諦観
『......』
「イア、どうしたんだ」
鏡の間で、ふうっと一息ついていた頃、イアが訪れた。
『痩男』と『白心』の舞台から数日が経っていた。アイは、まだその面を灰にできていない。
灰になれない面が、一枚。
アイの傍らに置かれている。
『これで、よかったのか』
「心を、視た結果だろう」
『......あぁ』
イアは、男の心の中を思い出す。
舞台の数日前
『...私は、巫一族の者。巫イア』
その瞬間、イアは扇子を開く。
『汝の心を、映し出せ』
その言葉と共に、桃花眼が開かれた。
『.........』
ピチャン。ピチャン。ピチャン。ピチャン。
視界一面が暗闇だった。
ピチャン。ピチャン。ピチ○△。○△◽️⭐︎。
ナニカも分からない音が、響く。
イアの声と共に、足元に微かな光が灯る。
「...んだよ」
ふと、声がした。暗闇のせいで姿は見えない。
『次の舞台の招待状だ、お前の心を視させてもらう、巫イアだ。よろしく頼む』
相手の心を視るからには、礼儀を重んじる。
『すまない、暗闇の中にいきなり光を灯してしまった。嫌だったらすぐに消す』
その優しさと丁寧さが、心が許す理由となる。
「なんでもいい、早く終わらせてくれ」
今回は、相手が少し悪かった。
『お前が最も、大切にしている想いを―――』
「わかった、コレだよ」
暗闇の中、姿ひとつと見えないイアは、恐る恐る声のする方へと近づく。
「俺はただ、赦されたかった」
暗闇の中で、男は静かに語る。
「人を殺めた」
淡々と。淡々と。
「一人じゃない」
事実だけを、語る。
「三桁はとうに越えているだろうな」
淡々と。淡々と。
『だが、人は...殺人を救いと呼んだ』
過去を、思い出す。
『お前は、もう赦されているのではないか』
男は、静かに笑った。
「違う」
淡々と、淡々と。
「俺が欲しかったのは、そんな赦しじゃない」
『......』
「ただ、ただ...守りたくて」
語る。
「たった一人だけなんだ、俺は...」
誰にも言えなかった、言葉を。
「ただ、赦され、たかった」
誰にも言えなかった、真実を。
『......』
誰にも言えなかった、後悔を。
「そのために、俺は、俺は......人を殺した」
誰にも言えなかった、罪を。
誰にも言えなかった。
「ま、結果は赦してほしかった人に」
想いを。
「.........俺は、軽蔑された」
『...』
「......嗤えるよな」
『すまない』
「...なんでだ?」
『私は、お前の心を視るくせに、心が分からないんだ』
「そりゃあそうだろ」
『.........え?』
想像していなかった返しに、イアは困惑する。
「心を知ってちゃ、心が苦しくなる」
『...』
「心を知らずに心を知る事で、心を護る」
「それが、巫イアなんだろう」
その瞬間、イアは心から出ていた。
扇子が地面に落ちている。
『貴方の心、拝見させていただきました』
扇子に向かって膝をつきながら、イアは言う。
『無事に想いは、届きました』
そうして、今になる。
「イア、大丈夫」
『......』
「舞台はちゃんと終わった」
『はじめての舞台だった』
「役者が二人同時に立つ前代未聞の舞台は、しかと届いた事だろう」
『誰に?』
「届くべき者にだ」
アイの言葉の意味を、イアはまだ知らない。