事は。奴はこの扉を潜って、中に入って来た人にしか手を出さない。そういう流儀なのか、教育をされたのかはわからんが、取り敢えず、この扉を開けて中を覗く分には、奴は手を出してこない。」
 歩はそう言って、扉を開けた。
 中は、コロシアム。まさにそれ。直径十メートルほどの円形石畳をリングに模した闘技場であった。その中心部より向こう側に奴――ミノタウロスは佇んでこちらを伺っているのだ。
「ミノタウロスはギリシャ神話。コロシアムはローマ帝国の専売特許だからねえ。二場はこの辺の歴史が好きなのか?」
「二場さんは、人類の文明史とかとても詳しいですからね。魂の定義や進化を研究する以上。哺乳類ニンゲンの進化の歴史の知識も、作家ではなく学者レベルなんですよ。にしてもヒカミさん詳しいですね。」
 ゲームでやったんだ。と軽く答えながら、ヒカミは屈伸をして、軽く跳ねて準備運動をしている。
「ミノタウロスのずっと奥に扉があるの見えるか?」
 歩の指示通り、そこを見ると、今開けたこの扉と同じデザインの扉があるのが見えた。
「あれがこの迷路のゴールの扉だ。ミノタウロスを仕留めるか、生贄を与えない限り、あの扉に向かう奴を優先的に食いに行くらしい。つまり足速い奴全員でゴールを目指すってのは無理だ。」
「なるほどな。全員で走ればイケんじゃね?って一瞬思ったが、どうあってもおれたちで考えてきた作戦の遂行以外は道はないと。」
「そういう確認も含めての。発言だ。」
 ミノタウロスはこちらを認識してはいるが、動く様子はない。やはり、この闘技場に足を踏み入れてからがゲームスタートなんだろう。
「お前らこの一ヶ月のトレーニング本当に良く耐えたな。シラミズに至っては普通に軍人目指した方が良いレベルで成長したな。とにかくどんなことがあっても。たとえここで何人か脱落しようとも。絶対に生き残りはゴールの扉をくぐる。」
 歩はあたし達の顔を一人一人見ながら言った。何人か脱落しようとも。と恐ろしい現実をちゃんと告げた。
「ねえ余村。アンタ、何人か脱落っていうけど、一番危険な役回りは自分なのが分かって言ってるんでしょ。」
 最近ひどい下ネタしか言わないはずのハクスイが言った。普段が普段で不真面目なネタばっかしか発言しないせいで、真面目なこと言う度に、鶴が喋ったかのような効果がある。
「食欲旺盛な動物が、足を押さえられて口に手を突っ込まれた当然噛み付いてくるんじゃないの。」
「まあそりゃそうだな。でも安心しろよ。ボクサーのパンチの速さと牛人間の顎どっちが速いと思う?」
 歩は当然自分の方が速いって言いたかったんだろうけど、ごめん、どっちも速いよそれ。自信満々に言われても。
「まあ。アンタの作戦だから、アンタの腕が無くなろうとそれはアンタのせいよ。問題は何人かのもう一人が、」
「忍者は最強だ!」
 ハクスイの発言に被って、ヒカミが手をあげて発言するのだ。
 そうなのだ。この作戦。どう考えても奴の頭部を担当する人が一番危険なのだ。そもそもの発案がこの二人だったために、あえて言わないできたことを、今ここで、戦う直前で問題視が始まる。
「業火丸の名にかけて、敵将の首討ち取りにけり。」
「いやヒカミ、いくらアンタが素質あるからってね。」
「なんだよ。ビビってのかよハクスイ、主も刀の心得を得た者ではなかろか。」
「ああもう。うるさいな。変な気遣い。なんで、私が一番鍵になるポジションなのに、なんで私が一番命の安全が保障されるポジションなの?」
 少し。怒声に近かった。
「んなこと言われてもなあ。サク。」
『なんであたしにふるの?』
 いつもムードメーカのヒカミに乗って冗談かましまくるハクスイが本気で感情的になっているこの状況下で、あたしが何を言えるのかと。
「分かったよ。はいはい。業火丸おふざけ無しでちゃんと喋ります。」
 ヒカミはハクスイの心臓に、拳を当て。
「しくんなよ。相棒。」
 ハクスイはヒカミの肩に手を乗せ。
「任せろ。」
 ハクスイの目が虚空を見つめていたのに気付いたのはあたしだけだったのかもしれない。

 歩の言った通りであった。
 あたしが闘技場に足を踏み入れた途端。奴は走って突っ込んできたのだ。別に赤い服を着ているわけじゃないに。確かに返り血はこの中で一番浴びている方だけど、どっちかと言えば赤よりは黒とか茶色に近い。
 一手目の作戦あたしが、ミノタウロスを抑える。
 声帯も多少変形しているのか、走り出す瞬間に犬の威嚇のように吃った声が出た。多分あれだ。いつもと違って、四足で本気で駆けたからちょっと血が騒いだだけだ。
 あり得ない体格差だけど相撲の要領で、奴の懐まで突っ込んで腰より下の甲冑部分を掴む。
 二手目、ミノタウロス上半身が一瞬後ろに仰け反った。上を見上げるとヒカミは見事に肩に飛び乗っている。流石は忍者だ。
 勿論凄い暴れようだ。ヒカミが振り落とされないように、あたしは成るべく奴の片足を抑える。このまま転んでくれって願ったけど踏ん張った。
 三手目。後ろに影。ハクスイが、奴の足元裏に回った。速い。抜刀とそして、刃に反射した光が一瞬目に入って、刹那、

 金属音が響いた。

 全員が全員。何が起こったのか理解できなかった。
 ハクスイは外したんだと理解した瞬間に、ヒカミが吹っ飛んだ。そのヒカミを目で追った途端に、あたしの身体も宙に浮いた。
 嘘だろ。あの体制から蹴り上げられたっての?この一瞬であたしの身体だけ遠くに離れてく。まずい早くヒカミの元へ行きたいのに。
 あたしの着地と同時に、もうあの化物はヒカミの目の前まで辿りついていた。ヤバい。今からでも全力でヒカミまで走って、助けないと。
「キアラ走れ!」
 歩の声。
 キアラが闘技場を突っ切る。ああ作戦変更だ。ヒカミを見捨てる指示だ。キアラだけじゃなくてヒカミ以外全員出口まで走る作戦の。
 いや待って。ここでヒカミを見捨てるの?
 あたしは取り敢えず、場外から闘技場の中心に走る。今この距離なら、出口にもヒカミにも最短でコースを変えられる。
 化物が短い咆哮を上げた。
 次の瞬間には、ヒカミの小さな身体は玩具みたく持ち上げられていた。ヤバい、ヒカミが、ヒカミが目の前で殺され、
 あたしはそのヒカミの方ばかりに気を取られていて、あの化物にもう一つの影が迫っている事に気付いていなかった。
 そう。その影とはうちの化物。白水京香である。
 一閃、振り上げると同時に、ミノタウロスの肘からは血が噴き出て、ヒカミの身体は落下する。
「シラミズ伏せろ!」
 歩の怒声に近い合図。ハクスイが一度かがむと同時に。銃声が響く。一発。二発。
 ミノタウロスは、銃声の方へ向く。陽動だ。ハクスイの存在に気付かず、銃声の向こう歩を見ている。チャンスだ。あたしは、ミノタウロスの方へ走る。
 刹那、ハクスイの第二撃。膝への斬撃と同時に、よろめいた。今だ。
 あたしはそのままミノタウロスに突撃して転ばし、渾身の力を込めて、抑えた。
 同時に、駆け付けた歩が、ミノタウロスの頭部を抑えて、口に手を突っ込むと「全員退避。」と号令がかかる。
 あたしすぐに下がって、右の頭の耳を抑えた。多分みんなと違って絶対に鼓膜イカれると考える余裕はあった。
 あたしが伏せたすぐ目の間で歩も伏せていた。

 そして爆発音。爆風。
 耳を抑えていた指の間になんだか、べちょっとしたものが飛んできた。ああああ。絶対あれだ。肉片ってか血ってか細胞っていうか、とにかく中身的なやつだ。

『うあああっ耳についた!なんかついた。メチョがついたメチョが。』
 指でこのこの気持ち悪いのを払う。うう。なんで生暖かいんだよ。
「耳痛て......こんなにうるせーんだな。初めて使ったから流石にそこまで頭回らんわ。おーい。全員生きてるか?」
 歩があたしの目の前で起き上がりながら言った。歩が耳痛いぐらいなら、まじであたしも塞いどいて良かったわ。なんかついているけど。
『樫山サクは生きてます。あいつの中身の何かが耳についてバッド入ってます。』
 でもあれだけの爆風でもちょっと凄い風って体感でしかないのは半身が異常に丈夫なせいかもしれない。
「狼は流石に丈夫だな。おい忍者生きてんのか?」
「忍者生存!侍のおっぱいに挟まれます。」
 その声でヒカミの姿が見えなかったのはハクスイに覆われているせいだと気付いた。
「そいつは幸せだな。侍生きてんのか?」
 しかし、ハクスイの返答は無い。
「おい。ハクスイ、生きてんだろ。どいてくれないと、おれは起きれない。」
 一瞬、ハクスイがあの爆発に巻き込まれたのかと焦ったけど、ここから見た様子だと怪我をしている気配は無い。
「生きてるよ。死ぬわけ無いじゃん。一番安全な役回りだったんだから。」
「おう。そうか。そいつは良かった。」
 ハクスイが立ち上がると、ヒカミが立ち上がる姿も見えた。
 そして、出口側でほっとした表情のキアラも。
 ハクスイとヒカミはなにやら話している様子だけど、まあハクスイも相当なプレッシャーの中見事に軌道修正したよ。どう考えても最初に腱を切る時の方がイージーモードだったはずなのに、あそこで外してからの二回目のハードモードで当てるんだもん。ヒカミにぶつくさ言いたい事だってある。いつもハクスイはそんなもんだ。
 見渡すとあたしたち以外はそこには残骸しかなかった。
 闘技場の円状の石畳の外には、無数の人骨が転がっていた。その人骨を作り出した、いやそれだと語弊が生じる。人骨に変えた超本人である番人ミノタウロスも下半身だけを残して、無残に、闘技場のど真ん中に転がっていた。
 これだけの人命が捧げられてきたこいつに勝ったんだ。それも公式から出された胸糞悪い方法じゃなくて、正当な完全なるチームワークで。
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