ある世界の記録書――羊と駆ける
柵を開け、走り出した羊たちを見送る。空は雲ひとつなく澄み渡っている。胸いっぱいに深呼吸をし、今ある幸せを噛み締めた。
俺には両親がいない。いや、出ていった、の方が正確だろうか。母は四年前に病気を拗らせて亡くなった。その一年後、父が王都へ向かって以来、その姿を見ていない。
置いていかれたのがこの村で良かった。まだ十歳だった俺を、村の人は見捨てなかった。すぐに異変を察して、王都へ見回りに行ってくれた程だ。それなのに、父は見つからなかった。
「セレノ! 今日はサンドイッチ持ってってあげるね!」
声に振り向いてみると、道を挟んで向こうから茶髪でウサギを思わせるような可愛らしい顔立ちの幼馴染――エミリが手を振っている。
「ありがとう! お礼はいつかするから」
「そんなのいらないよ。頑張りすぎちゃ駄目だからね」
エミリは小さく笑うと、バケットが覗くバスケットを手に道の奥へと行ってしまった。
あの笑顔は昼まで見納めか。少し残念に思いながら、愛犬と共に羊を追いかけた。
* * *
「どうすれば、この子たちを蘇らせられる......?」
書庫にある文献を片っ端から読み漁る。他の世界を束ねる神々の記録にまで手を出した。それなのに、蘇生術らしきものは見当たらない。
神ですら、蘇生なんて禁忌なのだろうか。いや、諦める訳にはいかない。消えた夢を叶えるためにも、この記録書の続きを書くためにも。何日も、何年も文献を読んでは惨敗し、溜め息に沈んでいた。