ウィンナー野郎。
「......それでセンパイ、そのゲームがめちゃめちゃ難しくて、たまにバグるという折り紙付き! クソゲーなのか神ゲーなのかよく分からないんですよ」
若者が着そうな、少し乱れた服装の彼はどこかお洒落だ。ゲームの話をされても分からないが、彼が楽しそうならいいのかと、ほんのり後ろめたさを感じる。
老いも若いも、色んな人が街中をすれ違う雑多を二人で歩いて。頷きもしない私に、飽きもせず話しかけてくれる君。
「おっ、あれが例のカフェです! 最近行くようになったんですけど、意外に安くて美味しいんですよね」
彼が指を指しながら言う建物は、どこかファンタジーを思わせる、レンガ造りの白い壁が印象的なお店だ。
ここだけイギリスの建築様式を持ち込んだような、異国情緒な違和感は拭いきれない。
「じゃあ入りましょうか」
カフェの前に立ち、荘厳にも思えるアンティーク調の木製ドアに手をかけて、彼の頭上で鈴の音が響いた。
どこか重みを感じるような、低めのベルの音だ。
「いらっしゃいませ」
さっと現れたのは、質の良さそうなワイシャツに質素な緑のエプロンをかけた愛想のいいお姉さん。
そんな店員さんはほんわかした笑顔で、どうぞこちらへと席に案内してくれる。
「メニューはこちらになります。ごゆっくり彼女さんとお過ごしくださいね」
......かの、彼女? ちょっと彼女じゃないんだけど。
「店員さん、私彼女じゃ......」
「ありがとうございます」
いやいや、お前もありがとうじゃなく! 私達の関係を訂正しろよ!
「センパイどうします?」
弁解するにも店員さんは裏に回ってしまう。私は、はあ、と開いた口を閉じられず、お姉さんの残像を見つめていた。
「ちょ、センパイ、心ここにあらずみたいな変な顔になってますよ!?」
え? 私たちカップルじゃないけど? 訂正はしないの、訂正......。
「おーい、センパイ」
目の前で彼はひらひら手を振っているのに、私は気付けない。
ふと、視界の下に何かが広げてあるのに気付いて、目線を下ろした。
『ウィンナーコーヒー 一杯800円』
ウインナー、コーヒー?
コーヒーに、あの腸詰めのウインナー?
合うのか、それ。
そういえば、私の経験した人生でコーヒーを飲む機会は少なかったっけ。
そうだ、確か飲むとお腹壊しやすくなるから飲まなかったんだ。
今さらだけど、大丈夫かな......?
「あ、センパイ、正気に戻った顔になった。......えーと、オレウィンナーコーヒー頼みますけどセンパイは?」
(え、ウィンナーコーヒー頼むの!? なんかウインナー浮かんでそうだけど)
「え、えー......、じゃ普通のカフェオレで」
「分かりました! 店員さん、カフェオレとウィンナーコーヒー一つずつ!」
「はーい」
お姉さんが奥で気前のいい返事をして、店内のBGMを微かに残しながら、陶器のかち合う音がするようになる。
春野ケイくんことウィンナー野郎は、ふんふんと鼻歌を歌いながらメニューを眺めている。
彼のどこか幼い仕草を見つめて気づく。よく見ると目鼻が整っている。顔立ちが思えば幼く、彼に抱いていた幼さの印象はここからきているのかもしれない。
こういう顔は女装させたら可愛いんだよね。心に巣食う私の顔をした小悪魔が、にひひと笑みを浮かべた。
「お待たせしました、こちらウィンナーコーヒーとホットカフェオレになります」
そう言い、店員さんがトレーからカップを並べる。
......あれ? ウィンナーが浮かんでない。
本来ウインナーが、泳いでいるべき場所にホイップクリームがぷかぷか浮かんでるだけ。
あれ?
「センパイ、どうしたんです? ずっとオレのやつ見て。もしかしてこういうのが良かったとか......?」
え......、いや......。
違う、ウインナーが漂うべきコーヒーの水面にホイップクリームが居座っているのだ。
どう伝えれば、いいのだ?
「いや、その、ウィンナーが乗ってないから......気になって」
「ぶふっ......くく......あははは! くく、ぐひゃひゃ!」
え? なんでそんな笑うの?
「そんなに笑わなくても......」
「だ、だってウィンナーが乗ってるだなんてバカなこと言うから......! くふふ、あはは!」
......??? ウィンナーコーヒーはウィンナーが乗ってるやつじゃないの?
............????
「くふふ......はあ。センパイ、ウィンナーコーヒーはホイップクリームが乗ったもののことなんですよ?」
「え、本当? ......マジで?」
「マジで」
え、えええぇぇ......。
そんな夢のない事実知りたくなかったよ。悲しい。
未だにケイくんはくつくつと肩を揺らしながら、なにやらポケットから小さな茶色い表紙のリングメモ帳を取り出した。
そして、慣れた手つきで何かをさらさらと書き込んでいる。
「......何? 書いてるの?」
「へへっ」
彼はちらりと私を見て、また手元に視線を落とした。
その横顔が、ほんの一瞬だけ、笑顔の下に別のものをのぞかせた気がした。
でも、それはすぐに消えた。気のせいだろう。
「『センパイの勘違いウィンナーコーヒー記念日』って。いやあ、こんなに面白いセンパイの顔、初めて見ました。......未来のオレが、忘れないように。ちゃんと記録しとかないと」
めもめも、と続ける声は、いつも通り軽くて明るかった。
なのになぜか、その「未来のオレが」という言葉だけが、わずかに空気の質を変えた気がして。
(なんだろう、今の)
私は首を傾げたけれど、すぐに理由が分からなくて、それ以上考えるのをやめた。
そして、私も彼の雰囲気に便乗するように、茶目っ気を含ませてふざけてみせた。
「なっ!? 酷い! ケイくんがそんなクズだったなんて! ちょっとそのメモ帳見せなさい!」
私が覗き込む前にメモを閉じた彼から奪おうとしても、なんなく失敗。
くそっ。きっとあれには、私のはずかしめが書いてあるんだ......。
あんなことや、こんなことまで。
この野郎。
「ぐぬぬ、盗んで情報を燃やしたかったのに......」
「あぶねー、センパイ秘蔵コレクション失うところだったぜ。大事なやつだから、オレと結婚したら思い出に見ましょうね、セーンパイ」
勝ち誇った顔で悔しがる私を見下す彼。その表情がどこか安心したようにも見えた事には、気にも留めなかった。
あの時の私は、からかわれたことが恥ずかしくて、彼の言葉の本当の意味なんて考えもしなかった。
ただ、苦いコーヒーの上に浮かんだ甘いクリームが、不覚にも美味しいと思ってしまったこと。
そして、その甘さに浸ったバチが当たったのか、帰宅して無事にお腹を壊したことも、今では笑える思い出だ。