堕ちゆくアリサ
「その子の、連絡先を教えて」
「そう焦らないで、明日にしましょう? 作戦会議とか、したいじゃない?」
瀬川さんは、秘密基地を作る男の子のようにはしゃいでいる。少し空恐ろしくなったが、今さら引くわけには行かない。
なんだってする。それが答えだ。
下校途中。
「アナタ、よっぽど暇なのね」
おはぎが、のっそりと出てくる。人間の姿をしていても、挙動はやっぱり猫だ。
「ぐうたらするのが猫の仕事だ。つまり俺はいつでも仕事中だ」
「あきれた」
「そんな事より。アリサ、お前何かあっただろう?」
バレてる? まさか、化け猫だから分かるの? でも、相手がおはぎでも、邪魔されるわけには行かない。
「何もないわ、なんでそんな事聞くのよ?」
「動物の勘だ」
そっちか! なら、ごまかせるわね。
「お前から、焦りを感じる。全身の気も乱れている。悪さでも始めるつもりか?」
ウソばっかり。何が動物の勘よ。
「アナタには関係ないわ」
おはぎは細い目を目一杯見開いて言う。
「俺は、化け猫だ。霊的なチカラを除けば、タダの猫に過ぎん。それでも、お前の家族だ。それを忘れるな、いつでも頼れ」
......限界だった。
「ほっといてって言っているの! 家族? 笑わせないで! 家族なんて寝床が同じだけの寄せ集めじゃないの! 私は......友達が欲しいの!」
おはぎは、それでも一歩も退く気配を見せず、言い返した。
「なら、俺がお前の最初の友達になってやる」
「アナタが、友達? 冗談でしょう? 住む世界が違いすぎるわ!」
「一緒に住んでいただろう?」
「話にならない! 消えて、今すぐ! 私の前から!」
おはぎは、何も言わず振り向くと、路地裏に消えた。
「なんで? なんでよ......なんでこんなに......」
私は、空を仰いだ。
「胸が、痛いの?」
翌日。瀬川さんに呼び出された。
「はい、例の子の連絡先。リーダーのフリして、この子に指示出して」
「どんな指示出すの?」
「他のメンバーをいじめろって指示よ。断れば命令無視、受ければ他のメンバーを守るっていう大義名分ができるってわけ」
......悪趣味。でも。もう引けない。
「わかったわ。約束は守ってね」
瀬川さんは含み笑いを返した。
おはぎにはもう頼れない。これは私の問題。でも......さすがに。
後ろめたい。
誰か、相談できる人。思い当たる人がひとりいただけ、まだマシなのだろうか?
結局、私が頼れるのは、この人しかいなかった。
「先生、私悩みがあるんですけど......」
「言ってみなさい、ゆっくりで良いから」
「グループに溶け込めなくて。SNSでも悪口書かれてて。もう......死んだ方がマシ!」
もちろん、内容にはウソも混じっている。でも、気持ちは本当。
「君の気持ちは分かるんだが、世の中には生きたくても生きられない人だっているんだし......」
「そんな正論が聴きたいんじゃありません! 孤独に耐えられないって言ってるんです!」
分かっている。この、戸塚先生という人は、見た目ほどバカでも冷淡でもない。
でも、だったらどうしてほしいのか。分からないまま相談を続ける。
「グループにしろSNSにしろ、中心人物がいるだろう? そういう子に嫌われたりした覚えは?」
「ありません。もう何が何だか......」
「最近特に変わったことは?」
「これと言って......いえ、そういえば、右手の指が動きづらいような......」
「そうか。変なこと聞いたな、気にするな」
......気になるわよ。
次の授業。トイレに行くと言って席を立ち、例の子に指示を送った。
右手の違和感は強まっていったが、トイレから出るとなぜか治ってしまっていた。
それとは裏腹に、後ろめたさはどんどん募っていった。
とうとう、実行してしまった。引き返すことはできない。
休み時間。瀬川さんに報告をする。
「指示通りにしたわよ。これで、私もグループの一員ね?」
「ええ、もちろん」
瀬川さんはニヤリと笑って、言いはなった。
「指示を出した相手が、リーダー本人じゃなきゃね」