ホーム›ある世界の記録書――リブリス短編集›ある世界の記録書――風の通り道
目次前の話 →

ある世界の記録書――風の通り道

「セレノー」

「セレノ!」

 幼い声がドアの方から聞こえる。パンをかじる手を止めて振り向くと、ルークとニーナが顔を覗かせていた。

「二人ともどうしたの?」

「エミリと四人でお絵描きしに行こー!」

 エミリの名を聞いた瞬間、心臓が飛び跳ねた。この子たちの言葉を口実に、エミリと一緒の時間を過ごせる。少しだけ心が乱れてしまった。

「セレノー?」

「いや、なんでもない」

 純粋な子たちに、この想いは伝えられない。なるべく顔には出さないように、首を横に振ってみせる。

「エミリのところに行こー!」

「良いよ」

 笑顔を振りまき、小さな手を握った。
 エミリと合流して向かったのは、コスモスが咲き誇る花畑だ。花冠を作って渡しても良いのだが、それは子供がやることだ。しかも、エミリになんて思われるか分かったものではない。花冠を被ったエミリの笑顔を想像し、一人で悶える。

「セレノ?」

 絵を描き始めた幼い二人はそのままにして、俺の隣に座るエミリが首を傾げた。

「い、いや、なんでも――」

「んー?」

 突風が吹き、俺とエミリの間をピンクのリボンが通り過ぎた。風の精霊が遊んだついでに持ってきたのだろう。ここで悪戯心に火がついた。

「追いかけてみよっか」

「えっ? 子どもたちはどうするの?」

「もちろん、連れて行くよ」

 どこに辿り着くのかは分からない。なんとなく、ただなんとなく、行ってみたいと思った。

「ルーク、ニーナ」

「何ー?」

「着いておいで。早くしないと置いてっちゃうよ」

「えーっ?」

 俺はルークの手を、エミリはニーナの手を握ってはためくリボンを追いかける。広い花畑を抜けて辿り着いたのは、苔の生えた小さな祠だった。こんなものがあるなんて、今まで聞いたことがない。

 ――風は想いを運ぶ。想いは恐れを連れてくる。恐れは破滅を生む――

 刻まれた古ぼけた文字はどこか不穏だった。

「これだけー?」

「もどろうよー」

 一瞬で興味をなくした子どもたちは、エミリのスカートを引っ張るのだった。

 * * *

 この祠は『どうか、私が生んだ世界の人々が永遠に優しい時間を過ごせますように』と願いを込め、戒めとして私が置いたのだ。それも無駄に終わってしまった。
 そうだ。この子たちを蘇らせるのも大事だけれど、『混沌をもたらした者』を二度と私の星に近づけないようにする方が先決だ。

「どうすれば『混沌をもたらした者』を滅ぼせる?」

 疑問は私の頭の中で渦を巻いた。
シェア
前の話 →
ある世界の記録書――魚を追って
最新話です
目次に戻る
ある世界の記録書――リブリス短編集作者:七宮叶歌
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

ある世界の記録書――風の通り道

「セレノー」

「セレノ!」

 幼い声がドアの方から聞こえる。パンをかじる手を止めて振り向くと、ルークとニーナが顔を覗かせていた。

「二人ともどうしたの?」

「エミリと四人でお絵描きしに行こー!」

 エミリの名を聞いた瞬間、心臓が飛び跳ねた。この子たちの言葉を口実に、エミリと一緒の時間を過ごせる。少しだけ心が乱れてしまった。

「セレノー?」

「いや、なんでもない」

 純粋な子たちに、この想いは伝えられない。なるべく顔には出さないように、首を横に振ってみせる。

「エミリのところに行こー!」

「良いよ」

 笑顔を振りまき、小さな手を握った。
 エミリと合流して向かったのは、コスモスが咲き誇る花畑だ。花冠を作って渡しても良いのだが、それは子供がやることだ。しかも、エミリになんて思われるか分かったものではない。花冠を被ったエミリの笑顔を想像し、一人で悶える。

「セレノ?」

 絵を描き始めた幼い二人はそのままにして、俺の隣に座るエミリが首を傾げた。

「い、いや、なんでも――」

「んー?」

 突風が吹き、俺とエミリの間をピンクのリボンが通り過ぎた。風の精霊が遊んだついでに持ってきたのだろう。ここで悪戯心に火がついた。

「追いかけてみよっか」

「えっ? 子どもたちはどうするの?」

「もちろん、連れて行くよ」

 どこに辿り着くのかは分からない。なんとなく、ただなんとなく、行ってみたいと思った。

「ルーク、ニーナ」

「何ー?」

「着いておいで。早くしないと置いてっちゃうよ」

「えーっ?」

 俺はルークの手を、エミリはニーナの手を握ってはためくリボンを追いかける。広い花畑を抜けて辿り着いたのは、苔の生えた小さな祠だった。こんなものがあるなんて、今まで聞いたことがない。

 ――風は想いを運ぶ。想いは恐れを連れてくる。恐れは破滅を生む――

 刻まれた古ぼけた文字はどこか不穏だった。

「これだけー?」

「もどろうよー」

 一瞬で興味をなくした子どもたちは、エミリのスカートを引っ張るのだった。

 * * *

 この祠は『どうか、私が生んだ世界の人々が永遠に優しい時間を過ごせますように』と願いを込め、戒めとして私が置いたのだ。それも無駄に終わってしまった。
 そうだ。この子たちを蘇らせるのも大事だけれど、『混沌をもたらした者』を二度と私の星に近づけないようにする方が先決だ。

「どうすれば『混沌をもたらした者』を滅ぼせる?」

 疑問は私の頭の中で渦を巻いた。
シェア
最新話です
目次に戻る
ある世界の記録書――リブリス短編集作者:七宮叶歌
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません