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第2話 出会い

 月と星が輝き出した夜。
 人通りが少ない薄暗い路地の入口で青年は目前に刀を突きつけられていた。側から見ても青年は喧嘩とは無縁としか思えない。
 運が悪かったなと青年は、先程までの自分の行動を呪った。近道だからって路地を通るんじゃなかったと後悔しても後の祭りだ。
 そんな青年を屈強なうえ、帯刀した男数人がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、青年の逃げ道を塞ぐように囲んでいた。
 時折、路地の近くを歩いて通過しようとした人々がその光景に気づき、目を逸らす。そして、逃げるように早足でその場を去る。

「......」

 その様子を絡まれている青年はどこか他人事のように眺める。刀を突きつけていた男はその態度が気に入らなかったようだ。舌打ちをして突きつけていた刀を振りかざすためか、大きく上に振り上げた。

「――っ!!」

 青年は強く目を瞑り、これからくるであろう痛みに体を強張らせた。しかし、いつまで経っても想像した痛みはこない。不思議に思い、理由を確認するためにゆっくりと目を開ける。
 そこで青年の瞳に映ったのは、刀を振り下ろそうとした男の手首を後ろから無表情で掴んでいる少年だった。
 青年というにはまだ少し若い少年は盛大にため息をつく。

「テッ、テメェー!! 何者だ!? 俺らが誰だか分かったうえでの狼藉か!?」

 その態度を馬鹿にされたと受け取ったようで、手首を掴まれている男の近くにいた仲間が吠える。そして、少年に殴りかかろうとした。

「はぁー。うざい」

 が、男の拳が届く寸前にやる気のない声を出しながら一歩分横に避ける。結果、男は仲間を殴ってしまう。

「お前、何しやが......グギャ」

 殴られた刀を持った男が仲間に文句を言おうとした瞬間、少年は掴んでいる手首を捻るようにしながら力を込めた。手首から嫌な音が聞こえる。

「うるさいな」

 ボソリと呟き、さらに力を込める。

「うぐっ......」

 男は腕の痛みに顔を歪めながら、持っていた刀を取り落とした。
 それを見て、少年はニコリと貼り付けた笑みを浮かべ「良くできました」と言うと同時に男の前に回り込む。そして、腹部に向けて膝を叩き込んだ。
 そして一息つくと、残りの男達を感情のない瞳で見る。男達は自分より一回りも小さい少年にただ見られただけだというのに、ビクッと体を強張らせる。倒れた男を一瞥すると、そいつを見捨てて我先にと逃げていった。

 少年はそれを興味なさそうに、感情が欠落した瞳で逃げていく後ろ姿をただただ眺めていた。
 それらの出来事は、あまりにも短い間にあっという間に起きた。
 青年は、ただ怯えた体を抑えながらその光景を茫然と眺めることしかできなかった。

「大丈夫か?」

 満月を背に少年は無表情のまま、青年に尋ねる。こくりと首を縦に振ると、彼は地面に倒れている男に初めてきちんと視線を向けた。

「だったら早くここを去ったほうがいい」

 そして興味なさそうに淡々と言う。

「あっ......ありがとう。君、名前は」

 青年は震える体を必死に抑えながら、声を絞り出してお礼を言う。

「別に......」

 少年は少し考えてから小さく呟いた。

「名乗る程じゃない」

 そう言って、青年に背を向けてその場を去ろうとする。しかし、自分から離れようとした少年の腕をガシッと掴む。

「俺、寿ことぶき雅希まさき。あのさ、俺に喧嘩を教えてくれないか?」
「は?」

 雅希の言葉に少年は一瞬固まった。思考が考える事を放棄したかのように呆けているようにも見える。まるで信じられない単語を聞いたとでもいうように思えた。
 しかし、それはほんの一瞬のことですぐに少年は雅希に向き直る。

「断る。......なんのメリットもこっちにはない。ただ、一応聞いておく。なんで強くなりたい?」
「強く......?」

 少年の問いに首を傾げた。自分は強くなりたいと言ったのだろうかと疑問に思う。雅希の反応に、少年も不思議そうにした。

「......? そうだろ。喧嘩を教えて欲しいなんて、他にどんな理由があるんだ?」
「......俺は周りにいる大切な人達を助けたい、ただそれだけ。まあ、さっきは自分が危ない目に遭ってたけどさ」

 質問に真剣な顔で答えるも、先程の出来事を思い出して雅希は少し照れ臭そうに笑う。

「人を助けるため......か」

 小さくそう呟くと、少年は初めて雅希の瞳を見上げるようにして真っ直ぐに見た。無感情な瞳と真剣な瞳が交差する。
 帯刀者の屈強な男さえも怯えさせた瞳を真正面から雅希は見つめ返す。少年は諦めたようにため息をついた。

「わかった。協力はする」
「っ!? ありがとう! ......えっと」

 雅希は瞳を輝かせながらお礼を言い、そこで改めて名前を知らないことを思い出した。

「......名乗る気はない。勝手に好きなように呼べ」

 しかし、ぶっきらぼうに雅希から視線を逸らす。

「えっ......。うーん」

 顎に手を当てて雅希はじっと少年の方を見ながら思案する。そして、一つの名詞を口にした。

「なら、月夜げつや」

 言葉にすると名案だと思った。うんうんと頷きながら少年を見る。

「......は?」

 驚いたように、彼は間抜けな声を出す。目の前にいる雅希の考えが分からずに戸惑っている様子がそれだけで伺えた。
 好きなように呼べと言ったのは少年だ、予想外に早く、そしてどこか納得したように名付けた雅希に虚をつかれたのかと考えた。

「好きに呼んでいいって言っただろう? 君の後ろから満月が綺麗に見えたから。綺麗な月夜に出会ったから月夜だ」

 そう言って雅希は、ははっと照れる。少年――たった今月夜と名付けられた彼は少し考えてから「なるほどな」と小さく呟く。どこか腑に落ちないと表情を歪ませる。
 しかし、それもすぐに諦めたように無表情に戻ると息を吐く。そして、真っ直ぐに雅希に向き直った。

「それでいい。俺が言ったことだしな」

 乱暴に髪をグシャグシャと掻きながら月夜は呆れを含んだ瞳で頷いた。それを聞き、雅希はホッとした。そして嬉しそうに笑いながら右手を月夜の方へ差し出した。

「これからよろしくな、月夜」

 笑顔で握手を求める。
 しかし、差し出された手を月夜は取ろうとはしなかった。それどころか、逆に怪訝そうな瞳でその手を睨んでいる。

「協力はすると言ったが、馴れ合う気はない」

 ピシャリもそう言い切ると、月夜の右手が左の腰の辺りを彷徨った。無意識下の行動だったようで、すぐにハッと動きを止めた。
 その動作に雅希はどこか違和感を覚える。月夜の目が彷徨った場所は不良やごろつき崩れ、またある組織の人々が帯刀している場所の近くだった。

 今は持っていないけど、月夜も帯刀者なのか? と雅希は少し月夜に恐怖を抱かずにいられなかった。頭では先程のやり取りで決して悪い人ではないと理解はしながらも。

 帯刀者――。
 一般的には腰に刀を差している人物を総合的に示す単語だ。しかし、帯刀しているものはあ・る・二・大・組・織・を除くと荒れくれ者ばかりだ。組織に属している者は組織名で呼ばれる。そのため、最近だと帯刀者=荒れくれ者という意味で使われることが多い。
 二大組織の構成員はメンバーである紋章をつけており、身なりも整っている者が多い。なので人々は帯刀者を見るとその基準で危険かどうかを見極めていた。

 よって、一般市民には"帯刀者"とは"無法者""自分達に苦を与える者"のイメージが強い。
 だから、月夜はそんな奴じゃないと脳では理解しているが、条件反射のように体が強張ってしまう。

「月夜......君は"帯刀者"なのか?」

 震える声でそう尋ねると、月夜は一瞬、目を丸くさせた。しかしすぐに無表情に戻り、近くに置いてあった木箱に腰をかけた。そしてお前も座れと横に置いてあった他の木箱を顎で示す。
 今、2人がいる場所は路地裏ということもあり、元々人通りは少ない。さらに夜という時間帯でもあるため、人が来る気配もない。また、手軽に腰を下ろせる木箱などがたくさん置かれていた。それらを有効利用しなくて何を利用するのかと、月夜の顔に書いてある。

「本来の意味でならYes。だけど、この界隈で騒がれている奴らとは違うぞ。弱いものイジメはする気どころか、したいとも思わない」

 弱者に興味はないしなと、月夜はつまらなそうに呟く。

「......そーだ、寿」

 座っている木箱に両掌をつけ、月夜は夜空の星を仰ぐ。そして不意に思いついたように雅希に声を掛ける。その声はほんの少しだけ好奇心を含んでいるように感じた。

「なんだ?」

 雅希は真剣な面持ちで隣に座る月夜を見る。

「そう畏まらなくていい。絶対に俺の方が年下だろうしな」

 どこか呆れたようにそう断る。そして、告げた。

「この世界は好きか?」
「......」

 予想外の質問に雅希は目を丸くした。しかし、月夜が真剣に聞いているのを察すると、胸中に秘めていた思いや考えを言葉にすることに決めた。月夜の真っ赤な瞳が真剣に雅希を射抜いている。
 その迫力に気圧されながらも、雅希は素直に言葉を紡ぐ。

「好き......とは断言できない。いつも死と隣り合わせで怯えながら生きるしかない。いつ、帯刀者に不条理な文句を付けられるかもわからない。今日会えたからって、明日も会えるとは限らない。はは......言葉にすると本当に酷くて良いところがないな」

 乾いた笑いを浮かべながら、続ける。

「でも、家族も友達も......大切な人がいる。だから、嫌いにはなれない。......うん、そう考えると、好きかな? うん。こんな最低な世界でもやっぱり、俺は好きだ」

 そう雅希は断言した。言葉を紡いで脳内を整理したことにより、自分はこの世界がどんなに理不尽でも嫌いになれないと結論が出た。

「......」

 月夜はその話をただ静かに耳を傾けて聞いている。そして、少し意地悪そうな笑みを浮かべた。

「百年くらい昔は、今と違ってこの状態はありえないことだったらしい。日本は世界中でもかなり良く言えば治安が安全な国、悪く言えば平和ボケした国だったらしい。それが今ではこんな無法地帯だ。世界中でも治安の悪さは上位に入る。それでも"今"が好きだと言えるのか? 理不尽だとは思わないのか?」

 雅希は少し考えた。でも自分の結論は変わらないことに気付く。だからはっきりと伝えた。

「昔のことなんて知らない。望んだところで、その頃に行けるわけでも戻れるわけでもない。それに、今、幸せは感じられている。それだけで"今"も捨てたものじゃないって思えるだろ」

 どこかしたり顔で。得意げに言う。
 それを聞き、月夜はいきなり箱の上でうずくまる。膝に腕を回して抱き、額を膝に貼り付けるようにして丸くなる。その様子がどこか猫を彷彿とさせた。よく見ると肩は小刻みに震えている。

「大丈夫か!?」

 心配になった雅希は座っていた木箱から跳ねるように立ち上がり、月夜に駆け寄る。そして勢いよく肩を掴む。

「......くくっ」

 その時、笑いを押し殺した声が耳に飛び込んできた。

「......? 月夜?」

 疑問に思いながらも、肩を揺らしながら名前を呼ぶ。

「ふっ......あは......あはははは」

 堰を切ったように月夜は笑い出した。

「あっ......んた......ふっ......すごっ......ははは」

 言葉を紡ごうと努めているようだが、その度に耐えきれなかった笑いが零れ落ちる。月夜は上手く言葉を発せられない。お腹を抱えて笑う彼は最初に感じたどこか冷たい印象は微塵も感じず、年相応に見えた。
 それを見て、雅希も思わず頬が緩む。

「天然記念物並みの純粋さだ。......俺には持てない感性。尊敬するよ、ある意味」

 笑いの地獄から抜け出した月夜はどこか感心したように呟く。その肩はまだ少し小刻みに震えてはいる。

「なあ、それは褒めてんのか貶してるのかどっちだ?」

 雅希はその様子を見て、不服そうに唇を尖らせる。

「褒めてんじゃない?」

 どこか他人事のように月夜は適当に答えた。
 そして、両腕を空に伸ばす。頭上で手を組み、思いっきり伸びをする。

「あっ、そういや俺、完璧な我流だけどいいのか? それに他人に教えたことないからどうなるか知らないぞ」

 伸びを終えた月夜は思い出したかのように呟いた。
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無秩序な地で君と笑う。作者:星川宙
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第2話 出会い

 月と星が輝き出した夜。
 人通りが少ない薄暗い路地の入口で青年は目前に刀を突きつけられていた。側から見ても青年は喧嘩とは無縁としか思えない。
 運が悪かったなと青年は、先程までの自分の行動を呪った。近道だからって路地を通るんじゃなかったと後悔しても後の祭りだ。
 そんな青年を屈強なうえ、帯刀した男数人がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、青年の逃げ道を塞ぐように囲んでいた。
 時折、路地の近くを歩いて通過しようとした人々がその光景に気づき、目を逸らす。そして、逃げるように早足でその場を去る。

「......」

 その様子を絡まれている青年はどこか他人事のように眺める。刀を突きつけていた男はその態度が気に入らなかったようだ。舌打ちをして突きつけていた刀を振りかざすためか、大きく上に振り上げた。

「――っ!!」

 青年は強く目を瞑り、これからくるであろう痛みに体を強張らせた。しかし、いつまで経っても想像した痛みはこない。不思議に思い、理由を確認するためにゆっくりと目を開ける。
 そこで青年の瞳に映ったのは、刀を振り下ろそうとした男の手首を後ろから無表情で掴んでいる少年だった。
 青年というにはまだ少し若い少年は盛大にため息をつく。

「テッ、テメェー!! 何者だ!? 俺らが誰だか分かったうえでの狼藉か!?」

 その態度を馬鹿にされたと受け取ったようで、手首を掴まれている男の近くにいた仲間が吠える。そして、少年に殴りかかろうとした。

「はぁー。うざい」

 が、男の拳が届く寸前にやる気のない声を出しながら一歩分横に避ける。結果、男は仲間を殴ってしまう。

「お前、何しやが......グギャ」

 殴られた刀を持った男が仲間に文句を言おうとした瞬間、少年は掴んでいる手首を捻るようにしながら力を込めた。手首から嫌な音が聞こえる。

「うるさいな」

 ボソリと呟き、さらに力を込める。

「うぐっ......」

 男は腕の痛みに顔を歪めながら、持っていた刀を取り落とした。
 それを見て、少年はニコリと貼り付けた笑みを浮かべ「良くできました」と言うと同時に男の前に回り込む。そして、腹部に向けて膝を叩き込んだ。
 そして一息つくと、残りの男達を感情のない瞳で見る。男達は自分より一回りも小さい少年にただ見られただけだというのに、ビクッと体を強張らせる。倒れた男を一瞥すると、そいつを見捨てて我先にと逃げていった。

 少年はそれを興味なさそうに、感情が欠落した瞳で逃げていく後ろ姿をただただ眺めていた。
 それらの出来事は、あまりにも短い間にあっという間に起きた。
 青年は、ただ怯えた体を抑えながらその光景を茫然と眺めることしかできなかった。

「大丈夫か?」

 満月を背に少年は無表情のまま、青年に尋ねる。こくりと首を縦に振ると、彼は地面に倒れている男に初めてきちんと視線を向けた。

「だったら早くここを去ったほうがいい」

 そして興味なさそうに淡々と言う。

「あっ......ありがとう。君、名前は」

 青年は震える体を必死に抑えながら、声を絞り出してお礼を言う。

「別に......」

 少年は少し考えてから小さく呟いた。

「名乗る程じゃない」

 そう言って、青年に背を向けてその場を去ろうとする。しかし、自分から離れようとした少年の腕をガシッと掴む。

「俺、寿ことぶき雅希まさき。あのさ、俺に喧嘩を教えてくれないか?」
「は?」

 雅希の言葉に少年は一瞬固まった。思考が考える事を放棄したかのように呆けているようにも見える。まるで信じられない単語を聞いたとでもいうように思えた。
 しかし、それはほんの一瞬のことですぐに少年は雅希に向き直る。

「断る。......なんのメリットもこっちにはない。ただ、一応聞いておく。なんで強くなりたい?」
「強く......?」

 少年の問いに首を傾げた。自分は強くなりたいと言ったのだろうかと疑問に思う。雅希の反応に、少年も不思議そうにした。

「......? そうだろ。喧嘩を教えて欲しいなんて、他にどんな理由があるんだ?」
「......俺は周りにいる大切な人達を助けたい、ただそれだけ。まあ、さっきは自分が危ない目に遭ってたけどさ」

 質問に真剣な顔で答えるも、先程の出来事を思い出して雅希は少し照れ臭そうに笑う。

「人を助けるため......か」

 小さくそう呟くと、少年は初めて雅希の瞳を見上げるようにして真っ直ぐに見た。無感情な瞳と真剣な瞳が交差する。
 帯刀者の屈強な男さえも怯えさせた瞳を真正面から雅希は見つめ返す。少年は諦めたようにため息をついた。

「わかった。協力はする」
「っ!? ありがとう! ......えっと」

 雅希は瞳を輝かせながらお礼を言い、そこで改めて名前を知らないことを思い出した。

「......名乗る気はない。勝手に好きなように呼べ」

 しかし、ぶっきらぼうに雅希から視線を逸らす。

「えっ......。うーん」

 顎に手を当てて雅希はじっと少年の方を見ながら思案する。そして、一つの名詞を口にした。

「なら、月夜げつや」

 言葉にすると名案だと思った。うんうんと頷きながら少年を見る。

「......は?」

 驚いたように、彼は間抜けな声を出す。目の前にいる雅希の考えが分からずに戸惑っている様子がそれだけで伺えた。
 好きなように呼べと言ったのは少年だ、予想外に早く、そしてどこか納得したように名付けた雅希に虚をつかれたのかと考えた。

「好きに呼んでいいって言っただろう? 君の後ろから満月が綺麗に見えたから。綺麗な月夜に出会ったから月夜だ」

 そう言って雅希は、ははっと照れる。少年――たった今月夜と名付けられた彼は少し考えてから「なるほどな」と小さく呟く。どこか腑に落ちないと表情を歪ませる。
 しかし、それもすぐに諦めたように無表情に戻ると息を吐く。そして、真っ直ぐに雅希に向き直った。

「それでいい。俺が言ったことだしな」

 乱暴に髪をグシャグシャと掻きながら月夜は呆れを含んだ瞳で頷いた。それを聞き、雅希はホッとした。そして嬉しそうに笑いながら右手を月夜の方へ差し出した。

「これからよろしくな、月夜」

 笑顔で握手を求める。
 しかし、差し出された手を月夜は取ろうとはしなかった。それどころか、逆に怪訝そうな瞳でその手を睨んでいる。

「協力はすると言ったが、馴れ合う気はない」

 ピシャリもそう言い切ると、月夜の右手が左の腰の辺りを彷徨った。無意識下の行動だったようで、すぐにハッと動きを止めた。
 その動作に雅希はどこか違和感を覚える。月夜の目が彷徨った場所は不良やごろつき崩れ、またある組織の人々が帯刀している場所の近くだった。

 今は持っていないけど、月夜も帯刀者なのか? と雅希は少し月夜に恐怖を抱かずにいられなかった。頭では先程のやり取りで決して悪い人ではないと理解はしながらも。

 帯刀者――。
 一般的には腰に刀を差している人物を総合的に示す単語だ。しかし、帯刀しているものはあ・る・二・大・組・織・を除くと荒れくれ者ばかりだ。組織に属している者は組織名で呼ばれる。そのため、最近だと帯刀者=荒れくれ者という意味で使われることが多い。
 二大組織の構成員はメンバーである紋章をつけており、身なりも整っている者が多い。なので人々は帯刀者を見るとその基準で危険かどうかを見極めていた。

 よって、一般市民には"帯刀者"とは"無法者""自分達に苦を与える者"のイメージが強い。
 だから、月夜はそんな奴じゃないと脳では理解しているが、条件反射のように体が強張ってしまう。

「月夜......君は"帯刀者"なのか?」

 震える声でそう尋ねると、月夜は一瞬、目を丸くさせた。しかしすぐに無表情に戻り、近くに置いてあった木箱に腰をかけた。そしてお前も座れと横に置いてあった他の木箱を顎で示す。
 今、2人がいる場所は路地裏ということもあり、元々人通りは少ない。さらに夜という時間帯でもあるため、人が来る気配もない。また、手軽に腰を下ろせる木箱などがたくさん置かれていた。それらを有効利用しなくて何を利用するのかと、月夜の顔に書いてある。

「本来の意味でならYes。だけど、この界隈で騒がれている奴らとは違うぞ。弱いものイジメはする気どころか、したいとも思わない」

 弱者に興味はないしなと、月夜はつまらなそうに呟く。

「......そーだ、寿」

 座っている木箱に両掌をつけ、月夜は夜空の星を仰ぐ。そして不意に思いついたように雅希に声を掛ける。その声はほんの少しだけ好奇心を含んでいるように感じた。

「なんだ?」

 雅希は真剣な面持ちで隣に座る月夜を見る。

「そう畏まらなくていい。絶対に俺の方が年下だろうしな」

 どこか呆れたようにそう断る。そして、告げた。

「この世界は好きか?」
「......」

 予想外の質問に雅希は目を丸くした。しかし、月夜が真剣に聞いているのを察すると、胸中に秘めていた思いや考えを言葉にすることに決めた。月夜の真っ赤な瞳が真剣に雅希を射抜いている。
 その迫力に気圧されながらも、雅希は素直に言葉を紡ぐ。

「好き......とは断言できない。いつも死と隣り合わせで怯えながら生きるしかない。いつ、帯刀者に不条理な文句を付けられるかもわからない。今日会えたからって、明日も会えるとは限らない。はは......言葉にすると本当に酷くて良いところがないな」

 乾いた笑いを浮かべながら、続ける。

「でも、家族も友達も......大切な人がいる。だから、嫌いにはなれない。......うん、そう考えると、好きかな? うん。こんな最低な世界でもやっぱり、俺は好きだ」

 そう雅希は断言した。言葉を紡いで脳内を整理したことにより、自分はこの世界がどんなに理不尽でも嫌いになれないと結論が出た。

「......」

 月夜はその話をただ静かに耳を傾けて聞いている。そして、少し意地悪そうな笑みを浮かべた。

「百年くらい昔は、今と違ってこの状態はありえないことだったらしい。日本は世界中でもかなり良く言えば治安が安全な国、悪く言えば平和ボケした国だったらしい。それが今ではこんな無法地帯だ。世界中でも治安の悪さは上位に入る。それでも"今"が好きだと言えるのか? 理不尽だとは思わないのか?」

 雅希は少し考えた。でも自分の結論は変わらないことに気付く。だからはっきりと伝えた。

「昔のことなんて知らない。望んだところで、その頃に行けるわけでも戻れるわけでもない。それに、今、幸せは感じられている。それだけで"今"も捨てたものじゃないって思えるだろ」

 どこかしたり顔で。得意げに言う。
 それを聞き、月夜はいきなり箱の上でうずくまる。膝に腕を回して抱き、額を膝に貼り付けるようにして丸くなる。その様子がどこか猫を彷彿とさせた。よく見ると肩は小刻みに震えている。

「大丈夫か!?」

 心配になった雅希は座っていた木箱から跳ねるように立ち上がり、月夜に駆け寄る。そして勢いよく肩を掴む。

「......くくっ」

 その時、笑いを押し殺した声が耳に飛び込んできた。

「......? 月夜?」

 疑問に思いながらも、肩を揺らしながら名前を呼ぶ。

「ふっ......あは......あはははは」

 堰を切ったように月夜は笑い出した。

「あっ......んた......ふっ......すごっ......ははは」

 言葉を紡ごうと努めているようだが、その度に耐えきれなかった笑いが零れ落ちる。月夜は上手く言葉を発せられない。お腹を抱えて笑う彼は最初に感じたどこか冷たい印象は微塵も感じず、年相応に見えた。
 それを見て、雅希も思わず頬が緩む。

「天然記念物並みの純粋さだ。......俺には持てない感性。尊敬するよ、ある意味」

 笑いの地獄から抜け出した月夜はどこか感心したように呟く。その肩はまだ少し小刻みに震えてはいる。

「なあ、それは褒めてんのか貶してるのかどっちだ?」

 雅希はその様子を見て、不服そうに唇を尖らせる。

「褒めてんじゃない?」

 どこか他人事のように月夜は適当に答えた。
 そして、両腕を空に伸ばす。頭上で手を組み、思いっきり伸びをする。

「あっ、そういや俺、完璧な我流だけどいいのか? それに他人に教えたことないからどうなるか知らないぞ」

 伸びを終えた月夜は思い出したかのように呟いた。
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