第17話 聖心館女学園
梅雨明けの7月中旬。
ボクは 幻を見た。
現代の女子高生の幻だ。
白い丸襟の半袖ブラウスに赤色の紐タイ。
膝丈の黒いジャンパースカートの制服姿の少女。
ボクらの時代と変わらない その制服。
星光市の伝統校 聖心館女子学園の制服だ。
創立百年を越える伝統校って聞いてたけど 制服も当時から変わらないんだな......。
その女子高生姿の少女が 夏の昼下がり 縁側に腰かけ糸瓜の花を写生する幾三郎君に話し掛けてきた。
少女の名前は 坂本 絹枝。
幾三郎君より7歳年下のハズだから 今 14歳か15歳。
城隍研究をする人なら 大抵の人が知っている幾三郎君の未来の奥さんだ。
まぁ 結婚するのは 随分先 幾三郎君がパリ留学から帰ってきた後なんだけど。
暗く荒んだ そして経済的にも苦しかった帰国後の城隍を影に日向に支えた献身的な妻。
大抵の解説書には そう載ってる。
しのぶさんとは異母姉妹のハズだし 少し面影が似てる気もする長い髪を三つ編みにした美少女が 幾三郎君の横の縁側に座る。
隣家から たまにやって来て 幾三郎君に ちょっかいを掛けてくる女の子。
制服姿で来たのは 初めてだけど。
「ねぇ 幾三郎さん。お父様に聞いたんだけど なんだか凄い絵が描けたんでしょ? 絹枝にも見せてよ?」
絹枝ちゃんが言ってるのは たぶん『藤浜埠頭』の話。
紆余曲折あったけど 5月の末頃に最後の修正を終え その後 表具屋さんに頼んで二曲一隻の屏風として 先日仕上がった。
返事もせずに 鉛筆を走らせ 軒に吊るされた網に絡み付く 糸瓜の蔓の形象を画帳に描き留めていく幾三郎君
少し身を寄せ 画帳の中を覗き込もうとする絹枝ちゃん。
身体の角度を変え 描き続けようとする幾三郎君だけど さらに身を寄せて覗き込もうとする絹枝ちゃん。
─── パタンッ ───
ついに幾三郎君は 画帳を閉じ背後に隠す。
「写生の邪魔をするのは 止めて下さい」
「別に 邪魔してないわ。絵を見せてくれない 幾三郎さんが悪いんじゃない」
唇を尖らし 小生意気な表情。
でも 不満があるっていうよりは 甘えてるようにボクには見える......幾三郎君が どう感じたかは分からないけど。
「ねぇ 凄い絵 描いたんでしょ? 絹枝にも見せて?」
「あれは 帝展に出す作品ですから。もう梱包して 美術院に保管してあります」
「東京の立派な展覧会に出すんでしょ? 今年も きっと入選するって お父様が言ってたわ。もしかしたら 特選かもって。表彰される時は 幾三郎さんも 東京に行くのよね?」
屈託のない笑顔っていうか 少し品を作ったような上目遣いで 絹枝ちゃんは 幾三郎君に 矢継ぎ早に質問を浴びせる。
少し距離を取るように身を反らす 幾三郎君の態度が面白いのか 絹枝ちゃんは さらに身を寄せてくる。
「東京に行くんだったら 絹枝も 一緒に行ってみたいの。女学校の友達でも 東京まで行ったことある娘なんて 全然いないんだもの。なんでも『十二階』とかいう とっても高い建物があるんでしょ? 行って来たって言ったら みんな きっとビックリするわ」
「......別に 入選すると決まった訳では ありません」
幾三郎君の鼻を木で括ったような返答。『藤浜埠頭』の帝展への出品って 結局 幾三郎君の中で どんな位置付けだったんだろう? 『藤浜埠頭』を仕上げてる間に 正子さんを描いた裸婦像11『タイピスト』も完成した。例によって しのぶさんにだけ見せて 仕舞われちゃったんだけど。
『藤浜埠頭』の制作自体も 手を抜いてたなんてことは微塵もなく 技術の粋を集めたっていう感じで〈神筆〉とまで呼ばれた作品の一筆一筆を間近で見れたのは ボク的には 得難い経験だったけど......けど 戦争で燃えちゃった『藤浜埠頭』は 生前の城隍からは「つまらん時代のつまらん絵だった」っていう最悪の評価。
......ただ 官展批判者としての 城隍の発言だからな。描いてる時は どんな気持ちだったんだろう? って思う。気になったのは 習作が ものスゴく多いってこと。習作数点で一発描きに近い『裸婦像』達とは そこが違う気はする。
「そうなの? お父様は幾三郎さんのこと 百年に1人の天才だって言ってたわよ?」
「そう言っていただけるのは 光栄ですが 僕は まだ ただの画学生に過ぎません」
「ふーん。天才風景画家って聞いたんだけど......。凄く綺麗な景色とか 描いてるじゃないの? 絹枝にも その画帳 見せてよ」
そう言って 幾三郎君の後ろに隠された画帳に手を伸ばそうとする。
幾三郎君は 画帳を守るように抱えると 縁側から立ち上がり 会話を そこで打ち切ったのだった......。
.........。
......。
...。