
輝くスイートムーン3
そして、部屋の扉が開く。「エレナ」 柔らかな声に心が釘付けになる。ランタンを持って現れたのがリュシアンだったからだ。会いに来てくれた。心が一気に温かくなる。「こんな真夜中に申し訳ありません。オーレリアが『エレナの所には行くな』と言って離してくれないものですから」「いえ。私はリュシアン殿下に会えただけで嬉しいです」 私が返事をすると、リュシアンの表情からは不安が消え、穏やかに微笑んでくれた。「今から薔薇庭園に行きませんか?」 誘いを受けるために大きく頷き、椅子から立ち上がった。これからどんな時間が待っているのだろう。胸が高鳴って仕方がない。 明るくはあるものの、人気のない廊下を二人で進む。途中で騎士を見たものの、怪しまれてはいないだろう。声を出せば周りの部屋にまで響いてしまいそうなので、会話はない。隣にリュシアンがいる。それだけで良かった。 薔薇庭園のアーチをくぐれば、所々明かりのついた繊細な花たちが出迎えてくれた。夜の小さな生き物の声も遠くに聞こえる。冷えた空気の中で、リュシアンは月明かりを浴びて朗らかに笑う。「夜の薔薇も綺麗なものでしょう?」「はい、とても。見惚れてしまいますね」 リュシアンは薔薇の株一つ一つを丁寧に見て回る。時折、彼が花びらをつつくので、私も真似をしてみた。小さく笑い合い、口元を押さえる。その声に紛れるように、風までもが呼吸を合わせた。「これはオリヴィアですね」「エレナも薔薇の品種を覚えましたか」「少しだけですが」 この花はリュシアンが私の第一印象に似ていると言っていたので、良く覚えている。そして、隣の花はスイートムーンだ。視線を動かして、違和感に気付く。「どうなさいました?」「これは?」 薔薇の花のすぐ下――葉に銀が引っかかっている。ダイヤモンドがあしらわれたリングで、持ち主にとって大事な物であるのは明白だ。
「大変、持ち主を探してあげないと」「その必要はありません」「えっ?」 穏やかな微笑みを湛えるリュシアンに、素っ頓狂な声をあげてしまった。 リュシアンはリングを慎重に摘み上げ、私の前にすっと差し出す。「エレナ。私は......いや、俺は、貴女のことが好きです。どうか、これからもずっと一緒にいてください。受け取って......くれますか?」 まるで、空気の流れも、音までも止まったように感じられる。リュシアンは緊張で表情が固くなり、必死に微笑を保とうとしているようだった。リングを持つ指も震えている。 私の足も僅かに震え出した。「私で良いのですか?」 リュシアンが噂を知らないはずがない。私を選べば、嘲笑は彼へ矛先を変えるかもしれない。 心配をよそに、リュシアンは大きく首を横に振る。「良いに決まっています」「心ない噂や憶測が立つかもしれません」「そんなの構いません」 力強い言葉に、涙が溢れそうになる。「私は......」 返事なんてとっくに決まっている。断る選択肢なんて私には存在しない。 未だに震えているリングを両手で包み込む。「私には勿体ないお言葉です」「......良かった。もう、これで貴女を離さなければいない口実はありません」 リュシアンはもう片方の手で私の手を覆い、そっと微笑んだ。 間を置いてその手を解くと、リュシアンは私の薬指にリングをはめる。しかし、リングは触らなくても抜けてしまいそうだ。「ちょっぴり大きかったみたいです」「俺の見立てもまだまだでしたか。もう少しだけ、時間をください」 リュシアンは切ない笑みでリングを外し、そっとしまい込んだ。「実を言うと、このリングは先ほど、こっそり仕込んだのです。エレナが気付いてくれて良かった」「気付かなかったらどうしていたのです?」「慌てて指でもさして、エレナの気を引こうとしたかもしれません」 リュシアンも打算的なところがあるらしい。意外だな、とひとしきり笑った。 リュシアンは口元を引き締め、真っ直ぐな瞳を私へ向けてくれる。「今日のことは、明日、オーレリアへ正式に伝えます。その日のうちに、エレナが妃になると国中に広がるでしょう。忙しくなりますよ」「覚悟の上です」「それもそうですね」 私が大きく頷いてみせると、リュシアンは声を上げて笑う。「私は、リュシアン殿下に出会えて本当に良かったと思っています」「エレナ、殿下呼びは今日をもってやめてください。これからはリュシアン様でどうです?」 『リュシアン様』――多少勇気はいるけれど、呼べはするだろう。 何度か口を動かし、心の中で準備をする。「リュシアン様」「どうしました?」「やっぱり恥ずかしいですね」 呼び方を変えただけで鼓動は速まるし、手の平は汗を帯びる。照れ笑いをしていると、リュシアンはぷっと吹き出した。「やはり、エレナは可愛らしいですね」 照れている時に、更に照れる原因を作らないで欲しい。思わず両手で頬を覆うと、リュシアンはこちらへ手を差し出した。「エレナ、触れても良いですか?」 小さく頷くと、リュシアンの身体が近付いてくる。そのまま抱き締められたので、私もリュシアンの背中に腕を回した。 人の体温がこんなにも温かいなんて。子供の時以来の感覚だ。リュシアンの鼓動が大きく聞こえる。ふわりと香る薔薇に、そっと瞼を閉じた。 輝くスイートムーン3
そして、部屋の扉が開く。「エレナ」 柔らかな声に心が釘付けになる。ランタンを持って現れたのがリュシアンだったからだ。会いに来てくれた。心が一気に温かくなる。「こんな真夜中に申し訳ありません。オーレリアが『エレナの所には行くな』と言って離してくれないものですから」「いえ。私はリュシアン殿下に会えただけで嬉しいです」 私が返事をすると、リュシアンの表情からは不安が消え、穏やかに微笑んでくれた。「今から薔薇庭園に行きませんか?」 誘いを受けるために大きく頷き、椅子から立ち上がった。これからどんな時間が待っているのだろう。胸が高鳴って仕方がない。 明るくはあるものの、人気のない廊下を二人で進む。途中で騎士を見たものの、怪しまれてはいないだろう。声を出せば周りの部屋にまで響いてしまいそうなので、会話はない。隣にリュシアンがいる。それだけで良かった。 薔薇庭園のアーチをくぐれば、所々明かりのついた繊細な花たちが出迎えてくれた。夜の小さな生き物の声も遠くに聞こえる。冷えた空気の中で、リュシアンは月明かりを浴びて朗らかに笑う。「夜の薔薇も綺麗なものでしょう?」「はい、とても。見惚れてしまいますね」 リュシアンは薔薇の株一つ一つを丁寧に見て回る。時折、彼が花びらをつつくので、私も真似をしてみた。小さく笑い合い、口元を押さえる。その声に紛れるように、風までもが呼吸を合わせた。「これはオリヴィアですね」「エレナも薔薇の品種を覚えましたか」「少しだけですが」 この花はリュシアンが私の第一印象に似ていると言っていたので、良く覚えている。そして、隣の花はスイートムーンだ。視線を動かして、違和感に気付く。「どうなさいました?」「これは?」 薔薇の花のすぐ下――葉に銀が引っかかっている。ダイヤモンドがあしらわれたリングで、持ち主にとって大事な物であるのは明白だ。
「大変、持ち主を探してあげないと」「その必要はありません」「えっ?」 穏やかな微笑みを湛えるリュシアンに、素っ頓狂な声をあげてしまった。 リュシアンはリングを慎重に摘み上げ、私の前にすっと差し出す。「エレナ。私は......いや、俺は、貴女のことが好きです。どうか、これからもずっと一緒にいてください。受け取って......くれますか?」 まるで、空気の流れも、音までも止まったように感じられる。リュシアンは緊張で表情が固くなり、必死に微笑を保とうとしているようだった。リングを持つ指も震えている。 私の足も僅かに震え出した。「私で良いのですか?」 リュシアンが噂を知らないはずがない。私を選べば、嘲笑は彼へ矛先を変えるかもしれない。 心配をよそに、リュシアンは大きく首を横に振る。「良いに決まっています」「心ない噂や憶測が立つかもしれません」「そんなの構いません」 力強い言葉に、涙が溢れそうになる。「私は......」 返事なんてとっくに決まっている。断る選択肢なんて私には存在しない。 未だに震えているリングを両手で包み込む。「私には勿体ないお言葉です」「......良かった。もう、これで貴女を離さなければいない口実はありません」 リュシアンはもう片方の手で私の手を覆い、そっと微笑んだ。 間を置いてその手を解くと、リュシアンは私の薬指にリングをはめる。しかし、リングは触らなくても抜けてしまいそうだ。「ちょっぴり大きかったみたいです」「俺の見立てもまだまだでしたか。もう少しだけ、時間をください」 リュシアンは切ない笑みでリングを外し、そっとしまい込んだ。「実を言うと、このリングは先ほど、こっそり仕込んだのです。エレナが気付いてくれて良かった」「気付かなかったらどうしていたのです?」「慌てて指でもさして、エレナの気を引こうとしたかもしれません」 リュシアンも打算的なところがあるらしい。意外だな、とひとしきり笑った。 リュシアンは口元を引き締め、真っ直ぐな瞳を私へ向けてくれる。「今日のことは、明日、オーレリアへ正式に伝えます。その日のうちに、エレナが妃になると国中に広がるでしょう。忙しくなりますよ」「覚悟の上です」「それもそうですね」 私が大きく頷いてみせると、リュシアンは声を上げて笑う。「私は、リュシアン殿下に出会えて本当に良かったと思っています」「エレナ、殿下呼びは今日をもってやめてください。これからはリュシアン様でどうです?」 『リュシアン様』――多少勇気はいるけれど、呼べはするだろう。 何度か口を動かし、心の中で準備をする。「リュシアン様」「どうしました?」「やっぱり恥ずかしいですね」 呼び方を変えただけで鼓動は速まるし、手の平は汗を帯びる。照れ笑いをしていると、リュシアンはぷっと吹き出した。「やはり、エレナは可愛らしいですね」 照れている時に、更に照れる原因を作らないで欲しい。思わず両手で頬を覆うと、リュシアンはこちらへ手を差し出した。「エレナ、触れても良いですか?」 小さく頷くと、リュシアンの身体が近付いてくる。そのまま抱き締められたので、私もリュシアンの背中に腕を回した。 人の体温がこんなにも温かいなんて。子供の時以来の感覚だ。リュシアンの鼓動が大きく聞こえる。ふわりと香る薔薇に、そっと瞼を閉じた。 次の話月の光1›