ホーム›城隍亭 画帳控え›第15話 白峰高子
← 次の話目次前の話 →

第15話 白峰高子




「あたしね 白峰高子ってペンネームで詩を書いてるの」


 3度目に自宅に呼ばれて デッサンをしてる時に正子さんが言った。
 タイピストさんの名前は植島 正子さん。

 
「『菊水』っていう雑誌。知ってる?」

「......いえ。文学には 疎いので」


 いつもの画帳に鉛筆を走らせながら 幾三郎君が答える。
 木造平屋の一戸建ての和室に絨毯を引いて 洋間風に使った1室。
 壁際の本棚には 数冊の洋書と 文庫本。
 

「画学生さんは 興味ないかしら。たまに投稿が採用されて掲載されたりしてるのよ。まぁ ほんの たまにだけど」 


 この時代の人にしては グラマーな胸を包んだ白いブラウスに 赤いスカート姿の正子さんは肘掛け椅子に腰掛け 本を読むポーズ。だけど 本なんて読んでない。ひっきりなしに喋り続けてる。......思いつくままに 際限なく変わっていく話題。


「あなたも もし あたしが有名な詩人になったら 『白峰高子』の肖像画を描いた画家として 有名になれるかもよ?」


 有名になった自分の姿を想像したのが 面白かったのか 口に手を当てて クックと笑う。


「有名なりたくない?」

「絵は 百年 二百年 残って欲しいですが 僕自身は......」

「ダメよー。そんなこと言ってるから 詩人も画家も若死にするのよ。お金って とっても大事なのよ? しっかり稼いで しっかり食べなきゃ」


 正子さんは なんだか食べることに拘った人。六ヶ杜近くの自宅に行く前の待ち合わせは 決まって蕎麦屋さん。そこで いつも天麩羅蕎麦を奢ってくれる。そして「こんな いいもの普段 食べれないでしょー」って いつも笑う。どうやら 正子さんの中では 幾三郎君は 貧乏画学生っていう設定らしい。
 
 実際には 長谷浦 城隍の実家は 裕福な造り酒屋で 毎月しっかり仕送りしてもらってるし 同居のお兄さんも陸軍将校で お給料もらってるから 少なくとも貧乏苦学生では無い。毎日のように外食したり 純喫茶に行ったりしてる訳だし 服装だって いつも小さっぱりした感じ。

 ただ 正子さんは そんなことには興味ない様子。
 画学生は貧乏だと信じて疑わないみたい。


「あたしは 詩が本になるようになっても タイピストの仕事は続けるつもり。だって せっかくの月給取りだもの もったいないでしょ? あ。でも 月に五十円くれるっていうんだったら東京行くのもいいかもー」


 ホントに 止めどなく話題と言葉が飛び出してくる。タイプライターを叩いてるような 明るいリズムで。

 
「あ。でもでも 光岡に 母を 残して行くのは 不味いかしらね? けど 父の軍人恩給あるし 大丈夫かしら?」

「軍人恩給?」


 幾三郎君が聞き返す。軍人っていう言葉に反応したみたい。幾三郎君のお兄さんの郁二郎兄さんも軍人だもんな。意外な繋がりとかあるかも?


「父親が 日露役でね。海軍大尉だったんだけど 日本海海戦で。あたしが英語好きなのも 父の血なのかしらー」


 そう言って 手に持った洋書に目を落とす。「日本海海戦で」って戦死したっていう意味だろうか? そうだとすると軍人恩給って遺族年金みたいな感じだろうか?
 しばらくは 幾三郎君の走らす 鉛筆の音だけが聞こえる。だが それも 長くは続かない。また 喋りかけてくる正子さん。その ホントに取り留めもない感じは ボクの彼女の酔った時の感じに よく似ていた。


「ねぇ 今日は まだ脱がなくていいの? あんまり ゆっくりしてると母が 詩吟のお稽古から 帰って来ちゃうわよ?」


 ちょっとエッチな雰囲気になりやすいところも 酔った時の ボクの彼女に似てるのかも。幾三郎君は 画帳の別の一角に ブラウスのボタンを外し始めた 正子さんの手先の様子をスケッチしていく......。
 .........。
 ......。
 ...。


 

 
シェア
前の話 →
第14話 図書館
← 次の話
第16話 蒲公英
城隍亭 画帳控え作者:金星タヌキ
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›城隍亭 画帳控え›第15話 白峰高子
← 前の話目次次の話 →

第15話 白峰高子




「あたしね 白峰高子ってペンネームで詩を書いてるの」


 3度目に自宅に呼ばれて デッサンをしてる時に正子さんが言った。
 タイピストさんの名前は植島 正子さん。

 
「『菊水』っていう雑誌。知ってる?」

「......いえ。文学には 疎いので」


 いつもの画帳に鉛筆を走らせながら 幾三郎君が答える。
 木造平屋の一戸建ての和室に絨毯を引いて 洋間風に使った1室。
 壁際の本棚には 数冊の洋書と 文庫本。
 

「画学生さんは 興味ないかしら。たまに投稿が採用されて掲載されたりしてるのよ。まぁ ほんの たまにだけど」 


 この時代の人にしては グラマーな胸を包んだ白いブラウスに 赤いスカート姿の正子さんは肘掛け椅子に腰掛け 本を読むポーズ。だけど 本なんて読んでない。ひっきりなしに喋り続けてる。......思いつくままに 際限なく変わっていく話題。


「あなたも もし あたしが有名な詩人になったら 『白峰高子』の肖像画を描いた画家として 有名になれるかもよ?」


 有名になった自分の姿を想像したのが 面白かったのか 口に手を当てて クックと笑う。


「有名なりたくない?」

「絵は 百年 二百年 残って欲しいですが 僕自身は......」

「ダメよー。そんなこと言ってるから 詩人も画家も若死にするのよ。お金って とっても大事なのよ? しっかり稼いで しっかり食べなきゃ」


 正子さんは なんだか食べることに拘った人。六ヶ杜近くの自宅に行く前の待ち合わせは 決まって蕎麦屋さん。そこで いつも天麩羅蕎麦を奢ってくれる。そして「こんな いいもの普段 食べれないでしょー」って いつも笑う。どうやら 正子さんの中では 幾三郎君は 貧乏画学生っていう設定らしい。
 
 実際には 長谷浦 城隍の実家は 裕福な造り酒屋で 毎月しっかり仕送りしてもらってるし 同居のお兄さんも陸軍将校で お給料もらってるから 少なくとも貧乏苦学生では無い。毎日のように外食したり 純喫茶に行ったりしてる訳だし 服装だって いつも小さっぱりした感じ。

 ただ 正子さんは そんなことには興味ない様子。
 画学生は貧乏だと信じて疑わないみたい。


「あたしは 詩が本になるようになっても タイピストの仕事は続けるつもり。だって せっかくの月給取りだもの もったいないでしょ? あ。でも 月に五十円くれるっていうんだったら東京行くのもいいかもー」


 ホントに 止めどなく話題と言葉が飛び出してくる。タイプライターを叩いてるような 明るいリズムで。

 
「あ。でもでも 光岡に 母を 残して行くのは 不味いかしらね? けど 父の軍人恩給あるし 大丈夫かしら?」

「軍人恩給?」


 幾三郎君が聞き返す。軍人っていう言葉に反応したみたい。幾三郎君のお兄さんの郁二郎兄さんも軍人だもんな。意外な繋がりとかあるかも?


「父親が 日露役でね。海軍大尉だったんだけど 日本海海戦で。あたしが英語好きなのも 父の血なのかしらー」


 そう言って 手に持った洋書に目を落とす。「日本海海戦で」って戦死したっていう意味だろうか? そうだとすると軍人恩給って遺族年金みたいな感じだろうか?
 しばらくは 幾三郎君の走らす 鉛筆の音だけが聞こえる。だが それも 長くは続かない。また 喋りかけてくる正子さん。その ホントに取り留めもない感じは ボクの彼女の酔った時の感じに よく似ていた。


「ねぇ 今日は まだ脱がなくていいの? あんまり ゆっくりしてると母が 詩吟のお稽古から 帰って来ちゃうわよ?」


 ちょっとエッチな雰囲気になりやすいところも 酔った時の ボクの彼女に似てるのかも。幾三郎君は 画帳の別の一角に ブラウスのボタンを外し始めた 正子さんの手先の様子をスケッチしていく......。
 .........。
 ......。
 ...。


 

 
シェア
← 前の話
第14話 図書館
次の話 →
第16話 蒲公英
城隍亭 画帳控え作者:金星タヌキ
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません