変態うざ人間、春野ケイ。
入学式の日から二週間。
新入生だった彼は、もう新入生のバッジを外して初々しい一年生として生活している。
でも、未だに彼のストーカー行為は止まらず、尚更エスカレートしてる気がする。
(もう、しつこい......)
彼と一緒にいると、いつの間にか気持ちが躍動して、胸の内がぽかぽかしてる自分がいる。
久しぶりに感じるこの感覚。
私は、このワクワクの名前は知っている。
でも、これを安易に形にすると、なんか負けを認めたようで、彼に毒されてしまったようで、なんか嫌だ。
だから、今日は久々に一人になりたかった。
ガチャ。
「ああ、やっぱり。変わらないな」
すっと射し込む陽の光に手をかざし、太陽を見るわけでもないのに、空を仰いで顔をしかめる。
今までのどんな記憶でも、お気に入りだった屋上。
やはり、落ち着く。
思い出の場所とはこういうところの事をいうのだろう。
私は、入口近くの壁にしゃがみ、手に持っていた弁当の包みを膝に乗せた。
少し、風が肌寒いかな。
陽は暖かいけど、背にもたれる壁がひんやりして、身体を微かに震わせてしまう。
「さむさむ」
この気温だと夏はまだまだな気がするけど、いつの間にか蒸し暑くなってそうだな。
母が作ってくれた弁当を広げながら、この弁当だけは何度みても見飽きないなと思う。
今も、体験してきた未来でも、どんな世界の私でも、母の弁当は手抜きを感じさせない、色とりどりなおかずばっかりの愛を感じる弁当だ。
冷凍食品使っていいって言ってるのに、母は言うことを聞かずに、自作のおかずをどんどん詰め込む。
あの人の変に頑固なところは、誰から来てるものなんだろうな。
もくもくと、口に運んでいる時だった。
「ででーん! どうも、春野ケイです! センパイレーダーがここで引っかかったのでお邪魔しました」
うん、やっぱり気持ち悪いね。
そして、うざい。
「またなに? 私の弁当でも食べたいの、この変質者」
「おう、センパイのそのツンツンした態度、いいねぇ。最高」
こいつはもういかれてるな。
彼の茶番に構わず、私は黙々と弁当を食べた。
彼はところどころ不思議だと思う。
ストーカーのプロみたいに私の居場所を探し当ててくるし、私への謎の執着心も凄い。
先日、なぜそんなに私にこだわるのか聞いたけど、「んー、可愛いから?」としか言わなかった。
その時は、この子はいつか立派な犯罪者になるんだろうなと適当に片付けていたけど、でもふと考えると不思議である。
そして一番の謎は、能力特有の頭痛すらなく、未来を体験するかのような映像が、彼に出会う時に見た事だ。
湿り気のある、嗚咽を引き起こしそうな場面だったのに、感じた五感はただ、温かかった。
そんなのを断片的に見たものだから、彼の行動なんて分かるはずなく。彼自身もよく分からないやつ。
私の運命に紛れ込んできた特殊な人間。そんなイメージを彼に抱いていた。
まるで因果を捻じ曲げる存在のような。
私がもぐもぐ咀嚼していれば、当の彼は「かなしみ......」と落ち込んだ顔をしながら、本当は落ち込みなんて知らなそうな嘘っぽい雰囲気。
意外と神経が図太い。
「......ふふ」
「......? センパイ、オレなんか変なことしました?」
めざとく変化を捉える彼に、「いや」と呟き、続けた。
「春野く......、じゃなくてケイくんが今まで触れ合ったことのない人だから、さ」
「んー? そうですか? 俺みたいに粘着質なやつ、いっぱいいると思うけど」
はは、そこは自覚あったんだ。それならもう少しアピール控えめにしてほしいけど。
「そうだ、センパイ。今度カフェ行きません? 俺、意外とカプチーノとか好きなんすよね」
「ぶふっ」
彼の口から出るとは思わなかった単語に、私はつい口に含んだおかずを吹き出してしまう。
「わっ、センパイきたね、きちゃない」
お前みてーなやつに言われたくないわと、彼をひと睨みしつつも、床の口から飛び出した食べ物をティッシュで拭き取る。
(たく、相変わらず生意気なやつ)
でも、なんでか、そこに惹かれてる自分がいるんだよな。
よし。
「......じゃあ、いいよ。行こうか、カフェ」
「じゃあって何ですか! そんなこと言って俺の行きつけのカフェに行きたいんでしょ。もっと心開いてくれてもいいですよ、センパイ」
そんなことをほざきながら、胸元にハートを作ってかわいこぶるストーキング後輩。
はたから見れば迷惑なやつだけど。そんな彼に付き合うのも悪くないかも、と思ったり。
でも、すぐに打ち消す。
私がそう思うたびに、いつも何かが壊れてきたから。
たとえばあの子。小学校のとき、転校してきた女の子だ。
薄青のランドセルが似合わなくて、でも一人でも平気そうな顔してた、静かな子。
私は彼女の未来を一度視た。交通事故じゃなく、ただの病気で、静かに死ぬ未来。
だから、余計な気を遣って声をかけて。話しかけて、なんとなく一緒に給食を食べるようになって。
そしたら、そのうち彼女は転校してきた別の子と仲良くなって。その子が、私を嫌いだった。
いじめるほどじゃない。ただ、遠ざけた。じわじわと、私の居場所を無くすみたいに。
あの子との時間も消えた。私が「関わった」せいで。
その後、あの子は健康に生きてる。
でも、私が接触しなければ、きっと別の友達ができて、もっと穏やかに笑えていたんじゃないか。
そういうことが、何度もあった。
助けようとした男の子は、私のせいで家族と衝突した。
優しくしようとした先生は、私が絡んだことで学年主任に睨まれた。
全部、私の手が届いた場所から、少しずつ穢れていく。
あの時からずっと、私はそれを法則として飲み込んできた。
等価交換。
誰かに何かを与えたいなら、誰かが何かを奪われる。
それが私の能力に付きまとう、見えないルール。
ならば私がケイくんといれば、いつか必ず何かが崩れる。
それは彼かもしれないし、私かもしれないし、全然知らない誰かかもしれない。
(だから、ダメ)
分かってるのに、なんでまだここにいるんだろう。
私は。君は。
しばらくして、彼の声が聞こえた。
「なんでニタニタ笑ってるんです?」
そう聞こえて、私は慌てて表情を直した。
大丈夫だよね、私の顔。一瞬だったよね。
彼も笑顔だし。大丈夫。
私は、彼みたいに、上っ面の笑顔を乗せて、口を開く。
「う、うるさい! お前が言うな! この変態変質者!」
ほら、笑えてる。大丈夫だ。
私は見るからに分かる悪態をつくように振る舞って、ふふっと笑う。
顔が、忙しい。何がしたいのかわからない。
私は何をしたいのだろう。甘くて、苦い、そんな気分。
......カプチーノ。
甘ったるいのに、苦みを含んだ響きが、妙に今の気分に合っている気がした。