ホーム
作品を書く
作品を探す
ランキング
コミュニティー
コンテスト
ホーム
作品を書く
作品を探す
ランキング
コミュニティー
コンテスト
ホーム
›
理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-
›
第三十三話 手を汚すということ
← 次の話
目次
前の話 →
栞
読書設定
?
第三十三話 手を汚すということ
帰り道。
森の道を、二人で歩く。
レオンが前。
メリアが後ろ。
会話は
少ない。
足音だけが、湿った土を踏む。
木漏れ日が、二人の
足元をまだらに照らしていた。
メリアは、腕の中の包みを抱えたまま、歩き続けた。
肉の
重さ。
魔石の重さ。
血の温もりは、もう冷めている。
だが、
重さは変わらない。
腕にかかる負荷が、一歩ごとに、確かに
そこにあるのだと教えてくれる。
前世でも、肉を食べていた。
スーパーで買った、パックに
入ったもの。
どこかで誰かが手を汚して、形を整えて、並べて
いたもの。
それを、何も考えずに買っていた。
透明なラップの
向こうにあるものが何だったのか、当時は考えもしなかった。
今日、自分はその場にいた。
手を汚したのは、レオンだった。
だが、その現場に立ち会い、目を逸らさなかった自分にも、
同じ重さの一端はあるはずだった。
「......いただきます、って」
ぽつりと、呟く。
レオンが、半歩だけ振り返る。
前世の記憶が、こんな場面で
ふと顔を出すことに、メリア自身も少し戸惑っていた。
「何?」
「前世の言葉。
食べる前に言う」
少しだけ間があった。
「どういう意味だ」
「命をもらいます、ということ」
レオンは、何も言わなかった。
また前を向いて、歩く。
言葉を探しているような、その背中だった。
しばらくして。
「......そうだな」
低い声で、言った。
それだけ。
――
だが、レオンは足を止めなかった。
歩きながら、続きを
口にする。
「命もらう、言いながら喰ってるのは、矛盾してないか」
問いは、静かだった。
責めているわけではない。
ただ、疑問を
そのまま置いただけ。
狩りには何度も出ているはずのレオンに
とっても、この問いは今さらのようで、今さらではなかった。
メリアは、少し考えてから答えた。
「矛盾してる」
あっさりと、認める。
前世の記憶にある理屈と、目の前の現実。
その二つを並べても、答えは変わらなかった。
「でも、それでも喰らわないと、生きられない」
「じゃあ、どうすんだ」
レオンが、率直に問う。
答えのない話を、そのままにして
おくのは苦手なようだった。
「受け取る」
短い答えだった。
「どうにもできないことは、どうにもできない。
だから、自覚だけは持つ」
迷いのない口調だった。
答えを探しながら話しているのでは
なく、すでに何度も自分の中で確かめてきた言葉のようだった。
レオンは、眉をひそめた。
「なんか、宗教くさいな」
メリアは、少しだけ視線を落とす。
軽く受け流すような
口調ではなく、確かめるように言葉を選んだ。
「前世では、原罪って言った」
「原罪?」
聞き慣れない言葉に、レオンが繰り返す。
「生きているだけで、何かを傷つける。
喰らわないと、
生きられない。
それは、逃げられない」
声は静かだったが、そこに迷いはなかった。
何年も前から、
答えを持っていたかのような口調だった。
(宗教でも、呪いでもないよ。
ただの生態の話。
それでも、
覚えておくことには意味がある)
れもんの声が、静かに割り込んだ。
誰にも聞こえない、内緒の
相槌だった。
乾いた言い方の奥に、いつもよりわずかに柔らかい
響きが混じっていた。
メリアは、小さく頷いた。
誰に向けたものでもない。
レオンは、しばらく黙って歩いていた。
やがて、ぽつりと言う。
「......なんとなく、わかる気はする」
難しい理屈は苦手だ、というような顔だった。
それでも、
そこにある重さだけは、感じ取っているようだった。
腕を組み、
視線を前に向けたまま、しばらく言葉を探しているような沈黙が
続いた。
「まあ、狩る側としちゃ、いちいち考えてたら
仕事にならんけどな」
軽い口調に戻す。
だが、その言葉の裏には、確かに何かを
受け止めた気配があった。
誰かが重さを引き受けなければ、
日々の依頼は成り立たない。
それを、レオンなりの言葉で
言い直しただけだった。
――
「お前、何者なんだ」
唐突に、レオンが聞いた。
足を止めずに、前を向いたまま。
深く考えた質問ではない、
というような軽さがあった。
だが、その奥には、確かな疑問が
あった。
今日のメリアの言葉や視線の一つひとつが、ただの
十七歳の少女のものとは思えなかったのだろう。
メリアは、少し間を置いてから答える。
「前世で、色々知っていた人です」
それだけ。
詳しい説明はしない。
できるとも、思っていない。
前世の記憶を、この世界の言葉でどう説明すればいいのか、
メリア自身もまだ答えを持っていなかった。
それでも、嘘をつく
気にはなれなかった。
レオンは、それ以上追及しなかった。
「......そうか」
短い相槌。
深掘りする気配はない。
ただ、隣を歩く相手が、
普通ではないということを、静かに受け入れているようだった。
冒険者として、深入りしないほうがいい話もあるということを、
経験的に知っているのかもしれない。
木々の間隔が、少しずつ広くなっていく。
頭上の葉が減り、
空が見え始める。
差し込む光の量が、じわじわと増えていった。
――
やがて、木々が途切れた。
視界の先に、街が見えてくる。
煙の匂い。
人の声。
荷馬車の軋む
音。
森の静けさとは、まるで違う気配だった。
ポルタ=ルクスの
喧騒が、風に乗って少しずつ近づいてくる。
木々の隙間から見える
屋根の連なりが、少しずつ大きくなっていった。
湿った土の感触が、硬い石畳に変わる。
足の裏に伝わる感覚が、
一歩ごとにはっきりと変わっていった。
柔らかく沈む土から、硬く
跳ね返す石へ――その境界を越える瞬間、メリアは無意識に足元へ
視線を落としていた。
世界が切り替わる、その一瞬の感触を、
確かめずにはいられなかった。
だが、腕の中の重さだけは、変わらない。
肉の重さ。
魔石の重さ。
森で受け取ったものは、そのまま、
街まで運ばれていく。
土の匂いから、街の匂いへ。
静けさから、
喧騒へ。
周りの世界は目まぐるしく変わっていくのに、腕の中の
ものだけは、頑ななほどに同じ重さを保っていた。
レオンが、大きく伸びをした。
「飯にするか」
いつもの声だった。
何も変わっていない、いつも通りの調子。
重い話をしていたとは思えないほど、あっさりとした切り替え
だった。
「はい」
メリアは、短く答える。
感傷を長く引きずるような言い方は
しなかった。
それでいい、と自分の中で区切りをつけたからこそ、
いつも通りの返事ができた。
石畳を踏む足音が、二つ。
街の喧騒に、少しずつ紛れていく。
腕の中の重みだけを、確かに抱えたまま。
いつもの月兎亭。
いつもの部屋。
今夜の食卓には、今日ここで
得た肉が並ぶことになるだろう。
前世であれば、それはただの
「食材」
だった。
だが、もう同じようには見られない。
誰かが
手を汚し、命と向き合った先に、食卓があるのだと、今のメリアは
知っている。
それでいい、とメリアは思う。
知らないまま食べるより、
知った上で受け取るほうが、ずっと誠実だ。
原罪から逃げる
ことはできない。
だが、それを自覚しながら生きることは、
できる。
街の喧騒の中を、二人は並んで歩いていく。
腕の中の重みは、
まだ確かにそこにあった。
夕暮れ前の柔らかい光が、石畳の上に
二人の影を長く伸ばしていた。
あとがき
シラン
小説家になろう、カクヨムの最新話に追いついたので、 本日より、毎週水曜日と土曜日の20時更新とさせて いただきます。
♡
シェア
リンクをコピー
前の話 →
第三十二話 結晶の違い
← 次の話
第三十四話 街の人気者メリア ~第ニ章エピローグ~
理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-
作者:シラン
目次を見る
コメント
0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム
›
理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-
›
第三十三話 手を汚すということ
← 前の話
目次
次の話 →
栞
読書設定
?
第三十三話 手を汚すということ
帰り道。
森の道を、二人で歩く。
レオンが前。
メリアが後ろ。
会話は
少ない。
足音だけが、湿った土を踏む。
木漏れ日が、二人の
足元をまだらに照らしていた。
メリアは、腕の中の包みを抱えたまま、歩き続けた。
肉の
重さ。
魔石の重さ。
血の温もりは、もう冷めている。
だが、
重さは変わらない。
腕にかかる負荷が、一歩ごとに、確かに
そこにあるのだと教えてくれる。
前世でも、肉を食べていた。
スーパーで買った、パックに
入ったもの。
どこかで誰かが手を汚して、形を整えて、並べて
いたもの。
それを、何も考えずに買っていた。
透明なラップの
向こうにあるものが何だったのか、当時は考えもしなかった。
今日、自分はその場にいた。
手を汚したのは、レオンだった。
だが、その現場に立ち会い、目を逸らさなかった自分にも、
同じ重さの一端はあるはずだった。
「......いただきます、って」
ぽつりと、呟く。
レオンが、半歩だけ振り返る。
前世の記憶が、こんな場面で
ふと顔を出すことに、メリア自身も少し戸惑っていた。
「何?」
「前世の言葉。
食べる前に言う」
少しだけ間があった。
「どういう意味だ」
「命をもらいます、ということ」
レオンは、何も言わなかった。
また前を向いて、歩く。
言葉を探しているような、その背中だった。
しばらくして。
「......そうだな」
低い声で、言った。
それだけ。
――
だが、レオンは足を止めなかった。
歩きながら、続きを
口にする。
「命もらう、言いながら喰ってるのは、矛盾してないか」
問いは、静かだった。
責めているわけではない。
ただ、疑問を
そのまま置いただけ。
狩りには何度も出ているはずのレオンに
とっても、この問いは今さらのようで、今さらではなかった。
メリアは、少し考えてから答えた。
「矛盾してる」
あっさりと、認める。
前世の記憶にある理屈と、目の前の現実。
その二つを並べても、答えは変わらなかった。
「でも、それでも喰らわないと、生きられない」
「じゃあ、どうすんだ」
レオンが、率直に問う。
答えのない話を、そのままにして
おくのは苦手なようだった。
「受け取る」
短い答えだった。
「どうにもできないことは、どうにもできない。
だから、自覚だけは持つ」
迷いのない口調だった。
答えを探しながら話しているのでは
なく、すでに何度も自分の中で確かめてきた言葉のようだった。
レオンは、眉をひそめた。
「なんか、宗教くさいな」
メリアは、少しだけ視線を落とす。
軽く受け流すような
口調ではなく、確かめるように言葉を選んだ。
「前世では、原罪って言った」
「原罪?」
聞き慣れない言葉に、レオンが繰り返す。
「生きているだけで、何かを傷つける。
喰らわないと、
生きられない。
それは、逃げられない」
声は静かだったが、そこに迷いはなかった。
何年も前から、
答えを持っていたかのような口調だった。
(宗教でも、呪いでもないよ。
ただの生態の話。
それでも、
覚えておくことには意味がある)
れもんの声が、静かに割り込んだ。
誰にも聞こえない、内緒の
相槌だった。
乾いた言い方の奥に、いつもよりわずかに柔らかい
響きが混じっていた。
メリアは、小さく頷いた。
誰に向けたものでもない。
レオンは、しばらく黙って歩いていた。
やがて、ぽつりと言う。
「......なんとなく、わかる気はする」
難しい理屈は苦手だ、というような顔だった。
それでも、
そこにある重さだけは、感じ取っているようだった。
腕を組み、
視線を前に向けたまま、しばらく言葉を探しているような沈黙が
続いた。
「まあ、狩る側としちゃ、いちいち考えてたら
仕事にならんけどな」
軽い口調に戻す。
だが、その言葉の裏には、確かに何かを
受け止めた気配があった。
誰かが重さを引き受けなければ、
日々の依頼は成り立たない。
それを、レオンなりの言葉で
言い直しただけだった。
――
「お前、何者なんだ」
唐突に、レオンが聞いた。
足を止めずに、前を向いたまま。
深く考えた質問ではない、
というような軽さがあった。
だが、その奥には、確かな疑問が
あった。
今日のメリアの言葉や視線の一つひとつが、ただの
十七歳の少女のものとは思えなかったのだろう。
メリアは、少し間を置いてから答える。
「前世で、色々知っていた人です」
それだけ。
詳しい説明はしない。
できるとも、思っていない。
前世の記憶を、この世界の言葉でどう説明すればいいのか、
メリア自身もまだ答えを持っていなかった。
それでも、嘘をつく
気にはなれなかった。
レオンは、それ以上追及しなかった。
「......そうか」
短い相槌。
深掘りする気配はない。
ただ、隣を歩く相手が、
普通ではないということを、静かに受け入れているようだった。
冒険者として、深入りしないほうがいい話もあるということを、
経験的に知っているのかもしれない。
木々の間隔が、少しずつ広くなっていく。
頭上の葉が減り、
空が見え始める。
差し込む光の量が、じわじわと増えていった。
――
やがて、木々が途切れた。
視界の先に、街が見えてくる。
煙の匂い。
人の声。
荷馬車の軋む
音。
森の静けさとは、まるで違う気配だった。
ポルタ=ルクスの
喧騒が、風に乗って少しずつ近づいてくる。
木々の隙間から見える
屋根の連なりが、少しずつ大きくなっていった。
湿った土の感触が、硬い石畳に変わる。
足の裏に伝わる感覚が、
一歩ごとにはっきりと変わっていった。
柔らかく沈む土から、硬く
跳ね返す石へ――その境界を越える瞬間、メリアは無意識に足元へ
視線を落としていた。
世界が切り替わる、その一瞬の感触を、
確かめずにはいられなかった。
だが、腕の中の重さだけは、変わらない。
肉の重さ。
魔石の重さ。
森で受け取ったものは、そのまま、
街まで運ばれていく。
土の匂いから、街の匂いへ。
静けさから、
喧騒へ。
周りの世界は目まぐるしく変わっていくのに、腕の中の
ものだけは、頑ななほどに同じ重さを保っていた。
レオンが、大きく伸びをした。
「飯にするか」
いつもの声だった。
何も変わっていない、いつも通りの調子。
重い話をしていたとは思えないほど、あっさりとした切り替え
だった。
「はい」
メリアは、短く答える。
感傷を長く引きずるような言い方は
しなかった。
それでいい、と自分の中で区切りをつけたからこそ、
いつも通りの返事ができた。
石畳を踏む足音が、二つ。
街の喧騒に、少しずつ紛れていく。
腕の中の重みだけを、確かに抱えたまま。
いつもの月兎亭。
いつもの部屋。
今夜の食卓には、今日ここで
得た肉が並ぶことになるだろう。
前世であれば、それはただの
「食材」
だった。
だが、もう同じようには見られない。
誰かが
手を汚し、命と向き合った先に、食卓があるのだと、今のメリアは
知っている。
それでいい、とメリアは思う。
知らないまま食べるより、
知った上で受け取るほうが、ずっと誠実だ。
原罪から逃げる
ことはできない。
だが、それを自覚しながら生きることは、
できる。
街の喧騒の中を、二人は並んで歩いていく。
腕の中の重みは、
まだ確かにそこにあった。
夕暮れ前の柔らかい光が、石畳の上に
二人の影を長く伸ばしていた。
あとがき
シラン
小説家になろう、カクヨムの最新話に追いついたので、 本日より、毎週水曜日と土曜日の20時更新とさせて いただきます。
♡
シェア
リンクをコピー
← 前の話
第三十二話 結晶の違い
次の話 →
第三十四話 街の人気者メリア ~第ニ章エピローグ~
理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-
作者:シラン
目次
コメント
0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム
作品を書く
作品を探す
ランキング
コミュニティー
コンテスト
0
この本を読む →
次回からは小窓表示を非公開にしますか?