
シテ
「ワキおじちゃーん.........?」 夜の十一時。消灯時間。 シテは、恐る恐るワキの部屋を訪れていた。 ワキは寝るところだったが、シテの来訪を快く出迎えた。少し眠たそうに黄金の眼が伏せられている。「どうしたんだい?シテ」 ベッドのそばにシテを呼ぶ。 シテは近くへと寄り、ワキの寝転がるベッドにそっと座る。 ふわりと身体が沈んだ。「前から、疑問に思ってたんだ」 ゆっくりと、シテはワキの眼を見る。「突然だね、どうしたんだい?」 シテは、物珍しい碧の眼を見せた。「あのさ、聞かせてくれ」 初めからずっとあった、違和感を。「死者に名前がない理由」 その瞬間、パンと乾いた音が聞こえた。「...あぁ、踏んだな」 清らかな空を見て、シテはそう呟いた。「そうだね、シテ」 ワキは、静かに微笑んだ。「舞台で授かった面」 ワキは、見る。「それこそが、死者の名になる」 ワキは、呟く。「死者に名は存在しない」 ワキは、囁く。「何故なら、死者の名は生前の世界にちゃんと残っているからだ」 ワキは、断言する。「さあシテ、私の世界に入り込んだんだ。それ相応の振る舞いを求めるよ」 ワキは、構えた。何を?笛をだ。「君に『名』があるのは異常なんだ」「そうなのか?」「そうなのさ」 途端、聴こえるはずのない地譜が耳に届いた。低い声が、心の臓を貫くかのようにシテに届く。「私は君の監視役。今回の発言は、看過できないと私の世界は判断したらしい」 いつの間にか、笛は大太刀へ変わっていた。 ワキは遠心力を利用して鞘を抜く。 だが、ワキの言葉に、シテは微笑んだ。 その姿に、ワキは一瞬黄金の眼を見開かせた。 動揺したのだ。「ワキおじちゃんは、面白いな」 シテは青空の下で両手を広げる。「急に『心の中』に連れて来られても、俺は何が起きてるのか分からないぞ」「直に巫様が来られる。そうしたら理解るだろうね」 ワキは青空から舞い落ちてきた一枚の葉を静かに受け止めた。 その瞬間、どこからともなく笛の音が流れた。 ひゅるり、ひゅるり。ひゅるりらり。「余興といこう」 ダン!と地面を踏む音が聞こえた。
大太刀をワキは構える。「大歓迎だ」 カラン。 同刻。「イア!起きろ!」『......きゃっ...かだ、アイ......』「ワキがシテを狭間に入れた!」 その瞬間、イアは桃花眼を見開かせた。『状況は』「ワキが大太刀を構え、シテが踊っている」『ワキが...か?』「ワキがそう判断したんだ」 アイの言葉に、イアは微笑む。『ふっ...上出来だワキ』 瞬間、イアは白の扇子を取り出した。『脇演の役目とは、舞台を支えること』 ゆっくりと。ゆっくりと。『であれば』 ゆっくりと。ゆっくりと。『己の心すらも、舞台に変える事ができる』 扇子がバサリと開かれた。『これで、シテを視ることができる』 アイは静かにイアを見つめた。 今は、自身の出る幕ではないからだ。『巫イア。心師の肩書きの下、力を行使する』 扇子の先が、ピタリと止まった。『......っえ?』 シテ
「ワキおじちゃーん.........?」 夜の十一時。消灯時間。 シテは、恐る恐るワキの部屋を訪れていた。 ワキは寝るところだったが、シテの来訪を快く出迎えた。少し眠たそうに黄金の眼が伏せられている。「どうしたんだい?シテ」 ベッドのそばにシテを呼ぶ。 シテは近くへと寄り、ワキの寝転がるベッドにそっと座る。 ふわりと身体が沈んだ。「前から、疑問に思ってたんだ」 ゆっくりと、シテはワキの眼を見る。「突然だね、どうしたんだい?」 シテは、物珍しい碧の眼を見せた。「あのさ、聞かせてくれ」 初めからずっとあった、違和感を。「死者に名前がない理由」 その瞬間、パンと乾いた音が聞こえた。「...あぁ、踏んだな」 清らかな空を見て、シテはそう呟いた。「そうだね、シテ」 ワキは、静かに微笑んだ。「舞台で授かった面」 ワキは、見る。「それこそが、死者の名になる」 ワキは、呟く。「死者に名は存在しない」 ワキは、囁く。「何故なら、死者の名は生前の世界にちゃんと残っているからだ」 ワキは、断言する。「さあシテ、私の世界に入り込んだんだ。それ相応の振る舞いを求めるよ」 ワキは、構えた。何を?笛をだ。「君に『名』があるのは異常なんだ」「そうなのか?」「そうなのさ」 途端、聴こえるはずのない地譜が耳に届いた。低い声が、心の臓を貫くかのようにシテに届く。「私は君の監視役。今回の発言は、看過できないと私の世界は判断したらしい」 いつの間にか、笛は大太刀へ変わっていた。 ワキは遠心力を利用して鞘を抜く。 だが、ワキの言葉に、シテは微笑んだ。 その姿に、ワキは一瞬黄金の眼を見開かせた。 動揺したのだ。「ワキおじちゃんは、面白いな」 シテは青空の下で両手を広げる。「急に『心の中』に連れて来られても、俺は何が起きてるのか分からないぞ」「直に巫様が来られる。そうしたら理解るだろうね」 ワキは青空から舞い落ちてきた一枚の葉を静かに受け止めた。 その瞬間、どこからともなく笛の音が流れた。 ひゅるり、ひゅるり。ひゅるりらり。「余興といこう」 ダン!と地面を踏む音が聞こえた。
大太刀をワキは構える。「大歓迎だ」 カラン。 同刻。「イア!起きろ!」『......きゃっ...かだ、アイ......』「ワキがシテを狭間に入れた!」 その瞬間、イアは桃花眼を見開かせた。『状況は』「ワキが大太刀を構え、シテが踊っている」『ワキが...か?』「ワキがそう判断したんだ」 アイの言葉に、イアは微笑む。『ふっ...上出来だワキ』 瞬間、イアは白の扇子を取り出した。『脇演の役目とは、舞台を支えること』 ゆっくりと。ゆっくりと。『であれば』 ゆっくりと。ゆっくりと。『己の心すらも、舞台に変える事ができる』 扇子がバサリと開かれた。『これで、シテを視ることができる』 アイは静かにイアを見つめた。 今は、自身の出る幕ではないからだ。『巫イア。心師の肩書きの下、力を行使する』 扇子の先が、ピタリと止まった。『......っえ?』