ホーム›もんもんぐんぐん›もんもんぐんぐん
目次前の話 →

もんもんぐんぐん

 見上げた空から星々が消え去り、地上にも動くものがなくなりどれくらい経っただろうか。ようやく、その時が近づいてきているのを感じ取っていた。もうずいぶんと待ちくたびれていたはずだが、いざその時が来るとなると、妙な焦りのようなものがもんもんと胸の内に湧き上がり、どうにも落ち着かない。
 
 やり残したことはないか、改めてチェックリストを確認する。何冊もの分厚いノートに書かれた、膨大なリスト。そのひとつひとつをなぞるように確認していく。その内のひとつ、3冊目の141頁59番に目が留まった。不可能に見えるような目標でも、時間と情熱さえ注ぎ込み続ければ案外どうにかなるものだと知ったのは、こいつのおかげだった。完成まで100年以上かかったはずだが、その出来栄えには自信がある。美しくたおやかな真円。それももう悠久の彼方、今では塵すら残ってはいないのだが。
 
 チェックリストを追っていくたび、ぐんぐんと懐かしい思い出が蘇る。形は失われようとも、どれひとつ、なにひとつとして色褪せず残っている。時には怒り、驚き、悲しみ、そして喜ぶ。記憶への旅を続ける内、いつしか眠りに落ちていた。夢の中で、呼びかける声がする。何を言っているのかはっきりとは聞き取れない。心が安らぐような、不安になるような、だがいつまでも聞いていたいと思わせる声だった。
 
 その声は、どこか遠くから聞こえてきた。目が覚めたあともそれは消えて無くならず、「行かねばならない」という思いだけがもんもんと募った。もはや消え失せたかと思われた、行動意欲がぐんぐんと湧き上がってくる。
 
 急き立てられるように、あの声の主を探し求め、旅に出ることを決めた。胸のロケットに手を当てる。この中には、かつて私と共にいることを望んだ若者が眠っている。
 
 ぐんぐんと唸るような音を立て、突風が吹き抜けた後には、もう何も残っては居なかった。ここでは無いどこか、あの声が聞こえたいつかへ、最後の旅が始まった。
 
 目を開くと、光の中にいた。不思議と眩しくはない。その光は方向性を持たず、ただそこに在った。方向を見失い、どちらに進めばいいのかわからないまま立ち尽くしていると、視界がゆっくりと回転している事に気がついた。光が回転しているのか、その逆か、どちらにせよ相対的に同じ事だった。

 やがて光の中に黒い小さな点がもんもんと生まれ始めた。黒い点はいくつかの集団に分かれると、渦を描くようにぐんぐん集まりだす。渦のいくつかは混じり合い大きくなるものもあれば、どんどん離れていくものもあった。不規則な軌道を目で追っていると、ひとつだけ逸れた位置にある渦が、回転の勢いを増しはじめた。
 
 大渦となったそれに吸い込まれるように飛び込むと、もわりとした抵抗感を突き抜けた。すると、その先にはさっきまでと真逆の暗黒の世界が広がっていた。一寸先すらも見えないが、もんもんとした何かで満ちているのが肌先から感じられた。

 暗黒空間。深淵の奥から、あの呼び声が聞こえてきた。声のする方へ意識を向けると、ぐんぐんと引き寄せられていくのがわかった。
 
 やがて、暗闇の中に小さな灯りが見えた。灯りは動かない。近づいているのはこちらのはずなのに、その大きさはいつまでも変わらなかった。まるで定まった大きさを持たず、近づくのに合わせて縮んでいるかのように。

 そばまで来てようやく、その灯りがノートの最後の頁だった事に気がついた。真っ白な輝きを放つ頁には、何も書かれていない。と、その時、胸のロケットが、かちり、と小さく音を立てた。中で眠っている若者が何かを求めている。

 ペンを手に取ると、ノートにまずひとつの円を描いた。綺麗な真円。一度書き始めると、あとはもう流れるようにペンは動き出す。それが何になるのか、まだわからない。

 ただ、これが最後の頁である以上、そこに書かれるものが次の始まりになるのだろう、ということだけはなんとなく察しがついた。

 円の内側から、さらに細い線が幾筋も伸び、絡み合い、渦を巻き、やがて瞬く光の粒となって散らばっていった。それは、かつて見上げた、失われたはずの星々だった。ひとつ、またひとつと、白い頁の上に宇宙が生まれていく。

 手は休まることを知らず、書けば書くほどもんもんと何かが胸の内から溢れ出し、それがそのまま線や光となり、頁の上に積もっていく。いつしか、その溢れ出すもの自体に取り囲まれ、その境目がわからなくなってきていた。

 生まれたばかりの宇宙の中を漂いながら、それでもまだペンは、ぐんぐんと走り続けていた。

 若者が目を覚ました。蓋を開くとそこは美しい緑に溢れた惑星。まっさらな宇宙の光を浴びて、戸惑うように辺りを見回している。

 そこへ、どこからともなく、あの声が響いてきた。夢の中で聞いていたときと同じ、安らぐような、不安になるような、それでいていつまでも聞いていたいと思わせる声。

 若者は声のするほうへと歩み始めた。砂漠を渡り、大河を泳ぎ、密林をくぐり抜け、険しい雪山を踏破した。
 
 ある大きな湖のほとり、女が歌を歌っていた。若者は、その歌声に聞き惚れるあまり、足元の枝を踏み折ってしまった。女は若者と視線があうと、驚いたように目を見開いたが、すぐに大輪の花を咲かせた。若者にはずっと、半身を失ったかのような喪失感があった。だが、女の微笑みが、それをして尚余りある充足を与えてくれるのに気がついた。

 ふたりは、ゆっくり近づくと、そっと抱き合い、互いの名を呼んだ。

 そうしてついに、ペンは止まった。これから先は、彼らが紡ぐ物語。
 
 どこへ向かい、何を語り、何を成すのか。その行く末を、いつまでも、いつまでも、見守り続ける。

 ――もんもんと、ぐんぐんと。
シェア
前の話 →
もんもんぐんぐん
最新話です
目次に戻る
もんもんぐんぐん作者:らぱすてー
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›もんもんぐんぐん›もんもんぐんぐん
← 前の話目次

もんもんぐんぐん

 見上げた空から星々が消え去り、地上にも動くものがなくなりどれくらい経っただろうか。ようやく、その時が近づいてきているのを感じ取っていた。もうずいぶんと待ちくたびれていたはずだが、いざその時が来るとなると、妙な焦りのようなものがもんもんと胸の内に湧き上がり、どうにも落ち着かない。
 
 やり残したことはないか、改めてチェックリストを確認する。何冊もの分厚いノートに書かれた、膨大なリスト。そのひとつひとつをなぞるように確認していく。その内のひとつ、3冊目の141頁59番に目が留まった。不可能に見えるような目標でも、時間と情熱さえ注ぎ込み続ければ案外どうにかなるものだと知ったのは、こいつのおかげだった。完成まで100年以上かかったはずだが、その出来栄えには自信がある。美しくたおやかな真円。それももう悠久の彼方、今では塵すら残ってはいないのだが。
 
 チェックリストを追っていくたび、ぐんぐんと懐かしい思い出が蘇る。形は失われようとも、どれひとつ、なにひとつとして色褪せず残っている。時には怒り、驚き、悲しみ、そして喜ぶ。記憶への旅を続ける内、いつしか眠りに落ちていた。夢の中で、呼びかける声がする。何を言っているのかはっきりとは聞き取れない。心が安らぐような、不安になるような、だがいつまでも聞いていたいと思わせる声だった。
 
 その声は、どこか遠くから聞こえてきた。目が覚めたあともそれは消えて無くならず、「行かねばならない」という思いだけがもんもんと募った。もはや消え失せたかと思われた、行動意欲がぐんぐんと湧き上がってくる。
 
 急き立てられるように、あの声の主を探し求め、旅に出ることを決めた。胸のロケットに手を当てる。この中には、かつて私と共にいることを望んだ若者が眠っている。
 
 ぐんぐんと唸るような音を立て、突風が吹き抜けた後には、もう何も残っては居なかった。ここでは無いどこか、あの声が聞こえたいつかへ、最後の旅が始まった。
 
 目を開くと、光の中にいた。不思議と眩しくはない。その光は方向性を持たず、ただそこに在った。方向を見失い、どちらに進めばいいのかわからないまま立ち尽くしていると、視界がゆっくりと回転している事に気がついた。光が回転しているのか、その逆か、どちらにせよ相対的に同じ事だった。

 やがて光の中に黒い小さな点がもんもんと生まれ始めた。黒い点はいくつかの集団に分かれると、渦を描くようにぐんぐん集まりだす。渦のいくつかは混じり合い大きくなるものもあれば、どんどん離れていくものもあった。不規則な軌道を目で追っていると、ひとつだけ逸れた位置にある渦が、回転の勢いを増しはじめた。
 
 大渦となったそれに吸い込まれるように飛び込むと、もわりとした抵抗感を突き抜けた。すると、その先にはさっきまでと真逆の暗黒の世界が広がっていた。一寸先すらも見えないが、もんもんとした何かで満ちているのが肌先から感じられた。

 暗黒空間。深淵の奥から、あの呼び声が聞こえてきた。声のする方へ意識を向けると、ぐんぐんと引き寄せられていくのがわかった。
 
 やがて、暗闇の中に小さな灯りが見えた。灯りは動かない。近づいているのはこちらのはずなのに、その大きさはいつまでも変わらなかった。まるで定まった大きさを持たず、近づくのに合わせて縮んでいるかのように。

 そばまで来てようやく、その灯りがノートの最後の頁だった事に気がついた。真っ白な輝きを放つ頁には、何も書かれていない。と、その時、胸のロケットが、かちり、と小さく音を立てた。中で眠っている若者が何かを求めている。

 ペンを手に取ると、ノートにまずひとつの円を描いた。綺麗な真円。一度書き始めると、あとはもう流れるようにペンは動き出す。それが何になるのか、まだわからない。

 ただ、これが最後の頁である以上、そこに書かれるものが次の始まりになるのだろう、ということだけはなんとなく察しがついた。

 円の内側から、さらに細い線が幾筋も伸び、絡み合い、渦を巻き、やがて瞬く光の粒となって散らばっていった。それは、かつて見上げた、失われたはずの星々だった。ひとつ、またひとつと、白い頁の上に宇宙が生まれていく。

 手は休まることを知らず、書けば書くほどもんもんと何かが胸の内から溢れ出し、それがそのまま線や光となり、頁の上に積もっていく。いつしか、その溢れ出すもの自体に取り囲まれ、その境目がわからなくなってきていた。

 生まれたばかりの宇宙の中を漂いながら、それでもまだペンは、ぐんぐんと走り続けていた。

 若者が目を覚ました。蓋を開くとそこは美しい緑に溢れた惑星。まっさらな宇宙の光を浴びて、戸惑うように辺りを見回している。

 そこへ、どこからともなく、あの声が響いてきた。夢の中で聞いていたときと同じ、安らぐような、不安になるような、それでいていつまでも聞いていたいと思わせる声。

 若者は声のするほうへと歩み始めた。砂漠を渡り、大河を泳ぎ、密林をくぐり抜け、険しい雪山を踏破した。
 
 ある大きな湖のほとり、女が歌を歌っていた。若者は、その歌声に聞き惚れるあまり、足元の枝を踏み折ってしまった。女は若者と視線があうと、驚いたように目を見開いたが、すぐに大輪の花を咲かせた。若者にはずっと、半身を失ったかのような喪失感があった。だが、女の微笑みが、それをして尚余りある充足を与えてくれるのに気がついた。

 ふたりは、ゆっくり近づくと、そっと抱き合い、互いの名を呼んだ。

 そうしてついに、ペンは止まった。これから先は、彼らが紡ぐ物語。
 
 どこへ向かい、何を語り、何を成すのか。その行く末を、いつまでも、いつまでも、見守り続ける。

 ――もんもんと、ぐんぐんと。
シェア
← 前の話
もんもんぐんぐん
最新話です
目次に戻る
もんもんぐんぐん作者:らぱすてー
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません