第1話 ハワイ陥落【前編】
=1941年12月8日=
ハワイのオアフ島は空前絶後の大混乱にあった。
「我々は攻撃を受けている! これは訓練に非ず! 繰り返す! これは訓練に非ず!」
「ジャップめ! 宣戦布告からすぐにハワイを狙ってきたか!」
「はやく太平洋艦隊を出せ! 港にいればいい的だぞ!」
「ダメだ! 敵機急降下ぁ!」
日本は英米に対して宣戦を布告する。何年も前から緊張状態にあったが遂に大爆発に至った。ハワイが攻撃される前にマレー半島強襲作戦が実施されている。しかし、その報告は届かなかった。仮に届いたとしても意味をなさない。なぜなら、ハワイは早朝から大規模な空襲が実施された。航空基地に対して戦闘機が殺到して待機中の戦闘機と爆撃機を片っ端から地上撃破する。まずは迎撃を封じられた。地上の高射砲と高射機銃が動き始めるが時すでに遅し。戦闘機から機銃掃射を受けた。超低空を這うようにして飛ばれては堪らない。人間の視力が追いつけるはずもなかった。
その次に軍港が狙われる。急降下爆撃機と雷撃機が殺到した。太平洋艦隊の基幹たる戦艦たちが停泊している。ただでさえ戦艦は良い的だ。それが停泊中とあらば外すわけもなく、急降下爆撃の命中精度は80%を超え、雷撃に至っては自爆を除外すれば百発百中となり、アメリカ海軍の名誉ある大戦艦は次々と被弾する。一隻は大傾斜して、一隻は静かに沈みはじめ、一隻は火達磨と化した。駆逐艦は機動力を活かして脱出に成功するも抵抗の手段は乏しい。気休め程度の対空砲火はすぐに黙ることを強制された。
「何が起こっている。これは現実なのか...」
「キンメル長官! このままではやられるだけです!」
「わかっている! まずは損害状況を報せ! それからだ!」
「報告するも何もご覧の有様です。太平洋艦隊は壊滅的な被害です」
「飛行場も地獄絵図でした。B-17が地上で撃破されたため離発着は不可能です」
「沿岸砲台は健在ですが、実際に戦えるかは」
「これで上陸されたらか。全軍に地上戦に備えるよう通達するんだ。武器庫から小銃を出して総員に配れ。コックもだ」
「かしこまりました。ハワイに栄光あれ」
太平洋艦隊司令長官のハズバンド・キンメルは絶望の中でも最善を尽くす。彼が指揮する戦艦は壊滅的な被害を受けていた。駆逐艦や駆潜艇など軽量級は脱出に成功する。大艦隊に抵抗するには心許なかった。飛行場もB-17など爆撃機が地上撃破されたせいで戦闘機の離発着すら不可能である。まずは残骸を移動することから始めた。これだけの攻撃ということは日米開戦の一手目がハワイ攻略かもしれない。
まだ負けていなかった。太平洋艦隊には含まない空母3隻は奇跡的に難を逃れている。ミッドウェーで訓練や航空機輸送に従事していた。敵艦隊が空母から為ることは明らかである。逆襲の一手は空母3隻を差し向けることだ。これで上陸作戦を遅延させられる。時間稼ぎを行っている間に地上戦の用意を整えた。武器庫から小銃を取り出して非戦闘員の調理員まで配ろう。民間人の避難も徹底した。無実の市民を巻き込むわけにはいかない。
「まだ負けていないのだ。いかにジャップが強大でも無法者には神の裁きが下る...」
キンメル長官がキッと睨む先は水平線だった。特に何かを見つけたわけでもない。あの遥か先にジャップと蔑む日本があるはずだ。パクスアメリカーナを脅かす敵国にある。ナチス・ドイツやファシスト・イタリアとは格が違った。極東の小国は確かに力をつけている。石炭を元手にした人工石油の精製に成功して以降の経済包囲網も効果を発揮しなかった。大規模な軍事拡張の末に世界二位の海軍を作り上げる。偉大なアメリカに牙をむいてくると確実視して準備を重ねてきた。卑怯な奇襲攻撃は許したが十分に立て直せる。
「ちょ、長官!」
「なんだ! 騒がしい!」
「す、水平線に大艦隊! ワイキキビーチに来ます!」
「もうきたか! ええい! ハワイから抽出できる戦力を全て出すんだ! 絶対に上陸させてはならん!」
そうは言っても不利は否めなかった。ミッドウェーから空母3隻を呼び寄せても一日は要する。なんせ訓練や航空機輸送の真っ只中のため実戦に耐える状態に仕上げるに最低でも半日は見込んだ。さらに、ミッドウェーからハワイまでの移動に係る時間を逆算しよう。艦載機の行動範囲を考えて一日は準備に費やした。ハワイに救援が到着するまで持ち堪えなければならない。一度でも上陸を許せば泥沼の地上戦に突入した。これでは救援部隊が敵味方の識別に困ってしまう。したがって、オアフ島の近海に押しとどめることが最善だった。
オアフ島に殺到する日本艦隊はワイキキビーチを双眼鏡越しに眺める。砂浜に障害物らしき物体は見られなかった。チェコの針鼠や鉄条網も張っていない。どうぞご自由にと言わんばかりだ。平時は観光で楽しめそうである。あいにく、本日の日米開戦から激烈な戦場と一変した。日本の観光地と作り替えるために蹂躙しなければならない。艦隊の後方に上陸部隊が控えていた。満州で訓練を重ねてきた精鋭が南国を踏みしめる。もっとも、南洋の天国を踏みしめるのは歩兵だけでなかった。
「これより八八艦隊が上陸を実施する。敵飛行場と港湾基地は壊滅状態を確認した。しかし、未だ沿岸砲台は健在である。さらに、内陸には数万の兵士が待ち構えていた。太平洋の本丸を落とすに相応の激戦を予想した。我々には八八艦隊がある。必ず負けると言われた戦を必勝に変えるのだ。これより突貫を開始する」
マストにZ旗が翻る。その意味は明治から続く「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ 各員一層奮励努力セヨ」が込められた。負けることは許されない。大日本の行く末が決まった。たとえ死することがあろうと構わない。祖国が勝利のため、愛する家族を守るため、総員が命を捨てる覚悟を抱いた。ここに半端な軟弱はいないのである。
「全艦に通達せよ。上陸最終準備だ」
「艦尾格納庫を解放せよ」
「艦尾格納庫を開きます。特大発および大発は順次発進せよ」
「履帯展開はじめ」
「履帯出します」
「機関をディーゼルへ切り替え。砂浜を低速で確実に突破する」
「敵軍の頑強な抵抗を予想する。全砲門を開け。主砲は沿岸砲台が射程に入り次第に砲撃を開始する。弾着観測機はどうだ」
「通信は良好です。高射砲の砲撃を受けていますが連絡は通ります」
「よろしい...」
強襲上陸は日本軍の十八番だった。米軍も認めざるを得ない。太平洋に面した海洋国家のために上陸に係る技術は激戦という経験に裏打ちされた。世界各国が驚嘆する画期的な装備を数多も送り出す。戦車揚陸艇の特大発は中戦車か砲戦車を迅速に運んだ。大発は歩兵が海に溺れる事故を劇的に減らしている。しかし、水際防御を崩さないと洋上で撃破されかねなかった。ここで大艦隊の出番であろう。戦艦の巨砲が沿岸砲台を鉄筋コンクリートごと粉砕するはずだ。一般的には有効射程から艦砲射撃を実施するところ、大艦隊は低速ながらも確実にワイキキビーチに迫っている。司令官の言葉から無理な理解を強制された。
「有効射程に入ります!」
「敵砲台が発砲! 敵弾きます!」
「狼狽えるな! 長門の装甲は厚い! 正面を向けていれば貫かれることはない!」
「一番と二番は何時でもいけます!」
「陸奥も同じく! 加賀と土佐も続きます!」
「撃ち方はじめぇ! 砲撃を継続して上陸する!」
ワイキキビーチを守る沿岸砲台に閃光が走る。敵砲台が撃った。旧式の戦艦や巡洋艦から取り外した14インチ砲や8インチ砲を転用する。艦砲とは意外にも息が長かった。母なる大地に固定された火砲の命中精度は極めて高い。砲手が照準を間違わなければ命中率は一定程度を保った。しかし、初弾から命中は叶わない。大戦艦が猛然と迫ってくるために遠近法が狂わせた。
「このまま突っ込む! 衝撃に備えろ!」
人類の歴史にあり得てはならない頁が刻まれる。
日本海軍の大艦隊がオアフ島ワイキキビーチから上陸を開始した。
続く