第七話 金獅子隊 後編
「あー疲れたー」
シノは間延びした声を発しながら寝台に突っ伏す。「うん......」と、ユキも疲れ切った表情をしながらシノと同じ寝台に腰をかける。
「そうだな......まさかこんなことになるなんてな......」と、さすがにルカも疲れてため息をはいた。
時刻はもう十一ノ刻ぐらいだろう。太陽はとうの昔に沈み、辺りはすでに夜の静寂に包まれている。
先ほどまで治安部隊から解放されなかったのだ。聴取に聴取を繰り返し、本当にその建物から射たのを見たのかだとか、本当にユキにあれほどのシンを放つ力があるのかだとか、色々と疑われてしまった。近くにいた各国のシンファたちも聴取を受け、自分たちの話と食い違っていないかかなり調べられた。その結果、月虹隊の言ったことに嘘はないという結果になり、ルカはなんとか胸を撫で下ろした。二年前のように何を言っても信じてもらえないような気がしたが、今回はそんなことにはならなかった。特に、ユキの力を疑った治安部隊たちの目の前で、ユキが弓矢を弾いた時と同じくらいの力でシンを放出し、そのあまりの強さに治安部隊たち全員が呆然と立ち尽くしていたのにはスカッとした。あの間抜け面を思い出すだけで、ルカは思わず笑いが込み上げてくる。
「......でも、結局犯人については何も分からなかったわね......。誰を狙ったのかも分からなかったわ。あんな遠い位置から誰かを狙うなんて無理があるわよねぇ......。レイちゃんでさえ難しいでしょう?」
ハオもユキの隣にある寝台に腰かけて言った。
「そうだね......俺でやっと目標を射抜けるかどうかだと思うよ。普通の人ならまず無理だ......。本当に何が目的だったんだろうね。......誰でもよかったのかな」
レイは寝台近くの長椅子に座り、悩ましげな表情で言う。
「......かもな。ただの愉快犯かもしれねぇぜ。だとしたらほんと迷惑だよなぁ。噂じゃ、太陽の王に不満があるやつの反乱だとか、リン・シャロルの民の呪いだとか言われてるらしいぜ。後者だけは絶対にねぇっつうの」
シノは突っ伏した枕から顔を覗かせて忌々しげに言う。その言葉に、ユキは悲しそうに目を青色に濁らせる。
「そうよねぇ......。それに、あの弓矢、ただの心具じゃないわ。鉄の矢じりが付いた本物の弓矢に、さらに心具を埋め込んで、シンで強化できるようにしたものだった。普通の弓矢より格段に飛距離が伸びて、殺傷能力が上がるのよ。本当、レイちゃんとユキちゃんがいなかったらどうなっていたか分からないわ......。お手柄だったわね、二人とも」
ハオは二人に微笑みかけるが、その顔には疲れが見て取れる。
「お前もよくレイの声に反応できたよな。俺なんて、レイの声聞こえても何のことだか分かんなかったぜ。やっぱすげぇよお前は」
シノは仰向けになってユキを褒める。「そんなことないよ......」と、ユキは曖昧に笑って言った。
「......にしても、泊まるとこあって本当に良かったな。ここ、サザードさんが取ってくれたんだろ? 金もサザードさんが出してくれたしな。こんないいとこ、滅多に泊まれないぜ」
シノは寝台に寝そべりながら気持ちよさそうに背伸びをする。ユキも寝台の柔らかさに驚いているようで、何度も手で寝台を押してその柔らかさを確認していた。
「そうだな」と、ルカも部屋を見渡して言う。昨日泊まった宿の部屋の二倍はありそうな広さだ。二人は余裕で寝転べる大きな寝台が二つ並んでおり、寝心地も良さそうだ。三階なので、日が昇っているなら窓から見える景色もさぞいいだろう。最初この宿に泊まることになった時、ジェクロはサザードに部屋を見つけてもらった上にお金まで払ってもらうのは申し訳ないと言い、自身が宿代を払おうとしていたが、サザードは金獅子隊のことを助けてもらった礼だと頑としてジェクロが払うのを拒んでいた。しかもサザードは一部屋しか開いていなかったと残念そうに言っていたが、宿で休めるだけでもルカたちはありがたかった。
「でも、寝台に三人で寝るのはさすがに狭いかな。俺はこの長椅子で寝るから、ルカはハオの隣で寝なよ。この椅子も柔らかいから、兵舎の寝台より寝やすそうだ」
レイは冗談っぽく笑ってルカに言う。
「いや、レイ、お前の方が寝台で寝てくれ。お前背が高いから、その椅子じゃ足がはみ出るだろ。それに、今日の手柄はお前だ。遠慮すんなよ」
ルカはレイと場所を代わろうとレイのいる長椅子に近付いていく。
「そう?」とレイは迷ったような表情でルカを見上げる。
「そうだぜ、レイ。そういうとこがお前の良いとこでもあるけど、悪いとこでもあるぜ。遠慮せずに寝台に移れよ」
シノは寝そべったままレイの方を見て言う。
「いや、真っ先に寝転んだお前が言うことじゃねぇだろ」とルカは呆れながら言うが、シノは知らんぷりである。
その様子にレイは笑い、「じゃぁ、寝台で寝るよ」と長椅子から立ち上がった。
それと入れ替わる形でルカは長椅子に座った。ずいぶん久しぶりに座れた気がする。
ユキもため息をつきながらゆっくりとシノの隣に寝そべった。
「これ......まるで雲の上みたいに柔らかいね」と、ユキは感嘆としてつぶやく。
「雲の上か......お前面白い例え方すんなぁ、行ったことあんのか?」
シノはいたずらっぽく笑って聞くが、ユキも「さあね」同じように笑って言った。
「......王に対する反乱だって言ってたけど、本当にそんな人たちがいるの?」
ユキはぼんやりとした声で隣のシノに聞く。
「ん? さっきの話か? どうだろうなぁ。噂だけど、太陽の国って色々あったからさ、王族に対する不満ってけっこうあるらしいぜ。前王があんなだったし、未だに身分による格差とか根深いしな。それで、なんでもそういう不満があるやつらが影で集まって、反乱しようとしてるって言われてるんだ。まぁ、信憑性はまったくねぇけど、今回のことでどうなるかな......。今回選手入場で狙われたのはホーマで、王族を狙ったってことになってるだろ? めんどくせぇことになりそうだぜ」
シノはけだるそうにそう言った。「そっか......」とユキも不安そうにつぶやく。
「『闇に潜む者』......」
長椅子で眠る準備をしていたルカは、ふと思い出してそうもらす。
「え?」と、ユキは顔だけでルカの方を見る。
「......なんですか、それ?」
ユキは不思議そうにそう問いかける。
「あぁ」と、ルカは曖昧に口を開く。
「いや、今のシノの話で何となく思っただけだ。......アダ・ヴァスクノっていうのはな、国のために暗躍する間者のことを言うんだ。普段は一般市民として至る所に溶け込んでいて、影で情報集めや暗殺等の仕事をするらしい。本当にいるかどうかは知らないけどな」
ルカは長椅子に寝そべって言う。幅も広く、柔らかいのでこのまま眠っても苦ではなさそうだ。
「......今回も、そのアダ・ヴァスクノって人たちの仕業だと思うんですか?」
ユキはなおも不思議そうな表情でルカに問いかけてくる。
「まさか、ただの言い伝えだよ」と、ルカは冗談っぽく笑って言った。ルカ自身も本気で言ったわけではない。アダ・ヴァスクノを信じているのなんて、幼い子供か、夢見がちな少年くらいだ。
「......もう寝ましょうよ。明日も早いんだから」
ハオはそう言って大きなあくびをする。「そうだね」と、レイも目をこすりながら眠そうに言う。
「そうだな、明日の馬車は三ノ刻半出発だし、そろそろ休むか。ユキ、明かりを消してくれないか」
ルカは部屋を照らす照明器具から一番近い位置にいたユキに声をかける。
「分かりました」とユキは快く返事をして立ち上がり、照明器具から垂れたひもを引っ張る。
途端、部屋は真っ暗になり、ユキはまた寝台に戻ってシノの隣に寝そべった。
「おやすみなさい」とユキが言ったので、他の面々も口々に「おやすみ」と言ってまぶたを閉じる。ルカは窓かけから漏れる月明りに照らされた天井を見つめながら、今日の出来事を思い返していた。
最初の王たちの入場。
次に来た金獅子隊の行進。
レイの叫び声。その瞬間響いたユキのシンの音。
遠い建物から飛んできた弓矢。
犯人は誰か。そもそも犯人の目的は何か......。
ルカがそんなことを考えていると、だんだんと眠気が襲ってきて、まぶたが重くなってくる。
......全員が無事で良かった。誰もケガをしなくてよかった......。
あの場にユキがいなければ、あの弓矢を弾くことができなかった。
ユキがいなければ......。
「......ユキ?」
ルカははっとしてつぶやく。ある考えが頭を閃いたのだ。
唐突に名を呼ばれたユキは、驚いて「ふぁ、え、はい?」と慌てて返事をする。
ルカは目を見開いて天井を見つめた。眠気が急速に遠のいていく。
「ど、どうかしましたか......?」と、ユキの不安そうな声が静かな室内に響いた。
「......ユキ、お前本当に、レイが叫んでからシンを放出させたのか......?」
ルカが静かに聞くと、「......はい」とユキも静かに返す。
「どうしたのよ、今更......」と、ハオは眠たそうにルカに向かって言う。
「いや、俺にはどうも、レイの声と同時に爆発音が響いた気がしたんだ......」
ルカの言葉にユキは何も答えない。ルカはなおも頭を働かせた。
「あの時、あの弓矢を弾くことができたのは、ユキだけだ。そして、弓矢はまさに俺たち......ユキの目の前に向かって飛んできた。犯人は、ユキが弓矢を弾くことができるのを知っていて、わざとやったんじゃないのか? ......俺たち、月の国のシンファたちの場所は、直前になって変更された。......もしかして、俺たちが太陽の国に来るのが分かったから、急遽変更になったんじゃないか?」
ルカは自身のドクリドクリと鳴る心臓の音を聞きながら言う。自分たちは、太陽の国に行く予定ではなかった。しかし、直前になって自分たちが選手入場ノ儀を観覧することが分かり、急遽変更となったのではないか。
「ちょっと、何言ってるのよ、ルカ」
薄暗闇の中から、ハオの怪訝そうな声が響いてくる。
「あんた、まさか、犯人の狙いはユキちゃんだったって言いたいの? だとしても、それがどうして場所変更に繋がるのよ......?」
ハオの言葉に、ルカは考える。確かに、射るために一国のシンファたちの位置を入れ替えた理由は何なのだろうか......。
「太陽だ」
レイがぽつりとつぶやいた。
「俺たちの位置からは、正面から太陽光が当たっていた。射手は普通、太陽を背にして射る。他にも、射線の問題とかで変更になったのかもしれないけど、太陽を背にしたいからって理由もあると思う......」
レイは静かに述べる。確かに、今日は東からの太陽光がまぶしくて、目を開けるのもやっとだった。そして、弓矢は東の方から飛んできていた。
「......おい、ルカ。お前の考えの通りなら、俺らが思ってるより遥かに重大なことになるぜ。選手入場ノ儀のシンファたちの集合場所なんざ、普通のやつが変えることなんてできない。......あの場所は確か、シンファ長たちが話し合って決めてるはずだぜ」
シノの言葉に、部屋はしんと静まり返る。ルカの脳裏にジェクロの顔がよぎるが、あの時、本当に心配そうな顔をして月のシンファたちの元に駆け寄ってきたジェクロのことを、ルカは疑う気にはなれなかった。
「......金獅子隊がちょうど俺たちの目の前を通過する時に射て、狙いは金獅子隊だと思わせ、本当の目的であるユキのことをあやふやにさせようとしたって訳か......? でも、そうまでしてユキを狙った理由はなんだよ......」
シノの低い声が、静かな室内に響き渡る。先ほどからユキは一言も発しようとはしなくなった。
そのユキの様子から、ルカは何となく察しがついていた。
犯人は、リン・シャロルの民にしか分からない何かを確認しようとしていたのだ。
あの時、ユキがレイと同時に反応できたのは、一体どんな能力のおかげだろうか。
レイと同じような視力の良さではないはずだ。
シンを纏った武器を感知できるのだろうか。
それとも......。
「......分からない。それでも、犯人は金獅子隊の誰か特定の人物を狙ったんじゃないはずだ。あの距離じゃ、狙っても当たる可能性は低い。きっと、誰でもよくて、その中でも王族のいる金獅子隊の時に射るのが一番混乱を引き起こせるからちょうどよかったんだ。......酷いことしやがる」
ルカはサンテの真っ青な表情を思い出し、苦々しく言う。犯人が何を目的として弓を射たのか分からないが、許せないことは確かだ。
「......悪いな、寝る前に変なこと言っちまって。ここであれこれ考えても無駄だ......寝ようぜ」
ルカはそう静かに謝るが、部屋に流れる不安な空気は収まらない。寝る前にこんな話をし出してしまった自分をルカは反省する。
眠ろうと何とかまぶたを閉じるが、色んな考えが頭をよぎってなかなか寝付けなかった。本当に犯人の狙いがユキだとしたら、またハクと同じように、ユキをどこかへ連れ去られるのではないかという不安が胸を埋め尽くすのだ。どうすればユキを守れるだろうかと、ルカは重たい頭で考える。
しばらくすると、シノの穏やかな寝息が聞こえてきた。あいつは本当に図太いなと、ルカは寝息を聞きながら思わず笑いそうになる。
ルカは寝返りを打ち、とにかく眠ろうと静かに深呼吸をする。
ふと、昔ハクが眠れない時によく効く方法を教えてくれた気がするが、それを思い出そうとしている内に、ルカはいつの間にか眠りに落ちていた。