ホーム理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-第九話 魔力の兆し
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第九話 魔力の兆し

 二日目の朝、メリアが目を覚ましたのは午前九時頃だった。薄い
カーテン越しに差し込む光が天井に柔らかな影を落としている。
遠くから聞こえるのは荷車の軋む音と、市場で値を張り上げる
商人の声。街はすでに一日の動きを始めていた。

 ――遅い?

 一瞬そんな考えがよぎる。けれど前世の感覚からすれば、むしろ
早起きの部類だった。もっとも、今のメリアの身体にはまだ少し
重たい時間でもある。

 ゆっくりと身体を起こし、身支度を整えて一階へ降りると、
食堂にはすでに客の姿はなく静まり返っていた。リナが腕を組み、
こちらを見ている。

「ごっつ、疲れてたんやなぁ」

 呆れ半分、心配半分といった顔だった。

 後で知ったことだが、アルケミア=ノエシスでは六時起床、八時
始業が標準らしい。前世で朝就寝、昼始業だった生活からすれば、
なかなかのカルチャーショックだった。

 遅めの朝食を口に運びながら、昨日のことを思い返す。魔力検査、
無属性、そしてあの奇妙な感覚。思い出そうとすると記憶が少し
曖昧になる。皿を空にし、意識を切り替えた。

 昨日の検査の続きがあると言われていたことを思い出し、月兎亭を
出る。石畳の道は朝の光に照らされ、商人や冒険者たちがそれぞれの
一日を始めていた。貿易都市ポルタ=ルクスは昼前が最も活気づく。
その流れの中を抜け、メリアは冒険者ギルドへ向かった。



 午前十時、二階講義室。東向きの窓から光が差し込み、壁には
エーテル流動図、棚には小型の魔力測定装置が並んでいる。

「もう十時......」

 小さく呟いた、そのときだった。

「観測対象」

 背後から声が落ちる。振り向くと、セラフィンが腕を組んで
立っていた。

「時計の読み方は知っているか?」

「......早起きは、苦手です」

「なるほど。時間という概念は理解していないらしい」

 皮肉とも事実確認ともつかない声音だった。

「観測対象。朝食は摂ってきたんだろうな?」

「朝食は食べました」

「結構」

 セラフィンは机に手を置いた。

「では、始めよう」

 視線がまっすぐ向けられる。

「流れを感じろ。掴むな」挿絵



 メリアは目を閉じ、指先を前へ出した。最初は何もない、
ただの空気のはずだった。だが集中すると、空間にわずかな違いが
あることに気づく。濃いところ、薄いところ。流れは見えない
けれど、配置はわかる。

 指先を少し動かす。なぜか、そこに流れがあるとわかった。

「呼吸を整えろ」

 セラフィンの声が落ちる。吸って、止めて、吐く。もう一度、
手を伸ばす。今度は、指先に何かが触れた。風でも空気でもない。
それでも、確かに何かがある。三秒、ほんの短い時間だが、流れが
指先に沿った。

「......維持したな」

 次は操作だった。セラフィンが指先で空間を弾くと、小さな風刃が
宙に浮かぶ。透明に近いが、光をわずかに歪めている。

「触れずに動かせ」

 風刃を見つめ、流れを探す。濃い場所、薄い場所。そこを少し
押す。風刃が揺れ、魔力が散った。

「力ではない。方向だ」

 もう一度。流れの配置を読み、押す。今度はわずかに横へ滑った。
数センチ、それでも確かに意図した動きだった。

 午前の終わり、手のひらに熱が残る。身体は無事だが、神経が
研ぎ澄まされていた。十二時、鐘が鳴った。



 昼食後、再び同じ講義室へ戻る。午後二時、光の角度が変わり、
机には長い影が落ちていた。

「午後は攻撃魔法だ」

 机上の小さな風車が、窓からの風でゆっくり回っている。形成、
収束、維持。午前よりも流れが掴みやすい。魔力総量は増えて
いないが、無駄が少ない。セラフィンは無言で観察を続けた。

 その瞬間だった。

 メリアの瞳に、ごく短い赤みが差した。反射にも見える程度、
強い発光ではない。視覚的変化は一瞬。同時に、形成中の風が
わずかに締まる。測定器の出力値に変化はないが、波形の揺らぎが
減少した。

(......今のは)

 効率が上がった。次の瞬間、赤みは消えていた。メリアは何も
気づかず、渦を形成し続ける。

(偶発的集中状態か。赤い瞳との関連は不明)
(既存理論では説明がつかない。だが、断定はしない)

「......よし、今日はここまでだ」

 午後四時、セラフィンの講義は終わった。メリアは軽い達成感と
共に講義室を出ていく。

 残された静寂の中、セラフィンは手帖を開いた。

 ――二日目観測記録。
 対象:無属性個体

 通常:初学者水準
 特定時間:制御安定度向上

■基礎制御
 初期不安定。吸収速度は標準値上限域。

■特定瞬間
 瞳に一過性赤色変化。
 魔力総量増加なし。
 収束時間、わすかに短縮。
 波形揺らぎ低減。
 効率補正型現象の可能性。
 発現条件:不明。
 再現性未確認。

 暫定評価:断定不可、要再観測。

 ペンを置き、窓の外の夕陽を見る。今日の成果は小さい。
だが、無視はできない。

 研究は続く。
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第九話 魔力の兆し

 二日目の朝、メリアが目を覚ましたのは午前九時頃だった。薄い
カーテン越しに差し込む光が天井に柔らかな影を落としている。
遠くから聞こえるのは荷車の軋む音と、市場で値を張り上げる
商人の声。街はすでに一日の動きを始めていた。

 ――遅い?

 一瞬そんな考えがよぎる。けれど前世の感覚からすれば、むしろ
早起きの部類だった。もっとも、今のメリアの身体にはまだ少し
重たい時間でもある。

 ゆっくりと身体を起こし、身支度を整えて一階へ降りると、
食堂にはすでに客の姿はなく静まり返っていた。リナが腕を組み、
こちらを見ている。

「ごっつ、疲れてたんやなぁ」

 呆れ半分、心配半分といった顔だった。

 後で知ったことだが、アルケミア=ノエシスでは六時起床、八時
始業が標準らしい。前世で朝就寝、昼始業だった生活からすれば、
なかなかのカルチャーショックだった。

 遅めの朝食を口に運びながら、昨日のことを思い返す。魔力検査、
無属性、そしてあの奇妙な感覚。思い出そうとすると記憶が少し
曖昧になる。皿を空にし、意識を切り替えた。

 昨日の検査の続きがあると言われていたことを思い出し、月兎亭を
出る。石畳の道は朝の光に照らされ、商人や冒険者たちがそれぞれの
一日を始めていた。貿易都市ポルタ=ルクスは昼前が最も活気づく。
その流れの中を抜け、メリアは冒険者ギルドへ向かった。



 午前十時、二階講義室。東向きの窓から光が差し込み、壁には
エーテル流動図、棚には小型の魔力測定装置が並んでいる。

「もう十時......」

 小さく呟いた、そのときだった。

「観測対象」

 背後から声が落ちる。振り向くと、セラフィンが腕を組んで
立っていた。

「時計の読み方は知っているか?」

「......早起きは、苦手です」

「なるほど。時間という概念は理解していないらしい」

 皮肉とも事実確認ともつかない声音だった。

「観測対象。朝食は摂ってきたんだろうな?」

「朝食は食べました」

「結構」

 セラフィンは机に手を置いた。

「では、始めよう」

 視線がまっすぐ向けられる。

「流れを感じろ。掴むな」挿絵



 メリアは目を閉じ、指先を前へ出した。最初は何もない、
ただの空気のはずだった。だが集中すると、空間にわずかな違いが
あることに気づく。濃いところ、薄いところ。流れは見えない
けれど、配置はわかる。

 指先を少し動かす。なぜか、そこに流れがあるとわかった。

「呼吸を整えろ」

 セラフィンの声が落ちる。吸って、止めて、吐く。もう一度、
手を伸ばす。今度は、指先に何かが触れた。風でも空気でもない。
それでも、確かに何かがある。三秒、ほんの短い時間だが、流れが
指先に沿った。

「......維持したな」

 次は操作だった。セラフィンが指先で空間を弾くと、小さな風刃が
宙に浮かぶ。透明に近いが、光をわずかに歪めている。

「触れずに動かせ」

 風刃を見つめ、流れを探す。濃い場所、薄い場所。そこを少し
押す。風刃が揺れ、魔力が散った。

「力ではない。方向だ」

 もう一度。流れの配置を読み、押す。今度はわずかに横へ滑った。
数センチ、それでも確かに意図した動きだった。

 午前の終わり、手のひらに熱が残る。身体は無事だが、神経が
研ぎ澄まされていた。十二時、鐘が鳴った。



 昼食後、再び同じ講義室へ戻る。午後二時、光の角度が変わり、
机には長い影が落ちていた。

「午後は攻撃魔法だ」

 机上の小さな風車が、窓からの風でゆっくり回っている。形成、
収束、維持。午前よりも流れが掴みやすい。魔力総量は増えて
いないが、無駄が少ない。セラフィンは無言で観察を続けた。

 その瞬間だった。

 メリアの瞳に、ごく短い赤みが差した。反射にも見える程度、
強い発光ではない。視覚的変化は一瞬。同時に、形成中の風が
わずかに締まる。測定器の出力値に変化はないが、波形の揺らぎが
減少した。

(......今のは)

 効率が上がった。次の瞬間、赤みは消えていた。メリアは何も
気づかず、渦を形成し続ける。

(偶発的集中状態か。赤い瞳との関連は不明)
(既存理論では説明がつかない。だが、断定はしない)

「......よし、今日はここまでだ」

 午後四時、セラフィンの講義は終わった。メリアは軽い達成感と
共に講義室を出ていく。

 残された静寂の中、セラフィンは手帖を開いた。

 ――二日目観測記録。
 対象:無属性個体

 通常:初学者水準
 特定時間:制御安定度向上

■基礎制御
 初期不安定。吸収速度は標準値上限域。

■特定瞬間
 瞳に一過性赤色変化。
 魔力総量増加なし。
 収束時間、わすかに短縮。
 波形揺らぎ低減。
 効率補正型現象の可能性。
 発現条件:不明。
 再現性未確認。

 暫定評価:断定不可、要再観測。

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だが、無視はできない。

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