
第三話 既知の外側
ポルタの一室。 窓は閉め切られ、外の喧騒はほとんど届かない。机の上には、
整然と並べられた道具。魔石。魔導具。測定器。そして、積み
上げられた学会論文。紙の端は揃っている。記述も、無駄がない。この空間は、整理されている。思想も同じだった。 研究者は、ペンを置いた。視線は、論文の一節に留まる。現代
魔法理論。構文。魔力回路。共鳴制御。すべては、すでに体系化
されている。未知は、ない。あとは精度の問題だけだ。「......完成されている」 小さく、呟く。確信だった。揺らぎはない。 ⸻
同じ学会に、セラフィンという人物がいる。五十代。顔は広い。発言力もある。だが、研究者は彼の姿勢を好まなかった。観測。現象の記録。定義を急がない。結論を保留する。「観測屋だ」 そう呼んでいた。理論を組まない。体系に乗せない。それでは
学問にならない。観測は、補助だ。本質ではない。そう考えて
いる。 ⸻
研究材料を探し、外に出る。 ギルド近くの通り。人の流れ。喧騒。その中に、武器屋がある。看板が、わずかに傾いている。中に入る。店主――バルクが、
こちらを見る。言葉は少ない。必要な分だけ。 研究者は、武器立てに目を向ける。剣。短剣。槍。杖。その中に
一つ、目に留まる。長杖。細い軸。整った装飾。先端の青い宝玉。光が、静かに揺れている。 魔導具。そう見えた。「それはいくらだ」「銀貨一枚」 バルクは即答した。安い。研究材料としては、十分すぎる。「もらおう」 迷いはない。銀貨を置く。杖を受け取る。違和感は、特に感じ
ない。ただの道具。それだけの認識だった。 ⸻
研究室。 杖は、机の中央に置かれる。測定器が、周囲に配置される。準備は、整っている。研究者は、ゆっくりと魔力を流した。数値が、立ち上がる。波形が、表示される。 そして――歪んだ。 規則から外れた揺らぎ。一定にならない。だが、崩れもしない。「......?」 眉が、わずかに動く。もう一度。魔力を流す。同じ。波形は、
同じ形で歪む。測定器が、わずかに震える。杖から、低い音が
する。共鳴。だが、既知のパターンではない。
魔力量を変える。弱。強。段階的に。だが、結果は同じ。波形は、変わらない。歪みは、固定されている。「......おかしい」 小さく呟く。仮説を立てる。魔力回路の欠陥。構造不良。古い
形式の魔導具。どれかだ。理論に合わない現象は、例外ではない。分類できていないだけだ。そういうものだ。 ⸻
ふと、記憶が浮かぶ。セラフィンの言葉。「観測が重要だ」 その声。静かで、断定しない。 研究者は、鼻で笑う。「理論こそが本体だ」 観測は、補助に過ぎない。結論を導くための手段。それ以上では
ない。ペンを取る。研究ノートを開く。書く。現象。測定値。波形。そして、結論。 欠陥品。現代魔法理論と整合しない。価値なし。 それで、十分だった。 ⸻
再び、武器屋。 扉が開く。鈴が鳴る。バルクが、視線を上げる。研究者は、
杖を差し出した。「共振する。欠陥だ」 短い説明。 バルクは、舌打ちした。「......またか」 小さく。杖を受け取る。銀貨が、返される。やり取りは、
それだけ。 ⸻
店の中。 武器立てに、杖が戻る。何事もなかったかのように。青い
宝玉が、静かに光る。研究者は、背を向けた。結論は、出ている。問題はない。理論に合わない魔導具など、存在するはずがない。 杖は、静かだった。 ただ、波形の歪みは、研究ノートの中に残されたままだった。消されていない。捨てられてもいない。分類できなかったから、
保留にしただけだ。 それだけのことだった。たぶん。 第三話 既知の外側
ポルタの一室。 窓は閉め切られ、外の喧騒はほとんど届かない。机の上には、
整然と並べられた道具。魔石。魔導具。測定器。そして、積み
上げられた学会論文。紙の端は揃っている。記述も、無駄がない。この空間は、整理されている。思想も同じだった。 研究者は、ペンを置いた。視線は、論文の一節に留まる。現代
魔法理論。構文。魔力回路。共鳴制御。すべては、すでに体系化
されている。未知は、ない。あとは精度の問題だけだ。「......完成されている」 小さく、呟く。確信だった。揺らぎはない。 ⸻
同じ学会に、セラフィンという人物がいる。五十代。顔は広い。発言力もある。だが、研究者は彼の姿勢を好まなかった。観測。現象の記録。定義を急がない。結論を保留する。「観測屋だ」 そう呼んでいた。理論を組まない。体系に乗せない。それでは
学問にならない。観測は、補助だ。本質ではない。そう考えて
いる。 ⸻
研究材料を探し、外に出る。 ギルド近くの通り。人の流れ。喧騒。その中に、武器屋がある。看板が、わずかに傾いている。中に入る。店主――バルクが、
こちらを見る。言葉は少ない。必要な分だけ。 研究者は、武器立てに目を向ける。剣。短剣。槍。杖。その中に
一つ、目に留まる。長杖。細い軸。整った装飾。先端の青い宝玉。光が、静かに揺れている。 魔導具。そう見えた。「それはいくらだ」「銀貨一枚」 バルクは即答した。安い。研究材料としては、十分すぎる。「もらおう」 迷いはない。銀貨を置く。杖を受け取る。違和感は、特に感じ
ない。ただの道具。それだけの認識だった。 ⸻
研究室。 杖は、机の中央に置かれる。測定器が、周囲に配置される。準備は、整っている。研究者は、ゆっくりと魔力を流した。数値が、立ち上がる。波形が、表示される。 そして――歪んだ。 規則から外れた揺らぎ。一定にならない。だが、崩れもしない。「......?」 眉が、わずかに動く。もう一度。魔力を流す。同じ。波形は、
同じ形で歪む。測定器が、わずかに震える。杖から、低い音が
する。共鳴。だが、既知のパターンではない。
魔力量を変える。弱。強。段階的に。だが、結果は同じ。波形は、変わらない。歪みは、固定されている。「......おかしい」 小さく呟く。仮説を立てる。魔力回路の欠陥。構造不良。古い
形式の魔導具。どれかだ。理論に合わない現象は、例外ではない。分類できていないだけだ。そういうものだ。 ⸻
ふと、記憶が浮かぶ。セラフィンの言葉。「観測が重要だ」 その声。静かで、断定しない。 研究者は、鼻で笑う。「理論こそが本体だ」 観測は、補助に過ぎない。結論を導くための手段。それ以上では
ない。ペンを取る。研究ノートを開く。書く。現象。測定値。波形。そして、結論。 欠陥品。現代魔法理論と整合しない。価値なし。 それで、十分だった。 ⸻
再び、武器屋。 扉が開く。鈴が鳴る。バルクが、視線を上げる。研究者は、
杖を差し出した。「共振する。欠陥だ」 短い説明。 バルクは、舌打ちした。「......またか」 小さく。杖を受け取る。銀貨が、返される。やり取りは、
それだけ。 ⸻
店の中。 武器立てに、杖が戻る。何事もなかったかのように。青い
宝玉が、静かに光る。研究者は、背を向けた。結論は、出ている。問題はない。理論に合わない魔導具など、存在するはずがない。 杖は、静かだった。 ただ、波形の歪みは、研究ノートの中に残されたままだった。消されていない。捨てられてもいない。分類できなかったから、
保留にしただけだ。 それだけのことだった。たぶん。