第七話 金獅子隊 前編
「月虹隊!! またお前らか!!」
怒りの隠そうともしない声が聞こえてきて、ルカたちはそちらの方を向く。
真っ赤な瞳を燃やしたホーマが、治安部隊を引き連れながら荒々しい足取りでこちらに向かって来ていた。ルカは舌打ちしたい気持ちをなんとか抑えたが、後ろでシノが盛大に舌打ちをした。ホーマの後ろからは、他の金獅子隊の隊員たちも向かってきている。
「......今度は弓で俺たちを射抜く気だったか。ヒリン兄さまの次に狙ったのは誰だ? 俺か? レオンか?」
ホーマは怒りに満ちた表情で月虹隊を睨みつける。「ホーマ!」と、太陽の国のシンファ長、サザードがたしなめるように近付いてくるが、ホーマはまるで聞く耳を持たない。サザードは去年よりもその赤茶色の髪に白髪が増えており、この一年間の彼の心労がうかがわれる。
「どうやら、この弓矢が使われたようです。矢じりに旗の切れ端が引っかかっています」
治安部隊が弓矢を持って近付いてくる。その弓矢は、先ほどユキが指差していたものだ。確かに、矢じりには真っ赤な布の切れ端が引っかかっており、それは破けた旗の描かれた太陽の色を同じものだ。
「......その弓矢にも、どうせそこにいる奴隷の一族の模様が刻まれているのだろう?」
ホーマはレイを睨みつけながら、口元に歪な笑みを浮かべている。
ルカの頭にかっと血が上るが、なんとか平然を装いホーマを睨む。
シノは「はぁ!?」と低いどすのきいた声で威嚇するが、レイはただ静かにホーマを見据えるだけである。
「ホーマ!!」と、後ろからやってきたレオンがホーマに向かって怒鳴りつける。
「お前は黙ってろ! ......これ以上金獅子隊の名に泥を塗るな」
レオンは凄みのある声でホーマを睨みつける。ホーマはまだ何かを言いたそうに口を開こうとしたが、レオンを一瞥し、ふんと鼻を鳴らしてレオンの後ろに下がった。
「......悪いなレイ、ルカ。お前らが犯人じゃないってことくらい分かるさ。弓矢は東側から飛んできたからな。......何か知っているのか?」
レオンは月虹隊の方に向き直し、申し訳なさそうに言った。翡翠のような瞳が、静かにルカを見据えている。
「あぁ......。レイが奥の建物の屋上から誰かが弓を射てくるのを見たらしい。その時にレイは『危ない』と声を上げて、それを聞いて咄嗟にユキがシンを放って弓矢の軌道をずらしたんだ。弓矢が旗に当たったのはそのせいだ」
ルカはレオンを見つめて言う。レオンは「ユキ?」と怪訝そうな声を出したが、ルカの後ろから前に出てきたユキの顔を見て目を見開いた。
「......ハク」
レオンは呆然とつぶやく。他の金獅子隊の隊員たちも、ユキを見て息を詰めた。驚いているような、怯えているような表情をしている者もいる。
「......こいつが前言ったハクの妹だ。......分かったろ、この騒ぎも、こいつがクィージェナに来たことによる災いのためだ」
ホーマは忌々しげに言うが、またすぐにレオンに「ホーマ!」とたしなめられ黙りこくった。
「そんな馬鹿げたことを未だに言っているのか? ......俺たちの誰もケガしなかったのは、レイとこの子が助けてくれたからだ。逆に感謝しなければいけないくらいだ」
レオンは穏やかながらも威圧感のある声でホーマに言う。ホーマは顔をしかめたが、何も言わなかった。
「どこの建物から射たっていうんだ?」
弓矢を持ってきた治安部隊の人がレイに向かって聞く。
「あの建物です」
レイはそこを指差し、治安部隊の隊員たちもレイの横に寄り目を細めてその建物を見ようとするが、何も見えないのかお互いの顔を見合わせた。
「......あそこから? ......本当に見えたのか?」
治安部隊の一人が疑っていることを隠そうともせずレイの顔を見る。確かに、普通の視力の人間ならば当たり前の反応であるが、レイが疑われるのではないかと思いルカの額に汗が流れる。二年前の事件を思い出し、嫌な記憶がルカの脳裏をよぎった。
「見えたのでしょう。ヤン族は我々よりも遥かに視力の良い種族です。その目は、空を飛ぶ文書鳥の足に結んだ手紙の宛名すら見えるという......。見えたとしても不思議ではありません」
レオンは静かに治安部隊に進言する。「そうか......」と、治安部隊も納得したように頷いた。
「それで、その犯人がどこに向かって逃げたか分かるか?」
「いえ......そこまでは見えませんでした......」
治安部隊の問いに、レイは申し訳なさそうに頭を下げる。治安部隊の隊員は「そうか......仕方がないな」と残念そうにつぶやいた。そして治安部隊たちは何か話し合った後、一人が東に向かって走って行った。報告しに行ったのだろう。
「で......、辺り一面に響き渡った波動はこの子が放ったのか。......さすがハクの妹だ」
レオンはユキを見つめて言う。ユキも黒い瞳で真っすぐにレオンを見据えていた。ユキは何かを考えているようだが、ルカにはそれが何なのか知る由もない。
「すご......」と、金獅子隊の一番後ろでリツが無表情につぶやいた。それを聞き、ホーマが眉をしかめてリツを横目に見るが、リツは何も気にしてない様子である。
ジェクロはというと、ルカの話を聞きサザードや治安部隊たちと何か話し合っているようである。何を話しているのか、ルカたちの位置からは聞くことができない。
「......レオンさん......」
レオンの後ろから、サンテが彼に呼びかける。「何だ?」と言ってレオンは振り向いた。そこでルカはサンテの顔を見て、思わず息を詰めてしまう。彼はそのあどけなさの残る顔を真っ青にし、唇を震わせてレオンを見上げていたのだ。
「......あの、出場を止めにしませんか......?」
「はぁ!?」
サンテの言葉を遮る形でレオンは声を上げる。他の金獅子隊たちも驚いてサンテの方を見る。
「お前、何言って......」
「だって、もう嫌なんです!」
今度はサンテはレオンの言葉を遮って叫ぶ。
サンテは震える口を開いて言葉を繋げる。
「もう、もう嫌なんです......。また、誰かが死ぬのを見るのは......! また、あの時みたいに、金獅子隊の誰かを失うのかと思うと......。もう、仲間をあんな形で失うのは嫌だ......!」
サンテは悲痛な声で訴える。その言葉に、ルカも胸が苦しくなった。二年前、銀狼の森でヒリンが亡くなっているのを見つけた時、その傍らで狂ったように泣き叫んでいるサンテの姿を、ルカは忘れることができなかった。
レオンや他の金獅子隊も苦しそうな表情でサンテを見つめ、やがてレオンは静かに口を開いた。
「大丈夫だ、サンテ、もうあの悪夢は終わったんだ。あの事件と、今回のことは無関係だ。もう誰も死なない。五神祭の本選にも出場する。これしきのことで負けてはられないさ......。このまま立ち止まったままじゃ、あの世のヒリンにも顔向けできないだろ」
レオンは穏やかにサンテに語る。サンテは「でも......」とつぶやいたが、そのレオンの瞳を見て黙って下を向いた。
「......金獅子隊、列に戻れ。王たちの退避は完了した。周辺の安全も確認できたから、このまま行進は続行する。この状態で止まったままじゃ、隊員がやられただの、王が死んだだの、あらぬ噂が広がり続けるからな。しかし、警備は強化する。お前たちは治安部隊の指示に従え」
治安部隊との話し合いから戻ってきたサザードは金獅子隊向かってそう指示をする。その後ろから、心具で武装した治安部隊たちがぞくぞくとやって来る。彼らはそれぞれ人一人を余裕でかばえるほどの『盾』を出現させ、それによってシンファたちを守るつもりらしい。金獅子隊は「はい」と返事をすると、それぞれが複雑な表情をしながら元の場所へと戻って行った。レオンもルカを一瞥した後、静かに列へ戻って行く。
「......月虹隊、君たちはこの治安部隊の人たちについて行ってくれ。事情聴取がある。......安心してくれ、ドドリゴも一緒についていく」
ジェクロは月虹隊に向かってそう言い、治安部隊の方を見る。治安部隊たちの隣には、いつも以上に冷徹な顔つきをしているドドリゴが立っており、ルカは嫌な予感を感じながらも「はい」と返事をした。
「......行こう、大丈夫だ」
ルカはそう言って、不安そうに目を紫色にしているユキの背中を押し歩き始めた。
そして、月虹隊は治安部隊の本部に連れて行かれ、選手入場は多くの治安部隊が出動する形で再開した。その後は特に何事もなく選手入場ノ儀は終了したが、一度芽吹いた噂は一夜もせずに太陽の国全域に広がっていくのだった。