ホーム紅茶色の約束第三話 修行
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第三話 修行

 天国から、ボクはずっとパパを見ていた。

 お風呂場で泣くパパを、深夜のベッドで思わずボクを探すパパを、
ペットショップのガラス越しに立ち止まるパパを。見ているだけしか
できないことが、こんなに苦しいなんて、知らなかった。

「みるく」

 呼ばれて振り返ると、そこにいたのはゆずだった。ボクが本当の
子供のように可愛がっていた、あの子。姪の子として生まれて、
ボクが母犬から取り上げるようにして育てた子。ボクより七年も
早く、七歳という若さで先に逝ってしまった子だった。

「ゆず......」

「やっと来た。ずっと待ってたよ」

 ゆずは、生前と同じように、少し嬉しそうな顔でしっぽを振った。
ワン友の多かったゆずは、天国でもすっかり顔が広いようで、
まわりの犬たちに軽く会釈しながら、ボクのところへ駆け寄って
きた。

「パパ、まだ泣いてる?」

「うん。ずっと......」

「そっか」

 ゆずは少しだけ黙って、それから、当たり前のことのように
言った。

「ねえ、みるく。あたし、あなたの分まで修行するから、
あなたは早く帰りなよ」

「そんな、悪いよ。ゆずだって、パパに会いたいでしょ」

「会いたいよ。でも、あたしが先に逝って、パパのそばには、
ずっとみるくがいてくれた。今度は、あたしが待つ番。だから、
みるくが先に帰って」

 ボクとゆずは、二匹で神様のところへ行った。迷子になった
犬を家まで送り届けるのが、ここでの修行のひとつだった。夜通し
歩いて、帰り道を探している犬を迎えに行き、何度も同じ場所へ
戻ってしまう犬のそばに、根気強く付き添う。身体はいくらでも
元気なのに、任務が終わる頃には、眠くて前足が折れそうになった。

 神様の前で、ゆずは臆さずに言った。

「あたしがみるくの分まで、この修行、続けます。
だから、みるくを早く帰してあげてください」

 神様は困った顔をしていたけれど、ボクたち二匹の顔を見比べて、
最後には頷いてくれた。

「本来なら七年かかる修行だが......半年で済ませよう。ただし......」

 神様は少し言いにくそうに続けた。

「今、空いている身体は、マルチーズじゃない。チワワと
シーズーのミックスだよ。それでもいいのかい?」

 ボクは少し迷った。本当は、前と同じマルチーズとして
戻りたかった。でも、姿形が違っても、パパはきっとボクを
見つけてくれる。そう信じることにした。

「行きます」

 小さな声になったので、もう一度言った。

「ボク、これで行きます」

 それから、地上を見に行けない日が増えた。修行の合間に、ゆずが
様子を見にくるたび、「パパ、元気にしてた?」と訊いてしまう。
答えるたびに、ゆずは少し寂しそうに、けれど嬉しそうに笑った。

 半年目の最後、神様が新しい身体を見せてくれた。ボクは周りを
一周した。もう一周した。毛の色も、耳の形も、前とはまるで違う。
パパのところにあった写真を思い出した。白いボクを、パパは指で
大きくして見ていた。ボクはいつも画面の裏側から鼻を寄せて、
パパの手を邪魔していた。そこに写っている自分の顔を、ちゃんと
見たことがなかったな、とその時になって思った。

「見つけてもらえなかったら、どうしよう......?」

 ゆずに、そう漏らした。

「大丈夫だよ。みるくの顔は、みるくにしか出せないもん。
パパならきっとわかる」

 ゆずの声に押されて、ボクは小さな身体の中に、もう一度入って
いく決心をした。
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 天国から、ボクはずっとパパを見ていた。

 お風呂場で泣くパパを、深夜のベッドで思わずボクを探すパパを、
ペットショップのガラス越しに立ち止まるパパを。見ているだけしか
できないことが、こんなに苦しいなんて、知らなかった。

「みるく」

 呼ばれて振り返ると、そこにいたのはゆずだった。ボクが本当の
子供のように可愛がっていた、あの子。姪の子として生まれて、
ボクが母犬から取り上げるようにして育てた子。ボクより七年も
早く、七歳という若さで先に逝ってしまった子だった。

「ゆず......」

「やっと来た。ずっと待ってたよ」

 ゆずは、生前と同じように、少し嬉しそうな顔でしっぽを振った。
ワン友の多かったゆずは、天国でもすっかり顔が広いようで、
まわりの犬たちに軽く会釈しながら、ボクのところへ駆け寄って
きた。

「パパ、まだ泣いてる?」

「うん。ずっと......」

「そっか」

 ゆずは少しだけ黙って、それから、当たり前のことのように
言った。

「ねえ、みるく。あたし、あなたの分まで修行するから、
あなたは早く帰りなよ」

「そんな、悪いよ。ゆずだって、パパに会いたいでしょ」

「会いたいよ。でも、あたしが先に逝って、パパのそばには、
ずっとみるくがいてくれた。今度は、あたしが待つ番。だから、
みるくが先に帰って」

 ボクとゆずは、二匹で神様のところへ行った。迷子になった
犬を家まで送り届けるのが、ここでの修行のひとつだった。夜通し
歩いて、帰り道を探している犬を迎えに行き、何度も同じ場所へ
戻ってしまう犬のそばに、根気強く付き添う。身体はいくらでも
元気なのに、任務が終わる頃には、眠くて前足が折れそうになった。

 神様の前で、ゆずは臆さずに言った。

「あたしがみるくの分まで、この修行、続けます。
だから、みるくを早く帰してあげてください」

 神様は困った顔をしていたけれど、ボクたち二匹の顔を見比べて、
最後には頷いてくれた。

「本来なら七年かかる修行だが......半年で済ませよう。ただし......」

 神様は少し言いにくそうに続けた。

「今、空いている身体は、マルチーズじゃない。チワワと
シーズーのミックスだよ。それでもいいのかい?」

 ボクは少し迷った。本当は、前と同じマルチーズとして
戻りたかった。でも、姿形が違っても、パパはきっとボクを
見つけてくれる。そう信じることにした。

「行きます」

 小さな声になったので、もう一度言った。

「ボク、これで行きます」

 それから、地上を見に行けない日が増えた。修行の合間に、ゆずが
様子を見にくるたび、「パパ、元気にしてた?」と訊いてしまう。
答えるたびに、ゆずは少し寂しそうに、けれど嬉しそうに笑った。

 半年目の最後、神様が新しい身体を見せてくれた。ボクは周りを
一周した。もう一周した。毛の色も、耳の形も、前とはまるで違う。
パパのところにあった写真を思い出した。白いボクを、パパは指で
大きくして見ていた。ボクはいつも画面の裏側から鼻を寄せて、
パパの手を邪魔していた。そこに写っている自分の顔を、ちゃんと
見たことがなかったな、とその時になって思った。

「見つけてもらえなかったら、どうしよう......?」

 ゆずに、そう漏らした。

「大丈夫だよ。みるくの顔は、みるくにしか出せないもん。
パパならきっとわかる」

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