Episode 34 ORPHANAGE
暖かな風が、庭先の草花を優しく揺らしていた。
古びた木造の建物。
この場所には確かな温もりがあった。
「ただいま」
――パタパタパタパタッ――
奥から小さな足音が一斉に響いた。
「ステラ先生!」
「おかえり!」
「あっ!ゼロも帰ってきた!」
子どもたちが笑顔で駆け寄る。
ゼロは困ったように頭を掻いた。
「騒がしいな」
「ふふっ。元気なのはいいことじゃない」
ステラが笑う。
その後ろで、少年は立ち尽くしていた。
知らない場所。
知らない人たち。
握り締めた拳は、まだ震えている。
ステラは静かにその前へしゃがみ込んだ。
「もう大丈夫」
少年は何も答えない。
「ここでは誰もあなたを傷付けない」
そっと肩へ手を添える。
「安心して休みなさい」
ほんの少しだけ。
少年の肩から力が抜けた。
その様子を見届けると、ステラは奥の部屋へ案内する。
「今日はゆっくり眠ってね」
「......うん」
少年は小さく頷き、部屋へ入っていった。
――パタン――
ゆっくりと扉が閉まる。
「ステラ先生」
背後から声がした。
「おかえり」
振り返ると、一人の少年が廊下へ顔を出している。
ぼさぼさの黒髪。
どこか眠たそうな目。
その瞳は妙に生意気だった。
「レート」
ステラが微笑む。
「起きてたの?」
「うるさかったし」
欠伸をしながら歩いてくる。
そして、閉じられた扉を見つめた。
「あいつ、誰?」
「今日からうちの子よ」
ステラは少しだけ考える。
少年の過去。
呼ばれていた名前。
失われた居場所。
その全てを胸の中で受け止める。
「......クランツ」
レートが首を傾げる。
「あの子の名前。覚えてね?」
「ふーん」
レートは腕を組み、閉じられた扉をじっと眺める。
「......あいつ、弱そう」
「もう」
ステラは思わず笑ってしまう。
「そんなこと言わないの」
「だって本当じゃん」
レートは肩を竦める。
「すぐ泣きそうだったし」
「お前も大して変わらん」
ゼロは鼻で笑った。
「は?」
「昨日、木から落ちて泣いてたろ」
「泣いてねぇ!」
「見た」
「見られてねぇ!」
孤児院に笑い声が響く。
部屋の向こう側。
ベッドへ横になったクランツは、その声を聞いていた。
知らないはずの笑い声。
知らないはずの温もり。
胸の奥で何かが、少しだけ溶けた気がした。
――彼らはまだ知らない。
この日、触れた温もりが。
これから先、何年も続く家族の始まりになることを。