♗12
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「猫が出産したかの匂いね。」
「おれは動物とゲロの匂いがする。」
聞き覚えのある声がする。
「おい、サク!大丈夫か!」
この声の主は随分小柄な友人だ。いつも一緒にいた。性別は確か雌なんだけど、どうにもこうにも中性的な声をしている。そして、雌の匂いも雄の匂いも感じない。人の匂いしかしない。
「ヒカミ。私ちょっと分からない。」
この声は雌だし、匂いも雌だ。しかし、雄と同じくらい大きい体躯をした友人だ。
「奇遇だね。おれもなんだ。」
何か光を照らされているようで瞼の裏に血が流れるぼやっと赤茶色に見える。頭を動かされて、塞がれていた口にあったものが外された。
「サク。起きろ。聞こえるか。」
目を開けると、やはりそこには友人がいた。ヒカミとハクスイ。ずっと一緒にいた友人だ。
しかし、二人してあたしを見つめる様子は変だった。まるで変なものを見つめるような訝し気で。それでいて、何か怖いモノを見てしまったかのような動揺もみられる。
今のあたしはそんなに異常なのか?
悪いけどそんな風には思えない。頭は冴えているし、さっきまであった頭蓋骨が割れるような頭痛も今は無いし、吐き気も収まった。なんなら聴覚も研ぎ澄まされているし、嗅覚も冴えている。気分は物凄く良い。
今自分が何をすべきなのかも明確に理解出来る。というかついさっきまで一体何を悩んで彷徨っていたのだろう。悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。
何て言えば良いのかな?用事を思い出したって表現が全部近いかもしれない。人間は全部殺しておかないとって用事を思い出した。
翳された、手の平を自由になった顎で噛みついた。
「っとああああああ。」
「ヒカミ退いて!」
口の中に、血の味が広がる。そうそう。これだ。人間の味。渇望渇望渇望渇望。人間は食い殺さないと。食って食って殺さないと。やり返さないと。お前らがそうしたように。食い殺してやらないと。
「あーマジかよ。おれ嫌われちゃったよ。」
直ぐにでも追いかけて食い殺してやりたいけど、生憎まだあたしの自由は口だけだ。腕も足も鎖が付いて動けない。
「あははははー実に滑稽。その狼は人を食うんだよ。あははは。」
男の声。佐竹。ああ。こいつのお陰であたしは正常に戻れたんだ。本来の目的にやっと戻ってこれた。
「カンに触るわ。悪趣味。」
ハクスイはそう言っているけど、背中まで緊張で汗だくなのも匂いですぐに分かる。
そんなに怖い?すぐ終わるのに。
「ここは一旦、逃げるぞ!」
どうやら佐竹はあの二人を逃がしてしまったみたいだ。ああ勝手な事しないでよ。あたしは空腹なんだよ。どうして放しちゃうのさ。何とか取れないのかなあ。この鎖。
暫く、鎖を取ろうと頑張ってみたけど、取れなくて苛々する。何度もジャラジャラと音を鳴らして引っ張っていると佐竹が鎖を外してくれた。なんだ取れるなら最初から取ってよ。
「さあ。君の仕事を思い出すんだ。人狼。」
どうやらあたしに話しているみたいなので、何か言葉を返そうかと思ったけど、言葉は出なかった。
なんだか言葉の発音の仕方を忘れてしまったみたいだ。
でもまあ。何も問題無い。
機嫌が良い。
唯一の不満は歩き辛い事ぐらいか。右足が追い付かない。でもあいつらどうやって逃げたか分かるから別に鈍足でも構わない。絶対追い付ける。
さっき噛みついた血の味と匂い。この匂いで何処に逃げたのかなんて目を瞑っていても追える。
暫く歩くと、別れ道に当たった。どうやらここで二手に分かれたみたいだ。さて、どっちから追うかと一瞬悩んだが、ここはやっぱりヒカミの方を追う事にした。さっき中途半端に味見してしまったせいで、やはり先にこちらから食べたくなってしまうものだ。
きっと以前のあたしは鼻歌でも歌っていたのだろう。いや、でもあの歌はどうやって発声していたのか?分からない。試しに声を出してみると、犬の遠吠えのような響く声が出た。こんな声だったっけ?まあいいや。どうでも良い。腹減ったなー
匂いが到達する。奥行きが無い。
ヒカミが待っていたのはこの迷路の行き止まりであった。
「なあ。サク。今の君におれの気持ちを思う余裕はあるかい?」
そいつは短剣を構えて、そう言った。
ああ。抵抗する気なんだ。大人しい方が絶対苦しまないと思うんだけどね。
脚を蹴っ張り、一気に突っ込んだ。一発で仕留めるつもりが、避けられてしまった。意外と良い動きをする。人間のクセに。
身をかわしてお互いに直ぐに振り返る。振り返った瞬間に、あたしは人間の持つ短剣を飛ばすようにそこを狙って腕を突き出した。結果、短剣はすっとんだ。
さあどうする?丸腰だよ人間。大人しくするなら、首の骨折ってからにしてやるよ。
しかし、まだ抵抗する気なのか、奴は短剣を取りに走り出した。往生際が悪いなあもう。
あたしは走り出すそいつを後ろから抱きかかえるように抑えた。失敗。抑えるだけのつもりがそのまま爪が刺さってしまった。
「あっ、うああああああああああああ、」
本当に雌雄が分からない声をしているなあ。
ぼたぼたと爪先から血が落ちてくる。血って暖かい。大丈夫かな、深く入りすぎてないかな。腸まで傷付けると食い辛いから、腹はあまりやり過ぎない方が良いのに。
ドサッと、身体が落ちたので、あたしはソレを地面に叩きつけた。背中から落ちた所為か激しく咳き込んでいる。まだまだ元気みたいだから腹部の損傷はそこまでか。まあ良かった。
「がは、げっほ、なあっ、おい。サク。」
呼吸呼吸の間に何か言おうとしている。うるさいなあ。こちとらやっと今から食事だっていうのに。
しかし、これ。随分小さい人間だ。食うとこあるのか。
下半身の衣類剥ぐと、腿が露出したが、まあこの可食部の少なさたる事やら。これじゃああまりにも少ない。やっぱりさっきデカい方を追えば良かった。
「やめっ、」
そうか。まだ喋れるなら使えば良いのか。
首筋を掴んだ。そして、爪を食いこませて目を合わせる。さあ叫べよ。仲間を呼べよ。
そのつもりだったのに。ソレは、目の色を無くした。ああ。駄目だ。戦意喪失。その証拠に失禁しているし、もう腰も抜けてる。これじゃあ死んだようなもんだ。
爪先の血を舐めると、やはり若いだけあって味はそれなりに上質だ。まあ仕方ないこれだけの味の保証があるなら取り敢えずこの少ない肉で我慢しよう。デカい方はまた後で追おう。
腿から食おうとしたその瞬間、何か煙たい匂いがした。
その煙の方を向いた所で記憶が一度閉じる。